東方信頼譚   作:サファール

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 主人公の能力はまだ出てきません。
 自動的に能力名が分かったりなどのご都合主義成分は出来る限りなくしていこうと思っていますので、「えぇ~マジで~?」みたいな状況を作らないように努力していきます。

 原作キャラの口調や挙動がおかしいなと思うところがあるかもしれませんが、それに関しては作者がどうしようもないにわかだと思ってスルーしてくれれば幸いです。


2話.頭脳な彼女と記憶の彼

「さて、まずは自己紹介といきましょうか」

 病室の二人は、これまで名も知らないで会話していたことに少し笑いながら、互いに自己紹介をした。

 

「えっと、初めまして…よね、こういう時は。私の名前は八意永琳(やごころえいりん)。この都市の人間よ」

 

「僕の名前は白城(しらき)修司(しゅうじ)。記憶喪失で熊の妖怪を相手に出来るただの人間です」

「わざと言ってるの?」

 

八意からジト目で言われたが、彼はそんなことは無いと白を切った。

 

「…まぁいいわ。…はい、あなたの服よ。ボロボロだったから修復して自動補修機能を付けといたわ」

「…ちょっと待って下さい」

 

 彼女の両手に抱えられて出てきたのは、彼と青春時代を共に過ごした制服だった。だが……えっと、まずツッコんでいいかな。

 

「その自動なんたらって何ですか!?」

「あら、知らないの?てっきり知ってるかと…」

口元を隠して笑う八意。これは確実におちょくってるな。

 

 仕方ないので漢字を当てはめて推測しようとした瞬間、突然、修司の頭に知識が浮かび上がった。

 

「…それは、衣服が破れたり損傷を受けた場合に働く機能ですね。繊維の遺伝子を直接弄って、細胞を元の状態へと戻そうとするように仕向けた事が発端となって開発された技術で、衣服自体が全損しない限り、たとへ切れ端だけが残ったとしても全てを再生させることが出来る大変便利な技術です」

 

「…凄い、正解よ。あなた、ひょっとして博識なの?」

 

 八意が驚嘆しているが、先程の単語が己の口からスラスラと出た修司自身も驚いていた。これはいよいよ訳が分からなくなってきたぞ…。今喋った内容は、高校ではおろか、現代の科学技術でも達成し得てないものだ。それを修司は“知っていた”。しかも、無意識にだ。

 

「あの…そうみたいです…」

「なんで他人事なのよ」

「そ、それより八意さん、着替えるので席を外してもらってもいいですか?」

「えぇ、終わったら出てきて。退院の手続きを済ませるから」

 

 これはやばい。そう思った彼は、八意から制服をひったくると、急いで部屋から出るように言った。八意はそれを訝しむ様子もなく素直に出ていってくれた。

 バタンと扉が閉まる音がし、静寂が訪れる。

 修司はベッドから脚を降ろして座ると、まず制服に変わりがないかをチェックした。だが特に変わった点はなく、八意が言っていた自動なんたらの副作用のようなものは見当たらなかった。

 

「…ふぅ…」

 

 特に問題は無いという結論を下し、入院した時の服を脱いで制服を着る。このかっこいい制服の為に受験を頑張る馬鹿もいるらしいが、これは確かになかなかかっこいいと自分も思う。ここで修司は受験の意味が分からないのだが、そんな事が気にならないほど、今の彼は思考の海に溺れていた。

 

(これは、どういう事だろう。僕にはてんで分からない筈の話が“まるで知っているかのように分かる”。しかもさっきは言わなかったが、この自……機能の更なる向上を実現する手法まで分かった。知っているだけじゃない、“理解してその進化の先も分かる”んだ。彼女は記憶容量の事だけを取り上げて能力と言っていたが、きっとこの事や頭痛の事も能力に関係していると思う。…これは後で実験が必要だな)

 

更に知っていることは無いかと頭の中を探って(自分で何を言っているのかと滑稽に思えてくる)みると、まだまだ僕の知らない内に理解していた知識があった。

 

(何だこれ…って分かるんだけど、不老不死とか素粒子とか色々、現実では有り得ない技術が分かる…。だけどそれなりに難しいようだな。これは流石に材料があっても一筋縄じゃいかないや)

 

修司は頭の中の訳の分からない知識は取り敢えず放っておいて、自分の身に起こっている現象は能力のせいであると結論づけた。

 

(でも、どんな能力だ?八意さんは『いくらでも記憶する程度の能力』とか言っていたけど、これじゃあ一つしか説明出来ない。まだ分からない事だらけだが、これから時間をかけて理解していくか…)

 

 ベルトを締めて、身だしなみを整える。着替え終わった修司はテーブルに置かれた書類を持って扉を開けた。

 

 

ガチャ…

 

 

「遅かったわね、マイペースなのかしら?」

「そうですか?結構普通くらいだとおもうんですが…」

 ドアを開けるとそこはよく見る病院の廊下だった。所々に不思議なアイテムが設置してあったりゴミ箱が自分で動いている事などを除けば普通の病院の廊下だった。

 

「さ、行きましょ」

「行くって、どこにですか?」

「退院届けを出すのよ。それから、あなたの住居に行くわ」

凄い。もう僕の住まいが用意されているようだ。でも、いくらはやく用意出来たからって、縁側の下がお家…みたいなオチはやめて欲しいが…。こんな未来じみた森の奥の田舎に限ってそんな事はないと信じたい。

 

 

 階段を降りて受付に行くと、八意が受付の人と何か会話を始めた。そして紙を取り出され、そこに何かを書いている。あれが僕の退院届けなのだろう。八意自身が医者もやっているから、もしかしたら彼女自身が僕の主治医だったのかもしれない。主治医が退院出来ると言っているならいいという理屈か。大雑把だな。

 

「────終わったわよ。さぁ、はやく行きましょ」

「あ、ちょっと待って下さい!」

 

 書き物をさっさと済ませると、八意はスタスタと出口に向かって歩き出した。置いてかれそうになったので慌てて追いかける。途中視線がチラチラと僕達の方を見ていたが、あれは何故だったのだろうか。

 

ウィーン

 

 現代ではお馴染みの自動ドアが開き、彼女のあとを追いかけて修司は一歩を踏み出した。夕暮れの陽射しが顔を照らし、思わず顔を(しか)めて手で覆う。光に慣れてきたところで手を下ろすと、そこには…

 

 

 

 

「……えぇっとぉ…ナニコレ?」

 

 

 

 

 そこには、まるでファンタジーの世界を顕現したかのような光景が広がっていた。一瞬自分の目に異常が生じたのではないかと思い、両目をゴシゴシ擦ってからもう一度見たが結果は同じ。

 空飛ぶ車、ガラスの空中道路を走る電車らしき乗り物、地面では忙しなく何かのロボットが働いていた。…もう一度言おう。

「ナニコレ?」

「あら、知らないの?」

随分と離れた場所から八意が話しかける。それを見てまた彼女に向かって走るが、走りながら彼女に一言。

 

「あの、分かるんですけど、こんな街、見たことないですよ」

「当たり前よ。ここ以外にここの都市と同レベルのインフラを備えた場所なんて知らないわ。というか、ここの他に人間なんて見たことないし」

「え?それは言い過ぎですよ。いくらここが森奧の田舎だからって、日本の人口を嘗めてませんか?人間を他に見たことないって…」

 

 僕の言葉に八意は首をかしげた。

 

 

 

 

 

「え、日本って、何?」

 

「…はい?」

 

 

 

 

 

 日本の名前は今や全世界に知れ渡っており、その名を知らない人はいないと言っても過言ではない。ましてや、僕と言葉が通じている時点で日本人なのは確定だと言うのに、自分の国の名前を知らないって…。一体どんなギャグだ。

 

「ちょ、ちょっと…悪ふざけが過ぎますって…。日本ですよ?」

「だから、そんな名前は知らないわ。それは何処かの国の名前?そこにはあなたのような人間がいるのかしら」

「えぇ?…えぇぇ!?」

 

僕の思考回路はショート寸前だ。いや、僕の脳に限ってそんな事は起こらないと思うが、それでもこれはおかしい。

 確かに、こんな未来風なSF風景を持つ都市なんてものが日本にあったらそれこそ世界中の注目を集めるだろうし、技術が他に流出していてもおかしくない。

 しかし彼女は日本を知らないと言い、他に人間が住む土地を見たことが無いと言った。ここから導き出される答えは一つ…。

 

 

 

 

 

「…ここは……僕の知る世界じゃない…?」

 

 

 

 

 

 ボタンを触り、現れた二つの光を同時に触ってクルリと反転させる。そうすれば、ドアが開き、空中を進む自動車に乗れるわけだ。八意の私物らしく、使い方は分かるが僕が運転するのは不躾なので彼女に運転席を譲ったが、彼女曰く、これは自動運転なので使用者は乗るだけでいいと言う。便利だな。

 

 彼女が言う僕の住居まで時間がかかるらしいので、ここで彼女にこの世界について教えてもらった。記憶喪失を利用して、僕を元々この世界の住人だということに仕立てあげたのだ。

 彼女が説明した内容を要約すると、ここはツクヨミ様という神様が治めている都市というものらしく、堅牢な防壁に囲まれた安全な場所だと言う。防壁の外には鬱蒼と茂る森林地帯が広がり、そこは(おびただ)しい量の妖怪が跋扈する危険地帯らしい。兵士が徒党を組んで踏み入らなければ生きて帰ることは出来ないほど危ない所だが、僕はそこで見つかったという。よく生きてたな。

 そして、この都市の他には人間が生息する場所は無く、探索はしているが成果は皆無らしい。それに凶暴な妖怪が出現し始めており、捜索を断念して防衛に専念するところだったという。あの時八意が僕を見つけてなかったら、都市にはいなかっただろうな。

 

 一通り彼女が話し終えると、ハイテクな自動車が止まった。窓から外を見てみると、そこには凄い豪邸が…。え?こんな場所に住むの?僕だけで?

 

「さ、着いたわよ、降りなさい」

 

八意に言われるまま車を降りると、改めてその凄さを肌で感じた。

「ほら、ボケっと突っ立ってないで、入るわよ」

 彼女は既に扉を開けており、体を半分入れてこちらを見ていた。

「お、おじゃましま〜す」

まだ敷地に入っていのに言う言葉ではないな、うん。せめて中に入ってからだな。

 

 

 

 

 中に入ると外観通りの素晴らしい内装だった。では早速荷解きを…と行きたいところだが、生憎持ち物はこの服のみなので、特に何もなかった。

 だが驚くべきは、既に中に家具や道具などの色々な物が揃っていることだった。これは流石に準備が良過ぎないかと疑問に思っていたら、案の定誰かとの同居だと言うではないか。別に同居をするのは一向に構わないのだが、一体誰とだろう。こんな豪邸に住まわせてくれるほど寛容な人がいるなんて、まだまだ世の中は捨てたもんじゃないな。

 

「一人だけだと何だか寂しくてね。それにあなたの監視も出来て一石二鳥よ」

 

うんうん。こんなに広くても一人で住んでるんじゃ寂しくて敵わん。監視とはいえ同居人が増えるのはいい事だな。

 

「それにこんなに大きな家だと掃除とか家事が大変なの。それも手伝ってくれる人を探していたのよ」

 

後から来た人間だから文句は言えないしな。家事くらいなら全然大丈夫さ。寧ろ何もしないとかニートじゃないか。…………ん?

 

「や、八意さん、そう言えば、家主さんはどこですか?」

「どこにいると思う?」

目を細めて僕を見る彼女。僕は不思議に思いながらも取り敢えず周りを見渡してみた。

 外観から豪華絢爛な内装を予想していたが、思えばそんなに豪華ではない。質素な雰囲気を努力して醸し出しているような…。元々は僕の予想通りに煌びやかだった跡が所々にあり、一部を捨てて庶民的な物を適所に置くことで、中の空気を過ごしやすいものにしている。

 

「…ここの家主さんは、きっとこんな豪華な家には住みたくないんじゃないでしょうか」

「ふ〜ん?」

「部屋の家具の配置からそんな印象を受けますね。きっと、体裁を保たなければならなかった理由があるのでしょう」

「…………」

 

 八意は興味深そうに修司を見ていた。その目は彼に対する様々な感情が渦巻いて、はっきりと判別しない。

 

「でも…」

振り向いて彼女を見る修司。視線が合わさり、八意の方が先に視線を落とす。

「…凄いと思います」

「………え?」

 

彼の言葉に、彼女は驚いた。

「望めばどうとでもなりそうなくらいに位の高そうな人なのに、それをせずに“使命感”でここに留まって頑張っている。ここまで意志の強い人はなかなかいません。尊敬します」

 

 ただ部屋を見ただけでここまで言うなんておかしいという人もいるかもしれない。だが、彼はこの家にある“それ”を、少しの頭痛を伴って読み取る事が出来たのだ。本人が何をしようと思ってやったわけではない。これは彼の無意識から来る“本能に能力が呼応”したものだった。

 これは能力のせいで知れた事だ。だが、彼の口にした言葉は“本心”から来る本物だった。彼は気付かなかったが、彼女は驚かすつもりだった。元から本気にしないで茶化すつもりだったのだ。しかし、彼から放たれたこれまでにかけられたことの無い心のこもった言葉に、彼女は思わずたじろいだ。これまで彼女にかけられた上辺の世辞とは違い、彼の言葉は彼女の心を深く揺さぶった。

 それは凍っていた彼女の心に優しい陽射しを降り注がせ、ゆっくりと溶解させていった。

 

 

「…私よ…」

「何がですか?」

 

 

 いきなり何を言い出すのだろうと言いたげな顔をする。当然だ。彼は能力でこの家から家主の心情を推測しただけで、ここの家主が誰かを知って言っていたわけではなく…。

 

 

 

 

 

「…ここの家主は、私よ」

「……………うぇ!?」

 

 

 

 

 

 盛大に驚嘆し、彼の顔は羞恥に染まった。

 

「そ、そんな…えぇ!?」

「残念ながら、これは本当の事よ」

八意は半目で彼を睨んだ。

「随分と色々な事を調べてくれたわね」

「え、いや、その…これはなんと言いますか……不可抗力というものでして………兎に角すいませんでした!!」

「プライバシーの侵害よ?これは」

 

 容赦なく追い討ちをかけていく八意にただただ頭を下げる修司。夕暮れの太陽が窓から顔を覗かせ、変な構図の二人を優しく照らしている。都市の重役と居候の記憶喪失は、そんな“普通の時間”を、互いに久しく思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず修司は八意に挨拶をして、自分の部屋に案内をしてもらった。廊下が嫌になるほど長く、ここに一人で住んでいたのかと思うと、修司は彼女を少し不憫に思うのであった。

 

「ここよ。これからこの部屋があなたの部屋」

「おぉ〜」

 

だが、そんなに廊下は歩かず、案外近くに彼の部屋はあった。中を見てみると、それなりに広い空間が広がっていた。最低限の家具などは揃えられており、何から何まで本当頭が上がらないな。

 

「それで、ここに住むに当たって幾つか条件があるわ」

「条件?」

 

そんなに酷いものじゃないといいけど。

 

「まず、家事の分担」

それは分かっている。当たり前の事だ。

「次に、家主の命令は絶対」

ん、まぁ、許容できる範囲だ。

「そして、私の研究の手伝い」

え?それ、僕に務まるのか?ちょっと不安だな…。

「最後に、薬の実験台に…」

「それは待ったああぁ!!」

 

 この人、なんて事をサラッと言ってんだ!

 

「何?これくらい大丈夫でしょ?」

「いやいや!全然大丈夫じゃないですって!それ下手したら死にますよ!?」

「大丈夫よ。危険な物は服用させないようにするから。あなたが服用するのは少なくとも人体に悪影響を及ぼさないもの限定よ。拒否権は無いから安心しなさい」

「理不尽だ!?」

 

どうしようもないので項垂れるしかない修司に、八意は意地悪く笑った。

 

「それじゃあ最初の命令よ。取り敢えず敬語を取りなさい」

「え?何でですか?」

 

命の恩人であり、居候の身である僕が敬語を取るのはどうかと思うが…。

 

「私が嫌なのよ。これから一緒の家で暮らすのに、敬語じゃ固くてやになっちゃうわ。あ、それと、苗字も無しでね」

「え、え、永琳…さん…」

「さんも無しよ」

「え………永琳…」

「よし」

 

腰に手を当てて満足した永琳に修司は肩を落とした。

 

「どうしたの?」

「いや、今まで人を名前で呼んだことが無くて…」

 

記憶は無いが、何となく分かる。僕は以前、碌に人と喋ってなかった筈だ。コミュ障という訳では無いが、いきなり女性を名前で呼ぶなんて出来ない。慣れるしかないのだろうが…。

 

「ふふっ、そうなの。」

 

僕の初心っぷりが面白いのか、さっきから口元を手で隠して忍び笑いをしている。誰だってこんなもんだろ。何か悪いか。

 

「あぁ、拗ねないで。悪かったわよ」

 

僕がそっぽを向いて、永琳は慌てて宥めてきた。

 

「…それで、後はやる事ありま……あるか?」

「う〜ん。今日はもうご飯を食べて寝ましょうか。明日から色々とやらなきゃいけない事があるの」

「了解。じゃあ、今日は僕が料理を作るよ」

 

居候は働かなければ。

 

「そう?それじゃあ、楽しみにしてるわね」

 

 ハードルが上がったが、善処しよう。

 

 

 

 

 

 僕の作った晩ご飯はとても好評だった。一人暮らしをしていたので料理が出来るのかと彼女に訊いたら、彼女は今まであまり料理はしてこなかったそうだ。お蔭で僕のような料理でも美味しいと言って食べてくれた。そんな様子にホッコリしつつも、僕はもっとこの世界の事を知りたいので食後にまた説明を頼んだ。頭では分かっているが、どうにも人から説明を受けないと確実にならない。名前も分からない僕の能力が上手く制御できてない証拠だな。

 

 彼女からは実に沢山の事を教えてもらった。

 彼女は都市ではトップクラスの権力の持ち主であり、それと共に実力も兼ね備えており、更には都市の発展に大いに貢献してきた天才という、正に非の打ち所がない完璧な人間らしい。彼女自身はそんな事ないと謙遜していたが、彼女との会話に不意に量子論が飛び込んできたりするので、彼女の普通の基準はえらく高い事が分かる。それのせいで、今まで話の合う人が居なかったらしいが、僕にはその話が理解出来たので、彼女は久しぶりの楽しい会話に顔を綻ばせていた。

 

 彼女は、僕を森から連れ帰った後、僕を都市に住まわせようと上で議論したのだが、上が未知の存在というものにすっかり怯えており、なかなか許可してくれなかったらしい。しかし永琳が何とか妥協点を提示すると、彼女自身が監視するという条件で住むことをやっと許可されたと言う。僕が寝ていた間にそんな努力をしてくれていたなんて、永琳にはやはり頭が上がらないや。

 

 僕はかなりの自由が利くらしい。その辺をブラブラしてもいいし、お金があれば買い物も出来るとか。普通の住人と権利は変わらず、身分は八意永琳の従者になると言う。何かあった時は私の名を口にすればいいと永琳は言った。その優しさをありがたく思いながらも、それだけは絶対にしないでおこうと心に決めた。

 

 

他にも色々と知っておいて損は無い情報を永琳は教えてくれ、僕はそれを全て反芻して理解した。

 

「……もう遅いわね。今夜はこれくらいにして、続きはまた今度にしましょ」

「賛成だな。悪い、長いこと付き合わせて」

「気にしないでいいわ。分からないことは早めに知っておきたいものね」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 同時にフッと笑みが漏れ、それが引き金で二人共噴き出してしまった。あぁ、本当にこんな会話は久しぶりだ。普通の会話がこんなにも楽しいものだったなんて。それは彼女も同じだろう。周りに人がいるのに孤独な感覚は、何年やってても決して慣れるものじゃない。

 

「はははっ」

「ふふふっ」

 

二人の笑い声は暫く続き、月光が照らす家に吸い込まれていった。二人はり笑うと、これまた同時に言うのであった。

 

「「おやすみなさい」」

 

 これが、これからの長い生活の第一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 永琳の家で生活してからもう数ヶ月が経った。後で彼女から聞いた話だと、彼女達には寿命が無いらしかった。なので少し気になって、永琳に今の歳を訊いてみたら、弓矢で人間ダーツをされるはめとなった。どこの世界に行っても女性に年齢の話は御法度なのである。

 

 そんな衝撃の事実をサラリと受け流して、今日も清々しい朝を迎えた。朝を早起きするのは、僕の習慣だ。まだ朝日が登っていないにも関わらず、僕は“元”制服の袖に腕を通した。何故制服で生活出来ているかと言うと、ここに来てから次の日に、永琳が僕の制服と同じ格好の服(材料などは不明)を何着も用意してくれ、この制服がそのまま僕のトレードマークとなったのだ。

 元々運動に特化したタイプの制服だったので、これで全く問題は無かったのだが、都市が作成に使用した繊維がこれまた凄い代物で、僕が着ていた“元祖”制服も、熊と闘えたほどの機動性を持ち合わせているのだが、それとは比べ物にならないくらいに軽く、関節の可動域や伸縮性などが非常に優れており、そして安定の自動修復機能付きという優れものだったのだ。

 都市の人達はみな同じような服装をしているので、僕が街中を歩くととても目立つ。しかしそんな事は全く気にしてないようで、特に視線を気にする事無く過ごせていた。

 

 閑話休題。

 

 朝の日課であるトレーニングをやり終えたら、永琳の部屋に行って、彼女を起こす。彼女は少々ねぼすけだが、それがまた彼女の美しさを際立たせていた。

 そして僕はいつもの様に朝食の準備に取り掛かる。いつもは僕が用意した朝食を永琳と食べ終えてから今日の家事に入るのだが、食べ終わってから食器を片付け始めた僕を、まだ椅子に座っている永琳が引き止めた。

 

「ねぇ修司」

「ん?何?永琳」

 

最初の頃とは違って、僕達も随分と仲良くなった。名前呼びや敬語無しに抵抗が無くなり、“あの時”のように自然体で接する事ができるようになった。彼女もそれは同じらしく、僕同様、砕けた感じになっている。

 

「あなた、軍に入ってみる気は無い?」

「え?軍って、防衛軍の事?」

 

 軍とは、防壁外から攻めてくる妖怪を撃退する為に組織された都市防衛特化の軍事集団の事だ。現代には無いような光線銃や高性能爆撃ミサイルなど、設備に富んでいるが、最近人手不足だと聴いた。

 

「あなたも知っているでしょう?最近妖怪が凶暴になってきて、防衛軍の兵士が少なからず減ってきている事」

「知ってるよ。でも、僕なんかが軍に入れるの?」

「あら、愚問ね。あなたは熊を相手にするただの人間でしょ?それなら大丈夫よ」

「うぐっ……数ヶ月前の話さ。今はきっとそこらの犬にさえも負けるよ」

 

 これは謙遜である。事実、彼は父から全てを学んでから、一日たりとも訓練と地道なトレーニングを怠っていない。その体は一見細身な長身で弱そうに見えるかもしれないが、実はそうではない。彼の筋肉は無駄なく引き締まり、その細い腕から放たれる一撃は外見不相応の威力を秘めている。成長期なのもあって、彼はトレーニングをする度に、着実に成長を遂げていった。今では格闘戦においてなら軍に十分通用するだろう。

 

「取り敢えず、入隊はしなくてもいいから、一度顔を見せに行くわよ。私も行くから」

「…分かったよ永琳。大体先が読めてきたけど…」

 

溜息混じりに言った一言に満足し、永琳は、じゃあ今日の午後に行くわよと言い、一人自室に篭って研究の続きを始めてしまった。

 何となく今日の午後の予想が頭をよぎり、修司はまた一つ、大きな溜息をつくのであった。

 

 

 

 

 お昼を食べ終え、修司は永琳に言った。

「それで?何時くらいに訓練場に行くのさ」

「食べたら行くわ。夕方までかかりそうだし」

そんな長い時間訓練するのか…。これは筋肉痛確定だな。

 

 着替えなどの用意を済ませ、玄関を開くと、既に永琳は門の前で待っていた。そこにはお馴染みのハイテク自動車がある。あれで目的地まで行くのだろう。

「ごめん、待たせた?」

「ううん、大丈夫よ。それじゃあ、行きましょうか」

 ボタンを押して、現れた二つの光を同時に押してクルリと反転させる。そして開いたドアの中に体を滑り込ませ、奥に乗る。隣に永琳が座ってきて、これで幅が丁度になった。思ったよりも小型なのだ、これは。

「目的地は、防衛軍の訓練場ね」

「お、御手柔らかに…」

「私に言ってどうするのよ」

 

 

 目的地を設定すると、自動車か勝手に空中を移動し始めた。相変わらずこの技術力の凄さには舌を巻くが、僕は既にこの都市の全てを知識として吸収していると言っても過言ではない。

 この数ヶ月間、僕は必死に能力の修行をした。また永琳と初めて会った時みたいな醜態は晒したくないからだ。

 結果、僕は、この摩訶不思議な能力の大半を理解した。

 

 この能力について今は説明しないでおくが、これはいずれ説明するはめになるだろう。世の中そんなに甘くはないのだ。案外、今回の訓練の時に使うかも知れないな……なんて…あはは。

 

「…ねぇ」

 

 と、突然永琳が話しかけてきた。

 

「何?」

「あなたは…どこかに行ってしまうの?」

 

 …難しい質問だ。元の世界に帰りたい気持ちは塵ほども無いが、それでも帰る帰らないと選択を迫られてしまったら、腕を組んで唸ってしまう。元いた世界に楽しい事は一切無かったし、辛い事はあったかと訊かれればそれはもう首がちぎれんばかりに縦に振る。しかし、愛国者というか、故郷がやっぱり気に入ってると言うか、それとも腐れ縁と言うか…。元の世界に戻ったってそんなに大した事は出来ない。強いていうなれば、“復讐”をしたい。

 

(……あぁ!もう分からない!)

 

 記憶が欠如しているせいか、そういう感想のようなものはツラツラと言えるのに、結局どちらだと言われると決断ができない。まだ必要な記憶が無いからか…。

 

 

(…でも…)

 

 

 僕は隣の永琳の頭に手を乗せて、微かに頭を撫でた。

 

「選択の時が来たら、その時はきっと、僕は悔いのない決断をするだろうさ」

「わっ……いきなりなによ…」

 

返答の内容よりも頭を撫でられているのが気になるのか、永琳の双眸は上を向いている。だがすぐに視線を彼に合わせると、少し不安そうな顔をした。

 

「………それは、私にとってどうなのかしら」

 

 

 

 僕は、その問に答える事が出来なかった。

 




 東方でハーレムって、本当に原作に入らないとタグ詐欺ですよねw

 そんなことを思いつつ、とりあえず予定という二文字をつけてればいいやと考えてタグを残している今日この頃です。
 タグに関して何か忘れていることがあったり、コレ違うんじゃね?って思ったタグは随時追加&消去していくので、もし何かご指摘があればコメント下さい。

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