東方信頼譚   作:サファール

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 戦闘…戦闘…戦闘をさせてくれ…。
 こう…何というか…内政っぽい事や日常的な平坦な描写がやはり難しいです。具体的に言うと、場面が緩やかに変化していくのが堪えられませんw

 それはそうと、今回は……というか今回も目立ったバトルはありません(死にそう)。酒を取り上げられた時の萃香並みです。無茶苦茶にローテンションです。

 一話の編集と練習用の短編集は現在進行形で執筆中です。どうかお待ちを(果たして待っている人が居るのか…)。


 ではどうぞ。


22話.岩窟に鎮座する彩玉と狩人の牙

 

 修司がイタチ共を殺してから五日ほど。まだ一週間には満ちてないが、その間飲まず食わずで修司は包囲網を掻い潜った潜入劇を紙一重で避け続けていた。それを昼夜問わず、灯りもなしにひたすら姿勢を低くして周囲に目を走らせることでなんとか継続出来ている。

 

 だが、食糧保管型鉄キューブから食べ物を取り出せるし、『地恵を得る程度の能力』ならば、水脈を操って水を手に入れることも可能だ。睡眠はどうにもならないが、それならばなんとかなる。そう思っていたが、予想以上に妖怪部隊の密度が濃く、とても食事の余裕なんてなかった。一番酷かった時なんて、一つクリアして顔を前に向けたらすぐそこにもう一隊ある…なんて状況だった。とても休憩なんて出来ない。

 流石の修司も、ここまで補給も無しに突き進むのはキツい。

 

 だが、それも今日を切り抜ければ終わりだ。

 

 

 

 

────眼前には、ポッカリと大地に穴を開けて獲物を待ち構えている立派な洞窟があった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 周囲には珍しく敵影はない。今は絶好の機会だろう。というか、今を逃せば次はいつ監視に穴が開くか分かったもんじゃない。

 早々にエントリーした方がいいと思った修司は、ボロボロの体で足音一つせずに中へと入った。いつでも新品の制服と使用者とのギャップのせいか、余計に彼の風貌は原始人のそれを想起させた。

 因みに、髪は一応伸びる。ただし、都市の住民の性質を手に入れてから、その速度は落ちた。行動の妨げになるかと思って、セミロングになったら小太刀で適当に切っている。数年に一回の頻度である。今は切りたてなので髪は問題ない。頬はやつれているが…。

 

(…やっと…ここまで辿り着いた…)

 

 希望なんかに(すが)る彼ではなかったが、この時ばかりは少しの喜色をその顔に浮かべた。

 戦闘に手を抜くつもりはないが、それでもゲンナリとした雰囲気を気にすることなく振り撒く修司の今を第三者が見れば、同情の一言しかないだろう。

 

(暗いな。中にいるのか分からないけど、灯りをつけるべきか?)

 

 ジャリ…ジャリ…と、壁伝いに歩を進める修司はそんな事を思いながら、意識を前方に向けて、中の様子を探る。落とし穴や床が薄くなっている所は避ける。能力は地形把握にも応用出来るのだ。これが結構便利で、これのお蔭で修司は効率良くここまで来れた。

 能力を使うと…あった。目標は、この先の一本道を真っ直ぐ降りて行った先の小部屋らしき空洞に露出して存在している。慎重に操作しないと駄目な物質も含まれているので、やはり最深部まで降りなければならない。

 

 地面のあれこれを知れて操れる蘭の能力だが、敵がどこにいるのかまでは分からない。だから目視と全身の感覚で判断するのだが、音に頼るしかないこの状況は、人間の認識媒体の約八割を占める視覚が封じられているので、かなり危険である。

 だが、

 

 

「……仕方ない、ここからはライトをつけるか」

 

 

 修司は灯りをつけて自分の存在を公に晒す。

 しかし修司はこの選択を後悔はしていなかった。

 調べたところ、この洞窟は地上から鉱石のある部屋まで一直線。枝分かれもなければ、別の場所に通じる穴も無かった。これならば、見つけた妖怪を片っ端から殺していけばいい。逃げるにしても、彼の真横を通り過ぎなければならない。よって、気にすることは無いという考えに至った。

 

「…やっぱり、ケミカルライトは安定してるよな。松明とかよりも全然不安要素がない」

 

 満足そうに呟く修司の手には、一本のガラスの筒が握られていた。

 灯りだが、枝に火をつけるような縄文人じみたことはしない。色んな種類の元素が必要だったが、化学反応する時に放出したエネルギーを光として放つ、ケミカルライトを採用した。資源が潤沢な修司は、煙くてバレやすい松明よりもこちらの方が安心出来ると、数百年前に開発した。知識としてはあったが、“入れ物”が無くて作成が出来なかったのだ。

 

 ポケットから取り出した試験管のような形をした容器。更にその中に入っている二本のアンプル内の液体を混ぜ合わせた混合溶液が、正しくケミカルライトなのだが、光を通すためには“ガラス”の作成が必須だった。

 因みに、これらを混ぜることで発光反応が始まる。確か名前は、シュウ酸ジフェニルと過酸化水素だった筈だ。

 

 炉を作り、鉄棒を作り、ケイ酸塩の準備と、その他アンプル用の薄ガラスの材料。これだけでもかなりの時間がかかったが、ガラスを作ったこともない修司にとってはここからが本番だった。

 ケイ酸ガラスで、外枠として厚めの壊れにくいガラスを作り、その中に割れやすい二本のアンプルを入れておく。そして振ると中のアンプルだけが壊れ、入れていた液体が流れ出し、化学反応を起こして光る、という設計なのだが、これが相当難しい。

 

(あの時は何千年かかるんだろうって本気で思ったなぁ)

 

 まず、適量な材料の配分を見つけ出すのに数年。鉄棒を炉に入れてクルクル回し、まともなガラスを作るのに数十年。その複雑な作りや薄さを実現するのに数百年かかった。

 あの時は初めて悪戦苦闘を実感した時だったかもしれない。いつも蘭の時以外では何も危険なんて無かったような人生だったから、自分の前に立ち塞がる壁の高さに驚いたものだ。

 同時に、まだ自分には高みが存在すると感じたので、更に修得意欲が湧いたのは言うまでもない。努力バカなのである。

 

 最近は『昇華する程度の能力』で何もかもの知識を手に入れ、脳のスペックのお蔭でどんな神業も初見で成し遂げてきた。しかし、今回は全く情報がない。やれるだけの体と頭があっても、元の知識が無ければ燃料のない車と同じなのだ。

 都市のガラス職人には一人も会っていない。故に修司はガラスについての知識が皆無だった。材料と大雑把な製作法は分かっても、それだけでは到底作れなかった。

 

 

 ここで疑問だが、何故彼は『地恵を得る程度の能力』でガラスを作成しなかったのだろうか。

 これは、以前にも露呈した問題だったのだが、修司のこの能力は大地の恵みを好き勝手出来るという代物だが、“焼く”という工程は出来ないのだ。

 鉄杭を使って戦闘をしていた時に分かったが、金属自体の強度は優れている。しかし、焼きの工程を入れて金属の錬度を増すことが出来ず、そのままの金属の硬さで闘うしかないという結果になった。

 今はただの鉄ではなく、複数の物質を混ぜ合わせた特殊合金を沢山保有しているので戦闘面では問題ないのだが、道具作成の時はどうしようもない。

 よって“焼き”の工程が必要な物は、全て一から修司の手作りで手間暇かけて作らなければならない。蘭の小太刀がそういった類いのものでなくて本当に助かったと彼は思った。

 

 閑話休題。

 

「ほいっと」シャカシャカパリン!

 

 音を立てないように制服の裾に包んで振り、小気味よい音が聞こえた時点で振るのを止める。

 それを裾から取り出すと、淡い色合いの綺麗なケミカルライトが出来上がっていた。周囲はその瞬間明るくなり、ある程度は中を見渡せるようになった。やはりケミカルライト様々である。

 

 

 

 

 大して危なそうなものもないようなので、修司はズンズンと奥に降りて行った。途中紐無しバンジーが出来そうな急な斜面や、どこに続いているかも分からない地下水脈なんかがあったりしたが、概ね順調に目標に近付いていった。

 ケミカルライトはこれでもガラス製なので、落としたり激しい衝撃を与えれば壊れてしまう。なので慎重に進もうとしたのだが、何せ何万年もかけて達成しようとした悲願がすぐそこに迫っているのだ。年甲斐(精神年齢は18歳)もなく興奮してしまうのも自明の理というものだろう。

 

 ただしここでミスっては全て水泡に帰すというのは重々承知だ。修司の頭は常にクールな状態を保っている。

 興奮しているのは勿論だが、それで注意力が散漫になる訳では無い。『信頼』が無い人間は如何なる時であろうと『疑う』手を緩めない。

 時々振り返って背部もチェックする。ケミカルライトを(かざ)し、キッと目を鋭く凝らしてみる。

 

(追っ手は…無いね。これなら安全に篭もれそうだ)

 

 油断なく意識を向けるが、そこには誰もいない。前方も然り。数日は動けなくなると予測していたので、これは嬉しいことだ。

 どれくらい降りてきただろうか。ケミカルライトも発光限界時間というものがある。まだ光が尽きていないところを見ると、予測一時間と少しは潜っているだろうか。

 

(もう一本出すのは勿体ない。一気に突っ走るか)

 

 ケミカルライトにも本数に限りがある。ここまで一体も妖怪に出会っていないことを鑑みると、ここには見張りの妖怪はいないらしい。そもそも、こんな奥深くに居を構える物好きなんてモグラくらいだろう。

 

「ふっ──!」

 

 久しぶりに走ったな。そんな感想を漏らしつつ、ケミカルライトで薄ら照らされる障害物を(ことごと)く避けていく。これが新手のゲームなら、難易度はきっと世界一だろう。修司の疾走はそれだけ速く、ケミカルライトの光はそれ程強くないのだ。

 短い気合いと共に暗黒の洞窟内を駆ける修司は、やがて急停止し、目の前の拓けた空間にゆっくりと足を踏み出す。

 

 そうして、修司は計数時間の後に、やっとの思いで最深部へと辿り着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

「これは……!」

 

 修司が目にした部屋の光景。言葉を失って唖然とするのも無理はない。

 鮮やかに煌めく宝石類や、様々な状態で壁に埋まっている鉱石、あるいはトクトクと流れ出る液体状の物質。その全てが固有の色合いを示し、自らの存在をこれでもかと主張するかのように部屋全体がカラフルに彩られていた。

 こんなに多種類の元素が下手な化学反応を起こさずに状態を保っているのは、最早奇跡としか言いようがないだろう。修司は目の前の現実に呆気にとられていた。

 

「これは……今までに見たことがないな」

 

 双眸が部屋を彩る彩玉に釘付けになり、『地恵を得る程度の能力』でそれらを一つ一つじっくりと調べ上げてゆく。

 

「リン…水銀…黒鉛…ビスマス……お、タングステンまであるよ、すごいなぁ」

 

 修司は気付かなかったが、ここには致死量を軽く超える放射線が充満している。薬で絶対耐性を得ておかなかったら即死だっただろう。妖怪がこの洞窟にいなかったのはそういった理由もあるのだと推測される。

 ある程度見渡したところで、修司はいくつか体内に入れてはいけない種類の物質があるのを目にした。

 これはいけない。修司は『どんな薬でも創造する程度の能力』で、体に害を及ぼす物質に干渉されない耐性をつける薬を創り出した。これも放射能の薬と同じく、永久的に効果が続くものだ。

 今まで地中で作業していたので、この可能性を全く想定してなかった。事前に準備しておくべきだったと彼は俯いた。

 

 そして、ここで新たな問題が発生した。

 

 ある程度近ければ回収出来るのだが、修司はそのまま武器の製作に移るつもりだったのでここまで足を運んだ。だが、この放射線の中では作業が完遂するまでに修司自身が死んでしまうだろう。

 何故なら、取り出そうとした食糧が外気に触れた途端に腐ってしまうからだ。食糧保管型鉄キューブから食べ物を取り出せば、即刻放射線で激しく汚染され、とても食べれる物にはならないだろう。同様に水も駄目だ。

 

「…う〜ん、まさかここまで汚染が酷いとはなぁ…。途中まで戻ってから始めようかな?」

 

 顎に手を当てて考え込む修司。

 だが、と言って頭を振り、その選択肢を除外する。来た道には休めそうな場所は無く、どこも狭くて下り斜面ばかりだった。

 

「…いや、戻るのは却下だな。取り敢えず回収回収っと…」

 

 考えながらでもやれる事をやってしまおう。そう思った彼は、顎から手を離して隅の所から回収を始めることにした。

 壁や床に所狭しと敷き詰められたカラフルなタイルは、一つ、また一つと地中に吸い込まれ、一辺5mの鉄キューブの各部屋に貯蔵されていく。途中色んな反応が起こったりしないように細心の注意を払いながら噛み締めるように収めていき、抜き取った代わりに土で埋め立てたエリアに腰を下ろすと、能力を使用する手を緩めずに、大の字になって寝っ転がった。

 

「あぁ〜……疲れた…」

 

 久々の疲労。ここまで追い込まれたのは本当に久しぶりだ。気配の探知も怠っていないので、見かけほど休んではいないが、体を横にしただけで充分な休息だ。放射能の海の中だが。

 後は飲み食い出来れば完璧なのだが、そうは問屋が卸さない。ツイてないなと一人ごちる。

 

「さて、一体どうしようか」

 

 目を閉じたまま、地下の鉄キューブに鉱石を入れていく作業を続行する修司。この時間に打開策を考える。

 まず、戻るという選択肢は無しだ。そして、この場で数日間篭って武器を作製するというのは、修司が餓死しかねないのでアウト。

 蘭の能力で壁に横穴を作ってそれで汚染区域から離れるという案も考えたが、この洞窟は岩同士が重なり合って均衡が保たれている岩窟だ。よって適当な箇所に穴でも開けたら、彼はもれなく大地の仲間入りをする…という訳だ。

 

「お腹も空いたし…喉も渇いた。そこにあるのにお預け状態って、無い時よりも拷問だよ…」

 

 試しに保管型鉄キューブからリンゴっぽい赤色の果実を取り出してみる。

 

ジュワ…

「…やっぱりなのか…」

 

 地表に出したそれは、途端にシワだらけになり、色もどす黒く変色して縮んでしまった。腐るというよりも焼かれながら圧縮されているような感じだ。どれだけここが危険地帯かが窺える。

 このまま食べても問題はないのだが、人間でいたい修司は、人間らしい食事で腹を満たしたいと考えている。最低限の人間らしさは守り通したいのだ。

 

 

「うぅん、どうしたら………ら?」

 

 何か解決策はないかと周囲の地層を能力で探っていたら、一箇所だけ穴を開けても問題なさそうな箇所を見つけた。

 疲れている筈なのに、修司は目視で確認しようと起き上がり、四つん這いでその壁へと向かう。

 

「あれ?ここだけ固まった土で出来てる…」

 

 しめた。ここなら掘り進めても問題ないし、もし崩れるようなことがあったら特殊合金でガチガチに固めてしまえばいい。他は駄目だが、ここだけなら合金で支えられる。地中奥深くなので圧力が心配だが、そこは修司自慢の合金に賭けるしかないだろう。

 妖怪部隊を避けるのに使っていた『道』を作ってもいいが、あれでは数日過ごすのに些か狭過ぎる。今度は広く空間を開けよう。

 

「よし、ここは大丈夫みたいだね。頼むから、崩れないでくれよ…?」

 

 誰に言ってるのか分からないが、彼の祈りは絶対に神様に向けてのものではないだろう。修司はもう、神なんぞはそこらのゴキブリと同列だと思っているから。祈るとしたら、それはきっと自分自身の手腕だけだ。

 

グググ…

 

 その場で監督する必要はないのだが、これが唯一の手段であるだけに、修司は自らの両目で経過を観察し、細かく能力で土を削っていった。削ると言っても、『地恵を得る程度の能力』で土をどけているだけだ。

 

 

 

 

────体感にして一時間たっぷりかけただろうか。

 

 所々合金で補強した部分はあるが、これでこの場から安全に離れられる通路を確保した。

 先程まで色とりどりに飾られていたこの小部屋は、今では岩窟の隙間に土を圧縮して詰め込まれているだけの、ノッペリとした空間へと変貌を遂げてしまった。だが害物質の残滓は辺りに充満し、やはり避難が必要だ。

 人一人通れるくらいのこの通路はとても長く、最奥には六畳ほどの広さにくり抜いた部屋を用意してある。そこまで全力疾走で十分はかかるだろうか。

 兎も角、特にこれといった障害は無く、工事は恙無(つつがな)く終了した。

 

「早く作業を始めないと、いつここに来るか分からないな」

 

 例えここが即死必至のエリアだとしても、もしかしたらという可能性も捨てきれない。用心に越したことは無いだろう。

 

 

「…待ってろよ」

 

 

 それは妖怪の大将達に向けてか、はたまた天を廻っている月に向けてか。

 それとも…

 雰囲気を暗く落としながら、修司は通路を走り出した。

 

 

 一直線に延びるこの通路。本当に予想通り十分ほどで到着した修司は、何も無いこの空間を取り敢えず人の住める最低限の環境にしようと思い、合金を使って家具などを作り始めた。

 周辺の地層は加工しやすい塩梅だったので、心置きなく設備を整えていった。椅子、机、ベッド…本来の人間の一般的な生活を思い出しながらの作業は、砂粒ほどの感情だが彼の心に懐かしさを灯した。保管型鉄キューブから取り置いておいた草や綿のような植物を取り出し、ベッドに敷いたりと、それなりにこの部屋は現時点でかなりの出来だと思った。自然の中からこれらを作り出すのは難しいだろう。

 

「中々上手く出来たんじゃないかな。数万年ぶりの人間らしい部屋だ」

 

 これなら六畳でなくてもいいかと、修司は能力を使って部屋の拡張をしようともう一度周りを調べた。

 

「────お?これは…」

 

 すると、最奥の部屋の近くに別の空洞があることを発見した。

 気になって続いていく先を探っていくと、そこには八個ほどのかなりの大きさの空間が連なる場所があった。まだ空洞は先へと続いていたので非常に気になるところだが、それを調べるのはまた今度にしようと、能力を解除して今一度部屋の完成具合を確かめた。

 

「…うん、これでいいか」

 

 そうと決まれば善は急げだ。

 空気に触れさせてはいけない物質もあるので作業は全て地中で行う。水も要るので水脈を引っ張り上げてきておき(ついでに水源も確保)、必要な器具を合金などで作っておく。

 

 三十分ほどで全ての準備が終わり、保管型鉄キューブから食糧を出して、数日ぶりの飯にありついた。

 

「あ〜美味しい。生き返るな〜」

 

 これだけでもう救われた気分がする。殺風景な天井を見上げ、懐かしいやら落ち着かないやら、言い得もない感情を覚える。自然と閉じた瞼の裏には、戦争前の甘ったるいあの日々が蘇ってくるようだ。

 

 

「────始めようか」

 

 

 捨てたもの(理想)を一々夢見るのは止めよう。

 だってそこには何も無いんだから。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

「ようこそおいでくださいました大将様!本日はどういったご要件でしょうか!」

「中にいる奴ら全員表に出ろ。そしてこの入口の警護につけ」

「それは、つま…ぐぇっ!」

「ごちゃごちゃ言ってねぇで出て来いつってんだよ。誰も入ってくんな」

 

 門番の妖怪の胸ぐらを掴み上げ、妖力にものを言わせて有無を言わさずに言葉を投げつける。

 

「は、はい!只今!」

「俺達からまた命令があるまでここでじっとしてろ」

 

 掴んでいた手を離すと、脱兎の如く洞窟へと走り去っていく妖怪。ノラも中へと歩き出し、目的の食料庫に向かって行った。

 

 洞窟を降りていく。一歩一歩踏み出す度に温度が下がっているような感覚を受け、最深部に着くのに数時間必要なほどの長さを誇るこの洞窟のすごさを改めて感じた。

 まずは第一倉庫だと彼は思い、一番地上に近い横穴を目指していた。彼の命令通り、洞窟内で警護をしていた妖怪は次々と彼の横をお辞儀しながら通り過ぎていく。適当に散会させておくのは拙いのでこの大人数で入口の守護を任せたのだが、これは流石に多過ぎたか…?

 

「…ま、俺の知ったこっちゃねぇな」

 

 こーゆーのはハクの仕事だ、俺は雑魚なんてどーでもいい。

 

 変な雑念を振り払い、これから拝めるであろう食い物の山に想いを馳せ、顔がニヤける。ハクは彼の能力を分かっているから、こんな案を出してきたのだ。

 

 

 ノラの能力は、『喰らい尽くす程度の能力』。

 文字通り、喰らい尽くす能力だ。喰うことによって様々な効果を永続的に受けることが出来、それには際限がない。日々の必須な食事でさえこの能力は発動する。応用が皆無なれど、決して侮れない能力だ。

 食べた物によって恩恵は異なり、妖怪や獣を喰った場合はほんの僅かに力を蓄えることが出来る。それも通常の妖怪よりも、幾分か効率的に。ある妖怪が百匹の妖怪を喰ったとしたら、ノラが同じ妖怪を百匹喰った場合はその1.5倍の倍率で強くなれる。

 殆ど喰った事がないが、植物や木の幹、花や木の実を喰うと、自然との親和性が高まって自然に溶け込めるようになれる。荒々しいノラは、そんな事出来ないが。

 こんな能力があり、更に鬼という戦闘特化型の種族故、ノラは妖力も物理も向かう所敵無しの強さを誇っている。これからもっと強くなるというのだから、その危険性は充分に理解出来るだろう。

 

 

 この洞窟は、頑丈に出来ている上に地下へと続いていて、とてもヒンヤリとしている。殺した妖怪の保存や、その他食べ物の保管に最適だとして、縄張りを拡張していた時期にハクがここを保管庫だと定めた。

 一直線に斜め下へと降りていくこの洞窟は、枝分かれするように八つの横穴があり、それぞれには丁度いい空洞が拡がっている。手下にある程度掘らせたのもあるが、大体の原形は出来上がっていたというので驚きだ。こんないい物件があるものかとハクが珍しくビックリしていたのは古い記憶だ。

 

 地上に近い順に、その空間は第一~第八食料庫と呼ばれ、ノラは上から三つの第一~第三を平らげろとハクに言われた。

 三人の中では随一の攻撃力を持つノラは、ハクにはそう言われたが、正直自分の力があればどんな奴だろうと殴り飛ばせると信じていた。念には念を、というハクの言い分は分からなくもない。だが、それは仲間である自分達のことを信用していないのではないかという疑惑を浮上させた。

 

(ちっ…。考えんのは面倒なんだがな。こうもチラつくと考えずにはいられねぇ)

 

 脳裏に明滅するのは、三人がここらの妖怪の大将となった瞬間の光景。

 優越感に浸り、己の理論が正しかったと思えた、あの瞬間。

 仲間と一緒に勝ち取った地位だが、あの時の自分にはそういった分かち合う感情なんぞは湧いてこなかった。

 

 あったのは、ひたすらに優越感。

 

 平伏する配下を壇上から見下ろした時に感じたのは、果てしない確信感。

 自分がこれまで信じてきた『力』は、やはり正しかった。この力さえあれば、俺達は………いや、()は、何でも叶えられるんだ。

 

 ハクは言っていた。

 

「……────『僕達は珍しい妖怪だ』。確かにその通りだ。俺達は弱小妖怪だったくせに、ここまで這い上がってきた」

 

 『頭脳』を名乗るだけあって、やはり的を射た一句を言う。

 本来ならば、最初の頃で死んでいてもおかしくなかった。

 だが、死ななかった。

 三人は、“持っていないモノを持っていた”からだ。

 

 それは────

 

 

 

 

「力だ。力があったから、()はのし上がった」

 

 

 

 

 今も、そしてこれからも、それは変わらない。不変の事実。

 屈し、ひれ伏し、媚を売る木っ端妖怪から成り上がったのは、やはり『力』があったから。

 ノラは拳を握り、筋肉を躍動させる。

 

「俺はこれからも負けねぇ。邪魔な奴はぜんぶ殴り殺して、骨も残さずに喰い尽くしてやる」

 

 もう、自分の“ナニカ”を失いたくないから。

 もう、目の前から“ナニカ”が消えていくのは我慢ならないから。

 

 倒して喰って、俺は強くなる……

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 二人と別れたレイは、そのまま真北に向かい、能力を全開にして探索を開始した。

 レイの能力は本当にこういう時に役立つと、ハクはそう零していた。

 能力のみに集中するために、レイはその場で蜘蛛足の関節を折り、下半身の蜘蛛の胴体を地面につけて、意識を収束させた。

 

 誰かに求められるのは至高の喜びである。そして私はその者に求め返し、同様のそれを受け取るのだ。

 産まれた瞬間、ほんの一瞬、本当に刹那の時に感じたあの感情。

 

(…あの瞬間だけは、満たされていた)

 

 その後すぐに掻き消えてしまい、至高の寵愛は終わってしまった。

 また…また、“愛”が欲しい。無くなってポッカリと空いてしまったこの虚しい空間を、誰かに埋めてもらいたい。その一心でレイは、これまでノラの言った理論を信じて力をつけてきた。

 力があれば何でも手に入る。思い返せば、力があればあの時、両親を止めることが出来たかもしれない。その他の状況なんて何も分からないけど、あの二人には死んで欲しくなかった。もっともっともっと、溢れるくらいに“愛”が欲しかった。

 

(…それだけで良かったのに、何で要らないものばかり増えていくの…?)

 

 地位、羨望の視線、力、仲間からの信頼、日々の食糧。全部全部要らないのに、何故かそれらばかり増えていく。

 

(…誰か……私を見てよ…)

 

 物理的でも、ハクの『第三の目』のように間接的でもない。

 本物の心から、肌身を擦り合わせるように見て欲しい。“愛”というものが全く分からないけど、誰かこの気持ちを満たして欲しい。

 ハクやノラは仲間だけど、あれらは愛をくれる対象ではないから、正直どうでもいい。だけど、力で何でも叶えられて、それにはあの二人と協力する事が必要なら、大人しく従おう。だって、それならいつかは『愛のある世界』を創り出せる筈だから。

 

 

「…この辺りには…いないみたい…」

 

 

 レイの能力は、『気配を察知する程度の能力』。

 これまた文字通りの、単純な能力だ。

 温もりある存在を感じていたいがために発現した彼女の能力。

 これは、彼女を中心に円形状に範囲が広がり、その中全ての存在を認知する事が出来るという能力である。また、最近は一部に特化させて探知範囲を弄れるようになった。

 認知出来るものは体温のある生き物と動くものだけで、目立った動きのない植物や石ころ、またの体温ない(本当にそんな奴がいるのか怪しいが…)生物には反応出来ない。今回の敵は常に移動していると思うので探知出来ないという事態には陥らないだろう。

 

 これだけなら脅威になり得ない能力だと思うかもしれないが、問題はこれの探知範囲である。

 感覚にして、レイが直線的に歩いて丸三日はかかる程の半径があるのが、この能力の利点だ。これだけで縄張りの実に四分の一をカバー出来る。

 ただこの能力、範囲ギリギリに近ければ近いほど、感知が鈍くなるのが難点である。レイは能力のみに集中することで反応出来てるが、特に戦闘しながらでは、とても範囲限界まで意識を広げてられないだろう。

 

 

(……西側半分は大丈夫。東側は…)

 

 閉じていた目を開けてチラッと左側を見たレイは、また元の姿勢に戻って集中を再開した。

 広場から離れて一日ほど経っている今は、真北の縄張りの限界までを能力の範囲内に収め、本格的に監視を始めている。

 意識を全て探知範囲の西側に向けて調べていたレイは、問題がない西を無視し、自分を通る北南の縦線から右側…つまり、東側の範囲を探知にかけた。

 これまで自分の周囲を軽く探ってみたが、部下の六体部隊が結構密な間隔で配置されている。しかも、それは妖怪がいつも使う獣道から少し外れた場所だけで、獣道には誰もいない。ハクがやけに自信があったのは、この配置に理由があるのだろうが、学がないレイにはその真意を知ることが出来なかった。

 

「…敵、この包囲網の中で見つかっていないなんて、やっぱり相当な手練」

 

 朝にあった報告とハクの説明で察しはついていたが、本当にこれ程とは思いもしなかった。森が騒いでいないところをみると、妖怪を殺さずにいるらしい。死体があれば確実に血の匂いで周囲の妖怪部隊は気付くだろう。

 ハクは妖怪の大将の『頭脳』を担うだけあって、頭脳戦が非常に得意だ。そこはレイも認めている点であり、ハクの最大の強みとも言えるだろう。本格的な戦闘が始まる前が彼の戦いだと言っても過言ではない。勿論、彼の戦闘での指示とサポートは的確で、ノラはその時の彼を一番評価しているようだ。戦闘しか頭にないあの脳筋は、戦闘の事しか考えられないらしい。

 

「…ハク」

 

 彼は、私に接してくれた最初の妖怪だ。初めての感覚にあの時は胸が熱くなった。

 その後ノラとも知り合ったし、下心満載ではあるが、配下の妖怪とも会話する機会が増えた。一人ではない…かのように見える。

 

「……でも駄目。みんな、“愛”をくれない…」

 

 自分が何か理解していないものを他人が与えられるのか疑問だが、そんな疑問は彼女のあたまには、浮かばない。

 彼女にとっては“愛”が全てであり、“愛”こそがこの世の全てであるという確信に近い結論に至っている。

 逆に言えば、“愛”をくれない全てはレイにとって景色の一部であり、この世に蔓延(はびこ)る有象無象と遜色ないのだ。彼女の双眸は“愛”しか色を映さず、鬱蒼と生い茂る木々や、話しかけてくる木っ端妖怪やハクとノラでさえ、彼女にはモノクロの存在としか認知されていない。

 これが世界から“奪われた者”の運命(さだめ)なのか、それは知る由もないが、レイにはそれが現在における真実であり、渇望者としてあるべき姿なのである。

 

「…ノラは……いた」

 

 因みに、探知の範囲内にはノラが向かった食料庫がある。そこから遠くにもう一つ別の洞窟があるが、あそこは何かよく分からない有毒物質が中に蔓延しているというので、今では誰も近寄らない区域になっている。

 能力でスキャンをかけているレイは、食料庫に入ろうとしているノラの存在を見つけ、もっとよく見てみた。

 

「…ノラ、脳筋だからって門番に掴みかかってる。そんな時間無いのに…」

 

 流石脳筋族と言うべきか、ノラは案の定他人に対する当たりは激しい。部下なんてそんな対応でも問題ないのだが、今はそんな事をやっている時間が無いことをすっかり忘れてしまっている。

 おっと、ノラの現状を知りたいがために彼のみに集中してしまっていた。やるべき事はキチンとやらなければ。

 

 結局、東側も詳しく調べてみたが、個別で動いている誰かはどこにもいなかった。

 だが、これで終わりではない。ハクに言われたように、指示がまた来るまでここで自分の範囲を監視していなければならない。

 そして、監視の任を解かれたら今度は食料庫の食料を食べる作業……正直言って面倒くさい。

 

「…でも、これも私の為」

 

 そう、全ては『愛のある世界』を創り出すための過程。そうレイは割り切り、自分に与えられた仕事に集中した。

 

 

 

 

────自分の為に。

 

 

 




 

 今回の内容は、修司のハイディング終了のお知らせと、妖怪の大将の二人の能力と決意でした。化学的な内容も登場しましたね。まぁ鉱石とか元素とかいうものが話に入ってくれば、自然とそういう流れになりますよね。

 作者の化学知識は高校止まりの一般的なものと、ネットから得たにわか知識で構成されています。間違ったものが記載されていた場合はご報告下さい。

 次でまどろっこしいのは全て終了です。作者は歓喜です。


 ではまた来週に~。

 

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