東方信頼譚   作:サファール

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 ちょっとリアルが多忙になってきました。現実の波は作者を忙殺するつもりですねw
 ストックを消化しきったら、リアルに集中しなきゃいけない時期に突入すると思います。それまで定期投稿は継続します。
 とりあえず、この章が完結するまでの貯めは出来上がっているので、今章が途中の状態でお休みに入るという心配は必要ありません。
 以上、報告でした。


24話.予想外の遭遇と開戦の咆哮

 

 丸一日洞窟に篭って鉱石を探したことはあるし、火山のクレバスのような場所に足を滑らせて落ち、暗闇の中を脱出したこともあった。

 しかし、洞窟の再奥で松明数個の灯りを頼りに、三日も過ごすなんて事はしたこともなかった。

 

「時間的には……三日なのか…」

 

 昼も夜も無いこの閉鎖的な一室で、水銀を容器に入れてそこに色んな物質を放り込んでいる修司は、正確な体内時計からの推測に、そっと言葉を漏らした。机の端では、ゴポゴポとH型のガラス器具で水を電気分解している。電気は、電池と同じ原理の物を用意している。

 

 この部屋で作業を開始してから三日は経っている。当初はそれで終わると思っていた彼だったが、ちょっと施しておきたい装飾に対し異常なまでに拘ってしまい、結局、目標期日内に終われなかった。

 形自体は殆ど終わってるし、その為の鞘も作り終えている。

 しかし、彼はどうしても施しておきたい印を思いついてしまい、謎の職人魂で追加の作業をする事になったのだ。

 

「これ…これだけは…譲れない…!」

 

 燃えている。只今絶賛燃焼中である。部屋の隅に設置した炉の火くらい轟轟と燃えている。因みに、そこでは焼いておく予定の物質を放置している。

 更に余談だが、酸素は地下の水脈を引き上げて電気分解で補給している。

 閑話休題。

 

 兎に角、後残り数時間で遂に完成である。

 

 修司は、ここまでの約一万年の努力を振り返っていた。

 人間には許容出来ない程の記憶が溢れてくる。一万の時を過ごしていたのだから当然か。

 呆けたような普遍的な日常を送っていた訳ではないから、余計に頭に残っているものが多い。大半が材料集めの時の苦労なのだが、戦闘と修行でのトライ&エラーで少しづつ積んでいった研鑽の日々も次々と想起されていく。

 成し遂げるためには努力を惜しまない。例えどれ程の月日が流れ、どれだけの犠牲が生じようとも、目的を遂行するため、彼はその全てを喜んで捨てる覚悟がある。

 

 

轟っ────

 

 

 不意に耳に入った炉の音に意識を引き戻され、何か大事が無いか部屋の各装置を目視で確認していく。

 ここで一つでもミスをすれば、全てが台無しになってしまう。いくら念を重ねても足りることはない。

 

(後少し……後少しで完成だ……)

 

 集中力は最大限まで高まっている。

 予測、残り三時間。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

グチャ……グチャ……

 

ビチャ…グチュ……ボトッ……

 

 

 延々と続くのかと錯覚しそうになる程、長い時間このような咀嚼音が鳴り響いている。しかもここは洞窟だ。音が反響してこの二重奏が三重にも四重にも聴こえてくる。

 

「ふぁ〜〜〜ぁぁ…」

 

 そして、時折発せられるこの欠伸がこの音楽に装飾を添えている。

 

 欠伸の張本人────ノラは、適当な洞窟の通路に雑魚寝をして二人を待っていた。

 外に出ようにも、別段行く宛もないので意味がない。ハク達は敵の居場所を掴んでいるのだが、ノラに教えるとそこに単騎突入しそうなので、彼には教えていない。

 

 三人が揃ってから、三日程が経っている。

 

 二人はあれから口のみを動かすことに集中し、一分一秒を惜しむような必死さで食料庫の食糧を貪り食っていた。食糧と言っても、殺してから間もない妖怪を腐りにくいこの洞窟に貯めていただけなのだが、見上げる程の山が合計八つもあると流石に壮観である。

 己の力となる食い物はあまり腹に溜まらない。だからハク達三人は死体の山を二つ三つ一気に食べられるのだが、ただそれだけの作業を数日間続けるのは相当の我慢強さである。これは偏に、強さへの病的な執着のお蔭だろう。

 

 何はともあれ、二人はもうすぐ最後の一体を食い終えるところだった。ハクは食料庫二つ分だが質のいい妖怪を、レイとノラはハクが食べるものより数段劣るが、食料庫三つ分を食べ終える。これで力の増幅率は大体同じだ。ハクは二人よりも少しだけ地力に欠けるので、それを埋めるような差はあるが。

 

 

「────終わったよ」

「…同じく」

 

 

 カツカツと足音が聴こえると同時に、二人は道端で寝転がっているノラに声をかけた。

 

「……………」

「…ノラ?」

「……………」

 

 レイが再度声をかけるも、反応は返ってこない。

 これは…あれだ。ハクが見当をつけ、ノラに近付いた。

 

「起きろ、ノラ。暇過ぎだからって寝ないでくれ」

「ぐぉぉぉぉぉぉ……」

 

 返事は盛大なイビキで。即座にハクは頭を叩いた。

 

「ふんっ!」スパァン!

「ふがっ!?敵襲か!?」

「…ノラ、やっぱり馬鹿」

「だが俺は強いっ!!」

「どうどう」

 

 このやり取りはもう何千回と繰り返してきた。いい加減にノラの脳筋が治って欲しいところだ。戦闘以外では阿呆の極みである。

 シュバっと立ち上がって構えたノラは、視界にいるのが二人だと分かると、構えを解いて疑問を口にした。

 

「…む?ハクとレイ、終わったのか?」

「はぁ……。聞いてなかったのか…」

「…よくそれで夜襲とか察知出来るね。そこに関しては私よりも上だから癪」

 

 嘆息するハク、ムカついたと言って頬を膨らませるレイ。戦闘前だと言うのになんだこの緊張感のなさは。ノラはレイの台詞がよく分からないと言いたげな顔をしたが、頭の中で何か結論が出たのか、「それ程でもあるぜ!」と言って胸を張った。その後即座にレイがツッコミをしたのは言うまでもない。

 だが、ハクが「ここまでにしよう」と言うと、二人はすぐに静かになった。強者特有の気配の変化を視えた感情から感じ取ったハクは、二人の変わりようを頼もしく思いながら、話を進めた。

 

「ごほん。……さて、まずは情報共有から始めよう。まずは僕から」

 

 ハクは、探索部隊からの報告と今までの情報を言い、そこから推察される事を思っているだけ話した。

 

「…じゃあ、次は私」

 

 レイは、『気配を察知する程度の能力』を使って得た情報と、その時に判明した僅かながらの敵の容姿などを述べて言った。

 

「────あ?」

 

 ここまで非常に有力な情報が続き、敵の想像図が共有されてきた。

 しかし、ノラは素っ頓狂な声を上げると、悩むように腕を組んで俯いた。その場でドカッと腰を下ろし、胡座をかいて熟考する。ノラは脳筋なので、唐突に向けられた二人の視線に耐えられなかったから俯いたとは考えづらい。純粋に考えているのだと思う。

 

「うぅむ……」

「「…………」」

 

 沈黙を以てノラを待つ二人。結末は分かっているが、ここで何か言うと全て「だが俺は強い!」で返されて話が進まないので、甘んじてこの時間は我慢する。

 わざとやってるんじゃないかと疑いたくなる唸り声が洞窟に反響するが、ノラにそんな高等技術は期待出来ない。

 

「むぅ…────はっ!?」

「で、何かあった?」

「無いっ!!」

「「だろうね…」」

 

 溜息すら出ないとはまさにこの事か…。

 だが元より、ノラがこういう面での成果を出せるとは思っていなかった。ノラが唯一にして最高に活躍出来るのは、敵と遭遇してからの戦闘の時だけだ。ノラが前衛でその力を発揮してくれるからこそ、二人は安心して策を練れる。

 

「まぁ、ノラは別にいいや。取り敢えず、情報を整理しよう」

 

 ノラについては気にせずに、ハクは敵の情報をまとめた。

 

「敵は、単騎で僕達の縄張りに突入して、殆ど誰にも見つからずに居れる程の隠密性がある。加えて、僕達の事を知っても恐れず、鮮やかな手際で上級妖怪を二体静かに屠れるだけの実力も兼ね備えている」

「…そして、目的は立ち入り禁止の洞窟」

 

 頷くハク。しかし怪訝そうなノラ。

 

「どうしてだ?なんで奴はその洞窟に?」

「そこは分からない。だが、あそこは他の出口を確認していない洞窟だ。出口で張っていれば、必ず出会う」

「じゃあ早くそこに行きゃあいいじゃねぇか」

「その前の準備として、ここで情報共有してるんじゃないか。敵を知らずに闘うのは馬鹿のすることだ」

「(…ノラは馬鹿)」ボソッ

 

 レイがこっそり呟いた言葉は、ノラに聴こえないように細心の注意を払って発せられたものだった。故に、彼には届いていない。

 話を戻そう、とハクが言う。

 

「レイの能力は相手からは探知出来ないから大丈夫。手下の報告はどうか分からないが、恐らく奴は自分が気付かれているのに気付いていないと思う」

「あ?どうしてそう言い切れる」

 

 また雑魚寝に戻ったノラが問い詰める。また寝るのかと思ったが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 

「報告だけは出来るように六体で編隊したけど、今回報告に来た妖怪の部隊は全く襲われなかったんだ」

「…それは聞いた」

 

 瞬殺を恐れて六体組ませたのだが、一体が異変に気付いてから暫く経っても、彼女らの隊には何も起きなかったらしい。

 

「見つかるのを恐れていた敵なのに、異変に気付かれて警戒されている部隊をそのままにしておくと思う?」

「六体同時は難しかったんじゃねぇか?」

「いや、中級二体と低級四体の構成だったから、敵なら楽勝だった筈だ」

「…成程、理解した」

「俺も理解してねぇけど理解した」

 

 ノラの言葉にツッコミは入らなかった。素で言ってるから意味がないと思ったのだ。

 

 そのまま話はどんどん煮詰まっていった。敵の知れる限りの全容を話し合った後は、接敵した後の作戦会議が始まり、部下の配置をどうするか等も決めていった。

 強い敵と闘う時はは毎回このように作戦会議をする。これは三人の恒例行事で、座ってじっくりと話し合い、勝利をより確実にしていくのだ。

 

 

 

 

「────で、食料庫の入口にいた妖怪は全て立ち入り禁止の洞窟に向かわせたし、僕達も行こうか」

 

 現在、手下の全勢力はあの洞窟の周りで待機している。全てを合わせて三千を超える軍勢だ、もし三人が到着する前に出て来たとしても時間稼ぎにはなるだろう。

 やれる事はやれるだけやった。

 三人はそれぞれ冗談にならないほどの妖力を手に入れ、身体的にも遥かに進化した。

 手下は全員配置し終えたし、敵の所在や姿形などの情報も得ている。はっきり言って最初の頃とは形勢が逆転している。これは三人共が確信していることだ。

 

 だが…なんだろう。

 

 この言い得もない不安は。

 腹の底が疼いて、胸が苦しくなるような、そんな不可視の恐怖。刃が首筋に添えられているというのに、そんな事は露知らずに威勢よく吠えているような子供の感覚。

 だが同時に、有り得ないほどの力の増幅によってかは知らないが、今までにない高揚感と戦闘欲が体を支配して離さない。

 今ならなんだって出来る。そう思わせて仕方ない絶対的な力。

 ノラはそれに任せていつになく好戦的になっているが、レイは『第三の目』で視たら愛への欲求で一杯だった。さっきまでどうやって会話していたのかが疑問である。

 

 そしてその不安は、正体を掴めずに有耶無耶なまま、時の流れに忘れ去られるのであった。

 

 

 

 

「────んぉ?」

 

 

 

 

 発端は、ノラの気の抜けた声だった。

 

 丁度、話すことも話し終え、例の洞窟に向かおうかと誰が言い出すか待っていた時だった。

 ハクとレイの意識が、顔と共に彼に注がれる。

 

「ノラ?」

「…どうしたの?」

「…………」

 

 無言で返され、また寝ているのかと思われた彼だが、今回だけは違った。

 

「…………」

「何かあったのか?」

 

 ハクがノラの異変に気付いたのか、少し目を細めて問いかけた。囲むようにして座っているので、ノラの顔は見えるし、『第三の目』での感情もハクは読み取れる。だが“それ”を理解するのには、少しの時間を要した。

 

「いや…」

 

 ノラにしては珍しい濁った声音。ハクが『第三の目』から得た感情は、困惑と確信。相反する感情が同時に存在している事態に、彼自身、答えを出せずにその場で固まってしまった。

 そこでレイがもう一度、今度は二人に向けて「…どうしたの?」と言ったが、ノラは勿論、この複雑な感情を理解しようとするのに精一杯で、ハクも返事が出来なかった。

 

「…………」ユラァ…

 

 …と、ここで唐突に、ノラが立ち上がった。

 どうした、とは誰も言わなかった。いや、言えなかったという表現が正しいか。

 

 何故なら、普段は何事にも関心が無いノラが、剣呑な表情で洞窟の壁を見つめていたから。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 完成まであと二時間を切った。

 

 後は地中での作業のみなので、修司は現在、することが無くて退屈にしていた。

 修行をしてもいいのだが、まとまった時間でやらなければ、中途半端な成果で終わってしまう。故に彼は暇だった。

 

「ケミカルライトは……炉からだから無理だな…」

 

 ガラスを作るための炉を作っていなかったので、ケミカルライトを作るとなっても一本くらいしか出来ないだろう。失敗の分も考えると、寝てた方がマシなくらいだ。

 他に何か無いだろうか。

 

「………あ」

 

 思い出した。

 確か、この部屋の近くには、もう一つ別の洞窟があった筈だ。もし外で妖怪が待ち構えていたとしたら、処理が面倒だ。

 そこで、別の洞窟に通路を延ばして、その洞窟から脱出するという名案を思いついた。これならば、もし見つかっていたとしてもバレずに出られるだろう。

 

「そうと決まれば…だね」

 

 『地恵を得る程度の能力』を使って、件の洞窟を調べ直す。…うん、ちゃんと外に繋がっているな。

 途中に八つの空洞があるが、空洞や形的にどうやら天然モノらしい。こんな有用な洞窟があるなんて珍しいな。

 この能力に索敵性はないので、実際に開通してから中を調べない限りは、中の様子が分からない。それだけが唯一の心配だが、居るとしても哨戒中の木っ端妖怪のみなので、倒してからさっさと縄張りを抜ければ問題ない。

 

 大丈夫そうなので、能力で土を掻き分けて行くことにした。この作業部屋から直通で真っ直ぐ通路を延ばし、出来た通路を進みながら、不安な箇所を合金で補強していく修司。

 

 

 

 

 これが…この選択が、彼の最大のミスとなってしまった。

 

 

 

 

 同時刻、不意に立ち上がったノラは、何かに突き動かされるようにして壁際まで移動していた。

 

「…………」

 

 その雰囲気に気圧された二人は、その様子を黙って見つめるのみ。立ち上がる素振りを見せるも、未だに浮いた腰は所在なさげなまま。

 

 

 

 

 順調に通路を作っていく修司。勿論、武器製作作業に一番意識を割いているが、こちらの作業も疎かにはしない。

 まだ余裕で一時間を超える時間があるのだが、それでも仕事は速いに越したことは無い。このままのペースで続けよう。

 

 

 

 

 じっと壁を見つめたまま、妖力を淀みなく纏わせるノラ。突然の奇行の意味をまだ理解出来ない二人は、その後ろ姿に滲む妖力の揺らぎの真意を測りかねる。

 

 

 

 

 距離的にはもう数十秒で開通するだろう。久しぶりの戦闘で体が鈍っていないかが心配だ。

 

 

 滑らかに体を滑る妖力が、右拳一点に集中する。明らかな攻撃動作に、二人は反射的に飛び退く。

 

 

 今回は、小太刀の鞘を作る為に、小太刀本体は置いてきている。型を取るためだが、武器の方よりもこの小太刀の鞘の方が先に終わる予定なので、出来次第地中から呼び寄せるつもりである。

 

 

 一言で言えば…勘…だろうか。彼を無意識に動かし、握りしめた拳を引くまでの彼の原動力は、彼の培ってきた今までの戦闘経験から来る予測に等しい不思議な直感────。

 

 

 

 

(繋がるな────)

(────来るっ!!)

 

 

 

 

 壁の厚さが1mを切った瞬間、修司は悪寒を感じた。

 そして刹那にバックジャンプでその場を退く。

 

 目の前の壁が木っ端微塵に吹き飛ばされたのは、その直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 岩片が飛び散り、修司は顔を守るために腕をクロスさせて防御した。

 

「────!」

 

 何か声のようなものが聴こえるが、壁の破壊音で耳がやられた彼は、その音を聞き取ることが出来ない。

 だが、耳はすぐに治り、周囲の音が聴こえるようになった。

 

 

 

 

「…よぉ、元気してるかぁ?」

 

 

 

 

 数日ぶりに聴いた自分以外の声。しかしそれには懐かしさを覚えず、驚愕しか感じなかった。

 

「なっ……!」

 

 全てを予想し、全てに完璧に対応してきた修司にとってこれは、一万年ぶりの感情の起伏だった。あまり驚かず、あまり嬉しさを出さない冷静さがあるからこそ、常に正確な選択を出来るのだ。

 穴の向こう側から感じる膨大な妖力。それも相まったのだろう、彼は瞬時に結論を出した。

 

ダッ!

「ちっ!おい待ちやがれ!」

 

 逃走。

 最善の選択ではないことぐらい、修司は分かっている。しかし、それは普段の修司に限り、現在の彼では、とても一番いい手を打つ余裕は無かった。

 修司は土煙が無くなる前に踵を返して走っており、敵の姿を見ていない。得た情報はあの声のみである。

 能力で人格を沢山取り込んでから、混沌のお蔭で全くと言っていいほど驚いたり叫ばなくなった修司。彼のこの愚行は、どうしようもないことだった。

 これまで受けてきた奇襲の全ては、予測出来るものであり、準備出来るものであった。

 

 全てを度外視したほぼ当てずっぽうと言えるような襲撃。彼がやられた事の無い────経験した事の無い攻撃に、彼は情けなくも無防備だったのだ。

 

 

「くそっ────!!!」

 臍を噛み、背後に気をつけながら最大速度で疾走する。

 

 

「「ノラっ!!」」

 後ろからの二人の制止の声により、ノラはすんでのところで奥に行くのを踏みとどまる。

 

 

 両者の邂逅(かいこう)は、このように呆気なく終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……失敗した……な」

 

 声では激しく落胆しているような修司だが、ギリっと奥歯を噛み締めるその風貌は、落胆よりも後悔と言う方が似合った。

 『地恵を得る程度の能力』で、これまで掘り進めていた通路は全て埋め、補強に使っていた合金は足元に戻している。これで相手はこちらに来れない筈だ。

 

 抜かった。あの洞窟にいるのが本マルである可能性を考慮していなかった。

 万に一つ…いや、億に一つの可能性。そんな塵に等しい可能性を見過ごしてしまった。修司の頭の中ではこれまでに無いほどの後悔が渦巻いていた。

 

 もし…もしだ、敵がその場で踏み込んで来て攻撃して来ていたら。もし、その攻撃が彼の命を一撃で刈り取るような威力を秘めていたら。そしたら彼は、既に殺られているだろう。

 『疑心』は、全てを疑う心である。それは彼の中にある『絶対』という言葉を消し去る感情であり、物事の全てに対して無限の可能性を考える、決して油断しない心構えのようなものである。

 可能性としては頭に浮かんでいた。だがしかし、それに対応する準備を怠っていたのだ。

 何が命を奪うか分からないこの世界。全てに疑いを掛け、全てに目を光らせなければならない世の中で、彼はそれを疎かにした。

 

「運が良かったかのかな……」

 

 部屋に戻っていた彼は、椅子に座りながらさきの事を振り返る。失敗と反省は成長に欠かせない要素だが、今の時代では失敗は死に繋がる。故に彼は失敗をせずに今日まで生きてきた。

 しかし、彼は生きている。ならば失敗を最大限活かし、大きく成長すればいい。

 彼が立ち直るのはそれから直ぐだった。

 

(まずは、これからどうするかだ)

 

 見つかっている以上、もうここには居られない。あの攻撃をまだまだ打てるなら、最悪ここまで破壊してくるかもしれない。早急にここを退散した方がいいだろう。これは決定事項だ。

 

 考えながら、部屋を整える為に用意した家具を全て合金の塊へと戻し、足元に固める。武器の小太刀の鞘製作に必要なもののみ、ここに残しておく。今移動させるのは危ないからだ。

 

(さて……今から出口に行くわけだけど…)

 

 十中八九、敵の総力が結集していると見て間違いないだろう。それを無手で相手するとなると……ちょっと本気を出さざるを得ないかもしれない。最終手段として、霊力と妖力を用意しておくことを頭の隅に置いておこう。

 しかも、洞窟を出ると、武器の製作作業が遅くなってしまう。距離が離れると能力の操作が難しくなるからだ。現在は後一時間と少しだが、洞窟を出ると、これに一時間プラスされることが予想される。

 

(あの妖怪が回り道して正規ルートで来ないとも限らない。行くか)

 

 兎に角、この場だけは誰にも入らせない。そう決意した修司だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 驚いた。ノラの戦闘での勘は異常に鋭いとは思っていたが、まさか壁の向こうにいる敵をも見破るなんて。

 二人は壁を殴り壊し、その先に敵の気配を感じ取った驚きよりも、そこから逃げ出した敵を追いかけるノラをどうにかしようと声を張り上げた。

 

「「ノラっ!!」」

 

 気分が高揚しているノラだったが、ギリギリ理性で踏みとどまった彼。そして目の前で瞬時にして通路が土で塞がれたことにより、ノラは少し悪態をついた。

 

「くそっ…逃げられちまったか」

 

 ノラが踏み込んだ場所も土に埋もれようとしており、サッと後ろに引いて憎らしげに元通りの壁を睨んだ。そして後ろからこちらに駆けてくる音が二つ聴こえ、不満げな顔を隠さずに振り返った。

 

「おい、なんで止めた」

「ここで戦闘すれば、確実に洞窟が崩れるだろ!そうすれば僕達は皆生き埋めだ!」

「…それと、情報通りならあの先は立ち入り禁止の洞窟。例の不思議な病気になったらもう助からない」

「……確かに…すまねぇ」

 

 漸く自分がいかに危ないことをしようとしていたのか理解したノラ。

 彼を諭す時間も惜しいと言うように、ハクが続けて言った。

 

「ちょっと予想外だったけど、ここで両者が動いた。って言うことは、洞窟から出て来るかもしれない。僕達も急いで向かおう。早くしないと部下の時間稼ぎが無駄になってしまう」

 

 姿が見えずとも、気配を感じた三人。低級妖怪並の妖力しか感じなかった敵になんの恐れがあるというのかと思うが、ここまで自分達に見つからずに、しかも上級二体を屠る実力があるのだ。小さな可能性をも見逃してはならない。

 

「…なら、時間が無い」

「そうだね」

「戦闘になったら予定通りに行くぞ」

 

 ノラの言葉に二人が頷き、修司の疾走にも劣らない速さで洞窟を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 一万年かけて、僕は目標を達成しようとしている。

 

 蘭が遺してくれた小太刀に相応しい鞘と、それに合う最高の武器を作る為。

 

 それが後数時間。たった数時間で出来上がるのだ。これ程喜ばしいことがあろうか。僕の唯一信頼出来る彼女の願いと、僕の醜い目的を果たす為、僕は一万年努力してきた。

 『信頼』の感情が消えたというのに、何故彼女のみは信頼出来るのか、全く分からない。分からないが、何故か信じれる。

 僕の心の支えは彼女だけだ。彼女が居たからこそ、今の自分の“ナニカ”が壊れずに済んだ。

 

 彼女と僕の悲願を達成する為、邪魔なものは全て排除する。

 

 だけども、僕は一つミスを犯してしまった。

 

 最後の最後の際で、こんなしょうもないミス。数分前の自分が目の前にいたら、心行くまで殴っていただろう。

 

 同時に、今の自分にも腹が立っている。何も失態はしていないが、無性に腹が立って仕方ない。

 考えてみる。

 この怒りの矛先は一体何処に向いているのか。

 

 自分自身?違う。思い返してみたがもう何も怒るところはない。

 外の妖怪とその大将達?それも違う。あいつらが僕を殺そうとするのは当然だ。

 では、月の連中か?これこそ絶対違う。今回の怒りは僕の持つ憎悪とは関係ない。

 

 もう少しで洞窟の出口に着くというところで、僕はハッとした。

 

 今回のターゲットである妖怪の大将()。壁を壊された時は混乱していて気付けなかったが、あの時気配は三つあった。

 そして聴こえた声。あの野太い声から、壁を壊した奴は随分と好戦的な奴である事が予想出来る。

 だが、奴は追撃してこなかった。幽かに聴こえた音では、何者かの制止の声が掛かったように聴こえた。

 

 

 ────仲間。

 

 

 この言葉の響き。暖かく、腑抜けてしまいそうになる言葉だ。

 

「………クソッタレ」

 

 これか。これが怒りの原因か。

 

 信頼関係から成り立つ、命を預け合う大切な存在。笑い合い、泣き合い、そうやって助け合っていく不朽の絆。

 

「…虫唾が走る」

 

 呟く声は洞窟に反響して、僕の頭の中へと戻っていく。そして反芻されたその憎悪は、僕の中に確信となって飲み込まれていった。

 イタチの妖怪から得た情報で知っていた筈なのに、今になってその事実が全身に拡がっていく。

 胃に入って、体全体に巡って行く感覚がする。心地好い。

 

(……決めた)

 

 ただ殺すだけにしようかと思ったが、予定変更だ。

 

 

 

 

 時間のかかったこの洞窟も、僕が本気で走ればものの十分で出口に着ける。

 最後の一歩で陽の光を浴びた僕は、目の前の光景に、目尻や口元や────心で、“(わら)い掛けた”。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ、そしてさようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 返事は、獰猛な咆哮によって返された。

 




 

 休みをもらう前に、短編集と一話の改定の両方は完了する予定です。

 ちなみに休みの内容ですが、作者はまだ学生なので、一般的に言う『受験休み』というやつです。
 受験が終われば復活します。これは絶対なので先にここで宣言しておきます。
 長期休暇をもらうにあたって、その時定期投稿タグは一時的に解除し、あらすじ部分に通知を入れます。ついでにプロフィールのところにも書いておきます。

 毎週作者の更新を読んで下さっている皆様には申し訳ございませんが、お気に入り登録は解除しないでもらえると嬉しいです。
 先ほども言いましたが、受験が終わればまたここに舞い戻ってくるので、その時まで放置して頂けると幸いです。

 長々と書きましたが、まだストックはありますし、短編集と一話の改定はまだ達成してません。なので今すぐ、という訳ではないので、知っておくだけで十分です。

 長文失礼しました。ではまた来週。

 

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