東方信頼譚   作:サファール

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 やっといつも通りな感じに戻ってきました。一章完結まで後数話です。

 余談ですが、刺剛巌は説明だけを聞くと一撃必殺のバグ技な感じがしますが、案外弱点はあります。だって、修司が相手にする敵が、地面からの杭にそう易々と殺られる訳が無いでしょ?…という事ですw

 …とまぁ、厨二感MAXでバカみたいに無敵な今小説、どうぞお読み下さい。

 ほいーっとな。

 


26話.四体の化け物と慢心による弛緩

 

 修司は体を強ばらせた。

 何故自分の事を人間だと分かったのか。霊力は完全に抑え、妖力を低級程に出している今の状態で、どうやって人間と見当がついたのか。

 

「困惑…しているね」

「……!!」

 

 馬鹿な。顔には出していない筈だ。

 

 修司は、敵とまず話し合う為に、修司を担当している人格を交代している。

 いつもは戦闘に特化した蘭が繋がっているのだが、今は、都市にいた永琳の家の庭師さん──千代さんに代わっている。

 これは、腹の探り合いや、相手を鋭く見抜くことが上手い千代さんの影響を受けることで、相手の中身を調べようとしているからだ。

 だが、こちらが探ろうとする前に、あの少年は彼の事を言い当てている。その手品のカラクリが分からない以上、迂闊には動けない。

 

「ふむ……いい判断だね」

「………」

 

 落ち着け。何かがおかしい。

 まず、体の微動は制限出来ている。視線や強張りも普通のものだ。

 そして何より、“何も喋っていない”。

 

(…となると、能力で何かを調べられているのか)

「ふふふ…」

 

 不敵な笑みを零す少年。

 これを見て、修司は大体の予測を立てた。

 

(能力だとしたら、僕の中身を見透かすような系統の能力。違うなら、きっと奴の種族に関係するものだろう)

 

 その先を考えるのは辞めた。考えたところで、何も確定した要素は得られないからだ。

 

「────ふぅ」

 

 ならばやる事は決まっている。もう話をする必要も無い。

 修司は千代さんとの繋がりを切り、蘭と繋いだ。大した情報を得られなかったのは残念だが、あれだけ頭のある妖怪だ、得られないことも予想していた。

 

「……!」

(…ん?なんだ?)

 

 人格の接続を切り替えた瞬間、少年の顔が歪んだ。人格を変えたのを気付かれたのか?…なら、それもヒントの内だな。

 

「はぁ…あんまし強そうには見えねぇが、いっちょやってやるか」

 

 修司の雰囲気の変化を感じ取った鬼の青年は、溜息一つ吐くと、前に進み出て溢れんばかりの妖力を放出し始めた。

 

「…油断禁物」

 

 女郎蜘蛛の女性は、ただ一言そう言うと、そのまま横にズレて回り込むように陣取った。

 

「────とても興味深いが、死んでもらうよ」

 

 平静を取り戻した少年は、管で繋がっている三つ目の眼球をそっと撫でると、鬼の後衛に回るような位置に移動した。

 

 

「…全く、やはりそうなのか」

 

 

 修司はその様子を見て小太刀を一払いすると、刀身の峰に左指をなぞらせて言った。

 

「本当に、おめでたい連中だね」

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 僕達三人は、洞窟を抜けてから全速力で奴の所へと向かっていた。

 レイの『気配を察知する程度の能力』は、今は使っていない。

 何十年か前に、レイの能力である敵を監視していた時、ソイツはレイの能力に気付いたのだ。今回の敵は、一回目は運良く気付かれなかったが、今回はこちらを認識している。どんな対策を立てているか分からないので、レイの能力は危険があると判断した。

 

 僕達が本気で走った場合、目的地に着くまで約二時間半はかかる。

 だが、僕の能力のお蔭で、僕達の走る速度は格段に上がっている。三十分は短縮できる筈だ。

 

(それにしても…)

 

 思い返す。

 ノラが破壊した壁の土煙のせいで姿は見えなかったが、気配と妖力からして低級妖怪。それも、物理攻撃が不得手そうな肢体をしていたから、隠密行動が得意な妖怪だろう。

 

 だが、どうしても解せないことがある。

 それ程しかない実力でどうやって、上級妖怪を二体も殺したのだろうか。奇襲ならまだ分からないが、あの二体は気配の察知もかなり上手い。動物型に近いから、野生の本能が特に優れていたのだ。

 

 矛盾した事柄が重複しているのが不思議でならない。しかしそれが逆に、かの者に興味を湧かせてくれる。

 

「……ハク、もうそろそろ着く」

「分かった。ノラも準備はいい?」

「ったりめぇだ。寧ろ今から殺らせろ」

 

 血の気が多いノラの発言は流し、気配を捉えた僕達は、静かに戦闘態勢を整えるのだった。

 

 

 

 

 そして今。

 

 僕は、敵である目の前の彼に出会った瞬間、サッと周囲と彼の状況を確認した。

 

 荒れに荒れている森の木々と不自然な程に平らに(なら)されている地面。木や葉に付着している夥しい量の血。

 まるで何事も無かったかのようにそこに佇んでいる敵。自然な呼吸と挙動からは全く戦闘の跡を感じさせない。

 そして、大幅に成長した僕達を見てもこれっぽっちも動揺しない瞳。

 

(面白い……!)

 

 元々あった興味が、更に深くなっていく。僕は、彼の中身を覗いてみたくなってしまい、『第三の目』の制御を外そうかと迷っていた。

 僕が最初に声をかけても、それを可笑しく返せるほどの胆力の持ち主。僕達を一瞬で観察し、心にもの珍しげな好奇の色を浮かべる彼。

 

(やはり、お前は特別だ。この『第三の目』には一体何が視えるのだろうか)

 

 他者の醜い心を視たくないが為に、封印に近い意識で『第三の目』を抑え込んでいたのだが、この時ばかりは、その恐怖心よりも興味が勝っていた。

 長年制御をかけたままにしていた『第三の目』を、今、解放する。

 

 

(────!!)

 

 

 瞬間、多くの声がどっと流れ込んできた。

 レイとノラと敵のみの声だというのに、たった三人分の心の声は、僕の頭の中を激しく叩いた。

 覚り妖怪というのは、普通は『第三の目』の制御などは出来ない種族である。なので強制的に心の声を聞かされ、嫌でも頭の中に響く声に対して耐性が付くのだが、僕の場合、制御の仕方を覚えてからはずっと制限を掛けっぱなしだったので、その耐性が足りなかった。

 部下を全てやっておいてくれて助かった。きっと数百残った状態でこれをしていたら、立っている事すら難しかっただろう。

 

(うっ……煩い…)

 

 顔に出すことは防げたが、慣れるのに少々時間がかかった。それを感じ取った二人が、一言づつ敵に声をかけて時間を稼いでくれた。流石、長年の仲間だ。

 たったそれだけの時間で充分慣れた僕は、彼からの心の声に耳を傾けた。

 

『何故……?』

 

「困惑…しているね」

「……!!」

 

 考えている事がバレたのがそんなに衝撃的なのか、敵は内心でとても驚いていた。

 どうやら、レイとノラの種族は知っているようだが、覚り妖怪については全く知識が無いらしい。これは非常に有利だ。僕の種族を知らないということは、心を読めるという利点を知らないということだ。

 この仕組みを事前情報で知られていないのは大きい。後はノラが前衛で頑張って、レイで絡めとるだけだ。

 

 おっと、久しぶりの読心についつい浮ついてしまった。心で読んだ内容にいちいち反応してしまい、敵に何かを勘繰られそうになった。『第三の目』を放置していると、思った事をすぐ口に出してしまうのはどうにかならないだろうか。

 

 

「……!」

 

 

 突然、彼の中から聴こえる声の雰囲気が変わった。最初、老婆のような思考の深い雰囲気だったのに、たった今、活発な人特有の“色”に変わったのだ。

 目の前にいる人間の風貌は青年のようなのに、見た目より歳を取っているような深さを感じたから、僕は興味深いと思った。だが、今は別の意味で興味深い。

 

 瞬時に人格を変化させられるような珍しい奴に出会ったのだ、期待しなくてどうする。

 

(あぁ、惜しい)

 

 兎も角、非常に面白そうな彼だったが、こちらに甚大な被害をもたらすほどの強力な人間だ。人間を初めて見たから、他の人間が全部こうなのかは知らないが、彼はどちらにしろ危険。殺し、喰らって僕達の力とするのが一番だろう。

 ただ、気になるとすれば、彼が人間だというのに妖力を持っている事か。それと、弱いと聞いている人間がこれだけの実力を得た理由も気になるな。

 

 

「────とても興味深いが、死んでもらうよ」

 

 

 些か疑問の残る彼だが、角も、目も、蜘蛛の下半身も持たない脆弱な種族。妖怪の中では勝てていたかもしれないが、妖怪の上に立っている僕達に、お前の力は通用しないという事を分からせてやろう。

 

(さぁ…僕達(・・)の糧となれ────!!)

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

(…見たところ、前衛が鬼で、後衛が三つ目の奴、そして遊撃があの蜘蛛妖怪か。バランスは良いな)

 

 無駄に息の合った連携を取られ、若干唸る修司。

 

 小太刀を右手で握り、下段に構えて相手の出方を見ようとバックステップで退ったが、開戦と同時にすぐさま駆け出してきた鬼に迫られ、取り敢えず応戦するしかなくなった。

 

「っらぁ!!」

 

 豪快に妖力を込めた右ストレートで顔面を殴りつけてくる。

 修司はそれを左に躱し、一歩踏み込んで小太刀で斬り上げを放った。

 

「うおっ!?」

 

 だが、拳が外れるや否や瞬時にバッとその場を退いた鬼。

 追撃しようとした修司だったが、そこに背後からシュッという音が聴こえる。

 

「っ………」

 

 咄嗟にまた後ろに飛び退いた修司の眼前を、白い束のような糸が通り抜ける。

 糸か、と思う間もなくそれは発射した張本人の手元へと戻って行き、そちらに気を取られている隙にまた鬼が肉薄して来ていた。

 

「もらったっ!!!」

 

 先程よりも格段に強大な妖力を感じ、修司は回避や『点』を使うよりも投げた方がいいと判断し、迫る拳を掻い潜って手首を左手で掴もうとした。

 

 だが……

 

 

「ノラ掴み!!!」

 

 

 最短の意味のみを含んだ言葉が戦場に響き、ノラと呼ばれた鬼は目がギラりと光った。

 

「っあぁ!!」

 

 気合い入れなのか、叫びながら彼は無理矢理体を捻り、振りぬこうとした右腕をそのままに、右脚を振り上げて蹴りを出してきた。

 回転の勢いを殺さずに放たれたその脚は、妖力を纏わずとも充分な威力を持っていた。

 

(くそっ…!)

 

 掴もうと踏み込んでいた修司は、その脚を避けきれずに、腕をクロスさせてバックジャンプでそれを受けた。

 

ドガン!!

 

 蹴りとは思えない音がして、修司がノラに蹴り飛ばされる。

 バックジャンプである程度ダメージは受け流したが、それでも妖怪の一撃は重い。吹っ飛ばされて体の上下が反転している空中で、修司は両手を地面に着けてバク転で着地した。

 

「……驚いたよ。まさか僕の指示に反応出来る奴がいるなんてね」

 

 ノラの追撃は無い。

 遊撃として周りのこの平地から出て周囲の森に隠れている遊撃の蜘蛛妖怪を調べるため、【簿結界】を準備し、少年の声に手をプラプラして答える。

 

「運が良かっただけだよ。本当だったらこうはいかない」

「けっ。人間だか何だか知んねぇけどよ、低級程度しかない妖力じゃあ、()には勝てないぜ」

 

 今更だが、彼らからは大妖怪を軽くあしらえる程の莫大な妖力を感じていた。だから、今回の相手が楽に行けないというのは戦闘前から理解している。

 しかし、それでいい(・・・・・)のだ。体術と地中の合金だけでいい勝負をする(・・・・・・・)ことが、今の修司の目的なのだから。

 

「そうかもね。でも、勝負を投げるつもりは毛頭ない」

「だろうね。本心からそう思っているようだし」

 

 相変わらず、少年は修司の言葉の真偽を判別している。そして、修司は今の会話と先の戦闘から、彼のカラクリの正体を絞っていた。

 

(……アイツは厄介だな…。手の内を読まれるのは、流石の僕でも辛い。…鬼を抜けてアイツを叩くか)

 

 そう思った修司は、修司とノラと一直線上に並んで後衛にいる少年に駆けた。当然、正面にはノラがいる。

 だが、奥の少年はフッと微笑を浮かべると、ノラに指示を出した。

 

「ノラ通すな!」

「ったりめぇだ!!」

 

 普段の口調を無視した素早い指示に彼が反応し、修司と正対して両腕を広げた。

 修司はそれを見て、速度を緩めること無く小太刀を両手に構えた。白銀の刀身が煌めく。

 

 

 

 

────かかったな。

 

 

 

 

 修司がニヤリと口角を吊り上げた時には、もう遅かった。

 

 彼は、一瞬にして思考を切り換える。少年がそれに気付いた時には、ノラと修司は接敵寸前であり、とても声をかける余裕なんて無かった。

 思惑に気付き、目を見開く少年。

 

(……残念だったね、もう、君のタネは分かってるんだよ)

 

 思考を少年を狙うという一点のみに集中し、鬼を前方にいる彼を通さないように指示させる。

 そして、得物を動かし、何か仕掛けてくると思わせておき、意識を彼自身に向けさせたのだ。

 

 

 故に今、鬼は背後からの奇襲に対応出来ない。

 

 

「貫け、【刺剛巌(しごうがん)】」

 

 この鬼が修司を押さえると思ったのか、森の中から糸の援護はない。完璧なタイミングと作戦。

 背後から突き出てきた三本の合金杭。それに対応出来る手段とすれば────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…させない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 そんな細い声が修司の耳に入ってきた時には、彼の視界の外から三本の糸が発射されていた。

 悪寒を感じるほどの妖力が纏われたその三本の糸は、鬼の背後の【刺剛巌】の先端部分に張り付き、その進行を止めさせた。

 

グググ……

 

 【刺剛巌】は、修司の『地恵を得る程度の能力』で射出しているので、威力は決して低くない。それを止めるだけの妖力と、その糸を引っ張ってている彼女の膂力(りょりょく)は、相当のものだろう。

 

 まさか止められるとは思っていなかった修司は、突然の横槍に驚くも、杭を地中に無理矢理戻し、左手の平に薄い妖力の結界を創り出した。

 

「【簿結界】」

 

 ブワッと拡がった結界に、三者は一様に妖力を纏って警戒するも、何も起こらずに素通りしていく結界に疑問符を浮かべた。

 

(何を────!!)

 

 奥の少年が修司の心を読んで気付いたが、それは結界に触れた後だった。修司は合金の幾らかを、位置を割り出した蜘蛛妖怪の真下に移動させ、もう一度【刺剛巌】を放つ。

 しかし────

 

 

 

 

「…それは無駄」

 

 

 

 

 またそんな声が聴こえたかと思うと、蜘蛛妖怪はその場を飛び退いて合金の杭を回避した。

 これを躱されたという事実に若干驚いた修司。しかしながら、彼は素早く思考を巡らせた。

 

(おかしい…。今のはほぼ無動作で放ったのに、何故か避けられた。あの種族はそんなに五感が優れているという訳でもない…。だとすれば……能力か)

 

 能力なんて摩訶不思議な力が存在するこの世界。説明つかないものは大体が能力に分類される。他にも様々な可能性を考慮した修司だが、結局は能力ではないかという結論に至った。

 

「今のは危なかったぜ!レイ!」

 

 修司が飛び退く中で、目の前の鬼はどこへ向けるもなく声を張り上げた。

 隙なく行動しているので攻撃を仕掛けづらい。また連携が卓越しており、反撃の余地が全くと言っていいほど無かった。

 

 

「おらおらおらおら!!どうした!」

「僕達の攻撃に対処出来ているのは素晴らしいが、それだと負けるよ?」

「…楽勝」

 

 

 その後も、ノラとレイとハクの三人による隙の無い連携攻撃により、修司はドンドンキツくなっていった。

 ノラは修司の正面で接近戦を仕掛け続け、レイは死角から妖力の込められた糸を射出し、ハクは彼の心を読んで指示を出しつつ、自分も妖力の光線や妖力弾でノラの援護をしていた。

 はっきり言ってこれ程までに阿吽が整ったチームは殆どいないだろう。ノラの拳を回避したと思ったら背後からの糸での奇襲。それを体を捻って躱せば、今度はジャンプしたノラの空いたスペースから妖力弾が無数発射される。それに気を取られていると、ジャンプしていたノラが上から右ストレートを振り下ろしてくる。

 

 と言った感じに、修司に息をつく間も与えずに、彼らは彼を攻撃し続けた。

 月明かりが煌々とその戦場を照らす。静寂が似合うその美しい夜の中、地面を破壊し、木々を薙ぎ倒し、妖力で空気が爆ぜる音が周囲に淡々と木霊する。

 たった四人が奏でるその爆音の四重奏に、辺りの静けさは掻き消され、膨大な妖力から放たれる轟音は射線に映る全ての物を蹂躙していった。

 

 それでも、修司は判明した情報に上手く適応しながら、その全てを軽傷で済む程度に受け流していた。

 時には『点』を使い、時には【簿結界】で位置把握をし、時には【刺剛巌】で盾を創ったり反撃したりなど、三対一とは思えないほど善戦していた。

 

 三体は、その一体一体が、修司の足元に及ぶ実力を備えていた。

 その力の源は何か。それは、恐らく生後間もない頃に経験した悲惨なあの出来事から来る、圧倒的な願望の強さだろう。これまでの全てをそれに捧げ、過ごした時間の全てを力を付ける事にのみ執着した、今までの研鑽があったからこそ、三人は現在の(・・・)修司と互角……いや、それ以上に戦えているのだ。

 

 平らにした地面は既に見る影もなくボコボコに割れ、周囲の木々はあらゆる部分が抉られたように欠損し、数多の本数が倒木していた。

 

 戦闘が始まってから僅か約三十分。その短い間で、まるで破壊神がそのハンマーを振るったと錯覚するほどの凄惨な現状を創り出していた。

 それだけ……それだけの規模で破壊を繰り返したというのに、修司の目の前にいる三体の疲れは微塵も感じられず、同時に妖力にもまだまだ余裕があった。

 対する修司は、目立った傷こそ無いものの、その紙一重の攻防を久しぶりに経験したからか、いつもより疲れが見えてきた。

 

(もうすぐ倒せるな)

(……終わったらまた修行だな)

 

 と、それでも勝利のビジョンが崩れない両者。

 しかし、この均衡は、破られてしまうことになる。

 

 

 

 

(これは……なかなかにやりづらい相手だ)

 

 大妖怪なんて枠には収まりきらない妖力と身体能力。息の合った連撃とバランスの良い役割。そして、(恐らくだが)それぞれが能力を保有している。条件が揃うとここまで厄介になるのかと、彼は内心舌を巻いていた。

 だが、まだ本気を出すタイミングではない。寧ろこれ程の苦戦でも全く構わない。上げれば上げるほど、落とした時の落差は大きいものだ。

 

 そして、先程から気配を探しているというのに、あの蜘蛛妖怪の位置が一向に掴めない。森と気配が同化して、探知が困難になっている。流石は妖怪、と言ったところか。

 

「お前、能力持ちか。地面を操れるってところか?」

 

 余裕そうに攻撃をして来ないノラは、彼にニヤリと話しかけた。彼が喋らないでいると、それを肯定と受け取ったノラが、グッと両拳を握り締めて構えをとる。

 

「その能力と体術、それとハクのあの『目』を騙せたのは褒めてやる。だがな……」

 

 刹那、大気を揺るがすような妖力がノラから放出され、修司は小太刀を両手で握って腰を落とした。

 

()がその程度で殺られると思ったら大間違いだぜ!!」

 

 溢れる妖力で体を強化し、先程より格段に速いスピードで突進してくるノラ。狂った猪のようなその突撃。しかしそこに隙は微塵も感じられず、振りかぶった右拳は瞬時に回避を選択させるような強打であった。

 だから修司はギリギリまで引き寄せてから横っ跳びで避けようと脚に力を込める。

 

グン!!

 

 しかし、そんな彼の考えとは裏腹に、彼の体は何かに引っ張られるようにしてノラの元へと吸い寄せられていった。

 

(何っ!?)

 

 ハクの余裕から、まだ何かあるだろうとは思っていた。それがこれだったとは思わず、修司はノラの右拳を腹にまともに食らってしまった。

 

 

ドゴオオオオオォォン!!!

 

 

「がっ────」

 

 死に至るようなダメージを避けるために、咄嗟に妖力で腹を防御したが、それでも吐血する程の大ダメージを受けてしまった。骨も少し逝ってしまっただろう。内臓も、きっと損傷しているに違いない。吐血したという事は、消化器官か肺がやられたな。

 なす術なく、体をくの字のままに吹っ飛ばされる修司。だが、これで終わりではなかった。

 

シュシュシュシュッ

 

 突如、飛ばされている修司を遮るようにして糸が張られ、平地を分断するように粘着性の糸の壁が出来上がった。

 その壁へと突っ込んでいく修司。そのまま、貼り付けられるようにして糸の壁に捕まってしまい、彼は大の字のまま空中に縫い付けられる事となった。

 ガクンと頭が下がって俯く彼。前髪が掛かって顔が良く見えないが、反応が無いところを見ると、もう終わりのようだ。

 

「よし。ノラ、レイ、捕獲完了だ」

「あ〜もう終わりかよ」

「…なんか拍子抜け」

 

 生半可な鋭さではレイの糸を斬り捨てることは出来ない。そして、粘着性も強力だ。

 案外手早く終わってしまった戦闘に呆気なさを感じつつも、三人はまた一つ重ねた勝利を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 手を抜いていた訳ではない。

 寧ろ、かなり本気を出して戦っていた。

 それでも、この体たらくはなんだ。

 

 この一万年間、様々な状況にも対処出来るように体を鍛え続け、努力を積み重ねてきた。

 それが、このザマか?

 

(………改善点が多すぎて、最悪な気分だな)

 

 小太刀は刀身が短いと言えど、列記とした刀である。しかし、刃とリーチの利点を活かさずに敵に好きなようにさせて、自分の方はそれをただただ受け止めているだけ。間合いの取り方がなってない。

 しかも、次手の読み合いにおいて、あちらにはあのハクと呼ばれる少年がいる。考えている事を覗ける敵に会うのは初めてだし、対応も慣れていないという理由付けは出来る。

 だが、それで自己を擁護しても、“次”はない。負ければ死ぬし、勝てれば生きれる。全てが一発勝負の世だからこそ、自分は今まで修行を続けてきた。

 

 アイツらの実力は、確かに自分に近いところまである。蘭程ではないが、それでもこの時代においてはトップクラスの強者だ。あれくらいのレベルになってくると、強みを出された時に一気に流れを持ってかれる可能性がある。

 それが三体。しかも連撃の練度は他と比較にならないものだ。これまでに戦ってきた中でも蘭に次ぐ実力だろう。

 

 

────だが、戦闘においてそんな戯れ言は通用しない。

 

 

『相手の“全て”を看破し、“全て”を打ち負かせば、必ず勝てる』

 

 

 これは、最終的に考え出した結論だ。全ての可能性を潰し、全ての要素に絶対を付けることが出来れば、理論的には負けない。

 過程は、途中にある落とし穴に落ちないために、重要なのだ。勝負で勝つのは、最後の一撃を入れれた者のみ。極論を言えば、勝敗を決する一撃を相手に撃ち込めれば、過程なんぞはどうでもいい。

 

 過程を重んじる者は、綱渡りをわざわざ綱を歩いて渡ろうとする。

 しかし、勝ちを取りに行く者は、綱を使わずに、横の橋を渡る。

 

 両者に違いはない。見栄えは前者の方が圧倒的だろう。しかし、確実性はどちらが上だろうか。

 勝つ為には手段を選ばない。己の利なるを追求し、最大限の益を自らにもたらすため、不要なものを全て度外視し、ただ純粋に勝利を求める。これのどこが悪いというのか。

 誰が綱を渡れと言った。誰が橋を渡るなと言った。どちらにしろ、落ちれば負けなのだ。

 

 もう一度言おう、

 

『相手の“全て”を看破し、“全て”を打ち負かせれば、必ず勝てる』

 

 では、その“全て”に対処出来るようになるにはどうすればいいのか。

 答えは簡単、『強くなればいい』。

 体も力も頭脳も、強くなれるものを全て鍛え、全ての事象に対して完璧な対応を実現すれば、絶対に負けることは無い。

 結局は暴力でしかものは解決出来ない世の中だ。力を欲するのは自明の理だろう。

 

 

 

 

 しかし、今回。

 

 

 

 

 今回は、蘭以外では初めてと言えるであろう実力の近い者との、実践に近い自分の理論の証明である。今回だけは、敢えて過程も大事にし、それでいて、確実な勝利を手に入れれる──つまりは、己の強さを証明しようとした一戦であり、加えて“仲間”というものを否定する為の戦いである。

 

 だが、まだ自分がこれ程までしか強くなかったとは。

 

 たった一万年では、こんなしょうもない妖怪三体に追い詰められるくらいの実力しかないのだ。体術と合金のみであの三体を圧倒してこそ、(ようや)く自分が強くなれたのだと実感出来る。

 自分の目的は、とある者への復讐である。それを達成する為には、絶対に生き残らなければならない。

 

 知らない内に、心が緩んでいたのかもしれない。時間が経てば経つほど、激情や決意というものは薄れ消えていくものだ。

 正直に言えば、()めてかかっていたのだろう。どうせ、自分に敵う者などいない、自分は自分の理論を達成出来ているのだと、高を括っていたのだ。

 

 あぁ『疑心』よ、君の感情は年月によって風化してしまうような軟弱なものなのか?

 絶対の“猜疑心”。不朽の“警戒心”。尽きる事無き“復讐心”。

 全てを疑い、目的の為なら全てを容赦しないその冷徹な感情は、こんな戦い方を許すのか?

 

 違うだろう。違うからこそ、『相手の“全て”を看破し、“全て”を打ち負かせれば、必ず勝てる』という理論が出来上がり、自分はそれを目指しているのだ。

 油断というものは『疑心』にとって絶対に有り得ない、有り得てはならない。

 もう、金輪際こういった失態は辞めてくれ。一歩間違えれば死んでしまうような、危ない失態は。

 

 

 その願いに呼応するように、地中から“ナニカ”が迫っていた。

 

 




 

 なんと、修司が敗北です。これは後が怖い……w

 はい、なんとなく書いていましたら、不思議と修司が負ける流れになってしまいました。全く予想していませんでした。
 勉強云々で忙しいですが、頑張って書き続けます。


 それではまた来週に。

 

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