東方信頼譚   作:サファール

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 オリキャラ、オリ話、オリ展開。
 稚拙な文章ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

 あぁ、ゆっくりとした休みが欲しい……。



 ではどーぞお読み下さい。

 


20話.妖怪の大将達と歪んだ野望

 現れた二人に向かって手を挙げて挨拶しながら、僕は軽く抗議をする。

 座ったまま顔を上げ、「別にあれくらいどうってこと無かっただろ?」と開き直る二人に薄く笑った後、取り敢えず近くに座ったらどうだと僕の近くにある別の岩を指差して促した。

 

「僕の所に来たって事は、二人の所にも来たんでしょ?」

「当たり前だ。俺のとこは十体だ」

「…私は五体…普通」

 

 やはり、この中で極端に火力が劣る僕には一番少ない量の刺客か割り当てられたようだ。

 

「俺のとこには搦め手を使う奴が多かったな。お前はどうだ?」

「僕には武器持ちと剛腕が一人。遅かったから楽勝だったね」

「……こっちは素早さ重視だった」

 

 例え僕を倒したところで、残りの彼らを殺さなければ大将の首は入れ替わらない。だから同日に三人を攻めたのだが、如何せん僕達はもう慣れている。あからさまに全面戦争でも起こさない限り、僕達が本気を出すことは無いだろう。

 ある意味退屈な毎日だ。

 

 

 

 

 僕達は、この辺りの妖怪を統率している、所謂『妖怪の大将』と言うやつだ。大将は普通一人でやるものだが、僕達は三人で一つ。だから大将の役職も三人で運営している。

 

 頭脳。配下の妖怪を上手く利用するための規則の制定や、他の群れから攻められた時の参謀を務めるのはこの僕。大将の『頭脳』を担当している。他には暴動を未然に防ぐための裏工作や、部下を操って上手く事を運ぶ算段を立てるのが役目である。

 

 戦力。妖怪を率いて近くの地域を征服したり、暴力によって無理矢理事を鎮圧に向かわせるのが、目の前にいる真紅の皮膚を持つ一本角の彼。大将の『戦力』を担当しており、単純な実力が飛び抜けて優れている。僕の出した指示に従って現場で活躍する機動力のある彼は、同時に戦闘のスペシャリストであり、随時戦局を読んで一人でも素早く行動してくれる。

 

 目。糸や能力を使って周囲の状況を瞬時に判断することが出来、常に彼女には死角がない。そんな彼女は大将の『目』の仕事をしており、戦局の判断と情報網の管理が主な役目である。配下の中で何か不穏な動きがあろうとも、彼女の能力の範囲内である限り、その企みは悉く失敗する。先程のように。

 

 

 今日の物言わぬ骸も成り果てた彼らの下克上を話題に、たわいもない話で今日の始まりを盛り上げたところで、僕達はいつもやっている報告から入ることにした。

 ここには誰も近付かせないように命令してある。ここでやる事は僕達だけの秘密であり、信用ならないあの馬鹿共を近寄らせるわけにはいかない。もし誰か来ても、彼女が知らせてくれる。

 

「よし、まず、日課からやろうか。今日は誰からやる?」

 

 僕が誰ともなく問いかけると、僕の向かいに座った彼が口を開いた。因みに、彼女はそれを横から傍観するような位置にいる。

 

「俺がやる。…ごほん」

 

 彼は一つ息を吸い込むと、その巨体に似合う太く響く重低音を放った。

 

 

「妖怪の大将の『戦力』。鬼のノラ」

 

 次いで、彼女がチョンと手を挙げた。

 

「…妖怪の大将の『目』。女郎蜘蛛のレイ」

 

 最後に僕だ。

 

「妖怪の大将の『頭脳』。覚り妖怪のハク」

 

 僕達が出会った当初、僕達に名前は無かった。それだと呼びづらいとノラが言うので、仲間として初めての共同作業は互いの名前を考えることだった。

 

 僕は、迫害(はくがい)されていたからハク。

 レイは、恋愛(れんあい)の最初と最後の文字を取ってレイ。

 ノラは、集落から捨てられたから野良(のら)の妖怪ということでノラ。

 

 安直だが、僕は、今ではこの名前を気に入っている。名前がある限り、昔に誓った復讐や願望を風化させずに済むからだ。あの時の感情を廃れさせない為にも、こういった経緯で付けられた名前は重要だ。

 

 だが、この名前は配下の妖怪には知らせていない。この名前を知っているのは、ここにいる僕達だけだ。これは、それぞれが互いに仲間であることを認識させるために一役買っている。僕達が固まっている時に周りから大将と声をかけられると誰だか分からなくなるのは面倒くさいと感じるが、必要なことなので努力して呑み込んだ。

 僕達はアイツらの事を全く信用していない。朝から暗殺を試みるような連中だ、信用しろという方が無理だ。

 彼らは、僕達が力を見せつけることで従わせた。圧倒的な戦力差をつけ、精神的に屈服させたものもいる。そう言えば、精神的に殺った奴からは下克上をされてないな。それだけ僕達との実力がかけ離れていると自覚しているからか。

 

「よし、今日も僕達の願いの為に」

 

 

「「「願いの為に」」」

 

 

 三人は腕を突き出し、拳を合わせた。

 言っておくが、これはヘンテコな宗教ではないし、脈略なく始めた儀式でもない。

 これは、僕達がそれぞれの願いのために力を合わせ、互いに協力関係にあることを示している。仲間割れはしないし、目的のために力を貪欲に欲することで意見が合致しているという証なのだ。

 

 ハクは『笑い合える世界』を。

 レイは『愛のある世界』を。

 ノラは『失わない世界』を。

 

 それを求めるがために、三人はこれまで協力し、数々の強敵を倒してきた。そしてそれを喰い、結果的に大妖怪をも凌ぐ力を手に入れた。他の妖怪を配下に引き入れ、集団としての箔が付いてくると同時に更に配下に下る妖怪が増え、今では他では類を見ない大規模な群れとなった。いつしか周囲からは妖怪の大将と呼ばれ、その力に畏怖する者が殆どとなり、僕達はここら一帯の頂点に立ったのだ。

 

 だが、それはどうでもいい。僕達の目的はもっと別のところにあり、上に立ったことは別段嬉しいことではない。強くなっていけばその内そうなるだろうと予測はしてたからだ。あくまで僕達の目的はそれぞれの望む世界の創造であり、そこらの妖怪を束ねることではない。

 僕達にとって彼らは路傍の小石に等しい。使うだけ使って、後は捨てるだけ、簡単だ。

 三人は、コツンと合わさった三つの拳を降ろした。

 

 

 

 

「じゃあ、今日の会議を始めようか」

 

 今は秋。少し肌寒い風が吹く中、僕達は毎日の定例会議を執り行う。大将は三人で一つ。いくら僕達が部下をどうでもいいと思っていても、僕達は彼らに利用価値を見い出している。だから、大将として出来るだけ利用するために、しっかりと大将の役目は果たさなければならない。

 それと、僕達の願いの進捗状況や、何が足りず、何が障害かを話し合い、それに対処する時間でもある。今では障害など無きに等しいが。

 

「ちっ…。毎回これ面倒だな…」

「…そんな事言わない。毎日の状況整理は必要」

「だぁ分かってる!ちょっと言ってみただけだ!」

 

 一応、三人のまとめ役は僕が担当している。何故なら、僕がこの中で一番頭がいいからだ。次にレイがよく、一番頭が悪いのはノラである。ノラは結構脳筋だからだ。だが、戦闘になると、ノラが一番である。理由は野生児だからだ…恐らく。

 

「と言うか、近くにアイツらは居ねぇよな?レイ」

「…うん、能力で調べたから大丈夫」

「レイの能力って便利だよね」

「…ハクの能力の方が便利」

「俺の方が強ぇけどなっ!」

「「…………」」

「なんだよ…お前ら俺を憐れむような目ぇしやがって」

 

 実際、ノラの能力には汎用性が全くない。いや、捉えようによってはあるかもしれないが、ノラがそれを使いこなせるとは思えない。

 今だって、能力の話をしてしていたのに、物理的な強さで強いと言い張ってきたノラ。話の内容を理解していない証拠である。それとも、ただ単に「俺は強いから問題無ぇ!」ということだろうか。

 

「まぁそれはいいや。取り敢えず、最近で何か気になることとか、話しておきたいこととかはある?」

「…はい」

 

 能力の話なんてどうでもいいので、脱線した会議を元の路線に戻すと、真っ先にレイが手を挙げた。特にノラは言わないので、僕はそのまま彼女に話すように促した。

 

「…昨日の夕方、新人を連れて数体が狩りに出掛けて、そのまま帰ってこなかった。多分、殺られたんだと思う」

「なんだぁ?そんなの、俺らには関係ないだろうが」

 

 よくある事だ。ある程度群れが大きくなったので、侵略を止めて、自分達の戦力増強に励もうと方針転換してから、縄張りにちょっかいをかけてくる妖怪が増えた。これ以上侵攻しないのを逆手に取って、僕達の縄張りで配下の妖怪を少しづつ殺しているのだ。別に僕達に牙が向かない限り放っておいても構わないと思っているので、それだけならばさして気にかけることではない。だが、彼女を視た『目』は、僅かな懸念を感じ取っていた。

 それを知った僕は、黙ってレイを見、続きの説明を求めた。

 

「…違う、それ自体は、別にいい。だけど、問題は、殺られた妖怪の強さ」

「あぁ?」

「どういう事なの?」

 

 視ようと思えば視えるのだが、仲間としてそれは憚られるので、それはしていない。

 覚り妖怪である僕には、相手の心が読める。だが、それは制御が非常に困難で、とても理性で抑え込めるものではない。

 だが、何千何万という時を生きた僕は、相手の思っている事だけは視えないようにする事に成功した。だが、漠然とした感情だけはどうしても伝わってくるので、言葉の真偽や、裏があるかないかなどは分かってしまう。

 逆に、集中して視れば、相手の深層意識まで探れる事が出来るようになった。覚りとしての特性を制御出来たのも、単純に僕に実力がついたからだ。そこは嬉しい誤算だった。

 

 レイは首を振った。

 

「…今では中級以下の妖怪ばかりが狙われていたけど、今回殺されたのは、特に強い力を持っていた上級妖怪。それが二体同時に殺られた」

「…ほぅ?」ピクッ

 

 ノラがギラリと口角を上げ、鋭い犬歯を出す。戦闘が大好きな彼にとっては、ちまちま攻撃してくる敵に飽き飽きしていたので、この報せには刺激されるものがあったのだろう。

 

「具体的に教えて」

「…分かった」

 

 僕は戦闘は好きではない方だが、これは少々気になる事態だ。レイに説明を求めながら、それへの対処を考え始めた。

 

「…まず、死体はまだ見つかっていない。だけど、アイツらが向かった先で、新人の死体を発見して、その少し先で、二つの血の跡を見つけた。血痕は消されていたけど、臭いが少し残っていたから間違いないって、言ってた」

「ふむ………戦闘の跡は?」

「…少し枝が折れてたけど、それ以外は全然。恐らく、一瞬で倒されたと思う」

「いいねぇ…ソイツは俺が殺るぜ!」

「まだ僕達が出張る案件じゃないよ。我慢して」

「ぐぅ……ま、雑魚をけしかけてそれで判断するっつうことでいいのか?」

「…私はそれがいいと思う……ハク、どうする?」

「……」

 

 顎に手をやり、視線を下げて思案する。

 上級妖怪が二体、それも一瞬だと言うではないか。

 

「群れの中ではどれくらい?」

「…殺された二体の強さ?」

「うん」

「…結構上位に入る」

「場所は?」

「…ここから南の、縄張りギリギリの所」

「その新人の死体はどんな風?」

「…首を切断されてた。一撃死だった」

「それの切り口は?」

「とても綺麗だったから、牙や爪じゃない。もっと鋭くて、スパッと斬れるもの」

 

 呟くように問いかけた僕に、レイは答える。次々と矢継ぎ早に続く質問に、レイは知っている限りの情報を以て返答していった。やがて僕が黙ると、二人は僕が答えを出すまで、黙ってその様子を見守る体勢に入った。

 二人は、ハクが考えている時に不用意に話しかけてはいけないことを、長年の付き合いで理解している。だから、彼が先を見通すまでじっと待つのだ。

 考え始めてからどれくらい経っただろうか。静かな時間というのは時の流れを遅く感じさせるが、二人の体感的にはまだそんなに経っていないように感じた。

 不意に一言。

 

 

「────それは…きっとヤバい奴だ」

 

「「……!!」」

 

 二人は、彼がボソッと零した言葉に驚愕した。ハクは、いつでも色々なことを総合的に考えてから結論を出す性格だ。群れの状況や、事件から得た情報、他の妖怪や群れとの関係…更に、三人の実力も鑑みて、全てを統合してから最善の一手をその『頭脳』から弾き出す。そのハクが、今回の敵は“ヤバい”と表現したのだ。それは、今の三人が本気を出しても、安全に勝てるかどうか分からないということを暗示している。彼の言葉の重さを分かっていたからこそ、ノラとレイは、その顔に驚きを貼り付けたのだ。

 

「おいおい…そんなに強いのか?今回の奴はよぉ」

「…私もそう思う。私達に匹敵する妖怪なんて、そうそういない」

「あくまで想像の域を出ないけど、これはほぼ間違いないと思うよ」

 

 一呼吸おいて、ハクは語り出した。

 

「まず、上級二体を一瞬で屠れる実力があるのは確実。そして、恐らく奴は、新人を脅して、僕達の群れの情報を訊きだした筈だ。新人だからあまり知らないかもしれないけど、あちらに情報が渡っているのは(まず)い。僕達は推測で相手の情報を調べなきゃいけないからね」

 

 ここまでは二人にも理解出来る。強い奴を倒して、弱い奴からこちらの情報を訊きだす。だが、それらは全て推測で、次にどんな手を打ってくるのか、三人には予想が出来ない。推測から推測を重ねるのは、確実性を欠く行為なので、それ以上は相手の事が分からない。

 だが…と、ハクは更に続ける。

 

「敵の残した痕跡から、分かる事がある」

「…それは?」

 

 相槌を打つレイ。

 

「敵は、恐らく今ではの奴とは全くの別物だということだ」

 

 チラッと、襲ってきた三体の部下の死体に目をやって、二人に戻す。

 

「今では、単騎で挑んで来た妖怪か、群れで僕達を襲う奴らばかりだった。だが、今回の敵は、恐らく単騎。しかし、決して僕達の群れを壊滅させようとしに来た輩とは違う奴だ。ノラ、今でで単騎突入してきた妖怪の目的は、何だった?」

「ん?」

 

 突然話を振られたノラは少し言葉に詰まったが、すぐに答えた。

 

「あぁ〜、俺達を倒して大将になるとか、単純に群れの壊滅とか、そんなんだったな」

「そう、それはいずれも、僕達の事を知ってから(・・・・・)挑んで来た。だけど、今回の敵は、僕達の事を知らなかった(・・・・・・)んじゃないかと思う」

「…私達を知らない…?」

 

 首を傾げるレイ。ハクはそれに頷く。

 

「戦闘したのに、死体を隠したのがその証拠だ。喰うか晒すかして自分の実力を見せればいいのに、わざわざ時間をかけてでも隠したのは、僕達に見つかるのを防ぐためだと思う。新人を脅してから埋めたんだろうね。さっき殺した奴の報復に来るかもしれない。そう思って、敵は死体を隠し、姿を消した。実際、死体を放置すれば発見する時間が早まって、逃げ切る前に見つかる可能性があるからな」

「うん?なら、なんでソイツは“ヤバい”んだ?そんな腰抜け、俺らなら楽勝だろ」

「ノラ、死体を隠して逃げるのが必ずしも弱者のする事だとは限らないよ」

「はぁ…俺にはサッパリ分かんねぇ」

「…やっぱりノラは脳筋」

「だが俺は強いっ!!」

「どうどう」

 

 立ち上がって拳を天に突き出し、そう豪語するノラを軽く諌めて座らせ、一つ咳をしてからまた始める。

 

「死体を隠すということは、敵は相当頭がいい妖怪だ。そういう奴は必ずそれ相応の実力を伴っている。これは今までの経験から来るものだけどね。だから僕は、敵が、二体の上級を瞬殺する程度の実力でないと判断した」

「…それだけ?」

 

 判断材料が不十分だと感じたのだろう、レイがそう言ってきた。

 

「いや、まだある」

「まだあんのか?」

「勿論。それ程の実力ならば、誰かの傘下に入るのは考えにくいから単騎だろうと推測したんだけど、だとしたら敵の取った行動は不可解なんだ」

「…不可解?」

「何が解せねぇっつうんだよ」

 

 ハクは岩から立ち上がり、適当な枝を拾って地面をガリガリ削り始めた。それを見た二人も岩から腰を上げ、その絵を見る。

 そこには、大きな円と、その中心にある丸印が描かれていた。

 

「僕達の縄張りが大きな丸。真ん中は、僕達の本拠地」

「おう、それで、これがどうしたんだよ」

「敵は、南の端で今回の騒動を引き起こした。でも、僕達の事を知って逃げたなら、死体を隠す必要なんか無いんだ。だって踵を返して更に南に行けば済む話だからね、敵もそっちから来たと思うし」

 

 ハクは、大円の下の端に印をつけ、そこから下に線を伸ばして矢印を書いた。

 

「……そうね」

「うぅん…それは分かったが、じゃあなんで死体を隠したんだよ」

「それは、恐らく僕達の縄張り内でやる事があるからだ」

 

 先程書いた矢印を消し、縄張りをトントンと枝で叩いた。

 

「でも、僕達を知ってる単騎突入の妖怪は、周りの妖怪を倒すか、そのまま僕達のいる真ん中の本拠地に向かう筈だよね?被害が出てたら昨日の時点で分かったし、僕達狙いならここに来て、絶対に部下に見つかる」

「…でも、今回は知らない奴でしょ?」

「うん、それにとても頭のいい妖怪だ。わざわざ発見を遅れさせたって事は、見つかりたくないが、この内側に目的があるという事だ。ということは、本拠地を迂回するようにして、東か西に進んでいる事になる」

 

 枝で南の点から左右に線を伸ばす。

 

「なら、両方に部下をやっちまえば、殺られるんじゃねぇか?上級二体を殺れる奴でも、俺らの部下の半分を向かわせれば、流石に死ぬだろ」

「僕が“ヤバい”って言った理由はそこだ」

「「…………?」」

「新人を脅して僕達の群れの規模や、僕達の凄さを知ったのに、敵は縄張りから逃げなかった。つまり、相当隠れるのが得意なのか、僕達を凌ぐ程の実力の持ち主なのか…」

「…あっ…」

「流石に俺でも分かったぜ。そういう事か」

「…なら、ほぼ確実に後者」

「僕もそう思った。だから、部下をそこに遣っても、絶対に殺せないだろうね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする二人(特にノラ)。ハクも同じ気持ちだが、感情を荒立てては、冷静な判断は出来ない。感情を爆発させるのは、敵の前だけでいい。

 害意が無いなら放っておけばいいと思うかもしれないが、そうはいかないのがこの三人だ。強者を引きずり下ろし、それを喰らうことによって力を得てきた彼らには、敵を、喰らうべきものとしか見えていなかった。

 

「それに、敵はこっちの出方でも見てるんじゃないかな」

「ん?そうなのか?」

「だって、僕達を超えるかもしれない敵なのに、部下が見つけれるような痕跡を残しているんだよ?更に、新人の死体はわざと放置している。僕達に気付いて欲しかったんじゃないかな」

「…成程、そういう見方も出来る」

「と言うか、絶対そうだろうね。だから、ここで戦力を割く愚策は出来ない。下手に動くと相手の思うつぼだ」

「じゃあどうすんだよ」

 

 頭をガシガシ掻き毟って不満を露わにするノラ。こういった頭脳戦が苦手な彼には頭痛を引き起こす会話だろう。

 

「でも、内部に用があるなら、何故わざと気付かせるような真似をしたのか。そこが一向に分からない。その部分だけが不可解なんだ。それだけが、選択肢を一つに絞れない」

「挑発じゃないのか?」

「いや、なら適当に殺して回った方が効率がいい。まどろっこしい方法なんて必要ないんだ」

「…だとしたら、何?」

「そこが分からない」

 

 分からない。ここまで考えさせられたのは久しぶりだ。そこまで頭のいい妖怪と出会っていないので、こういった駆け引きにはそれ程経験がない。

 

「じゃあ、敵の目的はなんだ?」

「そこも分からない。本当に僕達を試しに来たのか、それとも他に何かあるのか…」

「…上手く情報が分からなくなってる」

「そうだな、敵は頭脳戦に長けている。とても珍しい妖怪だ」

 

「……っだあああ!!!なんも分かんねぇ!!」

 

 突如として叫び、地面の絵を踏み消したノラ。突然の発狂に二人は驚くが、ノラが叫ぶのはいつもの事なので、それほど驚かなかった。

 

「取り敢えずよぉ!探索部隊でも出せばいいんじゃねぇの!?」

「…お、ノラ珍しくいい事言った」

「珍しくってなんだおらぁ!!」

 

 怒るが手を出さずに地団駄を踏む辺り、ノラは案外仲間には優しいという事が窺える。

 

「探索部隊には賛成だね。ここで頭を突き合わせていてもしょうがない。すぐに手配しよう」

「…ノラ、よくやった…」

 

 グッと親指を向けるレイ。

 

「ふん、俺は強ぇからな、当たり前だ」

 

 フンとそっぽを向きながらもどこか誇らしげなノラ。

 

 素性の知れない敵に久々の恐怖を覚えながらも、今この瞬間に、言い得もない幸福感を感じてしまうのは、浮かれているわけではないだろう。

 こんな和気藹々とした一幕を求めて、ハクは『笑い合える世界』を望んだのだから。仲間との物騒で物騒じゃない会話に笑ってしまうのも、仕方のない事なのだ。

 

(こんな日々が続けばいいんだけど…)

 

 日々を日々、全力で勝ち取りにいっている妖怪にとって、安全な日常などそう続く筈がない。だが、それを願ってしまうのは、間違っているのだろうか。ハクは、そう思いながらも、目の前の見えない敵に向かって、素早く頭を回転させた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 イタチの妖怪から聞いた情報に興味を持った修司は、幾つかのヒントを残し、その場を後にした。あの後に出てきた妖怪は体術で血を出さずに殺し、20mという深い穴を作ってそこに放り込んだ。完璧な隠蔽工作だ。

 さて、ここは既にその妖怪の大将達の縄張りの中だと言うが、それだけあって妖怪との接敵頻度も多い。侵略せずに配下だけ増やしたらこうなるのかと、その人口(妖怪)密度に辟易する。

 鍛練のメニューとして戦闘をしているのだが、これでは先に進めない。なので、気配の探知だけに意識を向け、蘭の能力を使って鉱石のある場所を探した。

 

 相手にはそれなりに頭の回る奴がいる。だから、それを逆手に取って相手を本拠地から動けなくなるようにした。わざとイタチの死体は埋めずに残したし、熊と猪の妖怪はバレやすく隠した。これで本当に頭のいい妖怪ならば司令部から動けなくなるし、修司の見当違いで馬鹿だったなら、現場に手下共々向かって来る筈だ。その隙に縄張りの中を探索して、取るものを取ってしまえばいい。

 

(……本当に沢山妖怪がいる…森の形をした商店街か?)

 

 都市の商業区は、毎日大盛況だった。人々が目まぐるしく往来し、ガヤガヤと喧騒が鼓膜を打った。今思えば懐かしい思い出だ…あんな事が無ければ懐かしいままだったのだが。

 

(……ん、こっちに居るな。迂回しようか)

 

 左前方から妖怪の気配を探知し、避けるようにして右から回り込んだ。

 妖怪が沢山いるので、中央の本拠地には近付かない。それでいて周囲に気付かれずに獲物を掻っ攫って行く……完全なステルス潜入任務だ。どこかの名前が“ヘビ”なおじさんもびっくりの難易度である。相手は野生の中で生きている妖怪。決して侮れない。修司も長い間森と共に暮らしてきたが、心が人間である限り、純粋な野生児にはなれないだろう。それに近いものには成れるが。

 

 ここで睡眠をとるのは危険過ぎる。枝の上で寝るようにしているが、それでも寝ている間の無防備な時間を考えると、ここを抜け出る間は寝ない方がいいだろう。不眠でも数日ならまともに動ける。前に訓練の一環で修得したので大丈夫だ。これが終わったら、寝ていても気配を察知出来る訓練もしようか。

 

(鉱石の反応は………あった)

 

 遠くだが、確かに目標値に達する量と質のものを見つけた。

 

 しかし、距離がかなり遠く、範囲がギリギリだ。縄張りの真反対にあり、グルッと半周しなければ辿り着けない。修司の能力は蘭のよりも範囲が広く浅い。彼を中心として円柱状に操作範囲が定まっているが、それでも端にある。

 これでは精密な作業が出来ないので、接近してから回収する必要がある。空洞があるということは、そこは洞窟になっているようだ。もし手下の妖怪が掘り出して持っていかれでもしたら、地面から離れるので採取出来なくなる。洞窟の近くの敵は排除の方向で行こう。

 蘭が戦争に連れてきたのは大半が中級のようだったが、実力は上級、又は大妖怪に匹敵していた。ここの妖怪はあれ程粒が揃っている訳では無いが、他の集団と比べれば実力の平均値は恐ろしく高いだろう。何故侵攻をしないのかが謎なくらいである。

 

(出来れば大将達には武器が完成するまで会いたくないけど…上手くいくといいな)

 

 身を屈めながらコソコソと妖怪達の間を縫って進んでいく修司は、切にそう思った。その胸の内はただ一心。

 

 

 ────メインディッシュは最後だからね。

 




 

 妖怪としての心情や考え方、物の捉え方を上手く表現出来たか心配です。他種族の精神的な描写ってやっぱり難しいです。
 ここから修司の地味なハイディングが開始されます。それと妖怪側の読みが激しくなり、ジリジリとした展開をお楽しみいただけると思います。

 最近、いくつかの点でご指摘を頂きまして、作者の悪い部分をズバッと言い当てられました。作者自身もそれに共感できる所がありましたので、本当に申し訳なく思うばかりです。
 「ああ、やはりそう見えるのか」と思うような要改善点が挙げられ、作者の力の及ぶ限りで対応することを検討しています。
 ですが、作者は見ての通りまだまだ実力がついていません。自分でも認めるくらいに駄文です。ですので皆さんに頷いてもらえるような修正は出来ないかもしれませんが、これからも精一杯執筆させて頂きますので、どうかお付き合い下さい。



 長文失礼致しました。
 ではまた来週に。

 

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