東方信頼譚   作:サファール

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 サブタイは「戯れる(ざれる)」と読みます。まぁそんなことはどうでもいいですけどね。

 いやー、全部自分で構成を考えるのって結構大変です。作者がまだまだ新参者であることの証拠ですね。精進します。


 ではほいっとな。

 


19話.戯れる異端者と招かれる欺瞞者

 それは、久しく聴いたことのない軽い口調の台詞だった。

 

 声に聴き覚えはない。当たり前だが、自分以外に人間など居ないのだから、知り合いなんぞは地球には居ない。…早く月の奴らに復讐をしたいところだ。

 余談だが、修司の復讐相手は、月の民もいるがそれは標的の一つに過ぎず、本丸は、もっと別にある。そこは履き違えないで欲しい。

 

 まぁ、それは置いといて、最近出会った喋れた奴は、随分前の豚鼻野郎を筆頭に、皆傲慢で自尊心がえらく高かった。それに比例して口調も酷さを増すので…正直言って、今は出会って速攻鉄杭で串刺しにするくらいに嫌悪感を持っている。話をする気力なんかこれっぽっちもある訳が無い。

 

「う〜ん、それにしても、あっちにいい餌がある!…なんて言って、二人共俺を放ってどこかに突進して行っちゃいましたっす。本当、仲がいいのか悪いのか。まだ会ったことは無いっすけど、きっと大将は凄く強いんっすね。じゃなきゃあの二人が殺し合わないなんて有り得ないっすもん!」

 

 なんとまぁペラペラと喋るお調子者だろうか。声だけでどんな容姿かを想像出来そうだ。

 サッと物陰に隠れ、こちらにやって来るその妖怪を、息を潜めて待つ。アイツが言っている“二人”とは、一体誰だろうか。候補はあるにはあるのだが、そんな事は無い、絶対に。有り得る筈がない。

 特に周囲を警戒せずに歩いて来る辺り、その“先輩”とやらが進んだ方向にもう敵はいないと思って油断しているのだろう。その方向が、先程まで自分が居た場所を通り、更に言えば、熊と猪の妖怪が現れてきたのも、声のする方向からだった。…いや、そんなまさか…。

 

ガサッ

 

 あれこれ少ない材料で予測を立てていると、近くの茂みが揺れ、そこからイタチのような格好の妖怪が出て来た。恐らく、あれが「〜っす」と言っていたお調子者だろう。たった今、「あ〜自慢の毛並みがぁっす!」と叫んでいたので、間違いない。

 気配を察知していたので正確な位置は把握していたのだが、こいつは低級妖怪だ。盗み聞きした内容から察するに、下っ端兼勉強の意味合いを持ってさっきの二体に着いて来ていたと見るべきだ。結果、置いてかれたようだが…。

 

「それにしても、先輩達、こっちに何があるんっすかね〜?いい餌って、さっき狩ってたデカブツよりも良い物っすかね〜?」

 

 このまま逃がす選択肢はない。これは、修司が一万年ここで生きてから、初めての出来事だった。まともに喋る奴がいて、しかも、別種族でチームを作って共同で狩りをして暮らしているようだ。しかも、こいつらだけじゃなく、こいつらには“大将”なる者がいるらしい。

 興味深い。他の事には関心が殆どなかった修司だが、妖怪のセオリーを打ち破る事案が発生しているのだ。調べておかなければ、今後に響くような気がする。

 

 修司は隠れていた物陰からバッと飛び出し、目の前でウンウン唸っていたイタチの妖怪の首根っこをつまみ上げ、プラ〜ンと眼前に吊るした。

 

「ぎゃぁ!?誰っすか!?離せ!離せっす〜!」

 

 イタチは身体を揺らして抵抗し、短い手足と回らない首を動かして噛み付こうとしてくるが、首の可動する部分を掴んでいる修司の腕や手には届かず、虚しく空気を噛んでいた。

 

「大人しくしていた方が身のためだよ」

 

 情報が欲しい。ならば至極単純。力の差を見せつけて精神的に屈服させればいいのだ。妖怪ならばそれだけで事足りる。

 特別に妖力をほんの少しだけ滲ませ、目の前のイタチに視線だけで射殺せそうな殺気をぶち当てる。途端に当てられた殺気に「ひっ!?」という普通の反応を返したイタチは、次いで海底と月面程の実力の差を悟ったのか、殺気に超絶ビビりながらも、声一つ上げずに修司の次の命令を待っていた。

 低級はこういう時に非常に純粋で助かる。中級や、なまじ実力が突出している奴は、実力を分からせてもプライドが許さないらしく、後先考えずに突っ込んで来る。本当に難儀な輩達だよ、全く。

 

「僕の質問に答えて。いいよね?」

「はっ……はいぃ…っす」

 

 こんな状態でも、語尾は無くならないようだ。

 何故口調が攻撃的にならないかと言うと、こうした方が、相手の警戒心を解かしやすいらしい。わざわざキツい言葉で脅すのは相手の反抗心を受けやすい。だから修司は、この口調を好んで使っている。と言うか、元の修司の口調に似通った部分があるという理由もあるのだが、それは今関係無い。

 誰と話す時にも、フレンドリーに穏便に。落ち着き払って物静かな態度をとっていれば、自然と相手も同調してくる。そうすればこちらとしても話しやすく、運が良ければ示談だけで事が解決する場合もある。そうなれば僥倖だし、修司としても、普通の人間を豪語しているからには、過剰な暴力解決はしたくない一存だ。

 

 閑話休題。

 

 話を戻そうか。彼はまず、どんな経緯があったのかを訊きたかった。

 

「君の言っていた先輩達って、熊の妖怪と猪の妖怪?」

「そ、そうっす…」

「そう、じゃあ、君の他に君の仲間は近くにいるかい?」

「い…居ない…っす」

「君達にはまとめ役の大将という妖怪がいるらしいね。そいつはどこにいるの?」

「え…えっと…確かあっち…って分かりましたっ!すいませんごめんなさい嘘吐きました!だから殺さないで下さい!」

 

 軽く先程を上回る殺気を出したら、あっさりと嘘を認めた。普通ならばここで痛めつけたりするのだが、そんな事をする必要無く、こいつは息をするように色々と教えてくれそうだったので止めておいた。

 

「じゃあ、君の知っている君の所属しているグ…集団の情報を、洗いざらい話してもらおうかな。そうすれば、この手を離してあげるよ」

「……本当っすか?」

「君のようなつまらない嘘は吐かないよ」

「……分かったっす」

 

 一瞬グループと言いかけて、慌てて言い換えた。そう言えば、妖怪には英語から来る単語は知識に全く無いようなのを思い出したからだ。

 イタチは、一呼吸おいた後、終始修司の視線に気を付けながら、激昴を買わないように注意してボソボソと話し始めた。

 

 

 

 

 イタチ曰く、その集団には特に名前はない。頂点に君臨している三体の妖怪が、己の実力一つで配下を増やしていき、そこから芋づる式にどんどん自分の手足となる妖怪を従えていったようだ。今ではここら一帯の妖怪は殆どソイツらの配下となり、ソイツらの出す“ノルマ”をクリアする事で、集団の庇護による安全と、安定した食糧を支給してくれるらしい。

 妖怪にしては珍しく、その上下関係にしっかりとした統治性があるところが、修司にとって一番の注目ポイントだ。

 

 蘭が言っていた通り、妖怪は血の気が兎に角多く、何でもかんでも実力でねじ伏せれば何とかなると思っているような脳筋野郎が(ほとん)どである。実力が無ければ、妖怪の業界におけるソイツのヒエラルキーは著しく下がり、他がどうであれ、下に見られてしまう。逆に強ければ、何だって周囲は従うし、着いて行く。そうすればおこぼれを貰える可能性があるし、自分より強い奴に出会った時に逃げ仰せれる。

 だがイタチが最近傘下に降ったというその集団には、明らかな集団統治政策が、簡単ながらも敷かれていた。

 

 傘下にいる妖怪は、虎の威を借る狐のようにその集団の権力を行使出来、一定量の食べ物を定期的に受け取れる。これがあれば、安定して安全な暮らしが約束される。傍から見れば、それは願ったり叶ったりな恩恵だろう。

 だが、それにはルールが存在する。

 それは、一週間に一度、規定量の食糧──つまり、ノルマがあり、それを毎週クリアする事で、集団の末席に居させてくれるというもの。だから配下の者は皆、ここらで動物や野良の妖怪を狩り、それを毎週献上することに躍起になっているのだ。献上出来なければ、大将直々に処罰が下るらしい。一体何をされるのかは分からないが、きっと碌な事ではないだろう。

 それに加え、グループの大将である三匹の命令には絶対服従。呼ばれれば参上し、何かをやれと言われたらそれを達成しなければならない。出来なかったら、これも処罰の対象になる。これはまぁ、妖怪としては普通だ。

 

 イタチが先輩の妖怪に訊いたところによると、妖怪の群れによくある領地争いを、この集団は全くしていないらしい。

 配下の妖怪を引き連れて、他の地域を縄張りにしている妖怪達のところに戦争を仕掛けに行くのだが、妖怪はこれにえらく積極的だ。蘭の配下の妖怪達が恐怖を押し退けてまで蘭に都市への侵攻を進言していたのは、妖怪がそういった傾向にあるからだ。彼女もそれを知っていたので、どうしようもなく頭を抱えていた。

 

 食糧の献上、命令への服従。破ったら処罰、守っていたら最低限の生活の保証。

 非常に荒削りで、粗末な規則であるが、ここまでの考えをたった三匹の妖怪がひねり出したという事実に、修司は大きく驚愕していた。

 いや、ここまでの事を考え出せる妖怪だ。配下が馬鹿ばかりで理解させるのに苦労し、結果的に明快な今の形に落ち着いたと読むべきか。

 

「あ、あの……俺が知ってるのはここまでっす…」

 

 おっと、イタチを睨んだままつい考え込んでしまった。

 

『いついかなる時にも懐刀に手を掛けるべし』

 

 常に気を張り、いつどんな時何処でどうやって放たれたその(ことごと)くを、決して見逃すなかれ。

 たとえ全てを疑っていたとしても、たとえ自分がいかに強くとも、油断すれば一瞬で瓦解するのが世の常である。これ程の時が経ったというのにまだ治っていなかったか。

 この何気ない刹那の隙間も、修司にとっては許し難いミスであった。過剰に意識し過ぎだと思うかもしれないが、世の中にやり過ぎはない。数字に0はあれど、最大値に限界は無い、これと一緒だ。

 

「……嘘は言ってないね?」

「言ってないっす言ってないっす!」

 

 そうか。

 もう十分に情報を聞き出せた。解放していいだろう。

 

「じゃあ、“手を離そうか”」

 

 修司はそう言って、イタチを掴んでいた手を開いた。

 イタチは重力に従って地面に落下し、猫のように身体を捻って上手く着地しようと体勢を整え始めた。

 

「────“手は”離したけど…」

 

 このまま落ちる…そう、この場に居合わせた誰もが思うだろう。

 だが────

 

 

「“手を”出さないとは言ってないよね?」

 

 

 イタチが肩の高さから落下する。その僅かな時間さえあれば、修司はそれで十分だった。

 忘れないで欲しい。修司は、全てを疑っているのだと。

 

「────!!!」

 

 イタチは何かを叫ぼうとしたが、生憎声は出ない。

 それもそうだろう。何せ、修司が空中でイタチの首を斬り飛ばしたのだから。

 クルクルと回る不思議な視界に、イタチは最初訳が分からなかった。そして地面にポテっと落ち、次いで視界の奥に受け身すらとらずに落ちる自分の身体を見た時、全てを理解した。

 

「────……」

 

 口を開けても、何かが虚しく出入りするだけで、笛を吹くような細い音さえもしない。

 やがて意識がフェードアウトし、イタチはその命を呆気なく散らすことになった。

 

 

 

 

 理由は単純。イタチを逃がし、イタチが大将の所に報告に行ったとしたら、確実に面倒なことになる。追手や群れ、最悪、全てを率いて大将自ら姿を現すかもしれない。イタチの報告の仕方にもよるが、少なくともこれからのエンカウント率が跳ね上がる事間違い無しだったので、特に躊躇いもなく殺した。戦闘は結局、時間の無駄なので、修司は鉱石を集めてさっさと念願の武器と鞘を作りたいのだ。その為には、余分な障害は全て撤去するに限る。

 

「…やっぱり凄い。一万年も使って刃こぼれどころか曇り一つ無い。あの時のまま、綺麗な白銀色だ」

 

 イタチを斬首する為に目にも止まらぬ早さで抜刀した小太刀を払って血を飛ばし、その美しい刀身を眺めてから鞘に仕舞う。サブとして使う予定なのにどんどん上手くなっている。このままでは、メインウェポンが完成しても扱いに差が出るかもしれないな。そんなに心配してないが。

 修司にとってその差は砂粒程度のものでしかない。小太刀しかないからそれを使っているが、本来修司は、色々な武器をその日の気分で決めているほど熟練度に差が無い。鉄で作った武器は強度が不安なので、脇差を用いた小太刀術しか使えないのだ。

 

「僕がそのまま見逃すと思った君のミスだね」

 

 と言っても、あの状況から逃げる手立てなど皆無。所詮は空前の灯火の命だった。

 

(さてと…どうしようか)

 

 イタチが指した方向と、足元に埋まっている5m級鉄キューブを交互に見やり、どちらを優先するか思案する。

 まだこの辺りの鉱石は全て集めきってないし、恐らくだが、それを集めたら目標値に達する筈だ。だがそう思って放浪していると、少なからずイタチが所属していた群れからのアプローチがありそうだ。自分の庭で好き勝手している人間を野放しにする訳がないからな。

 ならばと先にその集団を壊滅させればいいではないかと思ったが、折角の強敵だ。新しく作った武器の感触を確かめたいので、ソイツらを練習台にしたい。

 一万年経って、やっと大妖怪と呼べるような猛者が台頭してきた。今回の奴もそれだけの実力はある筈。蘭の小太刀と同程度に遜色無く扱えるか、それを試したい。

 

 取り敢えず足を進め、一所に留まらないようにする。途中、何度も腰の小太刀をチラ見して、溜息をつく。

 

 この小太刀の特性は能力で調べている。だが、その一つに不可解なものがあったのを覚えているだろうか。

 この金属には、三つの特性があった。

 一つ、絶対的な強度。

 二つ、外部からの干渉拒絶。

 

 そして三つ、認めた所有者に寄り添う。

 

 この三つ目が、どうしても理解出来ない。寄り添うとは一体どういう意味なのか。それがまだ分かっていないということは、まだ修司は“認められてない”のだろう。何故なら、認められたなら何かしらの反応があると思うからだ。

 蘭は認められていたのだろうか。以前の戦闘を思い返すが、そこに訝しむべき点は何一つとして見当たらない。それならばやはり、蘭は駄目だったということか。

 

 どちらにしろ、これは判明するまで時間がかかるな。

 そう思った修司は、思考を断ち切って現実に向き直った。

 

 

「弱そうな奴だ!喜べ!我が貴様を食らってやろう!」

 

 

 本当に面倒くさい。

 また溜息を吐きながら、彼は身体がだるくなってくるのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 ────命の危機を感じた三人は、協力して妖怪の群れを撃退することに成功した。

 皆身体中に擦り傷や噛み傷、引っ掻き傷などなど、皮膚をこれでもかとズタボロに切り裂かれていた。特に、一番前衛で頑張っていた名も知らぬ紅い妖怪は、血なのか皮膚の色なのか分からない程に酷い傷だった。

 

『はぁ…はぁ……やった…?』

『……うん』

『どうやら、そうみてぇだな』

 

 覚り妖怪は元々そんなに体力がない種族だ。ただし、それには“妖怪にしては”という前提が要るが。

 

『お前ら、結構やるじゃねぇか。弱いつったのは取り消すぜ』

 

 紅い彼は僕達に振り返ると、とても感心したように声をかけた。『第三の目』から視たところでは、「見かけによらず強ぇな、アイツら」と、本当に驚いているようだった。

 先程まで一触即発な状態だったというのに、今はそんな空気を微塵も感じられない。あの大柄な妖怪が剣呑な雰囲気を解いているからという理由もあるだろうが、今の彼からは、少なくとも二人への敵意が完全に無くなっているというのが大きいだろう。

 敵の敵は味方だと言うが、それはあながち間違っていないかもしれない。

 

『ふむ……』

 

 すると突然、やたらと強さに拘る紅い妖怪は、額の角を触りながら暫し考え込み始めた。

 

 話しかけも意味が無いと判断し、膝に手をつきながら、息も絶え絶えに隣の少女に視線を移し、安否を問う。

 

『だ…大丈夫?』

『……うん、痛いけど、大丈夫』

 

 その怪我で痛いで済むなんて、流石は蜘蛛の妖怪だなと思った。『第三の目』からは、心配してくれたことに対しての感謝が視えていた。

 

 二人共、癖や怖いところがあるが、それでも自分に本心から語りかけてくれるということにとても嬉しく思った。それが、自分への侮蔑の感情でないことに、二度歓喜した。

 心が読めてしまうことにどれだけ嫌気がさしていたか。この目のせいで、他者との交流がとことん嫌になっていた彼は、この二人が何か特別なものに見えた。

 

 自分を嫌わず、対等の存在として扱ってくれる。そんな当たり前の事が、忌まわしき目を持つ彼にはとても温かみのあるものに思えていた。

 

『……おい』

 

 唐突に、黙りこんでいた紅色の少年が口を開いた。

 敵意を感じなくても、一応さっきは敵だった。だから、二人は警戒心のある目で彼を見、彼はそれを片眉を上げて受け止めた。

 

『安心しろ、俺はもうお前らとは闘わねぇ。提案がある』

『提案…?』

 

 先程まで二人に全く興味の無さげな雰囲気を醸し出していたのに、急にどうしたというのか。

 

 

 

 

『なぁ、俺ら、組まねぇか?』

 

 

 

 

 真意を測りかねるその言葉に、少年は訝しげな視線を送る。『目』から送られてきた感情によるとその言葉は本物らしく、考えていることも予想していた通りの内容だった。成長すればもっと奥の深層意識から情報を引っ張り出してこれるのだが、方法も何も教わっていない少年には、まだ出来なかった。

 どう返事をしたものかと一人悩ましげに眉間に皺を寄せていたら、隣の蜘蛛少女が先に返答をした。

 

『……なんで?』

『お前ら、力が欲しくないか?』

 

 力…。その意味を咀嚼(そしゃく)する前に、紅い彼は捲し立てるように口を動かしていった。

 

『欲しいだろ?力がありゃぁ、この世界は何もかもが手に入る。そうなるように出来てんだ。それまで俺らの手に届かなかったものが、簡単に手中に収まる。力さえあれば、俺らはこれまで見下されてきた奴らを見返してやれるんだぜ!!このままでいいのか?いや駄目だっ!!俺は、全てを下にして、この俺が上に立ってやるんだ!!』

 

 かつて、力が無いばかりに全てを奪われた大柄な少年の言葉は、浪々と響き渡り、聴く者全てを魅了した。矢継ぎ早に繰り出される演説は、内の激しい憎悪と後悔、ドス黒い感情全てを吐き出すかのように周囲を蹂躙し、踏みにじっていった。『目』から、溢れる激情を痛い程に感じた少年は、自分の中にある同じ感情と共鳴し、自分の手の中から零れ落ちていった様々なモノを思い返し、当時の復讐心を掻き立てられていった。

 

『力が全てのこの世界!俺らは力がねぇから弱者として地面を這い蹲ってきた!だがそんな茶番はもう止めだ!俺らを踏んでいった奴らに復讐し、逆に上から支配する!!俺らにはその権利がある!!俺は力を得る為に、これまでいろんな奴を殺し、喰ってきた!!』

 

 言葉や心に嘘偽りは無い。彼の目には薄らと光る液体が湧き出し、握る拳には爪が刺さったのか真紅の血液が滴っている。

 ここで彼はフッと力を抜き、静寂に支配された森に呟くように言った。

 

『……だが、一人じゃあ限界があることに気付いた。どんなに意志が強くても、たった一人ではやれる事に限りがあることにな。今回だってそうだ。ぶっちゃけ言えば、お前ら、すげぇよ』

 

 俯いた彼は不意に顔を上げ、彼の言葉に感銘を受けている二人をしかと見据えた。

 

『最初、俺はお前らを見て雑魚だと思った。俺がこの拳を一振りすれば、簡単に死ぬ軟弱者だとな。だが、実際は違った』

 

 次いで見るは、先の戦闘で命を散らした妖怪の群れ。

 

『ヒョロいお前は、アイツらの手の内を読んで上手く立ち回っていたし、そこの蜘蛛女は、糸を使ってアイツらを絡めとっていた。正直、あんまし期待なんてしてなかったが、お前らがいなかったら、俺はアイツらに負けていた』

 

 己の無力に震える彼。『目』が読み取るのは、己の愚行に対する羞恥心。

 

『その時悟った。一人では駄目だと。一人では、絶対に叶う筈が無いと。“仲間”が必要だ』

 

 もう一度目が合う。

 

『だから、俺らで協力しねぇか?特別なことはなんもいらねぇ。俺らは、ただただ強くなる為に組むだけだ。他になにも必要ない。ただそれだけの関係……どうだ?』

 

 

 

 

 声でも目でも心でも嘘はない。

 脳裏で駆け巡るのは、彼の全てを奪っていった醜い奴らの歪む顔。

 父を奪われ、母を奪われ、己の鬱憤の吐き溜めとして殴られ罵倒され、悦に浸りたいが為に頭を踏みつけられた毎日。

 

 時には、“奴”がした糞を食えと言われた。

 時には、“奴”の練習相手として一方的に切り刻まれた。

 時には、“奴”の不満を満たすために母と一緒に裸踊りを強要された。

 

 やるしかなかった。だって、それが生き残る一番の道だったから。

 それしかなかった。だって、“力”を持ってなかったんだから。

 

 

『……私は…』

 

 一人、自身から溢れる過去に意識を囚われていると、少女が先に何かを言いかけた。

 

『…私は……それでもいい』

『────!』

『そうか』

 

 紅い彼は一つ頷く。

 

『…でも、一つだけ…確認』

『なんだ、言ってみろ』

 

 促す彼。少年は『目』と繋がっている管を片手で弄りながら、残った利き手で『第三の目』を不安げに撫でる。

 

『…力手に入れたら…“愛”は貰える?』

 

 予想もしてなかったのだろう、彼は瞠目し、暫し呆気にとられていた。

 

『愛ぃ?…力さえあれば、俺らには何でも揃う。勿論、お前の言う愛だって例外じゃねぇ。手に入るさ』

 

 目を見開く彼女。『目』からは途方もない欲が視えた。何故だか彼女は、“愛”という二文字に狂人なまでに固執していた。

 こういう時に『目』で視えてしまうのは辛い。相手の中身を問答無用で覗けるのは、何度やっても自分が気持ち悪くなるだけだ。

 

『…じゃあ、やる…』

『おし、歓迎するぜ。────それでお前は?』

『僕……』

 

 頭の中で様々な感情が渦巻いているからか、無意識に呟いた“僕”という声音が頭蓋の中で乱反響している。それが思考を掻き乱し、少年を少しの間混乱させた。

 

『僕は……っ』

『力があれば、愛だろうが飯だろうが手下だろうが、何でも手に入るぜ。俺らで世界に復讐をしよう』

『…愛………愛………』

 

 熱に浮かされたように愛と連呼する少女。その隣りで視線が右往左往する少年。ここで彼は畳み掛けるように説いた。

 

『お前は悔しくないのか?理不尽な暴力に晒され、どうしようもない不幸に苛まれ、運命っつう糞野郎に嘲笑われ、悔しくないのか?どうなんだよ』

 

 そこで想起するのは、数々の記憶。

 少女との会話で溶かされかけてきた心がその墨のような記憶を頭から被り、自身を漆黒へと染めていく。

 

(そうだ…。僕が何をしたって言うんだ。僕はただ、母さんと父さんと一緒に笑って暮らしたかっただけだ。……なのに…)

 

 眼球の裏に蘇るのは、幼い日の記憶。

 数年前の、あの時。

 妖怪に追いかけられ、躓き、すっ転んだあの時、母が咄嗟に両腕を広げて僕を庇った。

 直後、側頭部を何かで殴られ、身体が反転してこちらに倒れ込んできた母。顔半分は血糊で真っ赤に塗り替えられ、そちら側がパックリと裂けて生々しい肉が見えている。

 

 ────生きて。

 

 聴こえなかったが、確かにそう言った。その瞬間に、母はビクンと跳ね上がり、数秒後に脱力して動かなくなった。

 背中には、同時に『目』も串刺しにしている鋭利な爪。

 

 目から光が消え去った母の顔を次いで見た時に、僕は怖くなった。

 今まで優しい柔和な表情をしていた顔が、口を半開きにして呆けた顔をしているのだ。なんと滑稽な顔だろうか。

 どうして、と思う間もなく、途端に自分の中から恐怖がせり上がってきた。これが胃液だったなら、吐いて終わりだっただろうが、そうはいかない。腹底からつむじに向かって昇ってくる“ソレ”に吐き気がしたが、吐くことは出来なかった。

 

 だから、僕は本能に従って駆け出したんだ。

 今は感情に反応している暇はない。ひたすらに走るんだ。

 後で後悔すればいい。後で泣いて、叫んで、殴って、恐怖して…。そうやってまた、怯える生活に戻っていく……。

 

 

 

 

 

 

 

(………違うっ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 どんどん黒い感情で中身が支配されていく。いつの間にか俯いていた顔をバッと上げ、力を欲する(同志)と目を合わせた。そしていつ移動したのか、彼の隣に立って少年を見ている少女にも目を向ける。

 

『……僕にも、願いがある』

 

 今少年を『目』で視たらどんな事を思っていただろうか。

 

『それは、ちっぽけで平凡な、それでいて困難を極める願い』

 

 一歩、彼に向かって足を踏み出す。

 

『可笑しくて、笑えて、なんだと吹き飛ばされそうな、儚い夢』

 

 彼が手を差し出してくる。

 

『それを叶える為なら────』

 

 僕は呼応して手を差し出し…

 

 

 

 

 

 

 

 彼と固い握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 洞窟。

 

 僕の住処として使っているここの奥で、僕は目を覚ました。

 

「……夢…か」

 

 夢と言っても、現実に起こったことなので酷く現実味を帯びていた夢だった。今でも、思い返そうと思えばまるでつい最近の事のように鮮明に振り返ることが出来る。

 あの時の僕は本当に弱かった。彼の誘いに乗って正解だったな。

 

 洞窟と言えど、ある程度の設備は整っている。彼の元いた所にあった椅子とか机とか、まだまだ幼かった時からは想像もつかない物だ。これを使い始めた時には既に数百程の部下がいたなぁ。懐かしい思い出だ。

 

 

 朝の支度を終えた僕は、今日も自分に一声かけてから一日を始める。

 

「────今日も笑っていこう」

 

 願いを叶えるには、まだ力が足りない。

 この程度の力で満足する訳が無い。

 今日も沢山喰らっていこうか。

 妖怪を一匹喰ったところで、増える力は本当に微々たるものだ。だが、修行と同時進行で食べていけば、ほんの少しづつだが、着実に増えていく。お蔭で、今では大妖怪も軽く相手どれるようになった。覚り妖怪は戦闘が苦手な部類だが、それは僕には通用しない理屈だ。

 

 洞窟の出口に向かって歩を進める。松明を等間隔に置いているので道中や僕の居住場所は全く暗くない。この洞窟は斜め下に下降するような作りなので、煙は外に向かってモクモクと立ち昇り、滞留することはない。本当にいい場所を見つけたものだ。

 

「おはようございます!大将!!」ビシッ!

「あぁ、おはよう」

 

 今日も見張りは元気に挨拶をしてくる。媚を売っているようにしか見えないが、まあ挨拶を返すくらいはしてあげようかな。『目』からは高役職に就いている自分への優越感で一杯。更に、隙あらば僕を殺そうと画策しているという結果が視える。僕に対しては内面を見透かされているというのに、実に欲望に忠実な畜生だ。単純だから操りやすいけどな。

 

 僕は取り敢えず皆と顔を合わせるため、少しの木々を抜け出て広場に顔を出した。

 

 

「「「「「おはようございます!!!」」」」」

 

 僕が姿を現すと、揃いも揃って皆一様に敬意を示した。その真意を『目』で調べると、大小様々だが、やはり目も背けたくなるような感情が蜷局(とぐろ)を巻いている。非常に不愉快だ。お前達は僕の下で、僕達に従って生きていればいい。

 

「おはよう、みんないつも通りにしてていいよ」

 

 僕がそう言うと、皆はサッと自分の事に意識を移した。

 僕はそれを確認すると、醜い欲望渦巻くソイツらを避けるようにして広場から遠ざかり、僕達専用の拓けた場所に移動するために踵を返した。

 

 日が昇ってからまだそう時間は経っていない。二人はまだ来ていないだろう。彼らは朝は優柔不断だから。

 程なくして、僕は目的地に着いてしまった。彼らと毎朝顔を突き合わせて話し合うのが僕達の日課である。二人がここに来るまでは、僕はここから動けない。

 

(しょうがないな。二人が来るまで能力で遊んでいるか)

 

 と言うか、僕は毎回ここに一番乗りで来て暇を弄んでいる。僕は毎朝能力で遊ぶのだが、それは鍛練の意味も込めているので、一概に暇潰しとは言えない。この能力、応用が幅広く、とても使いやすい。この能力を手に入れた時の僕の喜びようと言ったら、言葉で表せないくらいだった。その時の状況を第三者である二人から言わせれば、「お前にしては珍しかった」らしい。

 確かに、あの時の僕は性格に似合わず取り乱していたかもしれない。だが、僕の目標に大きく躍進した瞬間だったのだ。その一時くらいはしゃいだって文句を言われる筋合いはない。

 

 ……と、

 

(……う〜ん、朝っぱらから物騒だなぁ…)

 

 僕の探知範囲に引っかかる反応が三つ。方角からして、さっきの広場からあとを付けてきたのだろう。一人で行動している今なら隙があるとでも思っているのか、馬鹿が。

 

「……遊び相手にはなるかな?」

 

 部下だからと言って、忠誠心がある訳では無い。寧ろその逆だ。だから度々このような出来事が昼夜問わず勃発するのだが、朝から仕掛けるとは思わなかった。

 この辺りには近寄らないように厳命しているので、その時点で既に斬首確定だ。まあ、僕を殺して首が替わればそれは免れるだろうが、そんな事は有り得ない。

 

 僕は、強いから。

 

「よいしょっと……」

 

 座っていた岩から腰を上げ、近づいてくる反応に背を向けるようにして中央に立つ。

 

(そろそろ相手から僕が見えるだろうな)

 

 直立不動。これを見て疑わないのは弱きの現れ。

 三体は僕の背後で森が切れる境目の茂みに隠れ、機会を窺っているようだ。早く来ればいいのに。

 この『目』で見ている相手の心理を読み解けるのが僕達の種族の強みだが、今回はそんなものを使わないでも勝てる。だって、僕は強いから。

 

「僕はいつでもいいよ。さぁ来なって」

「────!!!」

 

 息を呑む音を微かに捉えた。完璧に尾行したと思っていたのだから、驚くのは自明の理だろうな。

 ついつい痺れを切らして声をかけてしまった。早く殺らなかったら二人が来るかもしれないのもあるが、僕自身が朝の運動をしたいと思っているのも大きい。

 

 

「っ……うおおおおおおおお!!!」

 

 やっと飛び出してきた。バッと振り返って、その姿を確認する。

 初撃を撃ち込んできたのは、筋骨隆々な巨体を誇る物理特化の妖怪だった。力に任せて僕をぶん殴る算段らしい。なんとも愚直で浅はかな選択だろうか。呆れすぎて笑いが漏れ出てくる。

 

「────遅いな」

「ぐふっ…!?」

 

 そんな攻撃が通じるのは、鈍足な上級妖怪までだ。僕には通用どころか、掠りもしない。

 僕は突き出された拳の下を掻い潜って懐に入り込み、飛び上がると共にその顎を殴り上げた。

 

「らああああああ!!!」

「どりゃあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 それで殺れたのか確かめようとしたが、左右から棍棒と鉈を振り上げて突進してくる残りの二体によって、それは出来なかった。

 

(せめて一気に来てくれれば一瞬だったのにな…)

 

 自分で朝の運動と言っておきながら、もう早く終わって欲しいと思っている自分の心に苦笑する。だがそれで隙を作る僕ではない。急いで左右の奴への対応を始める。

 

「「はああああああああぁぁぁぁ!!!」」

 

 不意を突かれた形でも、僕の内心は悲しいほどに落ち着いていた。今日は弱かったな。そんな一言が浮かび、自分の頭を狙って振り下ろされた二振りの得物を素早く見やり、僕は一歩を踏み出した。

 頭があった場所に凶器が通り抜けるのを後頭部で感じ、それに合わせて右脚で地面を蹴って脚を揃えると共にその勢いで反転し、背後で奇襲を仕掛けた二体を視界に収める。

 

「「!?」」

 

 ただ一歩前に出て勢いで反転しただけなのに、そのタイミングが完璧だったがために、二体は肩透かしを食らったような顔をした。

 

 そんな暇を僕が与える訳が無い。

 僕は鉈を持っている妖怪の手首に手刀を振り下ろし、カランと鉈を取り落としたソイツの腹部に向けて水平に回し蹴りを放った。

 

「がはっ!?」

 

 やっと状況を理解したようだが、それでは遅い、致命的に。

 片方が慌てて棍棒を地面から持ち上げ、僕の攻撃に備えて盾のように構えた。そのせいで視界が棍棒一杯になったのを利用して、僕はジャンプして残りの奴の上に飛び乗った。所謂肩車状態だ。

 

「うぁ────!?」ゴキャ

 

 そこから素早く側頭部に両手を添え、一息に首を回して首の骨を捻った。小気味よい音がしてソイツの顔が彼の背中を向くと、司令塔からの連絡が途絶えた身体がバランスを失ってグラりと揺れた。

 

「おっと…」

 

 そのまま一緒になって倒れる趣味はない。難なく飛び降りた僕は、恐らく気絶しているのであろう二体に近寄り、喉仏を一突きして穴を開けてやった。これで朝の運動は終了である。

 

 それにしても、僕の能力や『目』を使わずに闘うとどうしても先読みが難しくなる。普段から頼っている証拠だ。まあ、使えなくなる状況になんて陥る筈もないから別段気にしてはいないが。

 

「ふぅ……今日は三体か。僕に挑むなら妥当な数だな」

 

 最後にそんな感想を残した。

 

 

 

 

 死体を一箇所に集め、再び先程の岩に座って二人を待つ。

 こんな事は日常茶飯事なのでもう慣れた。寧ろ、弱かった頃の時の方がもっと危険が多かったな。よくここまで成長したもんだと自分でも感心する。それだけ僕の中の執念が深かったというだけだが。

 

「────どうせ気付いてたくせに、ねぇ?」

 

 唐突に僕は、茂みの一点を見据え、そう言葉を投げかけた。

 

 

 

 

「……しょうがない。止める理由は無いから」

「俺にも残しといてくれよ、おい」

 

 

 

 

 待ちわびた二人が視界に映り、僕は口角を薄く上げた。

 

 




 

 パソのスペックが低すぎてやりたいことがやれない事が最近の悩みです。ゲーム一つしようにも多大な負荷がかかってしまうのであえなく断念…。
 ハーメルンに寄ってチョコチョコ小説を書いたり、ネットで軽く調べ物しか出来ません。悲しい…(´;ω;`)

 フリーホラーゲームや東方、艦これやマイクラ、更にはPC版FPS……。

 やりたいものは沢山あるのに、何とも無慈悲な現実でしょうか。作者の収入では、とてもじゃありませんが最新のPCには手が出ません。
 更に更に素晴らしい事に、リアルでは作者を過労死させようとありとあらゆる面倒事が現れてきます。忙殺されるのも時間の問題か……。((((;゚Д゚))))

 と、愚痴が過ぎましたね、ごめんなさい。


 それでは、次回まで暫しのお別れを…。
 さようなら( ´ ▽ ` )ノ

 

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