東方信頼譚   作:サファール

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 サブタイの『燦めく』は、きらめく、と読みます。あれ?同じようなこと、前にもやりませんでしたっけ?

 特に書くことは無いので、本文いきましょうか。


 ではどぞどぞ。

 


27話.対極を担う華と月光燦めく想い

 

 『第三の目』を通しても、彼からは何の反応もない。あるとすれば、心が先程よりもくすんで見えるくらいか。

 だが、死に際の妖怪や、勝負に敗北した奴は、皆等しく心を暗くするものだというのを、ハクは経験から学んでいたので、さして気にしてはいなかった。

 

「二人共、集まってくれ」

 

 平地のど真ん中で糸に捕まっている彼に歩み寄りながら、ハクは二人を隣へと呼び戻した。ノラが首をコキコキ鳴らしながら合流し、続いて森の中で援護してくれていたレイが、ギチギチと八本の脚を動かして姿を現した。

 ノラとレイ、二人がハクの両隣で同じように歩幅を合わせて歩き、頭が下がっている彼について、各々の感想を想う。

 

『……ま、俺にかかればこんなもん朝飯前だな』

『…私の糸からは、絶対に逃れられない。これは勝ち確定』

 

 二人もこれで勝敗は決まったと思っているらしく、制御を解除した『第三の目』からはそんな言葉が聴こえてきた。

 

「なぁ、取り敢えずコイツ生きてるけどよ、さっさと殺して食っちまってもいいんじゃねぇか?」

 

 そうハクに問いかけるノラ。気怠そうに欠伸をする彼からは、相変わらず強くなりたいという欲求を激しく感じる。

 それは駄目だ、とハクは反対し、『第三の目』を撫でて言った。

 

「コイツは、とても珍しい精神構造をしている。調べてから殺さなきゃ、次もこんな敵に出会った時に満足に対処出来ない」

「…それに、面白い能力も持ってた。全体的に見ても、とても珍しい奴」

「更に言うと、コイツは人間らしい。人間なんて初めてだから、知れる事は全て知っておきたいんだ」

「あ〜わぁったよ。だが、最終的には食うんだろ?」

「「勿論」」

 

 人間、という単語に二人は興味を全く示さない。未知の出来事に無関心なのは、やはりそれぞれの目的しか考えていないからだろう。或いは、ハクが『頭脳』を担当しているから、自分は知らなくていいと思っているのかもしれない。

 

 まぁ兎も角だ。

 部下はほぼ全滅したけど、それは別段気にしていない。死体が無いのは気になるが、そこに関しては後でじっくりコイツを締め上げて調べればいいだけの話だ。

 

 勝利を噛み締めると同時に、あまりに過大評価し過ぎていた敵の呆気ない終わり方に安心して、油断していた三人。もうすっかり心は、コイツをどう拷問して調べてやろうかという事にシフトしている。又は、コイツがどんな味をしているのか、という事だろうか。

 

 だから、ハクが読み取った心の声に、彼自身、肩を揺らすほどの衝撃を受けた。

 

 

 

 

『────よし』

 

 

 

 

 その一声。

 ノラでも、レイでも、ましてや彼自身でもない、無機質な二文字。

 その一言にハクは肩をビクッと揺らし、思わず足を止めて目を見開いた。

 

「…ハク、どうしたの?」

「…んぁ?どうした?ハク」

 

 明らかな動揺を彼から見て取ったのだろう、二人も足を止めて彼に顔を向けた。

 ハクの視界には、振り返って心配する二人の顔と、その奥で拘束されている人間の十字姿しか映っていない。

 しかし、彼の『第三の目』は、確かに聴く()た。ある一人の決意の声を。

 

 そして、『第三の目』は感じ取った。奴の心が、どんどん黒く染まっていく様を────。

 

 

「っ!?」

 

 

 おかしい。

 普通、あそこまで心が黒く染まる事など有り得ない。三人の心も充分黒いが、彼のそれは常軌を逸した漆黒だった。

 硬直している間も、奴の心は黒さを増していく。本能的に危険を察知したハクは、声をかけるのも忘れてその場を飛び退いた。

 

「お?」

「…?」

 

 まだ理由が分からない二人。ハクのやる事だから何かあるのかと思い、特に何も考えずに後ずさる彼を追うために踵を返す。

 

 完全に意識が外れたその瞬間、これが、彼らの決定的な隙となった。

 

 

 

 

ヂリッ────

 

 

 

 

 こめかみにそんな違和感を感じたのはレイ。奴を捕まえてから能力を切っていたのだが、その“嫌な予感”に本能が反応し、無意識的に能力を使用する。

 すると、自分の足元──地中に、夥しい数の“動くモノ”を検知した。これは、先の戦闘でも散々敵が使用していた、金属の杭。

 

「っ────!!!」

 

 隣のノラも、類まれなる戦闘での勘によって何かを感じ取ったらしく、次の瞬間、ハクが叫んだのと三人がその“範囲外”から退避したのは、ほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

「逃げろおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 そうハクが言うが早いか、三人は全力で“ヤツ”から距離を取った。ある者(ハク)は能力を使い、ある者(レイ)は糸を木にくっ付けて体を引っ張り、ある者(ノラ)は妖力を脚に纏って地を蹴飛ばした。

 本能的な危険を察知したからこその本気の回避。そしてその判断は、今までのどんな判断よりも正しいと思えるほどの危機一髪さであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地響きと共にそんな爆連音が鼓膜を突き破り、夜中の静寂を引き裂いて轟いたその現象の“正体”。それをどうしても確かめたくて、三人は皆一様に顔を背後に向け、そして同じように戦慄した。

 

「な……」

「おいおい……」

「…嘘…」

 

 

 それは、巨大な剣山。

 

 

 奴が居るであろう場所を中心として、無数の金属の杭が、放射状に外側に向けて先端を突き出し、威嚇するように月明かりを反射して眩く輝いている。

 数にして四百…いや、五百はあるだろうか。そんな数の堅牢な杭が彼を守護するように展開し、見るもの全てを貫かんとするその鋭い面持ちで外側の“全て”を睨みつけていた。

 この杭が断ち切ったのであろう。いつの間にか彼を捕獲していた糸はハラリと切れ落ち、剣山の外の糸は地面に横たわっていた。

 

「こ…これは……」

 

 そのずっしりとした構えに気圧され、三人は更に平地の端と後ずさった。

 

「お、おいレイ、アイツが一気に使えたのって…」

「…うん、多くて三十本くらい。能力で地中を調べたから絶対…な筈」

 

 その荘厳な雰囲気は、三人を射殺さんばかりの威圧を見せ、彼らは鼓動が速まり、呼吸が激しくなっていった。

 目を背けたいというのに体は言う事を聞かず、その圧倒的な風格に心を圧迫されて、全身を恐怖が穿つ。

 

 何故だ、とハクは考える。

 それなりに時を過ごし、数え切れない修羅場と嫌になるほど生死の境を経験したというのに、今更こんな針山一つで恐怖してしまう理由が見つからない。

 見上げるくらいにデカく、近寄り難い程に尖っているが、妖力も何も感じない、ただの金属の塊だ。一体、何に怯える必要があるというのか。

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 

 

 目が釘付けになりながらも体勢を立て直して戦闘準備を整えた三人。次は何が起こるのかと緊張して構えていたら、剣山が出現した時とはまた違った地鳴りが聴こえてきた。

 

「レイ、今度は一体…?」

「…分からない。まだ範囲外」

「くそっ、ヤバそうだなこりゃ」

 

 全く予想出来ない不測の事態。しかも、謎に怯えてしまっていつも通りの冷静さが欠けている。戦局をいつも盤上から眺めているような感覚が消え、残ったのは月明かりに照らされた暗闇のみだった。所謂パニックというやつだが、ハクの場合はパニックと言うよりは、次にどうしたらいいか分からない困惑の方が大きいだろう。

 地中がどうなっているかを尋ねたが、レイからは優れない回答。まだ攻撃の予兆が無いので、ここで一旦心を鎮めようとハクは『第三の目』を両手で包んだ。

 

(落ち着け…。ここで焦っては駄目だ。一度足踏みしよう)

 

 心の足踏み。つまりは深呼吸であり、それが一番有名な方法でもある。これは案外効果があって、周囲に気を配れなくなるが、自己を見直すことによって、焦りというのはみるみる内に消えていくのだ。

 

 

(……よし)

 

 

 気合いの入れ直しに、こちらも内心で自身に言葉をかける。

 地中から何も来ないのなら、取り敢えず自分達が何かを被る訳ではない。今は兎に角、目の前の針山を破壊することから始めよう。

 

「二人共」

 

 ハクは、敵の拘束が解けたから、あの針山を壊してもう一度奴を捕まえようという旨を伝え、自分達が奴に負ける訳が無いんだから、何も恐れる必要はないという激励を送った。

 

「…ぉぅ…おう!そうだな!」

「…たかが杭が増えただけ。他は何も変わってない」

 

 士気は充分。これで持ち直した。

 敵に時間を与えてはいけないと思った三人は、互いに目で合図した後、同時に針山へと駆け出した。それぞれが膨大な妖力を纏い、一気に叩いて砕いてしまおうと考えての行動だった。

 …だが、そんな三人の特攻も、地鳴りの終わりと共に現れた“一筋の閃光”によって、足を止めてしまう。

 

 

 

 

ドシュッ────

 

 

 

 

 何かが発射された音。

 そして天高く昇っていく一閃の光の筋。

 それは、剣山の内側──中心部分から伸びていた。

 その筋は空に高く高く伸びてゆき、終いには月と被ってしまう程に高く昇っていった。

 

 そんな神々しい光景に視線が捕まり、自然の足を止めて魅入ってしまった三人。中途半端に出た片足をそのままに呆然と眺めるその姿は、さながら初めて流れ星を見た子供のようだった。

 

(…………綺麗だ)

 

 細く長く月へと繋がっているように見えるその様は、自らの目の前にある剣山とは対極で、とても見惚れるものだった。

 そして、その光の筋は収束していき、発射地点であろう剣山の中心へと戻っていった。

 

「「「……………」」」

 

 無意識に上げていた顔がそれに合わせて下がり、視線が遂に先程の剣山に戻される。光線によってか、心做しか辺りの光が吸い込まれたかのように若干暗くなり、少し時間が経つにつれて目が慣れていった。

 暗順応(あんじゅんのう)という目の網膜の現象なのだが、それは今の彼らには関係ない。

 

ズドン……

 

 今度は何かが着地した音。これから予想するに、あの光の筋は何かの“物”が引いた光の尾だったのだろう。そして、敵の元に着地した。

 

 ここまでの全てが、三人にとって初めての出来事だった。光源なんて太陽と月、それと炎くらいしか見た事が無く、ましてやこんな幻想的で摩訶不思議な光景は尚更だった。

 固まったまま動けない。次に一体何が起こるのか全く予想が出来ない。修司()が魅せる手品をただただ眺めるだけ。それだけで精一杯だった。

 

ズズズズズ………

 

 と、これで幕引きと言わんばかりに、推定五百本の杭の山が地中に帰って行く。グラグラと地面を揺らしながら山が消え、そこに残ったのは一人の人間のみとなった。

 先程の戦闘の傷が数多ある筈だというのに、奴の傷は全て消え去っており、貼り付いていた糸は全て切除されていた。

 

 ここで初めて、三人は剣山に感じた恐怖の意味を知る。

 

 戦闘前の彼と何ら変化のない前方の彼。彼を見た瞬間、彼が威圧の正体である事を理解した。

 

 

 ────“目”が違う。

 

 

 こちらをしかと見据えるごく普通の黒い双眸。

 その瞳孔の奥深く。

 かなりの距離があるにも関わらず、覗けてしまったその“黒”。

 全ての色を混ぜたようなその“黒”に、全身から悪寒が這い上がって来た。

 

 自然体で得物を二つ(・・)持ち、三人には見た事の無い青色の服を着ている彼の眼差しは、彼らの心に突き刺さって、その棘を以て痛々しく貫いていた。

 

 

「……………」

 

 

 妖力は出ていないというのに、彼からはユラユラと湯気のような“気配”が見え、存在の大きさが視覚で見えているということに驚く三人。

 

「────あぁ」

 

 何となく漏れ出たその吐息にも彼らは最大限の注意を払う。彼の一挙手一投足を見逃してはならないという本能に従って、これまでにない程妖力を放出して警戒する。

 だが、対する彼は平静そのもの。視線を彼らから外し、その少し上の部分を見ながら、僅かに眉を寄せる。

 

「……実に、愚かだった」

 

 小太刀を一払いし、鯉口に峰を当ててから切っ先を持って行き、チンッと納刀すると、新しく手に入れた得物を両手で持って、腹の辺りで横にした。

 それに目を落として、その美しい姿を眺める。

 

「やはり、造って正解だったな」

 

 かなり遠く。

 実際距離にして約100mはあるというのに、三人の目には、彼の持つ武器の風貌が見て取れた。

 

 

 それは、短槍(たんそう)と呼ばれる部類の槍である。

 

 柄の長さは実に160cm。鎌が無く真っ直ぐ鋭い穂は、刀身約10cmの穂型をしている。所謂、素槍(すやり)という槍で、長さは違うが、戦国時代などでは歩兵の一般的な武器として広く使われていた。

 だが、勿論修司が造った短槍がそこらの槍と同じな訳がなく、幾つかの点で普通の槍とは異なる形状をしていた。

 

 まず、素材は小太刀と同じ素材で出来ている。刃が煌めく刀身は白銀色で、柄と刃の反対側に付いている石突きは小太刀の柄と同じ黒い金属だ。一繋がりの金属で出来ているのも小太刀と同じ。基本的に小太刀をベースにしているから当然だ。

 そして、刃と柄の間には“けら首”(刃と柄の境目の部分のくびれ)が無く、柄の直径と刀身の幅は等しい。

 更に、刀身と繋がっている柄の部分には、血止めを目的に口金(くちがね)をあしらっている。

 石突きは、取り敢えず丸くなっているだけで、特別何かあるという訳では無い。

 全長170cm程のこの槍。人の身長とほぼ同じくらいだが、修司の身長は180cmと少しあるので、彼自身よりは長くない。

 

 口金があったりするが、それは武器の性能上最低限の措置なので、結局のところ、やはり目立った装飾は無いただの真っ黒な短槍である。

 しかし、この武器には小太刀同様、ある一点にのみ、非常に特徴的な装飾を施している。

 

 それは、またもや“花”であった。

 

 花蘇芳(はなずおう)という種類の花で、草ではなく木の花である。

 口金のすぐ下から石突きに向けて、約30cmの柄にその花は描かれており、口金を根本として手元に伸びるように施した。

 花蘇芳を選んだ理由も、やはり花言葉である。

 花蘇芳の花言葉は、『疑惑』『不信』『裏切り』で、これには“ユダの伝説”という話が関係している。“ユダの伝説”とは、イエス・キリストの十二人の使徒の一人であったユダが、花蘇芳の木で首を吊ったという伝説で、これから花蘇芳は別名“ユダの木”と呼ばれている。

 

 小太刀は蘭をイメージして鞘を造ったが、これは修司自身の『疑心』をイメージしている。

 血なまぐさい逸話が残り、裏切りや不信を花言葉とする花蘇芳は、己の半身として使っていくこの短槍にはピッタリの花だと思ったからだ。因みに、実際の花蘇芳自体はとても綺麗な花なので、悪い印象を持ってはいけない。

 さて、閑話休題。

 

 

 そんな短槍を右手で持ち直し、バトンのようにクルクルと回してから自身の横にトンと突いた修司。ふぅ、と吐息と共に目を閉じ、そして開く。

 

「先程の痴態。挽回させてもらおうか」

 

 言葉の一つ一つに充分過ぎる重みを携えて、石突きを地面から離した。

 

 対極を担う華は、白刃を月光に燦めかせて弧を描く。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 来る────と思った瞬間にはもう、三人の目の前まで移動していた。

 

「くっ!?」

 

 三人が気付いたのはほぼ同時。だから、その場から散会するのも同時だった。

 認知されない速さで動かれた事実に驚いて思考が停止しかけたが、ノラが一気に妖力を解放し、その衝撃波に打たれたことによって我に返った。そのままハクはバックステップで後退し、レイは糸を木にくっ付けてまた森の中へと消えていく。

 ノラは前衛として覚悟を決め、その場で妖力の衝撃波を放つことによって修司の進行を妨げ、その隙に二人を逃がす事に成功。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

 その妖力を体に滞留させて腕に収束。頭上でクロスさせて両足を踏ん張ると、重ねた両腕に何かが重く打ち当たる音がした。

 

ガキィン!!

 

 腕と短槍とが当たった音とは思えない快音が響き渡り、穂先と妖力の壁が激しくぶつかるその音で辺りは震えた。楽勝で防げると思ったノラだったが、唐竹割りが炸裂した時に予想以上の膂力を見せつけられ、彼の踏ん張る地面が陥没した。

 相手の攻撃力が急に増幅した事に驚いたが、パワーで負ける訳にはいかない。前衛であるからには、全てを防ぎ、全てを砕く。

 

(くそやろっ……根性だせ根性!!!)

 

「っらぁ!!」

 

 気合いで押し返そうと踏み込むノラ。しかし、互いにせめぎ合っていた拮抗はあっさりと解け、短槍はすんなりと修司の方へ押し戻される。

 軽い…と思う間もなく、ノラは腹に衝撃を受け、後方へと吹っ飛んだ。

 

「がはっ……!?」

 

 飛ばされる間際、ノラは相手の姿を微かに捉える。そこには、左手の平をこちらに向け、低姿勢でそれを突き出している敵がいた。

 膨大な妖力を纏っているというのに、妖力で強化していないただの掌底に吹っ飛ばされた。その不可解な出来事に困惑するも、ノラは倒れることなく勢いをそのままにして立ち上がる。

 

「ぐぅ……」

 

 掌底とは、ただ押し出すだけの技だと彼は認識している。だから、内臓がこんなにも痛むことにとても動揺していた。

 そして、折角一撃を入れたというにも関わらず、敵は追撃をしてこない。ハクが心を読んで俺が逆襲するのが怖いのか、それとも居場所の知れないレイからの糸を警戒しているのか。

 どちらにしろ、ハクが作戦を考える時間が必要だ。敵の速さは先程とは比べ物にならないくらいに速くなっており、対処が困難を極める。

 だから、会話をして時間稼ぎをしようと口を開いた。

 

「お前────」

「流石は鬼か…」

「…!」

 

 挑発でもしてやろうかと思った彼だったが、言葉を被せるようにして修司が言い、彼は一瞬体に力を入れた。

 自然体に戻る彼を一層注視するが、余裕からか、何かを仕掛けてくる気配は無い。

 

(待て…相手から喋ってくれるんならそれでいい)

 

 相手が相手なだけに、いつもより動揺が激しい。実力が近しい者同士だからこそ、僅かな言動も命取りとなってしまう。だから、ノラが警戒するのは当然だった。

 だが、修司はそれをしない。それだけが唯一、ノラにとって腑に落ちない点だった。全てに鋭く、全てに余裕を持っているように見えるが、こちらは三体同時にかかっているのだ、厳しくない筈がない。

 ますます不可解な奴だ。兎も角、あちらから話しかけてくるならば、それに乗っておこう。

 

「鬼の腕力、張り合うのは少々酷だが、いなせないものではないな」

「はっ。俺の力に敵う奴なんざいねぇよ。お前もすぐに木っ端微塵に砕いてやる」

「ただの力押しという訳でも無いから尚更面倒だが……まぁいい」

 

 溜息一つ。

 穂先をノラに向けて持っていた修司は、両手で柄を握って半身になり、脚に妖力を込めた。

 

「君達の手札は全て見切った。もう、僕には通用しない」

「へっ、やれるもんならやってみろよ!」

 

 もう時間は稼げないな。

 ノラは脚を開いて腰を落とすと、また凄まじい妖力を全身に纏って両拳を固くした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

(やはり、妖力が他の妖怪とは比較にならない程のものだ。実力も蘭に次ぐものだろう)

 

 認識を改め、修司はその目を細くした。

 

(だが、もう手の内は分かった。絶対に油断はしない)

 

 鬼であるノラと少しの言葉を交わしている間に、彼は反則級の“切り札”を切っていた。

 それは、『昇華する程度の能力』。

 特に決めてはいなかったが、修司は、気に入った相手を殺す時、その寸前で人格を昇華して取り込んでいた。それは、相手の中身を知っているという絶対的アドバンテージを無しに、フェアプレーで相手を下してから支配下に置きたいという密かなポリシーがあったからである。

 しかし、今回は“本気”で相手をすると決めている。だから、まずは“一つ目”を切らせてもらった。

 

(…それにしてもコイツら、僕と“同じ者”だったとは…)

 

 初期に味わった辛い経験から、復讐に近い野望を抱いてそれを渇望する、憐れな“敗北者”。自分とは方向性や経緯、諸々違う点はあるが、大方同じような境遇である事が分かった。

 

 

────だからどうした。

 

 

 生きとし生ける者全てが何かしらの想いを抱くのは当然。それぞれが摩擦によって衝突し、どちらかが消えゆくのもまた自明の理。結局、『自分が許容出来るのは自分の想いのみ』なのだ。

 想いが…力が…決意が強い者が勝つ。

 だから、修司は本気を出す。そこには様々な理由が付随するものの、決して擁護することなく、ただただ冷徹に、“二枚目”の用意をするのであった。

 

 

 

 

 何回も説明した通り、修司の『昇華する程度の能力』は、対象の思想や知識、概念(能力)や人格などの“情報”を取り込むが、情報でないもの──例えば、今考えている事や、これから何をするなどと言った事柄については、知る事が出来ないのだ。

 だから、『昇華する程度の能力』を使ったところで、相手の手札や行動の全てを予見出来る訳がなく、彼が三人に言ったように“見切った”とは言い切れないのである。

 しかし、これを修司は、長年の経験と観察能力、そして都市で手に入れた情報の数々を駆使し、結果的に全てに対応する事を可能にした。

 

 

(検証はしてないけど、やってみるか…)

 

 

 技名を【完全解晰(かんぜんかいせき)】と言う。『昇華する程度の能力』、これまでの経験、都市で身につけた知識(心理学など)を使い、敵の“全て”に対して完璧に対処する、理想に限りなく近付く技だ。

 

 だが、これはまだ完全な技ではない。と言うか、この技に完成はないのだ。

 年月を生きれば生きるほど、人と会えば会うほど、数多の知識を得れば得るほどに、この技は成長して、進化する。

 

 技としては今日が初めての運用だが、この技は、ただいつもの予測に『昇華する程度の能力』をプラスしただけなので、実際は今までに何回も使用した事のある技術だ。

 能力を上乗せしたことによって、どれだけ効果が違うのかが楽しみである。

 

 

 

 

(それぞれが能力を持っていて、奥の三つ目の彼は『覚り妖怪』という種族なのか。)

 

 覚り妖怪。あの『第三の目』と彼が呼んでいる目によって、相手の心が読めるという種族らしい。やはり心を読まれていたか…。

 それと、彼らの能力。

 『喰らい尽くす程度の能力』、『気配を察知する程度の能力』、そして、彼に致命的な一撃を与えさせた、『引き寄せる程度の能力』。

 

 『引き寄せる程度の能力』。これは想像するに、かなり厄介な能力である。

 敵の知識からの予測だと、この能力は対象と対象とを引き寄せる事が出来る能力みたいだ。

 あの時は、ノラの拳と修司の体を引き寄せたのだと推測される。物体と物体同士の距離を縮めるのは、こうした接近戦を主としている修司にとっては脅威である。

 また、考える者によっては相当な汎用性がある事も、この能力の危険性の一つ。単純に攻撃を無理矢理当てるのに使うのもいいが、他にも随分と有用な使用法があるので、相手取る時にはとても注意が必要だな。

 

 

「君達の手札は全て見切った。もう、僕には通用しない」

「へっ、やれるもんならやってみろよ!」

 

 

 初撃と次打の後の僅かな会話が終わり、半身になって短槍を両手で構える。

 やっと製作が終わった力作。何故短槍かというと、蘭との初戦闘と最終決戦の時が短槍だったからという何気ない理由なのだが、実際全ての武器の中で短槍が自分に一番合っているというのを、彼は感じていた。

 

 ノラは妖力を纏ってこれに対抗する。奥でもハクが妖力弾の準備をし、場所は分からないがレイも糸の用意をしているのだろう。

 皆、大気を揺るがして風を巻き起こすほど密度の濃い妖力だ。よくこれだけの時間妖力を出していられるものだと感心させられる。

 だが、蘭はこれよりもずっとずっと、体が縛り付けられるような圧倒的な妖力を保持していた。あの途方もない圧力と比べれば、こんなものはそこらの犬が吠える程度のものでしかない。

 大妖怪と戦争を起こせそうな実力があろうと、所詮蘭以下。蘭以外に負けるつもりなど毛頭ない。

 

 地が割れ、自然が悲鳴を上げ、動植物が泡を吹いて気絶したって、僕はそれ以上の想いを以て抗おう。

 

 

「僕の想い、君達よりも上である事を証明しよう」

 

 

 復讐の為、生き残る為────蘭の想いを継ぐ為、僕は絶対に負ける訳にはいかない。

 

 声が届いたのか、彼らの顔は一様に覚悟を決めた顔になる。

 

(いい顔だ……でも)

 

 まだまだ想いが足りない。

 

 ────駆け出した地が爆ぜる音がした。

 

 




 

 キリスト関係の話は、作者が適当に調べ上げたので違っていたら報告お願いします。
 花蘇芳の花。綺麗でいい花ですよね。結構お気に入りだったりします。

 修司のもう一つの技、出ましたね。これは技のなかでも切り札に相当します。
 ただ能力に超予測が加わっただけの単純な仕組みですが、これがあればほぼ勝ち確なのではないでしょうか。イレギュラーさえなければ…あるいは…。

 そして、作者の待ちに待ったメインウェポン登場です!!
 主人公の最終的な装備は、短槍と小太刀の二刀流です!
 刀二本で二刀流や小太刀一本、槍単体で戦う人達は結構いますが、まさかの異色コンビですね。これはまた文章力の必要なものを…(←自業自得)。

 さて、やる事はこれでほとんど終わりました。後は諸々を書いていきましょうか。あ、適当には書きませんからね?


 ではでは、また来週に~。

 

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