東方信頼譚   作:サファール

29 / 35
 

 まとめるのが難しい…。矛盾が無いように気をつけますが、何か気付いた方はご連絡下さい。

 主人公の武器に異常なまでに執着してしまった馬鹿な作者の戯れにお付き合い頂きありがとうございます。今章で、作者の思い描いていた修司の完全形態の到達、主人公の使う武器の完成です。(ついでに新しいなか(ry)
 …あ、終わりみたいな雰囲気ですが、まだですw


 ではどぞー。


25話.消し飛ぶ命と歪曲した想い

 

 

 

 太陽の傾きで言うと、今は秋の夕暮れの時間帯だ。しかも、もう暮れかけと来た。月が出るまでこの暗い中で戦闘をしなくちゃいけないなんて、なかなかの悪状況だな。

 

「「「「「グルァァァァァァァァ!!!」」」」」

「静かにしてくれ」

 

 修司が洞窟から飛び出してきた瞬間、出頭を待っていた複数の妖怪が一気に飛びかかってきた。ある者は牙で、ある者は爪で。珍しい者は、鉈や大きな棍棒を持って突撃してきた。

 だが、伊達に一万年も妖怪を駆逐していない修司。鉈を振るってきた妖怪の腕の骨を殴って折り、取り落とした鉈を掴んで目の前のソイツと他三体の妖怪の首を狩った。誰かが吼える前に、鉈を投げて後ろの一体を殺り、考え無しに突っ込んで来ている妖怪の顎をアッパーで粉々にして吹っ飛ばす。

 そうして、瞬く間にその十体程の妖怪の妖怪を絶命させた修司は、周りにいる妖怪の全容を把握する為に、妖力を練って球状の結界を創り出した。

 

「【薄結界(はくけっかい)】」

 

 これは、霊力や妖力で結界を創り、その密度を限りなく薄くしたものである。

 

 結界というものは、エネルギーを術式化、物質化して、特定の物を通さないようにする技術の総称である。一番手っ取り早くて簡単な結界は、結界自体を物質化して物理的な攻撃を防ぐタイプの結界で、修司が蘭の墓を荒らされないように張った結界は、これとは別で特殊な種類のものだ。

 【薄結界】は、結界の仕組みを少々弄り、まるでシャボン玉のように柔らかくした結界である。シャボン液を手に付けてシャボン玉を触ると突き抜けるように、この結界は何かにぶつかっても壊れずにそのまま通り抜ける。

 この技の特徴は、通り抜けたものを技の使用者は感知することが出来、その形状を知ることが出来ることだ。触れる全ての物やエネルギーを透過する能力もあるので、殴ったり弾幕を張ったしても壊れないし、他者から当てられた術式にも反応しない。

 

 生成や操作が凄く難しい代わりに、消費がとても少なくて済む便利な技だ。因みに、通常の結界や少し特殊な結界を作るのは可能だが、蘭の墓に張った結界や【薄結界】のようなレベルの結界を創るのは、修司にしか絶対出来ないような精密さが必要となる。

 

 

ブワッ!!

 

 

 手の中で生成した【薄結界】を押し広げ、衝撃波のように修司を始点として広がっていく。周囲にいる妖怪や動物、植物や小さな地形の起伏までが修司の頭に情報入ってきた。

 

(数は……3千と285体か…。あの時の戦争よりも千体ほど多いな)

 

 きっと上空から眺めたならば、森は蠢く妖怪達で波打っているだろう。気持ち悪さすら覚えるかもしれない。

 

(だが……)

 

 もう何にも動じない。三千を超える軍勢がどうした。そんなもの、武器が無くたってどうってことない。

 

「殺し尽くしてやる……」

 

 全方位からやって来る雄叫びを聴きながら、修司は瞳孔を(すぼ)めた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、憎いアイツが帰ってきてから大将の指示を受けて、立ち入り禁止になっていた洞窟の警護をしていた。いや、警護じゃねぇな。監視だ。

 

「ふあぁぁぁ〜〜」

「おい、欠伸をするな。馬鹿の責任は部隊の責任になるんだからな。私はお前なんぞの巻き添えを食らうつもりなど毛頭ない」

「ふぁいはい。うるせぇなぁお前はよ」

 

 くっそ憎たらしいコイツは、何かにつけて俺を罵倒してきやがる。いっちょ殺してやることも考えたが、コイツもうぜぇが俺と同じ大将の手下だ。手下を減らせば罰が与えられるのは分かってる。正当な勝負だったらいいんだがな。

 

「「「「「グァウ!」」」」」

「あ〜はいはいお前らは黙ってろ」

 

 最近知り合ったこの雑魚妖怪四匹。無理矢理コイツらと組まされた時は面倒だったが、コイツら、やる時はしっかりやるし、低級の雑魚にしては上手い闘い方をする。正直、俺とコイツらが闘えばいい勝負になるだろう。くそったれが。

 

「それより、お前、敵はどんな奴だと予想する?」

「あ?」

 

 急に俺に話を振られ、俺が適当に返すと彼女は激しく怒った。

 

「私達が今回捜索を任されたのは、縄張りに敵が侵入したからだろ!そんな大事なことすら頭から抜け落ちたのか!」

「あ〜今思い出したから忘れてねぇ」

「先程までは忘れていたという事ではないか阿呆!」

 

 ガミガミうるせぇなぁ。テメェは俺の親か何かかよ。

 後頭部をガシガシ掻いて面倒くささを最大限に示した後、俺はこれ以上耳を痛めたくないので話題を戻した。

 

「わぁったわぁった。そんで?敵がどんなのかって?」

「お前は……!はぁ…もういい。そうだ、今回の敵がどんな輩なのか、気にならないか?」

「敵ぃ?」

「そうだ」

 

 彼女は、今までとは全く違った新しい敵がどんな奴かを想像することで時間を潰しているらしかった。暇過ぎだろ、お前。

 

「ん〜、筋肉が山のようにある大牛かもな」

「何をとち狂ったことを…。敵は全く見つからずに我らが領内を歩き回っているのだぞ。そんな巨体なわけないだろうが」

「じゃあお前はどんなんだって予想すんだよ」

「私か?私は……そうだな…」

 

 分かってる。お前が答えが出なくて俺に聞いてきたってぇのを分かってるから、話題をそっくりそのまま返してやった。これで暫くは静かになるだろう。

 予想通り、コイツは悩みに悩んで唸ったまま俯いている。一生そのままでいろ。

 

(………ちっ、周りがうるせぇな…)

 

 だが、コイツを静かにさせたところで俺に安寧が訪れる訳ではなかったらしい。周りには夥しい程の妖怪共がいて、俺らと同じく洞窟の出入口を監視していた。俺らは洞窟の近くに行こうとしたが、既にウジャウジャといるもんだから、俺らは洞窟から少し離れた所に陣取っている。

 

(あ〜せめて何か起こら────)

 

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオォォォォォォ………

 

 

 

 

「何だっ!?」

 

 耳がいい俺は喧騒の中でいち早くそれに気付いた。

 

「ん?誰かの雄叫びか…?」

 

 コイツも遅ればせながら気付いたようだ。

 妖怪の雄叫びには、それだけである程度の意味があったりするが、今回の奴の咆哮は開戦の高揚から来る興奮の意味が含まれていた。大体は雰囲気での判断に頼る他ないので確信は無いが、それでもほぼほぼ合っているだろう。

 方向は洞窟のある方面からだ。三千の軍勢を相手にする事になるとは夢にも思わなかっただろうな。

 

「洞窟の方からだ。俺らも行くぞ」

「無論だ。行くぞ!お前達!」

「「「「「グルアアァ!!」」」」」

 

 すっかり隊長になっている。ムカつく野郎だな、本当。やっぱお前は俺が絶対に殺してやるよ。

 

 周りの興奮に流されるようにして向かう俺ら。

 さて、俺の分の肉でも残ってるといいな。こんだけの数の妖怪が波のように押し寄せてくるんだ、どんなに相手が強かろうと一瞬だな。

 

 

 

 

 ────今思えば、逃げ出しても良かったかもしれない。憎いアイツも連れて、大将様の命令なんてほっぽり出しちまったって、誰もなんの文句も言わなかっただろうよ。

 頭の中は後悔で一杯だ。敵わないものは大将様だけだと思っていたのかもしれない。

 世間が狭かったと言えるだろう。大将様の下についてからは、縄張り内でしか行動していなかったからな。つくづく俺は馬鹿だった。

 

 仲間の命が、目の前で塵のように消し飛んで()く………。

 

 敵は、俺の目の前で仲間の大軍を押し退けて()く………。

 

 その、一対三千の戦争の只中、俺はただ茫然と突っ立っていた。

 だってよ…それしか出来ねぇじゃねぇか。今この現状で何をすりゃぁ正解だってんだよ。

 

(なぁ……お前は────)

 

 心の中で語りかけようとしたが、無情な現実という日の元に引きずり出され、あまりの眩しさに途中で口篭ってしまった。

 声になんて出せるわけないから内で呟こうとしたのに、心がそれすら拒否している。

 

コツン……

 

 足元に転がる彼女の頭が、俺の脳内に激しく警鐘を鳴らしてくる。そうだよ、お前が先に死んじまったから、俺はこんな情けない状態で棒立ちなんじゃねぇか。同じ隊のあの低級共もあっさり死ぬしよ…。

 

(ほんと…ほんとになんなんだよ…ありゃぁよぉ…)

 

 大将様が化け物の中の化け物だとしたら、コイツは何だ?俺らに死を与える死神なのか?死神と化け物の違いってなんなんだ…?

 

「ぁ………ぁぁ………」

 

 漏れ出た吐息に乗った幽かな声。奴の纏う雰囲気に圧倒され、俺は全身から湧き上がってくる悪寒で体を震わせた。歯がガチガチ言って鳴り止まない。視界は異常なまでに鮮明に眼前の光景を映しているというのに、不思議なほど涙が止まらない。

 奴の息遣い、地面を蹴る音、全てが俺の耳に入ってくる。耳がいい事は利点だと思っていたが、そんな事はねぇ。“聴こえてしまう”って、こんなにも辛いことなんだ……。

 

 

「────これだから妖怪は飽きない」

 

 

 聴こえた。だから、視線がそっちへと向いた。

 

「君みたいな妖怪がいるから、僕の価値観が変わっていないって確認出来る」

 

 目が…合った。

 戦っている者の目ではない。あれは……“処理”している者の双眼だ。

 

「僕がまだ……人だって思える」

 

 顔だけだったのが、いつの間にか全身が俺の方へと向いていた。そして、俺の目の前に一瞬で現れる。

 

「その点に関しては…まぁ、ありがとうと言っておくよ」

 

 無感情な顔から発せられたその言葉を最期に、俺のちっぽけな生涯は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく怯えていた妖怪が居たから、ついつい戦闘中だと言うのに話しかけてしまった。一方的な会話だったけど、元より返事なんて求めちゃいないから、どうってことない。

 一万年も妖怪のみを相手にしていると、倫理観や物の感じ方なんかも人間とはかけ離れていってしまう。

 だが、妖怪にはさっきの奴のように、少々特異な種類もいるのだ。あのような手合いは修司にとって貴重な確認材料だ。彼がまだ普通の人間と遜色ない考え方を持ち、あの時から変わらない決意を胸に秘めているのかを知ることが出来る。

 

(今殺ったので千と五体目だから…あと二千と280体か。順調だな)

 

 夕刻で辺りは暗い。戦いが勃発してから三十分は過ぎたが、修司はその短時間で実に三分の一の千体の妖怪を倒していた。因みに、全てしっかりと殺している。

 拳だけでは殺し方がワンパターンで単純過ぎるので、彼は両手を鋭くし、幅が1cm程しかない小さな刃を妖力で創り出し、両手に纏わせた。妖力の量的には低級でも創れるようなものだが、強度と斬れ味、それと製作難度は桁違いだ。

 

 両手を即席の両刃剣とした修司は、近づく者や距離をとる者関係無く手当り次第に蹂躙し、一撃どころか相手に武器を振るわせる隙すら与えずに首を刈り取っていった。

 

「【刺剛巌(しごうがん)】」

 

 修司の背後にいた五体の妖怪は、足元から突き出てきた金属の杭に股から頭までを貫かれて絶命した。

 

 これは、修司が以前鉄杭と言っていた合金での攻撃技である。

 

 相手の足元や近くの地面から合金を太い針にして突き出し、まるで百舌鳥の速贄のように串刺しにするというエグい技で、現在同時に出せる本数は、一番太い所が直径20cmの合金杭を三十本である。

 これのお蔭で、短時間での大量殺戮を実現した。

 本当は、合金を全て使用すれば一度に百本は出せるのだが、戦闘中でも操りやすいように今は少しだけしか持ってきていない。

 武器の製作器具に使用している分と、わざと残してきた分は、全てあの部屋に置いてきてある。能力で呼び出せる範囲にあるので、もし手っ取り早く殺したくなったら、ここら一帯を剣山のように針山状態にして一瞬で終わらせられる。

 

 だが、これも強くなるための修行の一環だ。妖怪の大将達が来る前に、全ての部下を片付ける。出来なかったら部下共々一度に相手すればいいだけの話だ。

 

「くそっ!なんだこれ!?」

 

 次いで背後に【刺剛巌】でバリケードを作った修司は、目の前にいる妖怪のみに集中して両腕を振るった。

 進路を阻まれた妖怪は、急に地中から現れた光沢のある針の壁にビックリし、そして破壊しようと妖力を込めて殴りつけた。

 

ガキィン!!

 

 しかし、様々な鉱物を混ぜ合わせて造られた修司特製の合金は、並の衝撃では破壊出来ない。

 

「痛てぇ…がっ!?」

 

 自身の拳に跳ね返った衝撃に妖怪は苦悶の声を上げ、そして背後から斜めに突き出された【刺剛巌】によって、後頭部から風穴を開けられた。

 

 他にも次々と妖怪が串刺しにされてゆき、穴の空いた骸がゴロゴロと転がっていった。修司は眼前の相手を瞬殺して行きながら、同時に背後のカバーを【刺剛巌】で補っていた。

 そして、逐一【薄結界】で現状を確認しながら、持ち前の脳の精密演算によって的確に妖怪を減らして廻っていた。

 

 ここまで凄まじい同時思考をしていながら、修司は【独軍】を使っていない。全て一人だけの人格で対応しているのだ。

 【独軍】の使用人数を増やす事は重要だが、一人だけの状態でもある程度思考力を高めていなくては、もしもの時に対処出来ない。だから修司は、蘭の人格での適合性を徹底的に鍛え上げて、一人でもこれ位の事は出来るようにした。

 

 まだこの場に妖怪の大将達がいる訳では無いが、手札は見せないに越したことは無い。効率的にもこのままで充分なペースだ。

 

「さぁ…次だ…!」

 

 横から殴り掛かって来た妖怪の上腕を【刺剛巌】で刺して固定し、痛みに悶絶しているところを斬首する。そして杭を地中に戻したら、全ての杭を戻し、左腕をバッと横に薙ぎ払った。

 

ズドドドドドドドドドド!!

 

 修司の周りにいた妖怪三十体の頭に、突如として杭が突き刺さり、そのままの勢いで突き上げられて吊るし上げられた。綺麗に飛び散る血飛沫が、攻撃が致死傷であることを物語っている。

 

(雑魚だけを狙うのも難しくなってきたな…)

 

 まずは数を減らそうと思い、上級以上の妖怪はスルーして雑魚妖怪を始末していたのだが、幾らか逃げ出した奴や、茂みからこちらを覗いてくるだけの奴など、戦闘に発展しなさそうな妖怪ばかりになってきた。【薄結界】で数を調べたら、修司に立ち向かう気のある奴は合計で1594体と少なくなっている。

 

 とここで、注意を引かれるほどの妖力を検知して、修司は振り向いた。

 

「「「「「喰らえっ!!!」」」」」

 

 見れば、複数の妖怪が妖力を解放して両の手の平に収束していた。止めようにも、ここからでは距離があって何体かは殺りきれない。【刺剛巌】を最大本数出して合金を使い尽くしたので、アイツらを倒す為に再び合金を動かすのには数瞬の時を要する。

 

 ならば、ここは防御しかないだろう。

 

「さて、どれ位の強度かな。【刺剛巌】」

 

 自分の周囲の地中にある杭は、敵を倒すのには間に合わないが、自分の目の前に壁として出すのには間に合う。

 

ズガガガガガガガガガ!!

 

 地面に戻った杭を全て、妖力の光線を放とうとしている妖怪との間に盾として乱立させた。これで即席の防壁の出来上がりだ。

 

「「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

 修司が気付いてからここまで刹那の間。それまで打つ直前だった妖怪達は、一瞬で現れた壁に動揺しそうになったものの、実力者としての貫禄で貫き通し、前に突き出した両手に集中した妖力を全て光線として放った。

 

ドガアアアァァァァン!!!

 

 タイミングを合わせて同じように光線を放った妖怪は他に何体もいる。その誰もがこの中でも上位の妖怪であり、この光線に込められた妖力は辺りの大気を激しく震わせる程のものだった。

 爆物が爆発したような、そんな空気が爆ぜる音と共に、彼らの全力の一撃は修司の合金の盾に直撃した。

 現在出せる最大限の妖力を注ぎ込んだ一撃。彼らが密かに妖怪の大将達を殺す為に練習していた必殺の大技である。

 

────だが……

 

「お……おい…嘘だろ…?」

「そんな…俺達の渾身の一撃だってのに…」

 

 煙の晴れたそこには、傷一つ無い煌々とした光沢を放つ杭の群れが鎮座していた。勿論、そこまでの地面はプスプスと焼けて抉れている。それだけが唯一、彼らの技の凄まじさを示す証拠だろうか。

 

「…まぁ、こんなものか。実験にすらならないな」

 

 そう呟く修司。杭を引っ込め、その先で呆けた顔をしている彼らを一瞥する。

 

「攻撃の面積が広過ぎて威力が分散していたね。そんなのじゃあ僕の合金は折れないよ」

 

 威力自体は充分だった。しかし、壁全体に満遍なく攻撃を当ててしまったので、合金杭はそれを易易と耐えてしまったのである。これが一点突破の収束技だったなら、修司の元まで届いていただろう。

 単純に、技量と頭が足りてなかったのだ。

 

「…やっぱり、雑魚だとこの程度か」

 

 左手の人差し指の中指を同時にクイッと上に向ける。

 その瞬間、先程の杭が地面から姿を現し、勢いよく彼らの頭を貫いた。抵抗する気力すら奪われたのだろう、彼らは皆、最期まで焦点の合わない顔で修司を見つめていた。

 

 

(あと、約千五百体)

 

 

 圧倒的な力量差を前に総崩れとなった残り半数余りの軍勢は、その後一時間後に全滅となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 幾つか技を考えていた修司は、今回の戦闘でそれを評価していた。

 

(【薄結界】は使える。【刺剛巌】は汎用性が高いな。これから色んな場面で使うだろう)

 

 『地恵を得る程度の能力』で地面を掘り返して、辺りに散乱している妖怪の死体を埋めながら、彼は洞窟方面に向かっていた。あそこは、森が拓けていて闘いやすい地形だからだ。大将達との戦闘は、そこでやる。能力で地面を陥没させ、そこにある死体が地表より下になったら土を被せる。簡単だが、これを三千もやるとなると辟易とした思いが彼の中に芽生える。

 

(…でも、時間も無いし、場を整えなくちゃ僕も満足に闘えないからな)

 

 妖怪の大将達がいた洞窟の出口は、ここから走って二時間程の距離だった。ギリギリ間に合って良かったのだが、それでも時間はあまり残されていない。

 若干の焦りを感じ、修司は静かに“もう一つの自分のミス”を反省していた。

 

 敵は、しっかりと修司が入って行った洞窟の正面に兵を配置していた。これは、即ちどこかの時点で敵に見つかって、彼がそれに気付けなかったという事だ。

 一体、いつどこで。

 自分の探知範囲外からの索敵に引っかかってしまったのか。はたまた自分が避けて来た手下の妖怪に、知らぬ間にバレていて、報告されてしまったのか。

 

 どちらにしろ、これは明らかに己の不注意が引き起こしたミスだ。もし見つかっていなかったなら、彼らの全勢力と対峙しなくても済んだ筈。

 実験として色々試せたから良しとしたものの、それは結果論でしかなく、自分への言い訳に過ぎない。

 

 全部理解しているからこそ、挽回の意も込めて、彼は大将達に“向き合う”ことにした。

 

(理解して…分からせて…その上で殺してやる…)

 

 奴らには、“仲間”がいる。仲間。口に出すのも嫌だ。

 

 

「そんなもの存在しないって…証明してあげるよ」

 

 

 さぁ、本当に時間が無い。

 

 ここに、着々と準備を進める復讐者が一人────。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

────来た。

 

 

 準備が終わって静かに洞窟の前で待っていた修司は、感じ取った三つの気配を確認しながら、立ち上がって目を開けた。正座して目を閉じて瞑想していた状態からの流れるような動作に、まるで動揺は感じなかった。

 

 先程、小太刀の鞘が作り終わった。なので早速ここ(地表)に呼び出し、腰に装備した。

 出来としては百点満点。全く申し分無い出来だ。これの姿を初めて見た時は、思わずガッツポーズしてしまった。ギリギリ冷静を保って無表情なままそんな事をやったから、絵面としてはかなりシュールだろう。

 それと、今回の目玉である新しい武器なのだが、こちらは思いの外装飾に熱が入ってしまい、まだ完成していない。

 本当に、本当に後少しなのだ。時間にして残り三十分。最悪、コイツらとの戦闘では使えないかもしれない。

 

 何せ、今回の彼は、本気を出す予定だから。

 

 

 

 

 今はすっかり夜だ。月明かりがこの場を妖しく照らし、新しく生まれ変わったような感覚を受けるこの小太刀が、その光を鈍く反射する。

 いや、確かに金属で出来てはいるが、光を反射はしていない。そういう物質で出来ているから。光って見えるのは小太刀とその鞘を美化して見ているからだろう。

 

 小太刀自体は何も変わっていない。変わったように見えるのは、鞘が変わったからだろう。

 

 

シュラァン……

 

 

 森から姿を現した三体を認め、腰からその小太刀をゆっくりと抜き放った。

 

 柄は炭塵(たんじん)を塗りたくったように真っ黒で、金属としての光沢は全く見受けられない。代わりに、その一尺(約30cm)程の刀身は、自ら光を放っているかのように眩い白銀色をしていた。

*全てが一繋ぎの金属で構成されており、(つば)は無く、全く装飾の無いそののっぺりとした風貌は、業物(わざもの)特有の寡黙さを滲ませていた。

 

 これは一万年変わらない姿だが、鞘と合わせると、また違った雰囲気を醸し出す。

 

 この小太刀の為にこさえた鞘。

 物質としては、小太刀の柄と変わらず、光を反射しない真っ黒な金属で出来ている。なので小太刀を納刀している状態だと、切れ目を見ない限りどこが鯉口なのか判別すらつかないだろう。

 そしてシンプルながら、この小太刀には僅かばかりの装飾が施されていた。

 

 それは、“花”だった。

 

 シンビジウムという名の花で、切っ先の部分から鯉口にかけて、数輪の花弁が描かれている。

 何故その花にしたのかというと、シンビジウムの花言葉が、小太刀にはピッタリだったからだ。

 シンビジウムの花言葉は、『飾らない心』。素直に、己の全てを以て他者と向き合える、実直な心。

 この小太刀の元の持ち主────蘭は、彼に裏表なく向き合い、全てを預けてくれた。だから、彼女の遺物であるこの小太刀は、『素直な彼女の心』を表した一振りとして、その象徴を描いたのだ。

 

 たったこれだけ。たったこれだけだと言うのに、小太刀とその鞘、二つが揃った時の雰囲気の変化は、これに命が宿っていると幻視してしまう程であった。

 以前は、剣呑とした気配で、触れるもの全てを斬り捨てるような鋭さがあったというのに、鞘を合わせた瞬間、まるで彼女()がそこにいるかのような朗らかな温かみを感じた。

 

────あぁ、これだ。

 

 この小太刀には何か足りないと思っていた。

 これなのだ。この素朴な漆黒こそが、これのあるべき姿なのだ。

 

 

(…改めてありがとう、蘭)

 

 

 心の中で彼女に感謝を述べ、彼は目の前の彼ら(障害)に意識をシフトした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「────やぁ、また会ったね」

「お互い見えてなかったから、あれは回数に入らないと思うけど」

 

 第一声は、大将側の中央、そこに立っている少年からだった。

 確か、こんな会話を『月移住計画』の戦争中に蘭と交わした事があったと、修司は思った。

 

 三人の姿形は、人間に似通っているが、確実に違う点がそれぞれに備わっていた。

 

「んなこたぁどうでもいいんだよ。お前、ここらにいた俺らの部下はどうした」

 

 そう言うのは少年の左隣にいる大柄な青年。

 肌の色は鮮血のように紅く、大きく盛り上がった屈強な筋肉は、どんなものでさえ破壊出来そうな危険さを感じさせる。加えて凶暴そうな顔ときたら、もう存在だけでその場を制しそうだ。

 そして、彼額には、立派な一本角が生えていた。あれは、見たことがある種族だ。

 それは、“鬼”。

 物理攻撃に特化した完全戦闘狂の種族で、完璧な実力主義。誰であろうと、実力があれば認めるのが彼らの特徴である。

 そして、彼らは正々堂々が大好きな種族で、それが信条とも言える。姑息で卑怯な事を嫌い、どんな時でも彼らは真正面から挑んでくる。ある意味厄介である。

 

「…そんなに強そうには見えない。一体何者…?」

 

 次に口を開いたのは、女の上半身を持った、下半身が蜘蛛の胴体で出来ている女性だった。

 一般女性の平均的な体型をしている上半身とは裏腹に、彼女の下半身は恐ろしい蜘蛛そのものだった。上半身の外見は大体20歳くらいで、一見すると大人の女性に見える。

 だが、その顔には、まだ青さが抜けない子供のような幼さが残っていた。童顔と言えばそれまでかもしれないが、彼女の幼さは、顔の形だけが理由とはどうしても思えない、そんな雰囲気も感じる。

 上半身が無ければただの蜘蛛の妖怪だったのだが、彼女は違う。

 彼女は、女郎蜘蛛という種族の妖怪だ。

 珍しく、巣を張らない種族の蜘蛛で、食事も糸でグルグル巻きにしないで直接食べる。

 だがその分、普通の蜘蛛妖怪よりは戦闘力は格段に高い。しかし数が非常に少ない、稀有な種族だ。

 

「………ほう、これはなかなか珍しい…」

 

 そして、先程話しかけてきた少年。

 歳は外見で言うと14歳くらいだろうか。まだ少年と呼べるような身長だが、顔には、それなりに時を過ごしてきた年月の色が浮かんでおり、彼が妖怪である事を示していた。

 そして、何よりも目を引くのは、彼の周囲をグルグルと漂っている(くだ)と、そこに付いている“三つ目”の眼球だった。

 都市の情報では、あんな妖怪はいなかった。未知の妖怪。気を引き締めていかなければ。見たところ、そんなに肉弾戦が得意そうでもないが、一体何を隠し持っているのだろうか。

 

 そして、さっきの意味深な発言。何に対して珍しいと言っているのか。もしや、こちらが人間である事がバレたのか…?

 

 

 

 

「……!あはは!人間を見るのは初めてだよ!」

 

 

 

 

 唐突に笑い出した少年。それと共に放たれた言葉に、修司はとても驚いた。

 

 




 

 新技の名前については、完全に適当です。ちょっとは意味も考えましたが、作者に名前のセンスは皆無なので、開き直りました。(ひそかに漢字の技名を使うという拘り)

 補足説明でもしておきましょうか。

 パチェやその他魔法使い、ゆかりんや霊夢が使うような結界にも、探知結界はあります。それらと【薄結界】の違いは、消費する力の量と展開に必要な技量、それと、なんであっても進行を妨害できない透過性です。
 探知のみに特化した弱弱しい結界ですが、それ故に紙よりも薄い薄さと、霧のような半物質化に成功。余程強い力の波動には耐えられませんが、一瞬で広がる展開速度と、取得出来る情報の正確さのお蔭でとても便利な技。

 【刺剛巌】は、メタ○ラのように地中にまとめてある合金の塊から、杭を生成して勢いよく突き出す技。『地恵を得る程度の能力』を使った技で、刺突する速度は弾丸並。硬さは折り紙つき。
 地面の中をスムーズに移動させるので、地表から音はほとんど聞こえない。しかし、現在修司が保有している合金を全て使って同時展開した場合、地震のような地鳴りが起こる。


 武器名はまだです。もう一つももうすぐできあがります。


 ではではまた次週に~。

 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。