東方信頼譚   作:サファール

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 文明の違いを見せるのと作戦展開が今回のメインです。
 それと、レッツラハイディングのお時間です。

 説明や描写多めです。



 どーぞ。

 


21話.投じられた小石と波紋広がる水面

 次の日の昼頃。

 

 修司はまだ洞窟には着いておらず、大体半分近く進めた。本来、修司が本気を出して疾走したならたった一日で着ける距離(普段からそんな事はしてないが)。しかし今は周囲に嫌気がさすほどの妖怪が跋扈しているので、どうしようもなく歩みは遅くなる。

 だがそれは修司だからこそ言えるもので、気配を薄くすることに長けている他の者が今の状況に夜通し挑んだとしても、一日に進む距離は彼の十分の一にも満たない。

 

 修司は海蛇の如く妖怪の視界の隙間を縫うように進み、決して誰にも見つかることなく目的地へと足を踏み出して行った。臭いに敏感な獣型の妖怪の場合は、近くの地面から腐卵臭のする化学反応を済ませた物質をボコッと突き出して撹乱し、音に鋭い妖怪には、仕方ないので金属同士を擦り合わせて嫌な音を出して(黒板を引っ掻いた時のような音である)、相手が悶えている間にサッと通り抜けた。

 こんな子供騙しの手が通じるのかと本気で思う人がいるかもしれないが、五感の一つが異常に優れている相手にとって、この方法は通常の何倍もの効果があるのだ。

 

「……目的地が洞窟で助かったよ」

 

 これは数日でどうにかなる案件ではないだろう。目的地に着くだけで、修司の睡眠は限界に達してしまう。洞窟ならば隠れて休息がとれる確率は高いし、少々危険だが、蘭の能力で洞窟の一部を塞いで立て篭もることだって出来る筈だ。運が良かったと言える。

 

 大将三人が必死に策を練っている間、修司は休むことなく行動した。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 探索部隊に出した指示は四つ。

 

 一つ、見つけたら一体がこちらに戻ってきて報告をする事。

 二つ、大きな音を出して周囲の仲間を呼ぶ事。

 三つ、いきなり戦闘はせずに、情報を引き出す事。

 四つ、勝てないなら、時間稼ぎをする事。

 

 これらをしっかりとやってもらうために、一つの集団に必ず二体は考える能のある妖怪を入れて編成した。

 一つの集団の頭数は六体。一体不意打ちで殺られ、一体伝令で離脱しても、四方から囲めて戦えるギリギリの数だ。縄張り全体に効率良く分散させるためにもこの数が妥当であると思い決定したが、出来ればもう一体加えておきたかった。

 しかし、今の配下の数は、使える者だけを数えると三千程度。質のいい奴だけならば、千程しかいない。五百の部隊で広大な縄張りを中をこの数で探したとしても、相手は相当に頭のキレる奴。ほぼ確実に見つからないだろう。いや、見つかったとしても、その時には部隊一つが骸となるか。

 

「兎も角、これで何かしらの反応があれば御の字といったところか…」

「なぁ、お前だけ居りゃあ何とかなるしよ、俺もソイツを探しに行ってもいいか?」

「…駄目、三人居ての大将。私達は仲間」

「ちっ……分ぁったよ」

 

 そう、僕達はいつも三人でやってきて、次々と障害を乗り越え、食い荒らしてきた。今回の敵もきっと僕達の血肉となってしまうだろう。そうやって、僕達は三人でのし上がっていくんだ。望む世界を創り上げるために。

 

「さて…」

 

 配下の妖怪が集まっている広場で指示を飛ばしてから、そにある玉座的な形をした石造りの椅子に座って話していたハクとレイとノラ。三人で報告を待っていたのだが、ハクはそこから立ち上がって、壇上の上という立ち位置を利用して目の前にいる部下達を見渡した。

 五百程の部隊を作ったと言っても、その全てを放っていたらもしもの時に対応が出来ない。

 なので四百くらいを散会させてこの場に残りの百を待機させているのだが、何もガン待ちする事だけが領主のやる事ではない。司令塔の機能が必要なのは事実だが、使える手段が残っているのもまた事実。ならば、やれる事は全てやってしまおう。

 

「…ん、どうしたの?」

「んだぁ?」

 

 広場──と言うか本部は、僕達の縄張りのほぼ中心にある。認識の通り僕達はここで配下の妖怪を支配し、様々な指示を出している。

 ほぼ円形に森の木々を伐採してならしたこの土地には、三千体全ての妖怪を招集出来るほどの広さを誇っている。その円の北側に僕達の席である玉座があり、更にその奥、森に少し入ると僕達だけが出入り出来る場所──先程僕が暗殺されかけた僕達だけの場所がある。僕達の住処はそれぞれ縄張り内で自由な位置にあり、特に決まりはない。

 

 振り返り、二人を見る。

 

 立地、それぞれの居住地、哨戒任務に就かせた部隊諸々、僕達にはある程度の地の利と数の利がある。そして少ないが、多少の情報もある。

 この場でのさばっていても仕方ないことは以前から分かっている。動けない現状を相手が予想していることも理解している。敵がとれる選択肢もあらかた考え尽くしたし、目的も推測してみた。核となる部分が抜けているのが痛くてしょうがないが、何もしないのは勿体ない。

 

(…本当に、久しぶりだよ…)

 

 僕と頭で勝負しようとする妖怪には殆ど出会ったことがない。僕は言い得もない高揚感が体を支配してくるのを感じていた。

 しかし理性は残す。こんな楽しい勝負を降りるなんて有り得ない。

 

「この『目』でお前を視れる時が待ち遠しい……」

「どうした?なんか笑ってるけどよ」

「…なんか、笑ってる…」

 

 不敵な笑みを浮かべているのを見て、何だどうしたと訊いてくる二人。どうやらボソッと呟いた言葉は聴こえなかったようだ。

 

「いや何、打てる手を全て打っておこうと思ってね。今から僕が言う事を実行してくれ」

「おう?ここで待機しとくんじゃなかったのか?」

「そう思ったんだけど、戦いに博打は必須でしょ?」

「…………ははっ、違ぇねぇや」

 

 僕の表情から何かを読み取ったのだろう、ノラはギラリと歯を覗かせて好戦的な笑みを浮かべた。『目』で視ると、やはりそこにはこれから起こる戦闘への意欲が砂漠の陽射しのようにギラギラと湧き上がっていた。

 

「三人居ての大将だけど、三人固まってていい道理はないよね?」

「…それは…そうだけど」

「それに、今の僕達では敵には勝てないかもしれない可能性が十分にある。出来るだけ勝てる率を上げておきたいんだ」

「…分かった、何をすればいい?」

 

 暴力や侵略が必要だとしても、レイは戦闘に(ノラほど)積極的ではなかった。それは、彼女が僕達二人と違って、奪われた者ではないからだろうと推測される。

 僕達は、お互いの生い立ちについて色々と打ち明けあっている。その中でも、レイの生まれは特殊だった。

 僕は、色んな妖怪から虐げられて、親から何まで全てを奪われた。ノラは、鬼子母神という集落の族長をしていた鬼の女性の馬鹿げた掟によって、自らの手で全てを放棄しなければならなかった。

 

 どちらも“奪われて”現在の境遇に居るのだが、レイだけは違う。

 レイは親に自害され、右も左も分からない状態で放り出されたと言う。最初に貰える筈の寵愛を貰えず、彼女の胸の中は虚脱感で一杯だったらしい。

 だから、彼女は心の穴を埋める存在()を求め、日々を彷徨って生きているらしい。そんな気配は感じないが『目』で視たら、僕達という仲間がいるのに、彼女の心情は虚しさばかりだった。正直よく分からないが、僕達にとってそれぞれの欲しいものには病的なまでの執着がある。それを理解しているので、僕はその事についてなんら疑問を持たなかった。寧ろ正常だ。

 と言うか、見方によれば彼女も“奪われた者”なのだが、そこら辺には口出ししないでおこう。

 

 

 閑話休題。

 

 

 兎に角、相手に頭脳戦で一泡吹かせたい。今の僕にはその一点しか頭にない。食うまでの間、一体どれ程の戦いが出来るのか、非常に楽しみだ。

 そこには、最初の動揺は全く無かった。あるのは長年捕食者としてこの地で力を蓄えてきた尽きない無限の欲望。強敵を前にしてこの興奮を覚えるのは、(ひとえ)に僕達が妖怪だからである。

 しかし、本当に驚いているのも事実。大妖怪を相手にしても全く退かずに勝ってしまう僕達だが、敵のように鮮やかに隠密で殺せる訳では無い。しかも上級を二体だ。単純な力を測れていないなので何とも言えないが、それでも危険な相手であることは明白。手腕の高さに舌を巻くのも当たり前だ。

 だから、こちらは過剰戦力で行く。

 

「二人共、作戦がある。聞いてくれ」

「いいねぇ。俺の種族上、出来れば真正面からぶっ叩きたかったが、目的の為には四の五の言ってられねぇからなぁ」

「…私も、何でもやる」

(…僕の作戦が正面対決じゃないのは確定なんだな…)

 

 いい返事だ。やはり僕達はこういう感じでなくちゃ。僕がセコい手を使うって二人が分かったのは長年の仲間だからだろう。

 あの時から何万年と経っているのに、僕達の願いは一向に叶う気配がない。力があれば何でも手に入るというノラの理論に従ってここまで来たが、終わりはいつになるのだろうか。願いの大きさに比例して必要な実力は肥大するというのが僕の考えだが、二人に言って理解してくれるかどうか…。

 ノラは果てしなく脳筋だし、レイは愛の事以外には全く関心が無い。どうしたって変えられない事実だろう。その代わりで『頭脳』を僕が担っているのだが、もう少し自分で考える事を覚えて欲しいものだ。

 

「分かった。それじゃあ説明しよう」

 

 けれども、僕を必要としてくれる今の現状が堪らなく有意義に感じるのは、僕の勘違いじゃないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「………!」

 

 敵だ。サッと姿勢を低くし、茂みに隠れてやり過ごそうとする。その時に彼は目を見開いた。

 だが別段ソイツが強そうだとか、何か予想外な事が起こったとか、そんな事で驚いた訳では無い。

 

(……隊を組んでいる…のかな?)

 

 数は六体。実力容姿共に大小様々な種族の妖怪が、周囲を探りながらゆっくりと森を練り歩いている。

 隊を組んでいると分かったのは、そこに普段はいがみ合う筈の二種族が混じっていたからだ。しかし彼らは殺気を振り撒くことなく、まるで何かを探すように周囲を注視していて、全く仲間同士で唸り合うことはしない。背中を合わせていることから、仲間であると判断出来る。

 

「…ちっ、なんで俺がお前なんかと…」

「案ずるな、私も同意見だ」

「というか、こいつら喋れねぇじゃねぇか。どうやって指示飛ばすんだよ」

「さぁな、私は知らん。言葉は理解しているようだし、お前が纏めろ」

「はぁ!?誰がやるかよ!」

 

 しかも知性がある。話せる程度には頭のある妖怪が二体で、後の四体は話せないようだ。さっきから獣特有の唸り声しか上げていない。

 話せる妖怪が中級、残りの四体の中にも一体中級並の妖怪がいて、後は低級妖怪に部類されるだろう。

 

 さて、大将達の仕業だと見て間違いないだろう。こちらの危険さを知らしめても防備を固めない辺り、やはり敵は集団の動かし方をある程度分かっているようだ。

 目的が自分達でないならば、縄張り全体に『目』を張り巡らして敵に足跡を着けさせる。悪くない一手だ。

 

 ここでこちらが見つかれば、それをあれらの内の一体が報告しにいくだろう。そこで万一、報告させずにここでこいつらを全て殺せば、その死体を巡回中の他の隊に見つけられ、これまた報告されて位置がバレる。

 修司は南端から入ってきて、中央に踏み入らずに目的を済ませたい事はあちらにバレていると思っていた。だから、ここで足が着けば、彼がこちらに進んでいたのが知られ、それ以南の地域で哨戒していた他の隊も全て北に向かわせるだろうと考える。隠密を選択する程見つかりたくないと思われている修司は、そこでビビって南に逃げるような奴ではないと相手は推察している筈。そうなれば大乱戦になるのは時間の問題だ。

 目的の洞窟はまだ先にある。ここで見つかってから南に引き返して、縄張り外から盛大に迂回して進むなんて面倒な事、真っ平後免だ。

 よって、一つの隊にも絶対に見つかってはならない。全体的に『目』を飛ばして、反応があった所を全力で叩く。今の修司にとっては、それは結構痛い一手だった。

 

(想定してか博打か、どちらにしろこれで更に難しくなったのは確実だね)

 

 ここまで考えれる妖怪には蘭くらいしか出会ったことがない。これは会うのが楽しみだ。

 こんなくらいで(ほぞ)を噛む修司ではない。寧ろ、目標の武器が完成した後の対面に対する期待が増しただけである。いい練習台になりそうだ、程度にしか考えていない。

 

 

 どちらも舐め腐った反応しかしないが、それでいてしっかりと勝利をもぎ取るので、誰も嗜める事は出来ない。

 

 

(ここで六体全員を痕跡なく抹殺出来るけど、それは芸がないよね)

 

 そこで、と修司は能力を使い、とある『道』を作製する。それは作り貯めた合金を使って、地下に作る地下道。幾人かで行動され、抜けるのが困難な場合にと修司が考えだしたものだ。

 攻撃と防御用に用意した合金の塊だが、使用法は非常に多岐に渡る。

 足元の合金を操作して、地鳴らしで気付かれないように慎重に地下道の作製を始める。人一人がギリギリ通れるような、まるでゲリラ勢力が使用するような通路を向こう側に出口を設定して設置する。地上の出入口で隊を挟むようにして作り上げた地下通路は、厚さ数cmの特殊合金によって地中の圧力に耐え、金属ならではの光沢でテカテカと堅牢さを誇示する光を持って修司の足元に現れた。

 

(よっと…)

 

 梯子を作る必要の無いほど浅い位置に通した通路なので、両足から滑り込むようにしてスルリと降り立った修司。トッ…と体重を感じさせない鮮やかな膝折りで着地した修司は、照明が無く、出入口からの若干の陽射しで薄暗い状態の通路を見通し、出来に頷いた。

 

(これは使えるな。強度や隠密性も十分。後は、制作時の無視出来ない消費時間の長さかな。それだけが問題だ)

 

 地中のみという制限があるが、これは一応使えそうな技術だ。ただ、完成するまでに少し時間がかかることが気がかりである。五秒以内に作れるように練習しなければいけないな、と修司は思った。改善点は何だろうと改善させる。弛まない修行はいつの時代でも必要なのである。

 

 入口は閉じて、地上の六体が移動し出す前に出口へと駆ける。修司が進む度に背後の用済みとなった合金の道はグニャりと歪み、元の塊へと戻っていく。これを第三者から形容するとしたら、イン〇ィー〇ョーンズのワンシーンのようだ。自分自身が能力で壊しているので危険性は皆無だが。

 何年も前から火山だけでなく洞窟にも足を運んでいる修司だが、その時は今のようなワクワク感は全く無かった。最早作業と化した採掘行為だったので、緊張感がまるで無かったのだ。

 

(出口に敵は…居ないね)

 

 頭一つだけ地上に出して周囲を探る。グルッと顔を回したところで音も無く地表に身を出し、出口まで全ての造形を解除して合金の塊に戻しておく。鉄キューブ、食糧保管型鉄キューブと共に修司の直下で合金塊(ごうきんかい)が待機したのを確認すると、荒れた地面を怪しまれないように埋め、後ろを振り返らずにその場を離れた。

 

 

 

 

「…ん?」

「どうした、歳を取りすぎて呆けたか」

「違ぇよ。今なにか音がしたような…」

「はぁ…馬鹿も休み休み言え。私の心労も考えr」

「しっ……」

「……位置は?」

 

 聴覚が鋭い彼は、ほぼ勘に近い本能に頼った予感で痴話喧嘩を中断し、妖力を滲ませて目を素早く巡らせた。声音の緊張を読み取った一方の妖怪はその状況を察知すると、臨戦態勢をとって他の四体に気付かせる。

 

「グルルゥ…」

「ガァ!」

「グァゥゥ…」

「フゴォォ!」

(お前らうるせぇよ)

 

 心の中で愚痴りながら、ピンと立った耳を動かして必死に音を拾う。音は視覚の次に重要な要素である。そこに秀でている彼は、今役目を果たさないでいつ果たすのかと毛を逆立て、僅かな擦れ音も起こさないように微動だにせずに周囲の気配を探った。

 

「…位置は不明。ここらの仲間はみんな集団で行動するように命令されている筈だ」

 

 既に修司はその場を去った後だが、そのギリギリで微かな音を聴けた彼は、情報を共有して案を考える。

 

「そうだな、では、私達の仲間でないということか…」

「どうする?報告に行くか?」

 

 チラッと横目で彼女を見、小声で問う。喋れない四体はその二人を囲うようにして四方を警戒し、頭のいい二人の指示を待つ。この場に修司がいたならば、最悪気付かれた可能性が無きにしもあらずだ。相手は動物から妖怪になった者。野生の勘は誰であろうと侮れない。

 

「縄張り内にいる雑魚妖怪の可能性は?」

「いや、そりゃねぇだろ。ここは普段から上級妖怪が三体くらいも巡回している危険地帯だ。まず誰も立ち入らねぇ」

 

 危険を感じればまるで別人の彼ら。中級ながらこの察知能力は賞賛に値するだろう。

 だが、修司の隠密に気付ける程ではなかったようだ。

 

「勘違いの線は?」

「いやねぇな。俺の本能がそう言ってるぜ」

「ふっ…本能か。それは頼もしい」

 

 言いつつも視線を動かして耳を澄ませる二人。

 

 暫く打開策を考え合っていたが、このままでは埒が明かないという結論に至った。

 

「……逃げたのか?」

「濃厚だな。私かお前かのどちらかが報告に向かった方が良さそうだ」

「足はお前の方が速い。ここで待機しといてやるからサッサと行ってこい」

「言われなくても」

 

 彼女は足に自信があった。探知に長ける彼とは違い、彼女は戦闘開始からその真価を発揮する。そのため伝令としても優秀であり、部隊としてはとてもバランスの良い六体だったのだ。

 妖怪の彼女は警戒態勢を解かずに踵を返すと、腰を落としてダッシュする姿勢をとった。

 

 そして一言。

 

 

「────死ぬなよ、私が殺すんだからな」

「はっ、誰が死ぬかよ馬鹿野郎。…行け」

 

 

 戦闘面では凹凸噛み合う二人だったが、性格だけはどうしても合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「……本当にいいのか?」

「あぁ、仕方がない」

「…私達の掟を破るよ?」

「構わない。今までに類を見ない敵だ、それだけをする価値がある」

 

 いや、類を見ないというのは過大評価か。ハクはそう思い直し、訂正を加える。

 

「…類を見ないというのは合わない表現だけど、これくらいやる敵の時はいつも苦戦してたからね。そろそろ倉庫やここ(縄張り)も限界だし、頃合じゃないかと思うんだ」

「…『頭脳』の大将がそう言うなら」

「ったく、しゃーねーな。抜け駆けするのは俺の矜持(きょうじ)に反するんだが」

「内心嬉しいって気持ちが『目』から伝わってくるよ、『戦力』の大将」

「そんなもん読まなくたって分かるだろ?この野郎」

 

 ハクの『第三の目』から来る感情は“高揚感”。力を増強する事への果てしない欲。

 同時に協力関係にあるハクとレイに対する無視出来ない申し訳なさが伝わり、ノラの心境は非常に珍しいものへと染まっていた。

 

「…そういえば」

「ん?どうした?『目』の大将」

「…私の呼び名は『目』なのに、『頭脳』の大将のその三個目の『目』も同じ『目』って言ってる…」

「あ、これか…」

 

 周囲に部下が居る時は、本当の名前ではなく二つ名で呼び合うようにしているのだが、それでは少々ややこしい状況に陥る事が、たった今判明した。何故今の今まで話題に上がらなかったのか不思議でならないが、これはどうしようか。いや、どうするかなんて決まっているようなものだが…。

 

「…仕方ない、僕の『目』はこれから『第三の目』と呼ぼうか。長いから面倒なんだけどね」

「…ありがとう…」

 

 ハクの話を石の椅子に座って聞いていたレイ。下半身が蜘蛛なので、蜘蛛の部分の腹を椅子に乗せて脚を畳んでいるが、それらがキチキチと蠢いた。自分の個がはっきりして嬉しかったのだろう、『第三の目』からはそれが伝わってきた。

 

 

「────よし、話はこれで終わりだ。ここからは真剣に行こう」

 

 

 ハクの一言で真顔に戻った二人は、改めてハクに問いかけた。

 

「おい『頭脳』の大将よ。お前もちょっとは腕っ節を強くしとかなきゃいけねぇんじゃねぇか?」

「…『頭脳』、私もそう思う。今のままでは足りない。頭の良さだけじゃ限界がある…」

「僕は、第一報が届くまでここで待機する。一応使えなくはない配下達だからね。配置の組み方からしてもう反応があってもいい頃なんだ」

 

 ハクはこれにかなりの自信がある。地の利がある僕達なら、大体の道筋を予測は出来る。そこに直接部下を配置するのではなく、その道を探知出来る位置(・・・・・・・)で警戒をさせるのだ。殺しが目的でなく見つかりたくないならば、近くに敵がいたとしてもやり過ごして通り抜けようとするだろう。縄張りには殆ど野良の妖怪は居ない。そこで集団で当たらせれば、異変が起こった時の選択肢がほぼ一つに限られる、という寸法だ。

 単独でいる奴がいない時に気配を感じれば、誰だって同じ行動をとるだろう。褒美もチラつかせたからな。

 

「そうか、なら遠慮はしねぇぞ」

「…出来るだけ早く…ね」

「了解、敵を見つけても交戦しちゃ駄目だよ」

 

 これは厳命だ、と最後に一言添えて、二人を送り出した。

 

 二人に出した命令は、若干の賭け要素も混じった、危険なものだ。

 

 ノラには、縄張り内にあった深い洞窟を倉庫にして利用している“食料庫”に向かってもらい、そこにある第一~第三までの食糧を食べるように言った。ほんの少しづつだが、妖怪の死体を食べれば強くなれるのは知っている。第三までの食料庫の食糧を食べれば、ノラは今よりもずっと強くなるだろう。

 だが、それは僕達の定めた掟に反する行為である。

 僕達は仲間であり、復讐者であり、渇望者である。あの時握手を交わした時から僕達は運命共同体なのだ。目的を遂げるまで、同じ速さで強くなり、それぞれを助けながら力を合わせて復讐する、そう取り決めた。誰かが目的を達したとしても、三人の望んだ世界が実現出来ない限り、最後まで付き合うことになっている。

 そう、抜け駆けは御法度なのだ。

 

 だが忘れないで欲しい。僕達は目的の為にその掟を作ったのであって、それを死ぬまで遵守する訳では無い。死ぬかもしれない案件があれば、掟を破って(・・・・・)でも確実な方を選ぶ。それは三人共理解しているところだ。

 

 

 レイには、索敵を任せた。彼女の能力があれば、かなりの範囲の存在を認知することが出来、頼りない部下よりもずっと確実に探し出してくれる。

 僕がいるこの中央の拠点から北に向かい、そこを重点的に見て回る。そうすれば、情報が来た時にどちらか半分に土地が絞られ、そこに全ての配下を送り込むことが出来る。

 もしレイの探知に引っ掛かって敵が見つかった場合は、先に言ったように交戦はせずにそのままでいるように命令している。もしレイの方に来た場合には、探知ギリギリの距離を保ったままに逃げるようにも言ってある。

 彼女が一番危ないが簡単にやられる奴ではないと“信じている”ので、あまり心配はしていない。

 

 そして、報告に来た部下からの情報の真偽を考えた後に、広場で待機させている部下にそこから北の縄張りの範囲を捜索させる。レイはそこでノラのいる食料庫に向かわせ、第四~第六の食糧を腹に入れてもらう。僕も指示を出したと同時に食料庫に行き、第七~第八を空にする予定だ。何故か、どんなに食べても腹が満たされることが無い不思議な特性がここで活きるとは、思いもしなかった。

 

 

 懸念があるとすれば、まだ敵の目的がさっぱりなところか。それが分かれば対策の立てようがあるというのに、一向に判明する気配がしない。

 …あぁ、そういえば、食料庫はここから歩きで数日かかるほど遠かったな。縄張りの端ではないが、保管に適した洞窟がそこしかなかったので、普段は食糧の運搬専用の班があるくらいだ。ノラやレイなら、適当に配下の妖怪を殺して食べ繋ぐだろうし問題はないが、数日連絡が取れないのはやはり拙かったかもしれないな。

 

(まぁ何もしないよりはましか。兎に角今は報告が来るのを待とう)

 

 一日二日で何かあると思うが、はてさてどうなるか。

 二人を見送った後の石の玉座は、心做しか冷たかった。




 

 現在、一話のリメイクを計画中です。プロローグを書いていた頃の作者を殴り飛ばしたい勢いで変更中です。
 一応内容としては、大体の流れは変えずに、描写を変更したり台詞を変えたりする感じです。久々に一話を見返した作者は決心しました。
「…うん、これリメイクしようか」と。

 予告なしで差し替えられるかもしれませんが、シナリオは変更無いので実質無視して頂いて結構です。


 それではまた来週に。

 

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