東方信頼譚   作:サファール

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 今回は色々な現状説明なんかですね。タイトル通り今後の方針を決めていく感じですので、がっつり話は進みません。

 ではどうぞー。

 


17話.当面の方針と孤独な研鑽

 圧勝して惨敗した人間と妖怪の大戦から数週間後。

 修司は蘭の墓を中心に半径5メートル程の球状の結界を張って、自分と墓に対して敵意のある存在を弾くようにした。この結界は、その時に自分の持っていた霊力の大半を消費したくらい強力なものなので、壊される事はまずないし、自然消滅することも無い。

 

 さて、更地となったこの地域から歩いて脱出した修司は、取り敢えずこれからの目標を決める事にした。目的のない生活ほど無駄なものはない。

 十中八九現在この星にいる人間は彼のみなので、他の同族を探すというのは不可能。家を作って安定した生活をしようにも、妖怪がそこら中に跋扈しているので、定住生活の見込みは皆無。そもそもこれからサバイバルで一生を生き抜いていくなんて、しっかりした“武器”がなければ有り得ない話だ。

 

 というわけで、これからの暫定の目標は、実力を高め、新たに色々なものも“開発”しながら、武器の調達をする事にした。

 蘭から貰ったこの小太刀は、かなり頑丈で、刃こぼれもしない。全体が能力で創り出したひとつなぎの合金で出来ているので、かなり重量もある。と言っても、修司はそれを軽々と扱えるだけの筋力があるのだが。

 

 炭塵(たんじん)を塗りたくったかのように真っ黒な柄。それは金属特有の光沢を一切示しておらず、また軽く研磨してもそれは同じだった。

 刃と柄の境目に(つば)は無く、とある盗っ人三人衆が活躍する映画に登場する斬○剣のように、柄にも刃にも、無駄な装飾は全く施されていなかった。

 刃となっている部分は淡く輝いて見える程に綺麗な白銀色をしており、何を斬っても絶対に刃こぼれはせず、また血糊を浴びても、まるで撥水作用があるかのようにすぐに落ちるという物凄い業物だった。

 

 修司は能力を使用し、この小太刀について、細部まで調べた。

 それによると、これはどうやら、“金属であって金属でない”物質で作られているらしい。

 

 金属の特徴である性質がこれには全く含まれておらず、電気は通さない、磨いても光沢が出ない(柄の部分)、叩いても延びない等等、金属としてのセオリーを(ことごと)く打ち破っていた。

 ではこれは何なのか。それは、彼の能力を持ってしても遂に分からなかった。ただ、色々な物質を複雑に組み合わせているのは分かったので、ギリギリ作成可能だ。

 この刀の性質としては、絶対的な強度、外部からの影響や干渉を全て拒絶する事、そして、認めた使用者に“寄り添う”事…らしい。

 能力で得た情報なので実際にどんな感じになるのかは不明なのだが、これがただの武器ではない事がはっきりと分かった。

 

 これをよくヒント無しで作り上げたものだ。蘭の才能には舌を巻くな。

 兎に角、このまま抜き身で刀を持っているのはよろしくない。修司は適当に金属を地中から持ってきて、刀のサイズに合うように鞘を見繕い、小太刀を仕舞った。これはまだ取り敢えずの鞘だ。これに与える本当の鞘はもっと上質な物で作る。

 

 修司は基本、接近戦で闘うが、小太刀のみでこれから先を切り抜けられるとはさらさら思っちゃいない。なので、目標は、小太刀に合う最高の鞘と、小太刀と同じ物質で作り上げた自分の武器を(あつら)える事だ。

 

 

 

 

 新品の状態を常に保っている特殊な青い元制服は、制服とは思えない程に機動性に優れており、戦闘やその他のアクロバットを楽々こなせる。

 そんな制服の裾をたなびかせ、修司は目的を達する為に、森の中を颯爽と駆けていた。

 

「ガウガウ!!」

 

 後ろには、それを追いかけるように──いや、実際追いかけている──狼の妖怪が数体、修司の肉を引き裂かんと鋭い牙が並んだ口を開けて彼を追っていた。

 修司は奴らの数を把握し、適した地形を探して木々の間を縫って敵の襲撃から逃げていた。

 

 修司は視界の端に大きな岩が乱立している場所を見つけ、そこに飛び込んだ。後ろの狼達もそれを追って岩場に躍り出る。

 先頭の狼が彼の間合いに入った瞬間、彼は岩を利用して方向転換し、向かってくる狼の顎の下から小太刀を突き上げ、脳天まで串刺しにした。

 噴き出す血を気にする間もなく小太刀を抜いて絶命を確認しようと思った修司だったが、小太刀を抜いてから間髪入れずに次の狼が彼に襲いかかってきた。

 脳を一撃で貫いたので絶命しているだろうと予測した修司は、背後から迫る脅威に対して振り向きざまに回し蹴りを放ち、近くの岩に叩きつけた。

 

「キャウン!」

「はっ」

 

 その隙を逃さず、そいつに飛び掛って小太刀を首に振り下ろし、首の骨の隙間に刃を通して神経を切断した。こいつらの構造は能力で先に得ていたので、急所や襲撃方法まで、何もかもを知っている。

 

 残りの狼は後五体。小太刀を抜いて立ち上がった修司の周りには、彼を取り囲むようにその五体が逃げ道を塞いでいた。皆彼を睨んで唸り、姿勢を低くしていつでも飛び掛かれるように備えている。

 だが、修司は“妖力”を少し開放して彼らを射殺すように睨みつけた。

 

「グルルルル…」

「僕は君達より格上だ。命が惜しくば立ち去れ」

 

 仲間を無傷で二匹屠り、囲まれているというのに余裕をもって自分達よりも圧倒的に多い妖力を顔色一つ変えずに放出している。動物というのは基本的に生存本能が何よりも先に来る。自分達が束になって挑んでも、勝てる望みは万に一つとして無い。それに、こいつを倒したところで、その努力に見合う量の食料は手に入らない。

 

 故に…

 

「バウワウッ!!!」

 

 群れのリーダーのような狼が一声掛けて森の中へと消えていくと、それに従って他の四匹はしっぽを巻いて逃げていった。

 

 彼らが完全に居なくなったのを確認すると、修司は戦闘態勢を解除して、小太刀を払って血を飛ばした。仮の鞘にそれを仕舞い、体を捻って外傷が無いかを調べ、早々にここを立ち去ることにした。

 狼の血のせいで、他の妖怪が寄ってくる。蘭が引き連れて来た妖怪はこの辺りの戦力を結集したもののようで、現在付近には、修司の妖力で脅せるくらいの低級妖怪しかいない。なので彼ならば楽勝に相手出来るのだがこれが如何せん数が多いのだ。

 流石は食物連鎖の下位。下手すればそこらの動物よりも多いのではないだろうか。

 

(兎に角、目的地に向かおう)

 

 武器と鞘を作る上で欠かせないのは、多種に及ぶ鉱石などの材料だ。

 それらは一体何処で手に入るのか。答えは単純。

 

 

 ────天然鉱石が噴き出す山、即ち火山だ。

 

 

 修司の能力の範囲は“まだ”地殻やマントルには届いていない。蘭よりも深度が浅いのだ。

 どうやら蘭が住んでいたあの死火山には豊富に鉱石が含まれていたようで、それはこの小太刀を調べた時に分かった。兎に角種類と量が尋常ではないのだ。どうやってこの小太刀の体積に収まっているのか不思議なくらいに、重さと密度が内容物に一致しない。

 

「よーし、目標目の前。今日中には頂上に着けるだろうな」

 

 知性が無い妖怪しか居ないので、話し相手も居ない。言葉を話しておかないとその内に喋れなくなりそうだった。

 

「あれ、結構活発な火山だけど、大丈夫かな…」

 

 彼の前方に聳える火山は、その熱気を皮膚が焦げる程に放出しており、岩肌を露出して、その荘厳さを助長している。木々は周囲を囲むように麓でぷっつりと途絶え、火山はこの広大な森の中でその存在を誇っていた。

 時折聴こえる地響きが、この火山がまだ“生きている”事を指している。それに、何だか頂上が明るい気がするのだ。恐らく突発的に小さい噴火が頻繁に起こっており、溶岩が固まらないのだろう。つまり、蓋はされていない…と。

 

「モシャモシャ…。それにしても、登山がこんなに楽になるなんてな」

 

 途中で拾った木の実を口に放り込みながら、登山では有り得ない速度で山肌を駆け上がる。

 

 修司は、蘭という妖怪を昇華した事により、妖怪という要素を手に入れた。

 彼は他にも、普通の人間ではない、“穢れ(寿命)の無い人間”という要素も手に入れている。

 彼の体内には霊力の他に妖力があり、それが彼に妖怪としての自覚を持たせていた。

 どうやら、元の修司自身の種族である、“寿命のある人間”でない、所謂“他種族”という存在を最低二人取り込むと、その種族の要素を得てしまうようだ。

 永琳や都市の皆の影響で寿命を無くし、蘭を取り込んだ事で妖怪の力を手に入れた。

 

 しかし、ここで疑問が生まれるだろう。何故、蘭“しか”昇華していないと言うのに、妖怪の性質を持っているのか。そして、何故二人以上だと分かったのか。

 答えは、修司がここに来てから程なくして出会った“熊”の妖怪だ。

 彼が熊と闘っている時、彼は無意識に相手を昇華し、手の内を見て学んでいた。だから普通の人間だった修司でも対処出来たし、不思議な程に攻撃を躱せた。

 熊と蘭。熊だけの時にはまだ妖怪の要素は無かったので、必然的に二人の他種族の人格が入った事が条件だったのだと理解出来る。

 

 実際に、彼の中に妖怪の要素が入った事による恩恵は幾つかある。

 

 まず、妖力が扱えるようになった。これは彼女を昇華した時にすぐ分かり、一番最初に開発に取り組んだ要素だ。

 蘭の能力によって、大地に足を付けている時だけ、地面の地脈からエネルギーを自動で吸収するようになった。これによって妖力と霊力が自動的に補給されるようになったのだが、恐ろしい事に、能力によって吸い取った力は、体に無限に貯められるのだ。

 生物等に備わっている妖力等の力には、個々の“器”があるのだが、この能力を保有していると、大地の一部となって、器の際限が無くなるようだ。蘭が生きているだけで強くなっていったのは、こういう理由があったということか。

 無論、使えば減るし、無くなれば暫くは使用出来なくなる。だが、自動的に補給される力は、自然回復の速度を遥かに凌駕しており、使い切ってもそんなに困らなかった。

 こうして登山をしている間にも、彼の足から地脈の力はどんどん搾取されていっている。

 

 次に、妖怪の代名詞とも言える、圧倒的な筋力。

 蘭や他の妖怪も、殴って普通に木をへし折ってしまうほどの腕力や、地を蹴ってジャンプすれば簡単に木々の天辺まで到達出来る脚力、更には、大岩が上から降ってきても大事には至らないくらい頑強な身体(いや、これは過剰表現だ)。

 つまるところ、単純なフィジカルの強化である。それが馬鹿にならない程のものであるだけだ。

 彼の身体は今まで以上に強く、硬く、常軌を逸したものになっていた。蘭がやっていたような人外芸も、今なら楽々出来る。

 これは嬉しい恩恵だ。これで体の方の問題はほぼ解決したと言っていいだろう。

 

 そして最後に、殺生に心をブラさない冷めた本能。

 これは恩恵なのかどうか怪しいところもあるが、一応、現状では助けになっている事もあるにはあるので、恩恵の一つに数えておこう。

 元は自然から産まれ、自然の中で生きる死ぬの生活を送っていた存在だ。根底には命の儚さや、未練を残さずスパッと切り捨てる覚悟があり、見捨てる者は見捨て、自然の摂理に従って行動している。

 これのお蔭で、生命を殺す事に少し躊躇いが無くなった。彼自身、とても優しい性格なので、完全に大丈夫になるのではなく、あくまで“少し”だけだった。

 

「流石に活火山となると、妖怪も居ないね」

 

 いくら強靭な妖怪と言えど、不毛の土地に好き好んで住む輩は居ないようで、ゴツゴツした岩と時折噴出する蒸気以外に、山には何も無かった。

 火山がある辺りの鉱石を効率良く手に入れる為に登山をしているのだが、体は普通の人間である修司にとって、目を開けていられない程の熱量を浴びるのはとてもきつい。あまり時間を掛けてはいられないな。

 

 修司は妖力を身体に纏うことで、暑さを軽減し、火山での活動を可能としていた。実は、霊力や妖力を半結界のようにして周囲を遮断するのはかなりの高等技術なのだが、そんな事には気付かない修司であった。

 ここで霊力を使わないのは、単に妖力の操作の訓練と、他の妖怪に無闇に襲われないようにするためだ。

 たとえ莫大な量の霊力を保有していたとしても、対象が人間である以上、妖怪の性としては、襲わずにはいられないのだろう。これは、サバイバルを始めて数日で気付いた事実だ。

 低級妖怪は知性が乏しい。修司が身体から妖力を出しているだけで、相手を妖怪と勘違いし、更に、己を上回る妖力に怯え、修司を襲っては来ない。たまに、酷く腹を空かせた動物紛いの妖怪が掛かって来るだけで、本能に従順な彼らは修司の前に滅多に姿を現さなくなった。

 

 余程の事が無い限り、霊力は今後使わない方向で行こう。

 修司はそこに自分に対する枷として、強敵に出くわした時や、数が多い時のみに妖力と霊力を使うことにした。

 

 修司の意識としては、霊力や妖力等の、自分の生命エネルギーを使用する事はあまりしたくない。自分の生身の実力で勝ってこそ、本当に勝てたと言えるだろう。

 

 これは、修司なりの命の遣り取りに対する曲げたくない理念である。

 

 なので、非常事態が起きた時以外は、極力力を使わない事にした。

 

「でも、使わないと、際限無く増えていくのはある意味恐怖だな…」

 

 一人呟きながら、彼はゴツゴツした岩肌を、降って行くマウンテンバイクとほぼ同じ速度で駆け上がっていく。

 霊力を消費しなくなってからは、かなりの速度でその量が増えている。妖力も同様で、定期的に増える力をコントロールする練習をしなければ、容易に暴走してしまうだろう。何という規格外な能力だと思ったら、かなりの危険を孕んでいた。ノーリスクハイリターンの実現は難しいものである。

 

 普通ならば有り得ない登山を終えた修司は、数時間かけて登ったその報酬を眺めるべく、頂上に着いて背後の眼下に広がる広大な森林に振り返った。

 

「…おぉ〜」

 

 背中から焦がすように熱気が撫でていくというのに、彼の感嘆の声はその事を全く感じさせなかった。

 今まで同じ高度に立って各地を奔走していたから、実際にこんな超自然な光景を観たのは初めてだった。

 

「下半分は緑の森、上半分は澄み切った青空。こんな風景を目に出来るなんて、想像もしなかった…」

 

 さて…と。

 

 変な感想をつらつらと並べ立てて時間を潰すのは阿呆の所業である。さっさと取るもの取って離脱しなければ。

 能力のお蔭で妖力が増えているとは言え、それでもまだ高密度の妖力を纏っていられる時間はそう長くない。大事をとって過剰に妖力を放出し過ぎたせいか、妖力の残高が目に見えて目減りしている。

 

「早く終わらせようか…」

 

 クルッと踵を返した修司は、目の前でゴポゴポ言ってる赤色の湖に目を向けた。

 灼熱の溶岩が絶えず火口から溢れ出し、修司が立っている場所も少し危なくなってきている。今出来るだけ濃く妖力で膜を張っているのだが、それでもかなり暑い。本来、近くにそのまま居たら皮膚が発火して人間なんか燃えてしまうので、暑いで済ませられているだけでも僥倖(ぎょうこう)だろう。

 

「お目当てのモノは……………あった」

 

 すぐ足元の地面に手を当て、少し目を瞑って地中にサーチをかける。すると、やはりこの山にはそれなりに鉱石が溜まっているようで、溶岩に溶けているものも合わせて、予想以上の量と種類が埋蔵されているようだ。

 

「よし……っ───!」

 

 地面に着けている手に集中し、無言の気合いと共に蘭の能力を使用する。

 イメージは、マークした鉱石や液体状のそれらを自分の元にモグラのように引き寄せ、それぞれが変な作用を起こさないように上手く分ける。

 余分な岩や鉱石に張り付いている不純物を取り除き、純物質にして手早くまとめていく。

 中には金属じゃないような物もあるが、それもまとめて“大地の恵み”なので、関係無く集めれる。

 放射線物質を放つやつもあったが、修司は放射線を克服しているので、元より大丈夫だ。

 

「もっと……もっと…安定して…」

 

 地表に出してしまうと能力で操る事が出来なくなってしまうので、作業は全て土の中で行う。

 この能力の不便なところだ。地面に接しているか、中にあるものじゃないと操れない。

 まだ能力自体に慣れていないので、制御が甘い。額には脂汗が滲み、もう片方の腕でそれを乱雑に拭う。

 

 修司は、集めた鉱石を持ち運ぶのではなく、常に自分の足元の地面に埋めておくように調整しているのだ。

 修司が地面の上を移動すると、それに合わせて地中の鉱石の塊はアヒルの子供のように付いてくる。そんな風に鉱石を固めたくて、彼は今頑張っている。

 そして、純粋な物質のままで保存しておくために、集めた鉱石を粘土のように捏ねて、それぞれの物質を入れておく部屋を作っている。それをキューブ状にして足元で保存。さながら、地中の冷蔵庫みたいなものだ。自動で付いてくるとかハイテク過ぎて笑えるが。

 

「むむ………難しい…」

 

 流石の修司も、一気に数十の物質を触れさせずに密集させるのは骨が折れるようで、作業を始めてから三十分が経過している。その間も溶岩は彼の隣で粘性の液体音を響かせながら、彼の体表をジリジリと焦がしていく。

 

 仕切りに使うのは鉄がいいか、そしてこれは単体でも危ないから一番底の部分に置いて……等等、難しいと言いながらも、少しづつ完成に近づいている。

 

 

 

 

 結局、その試みが達成されたのは、始めてから二時間が経った後だった。妖力で維持するのが難しくなってから、近くに妖怪が居ないことを確認して霊力を纏ったり、一旦火口の淵での作業を止めて熱風が来ない山肌で再開したりと、色々トラブルはあったが、何とか成功した。彼自身、最悪出来なくても適当に持っていけば何とかなるんじゃないかと思い始めてはいたが、一度始めた事を諦めるのも癪に障るので、意地でも成功させてやると息巻いた事が功を奏したのだ。

 

「ふぅ………これはキツいな…」

 

 当然ながら、精神は人間である修司にとって大地をグネグネと操る感覚何て理解出来る筈もない。だが、蘭の人格の情報と、能力から得た情報を駆使し、理解するに至ったのだ。

 

 修司は出来栄えを確かめるために、その場で一回地表に出してみる事にした。

 

「えいっ」ボコッ…

 

 現れた煌めく金属光沢を誇る5センチ(・・・・)ほどの立方体キューブの塊に、修司は目論見が上手く行ったことによる笑みを隠しきれず、鉱石愛好家のような気持ちの悪い口になってしまった。

 

 一個の火山から取れる鉱石なんて、そんなものだ。

 最初から期待はしていなかったが、まだ火山によって地中深くから鉱石が浮き上がっていないのが主な原因だと彼は思っている。

 

「後はさっさと降りるだけだね」

 

 

 

 

 地面に戻してから、修司はスクっと立ち上がった。汗ばんでとても不快になるので制服を脱ぎたいが、生憎服はこの一着しかないし、この制服は魔改造済みだ。汗を吸収したそばから、自身の元の形へと戻るために蒸発させてしまう。まるで服自体が生きているかのように自分で反応するのだ。日々を必死に生きているこの原始人生活と比較すると、やはり都市の生活はかけ離れ過ぎている。それも、彼の無くした記憶の時の生活よりも。

 

 今、修司は今後の生活サイクルの事について考えていた。その時にちょっと枝先に制服が引っ掛かって傷が付いたが、彼がそれを確認しようと身をよじった時にはすでにそんなものは無かった。

 

「あいつらには恨みしかないけど、この服と知識だけは感謝しなくちゃな」

 

 付着した土埃を左手で払い、頭を掻く。

 威嚇のために薄らとある程度回復した妖力を纏いながら、今日の晩に安全に過ごせる場所を求めて彷徨う。

 さっき枯渇しかけた妖力だというのに、もう使えるくらいに復活している。あまり消費はしたくないな、主に今後火山を攻略するにあたって。

 

 

 

 

「────やっぱり、定住した方がいいのかな…」

 

 豚鼻の巨漢妖怪と対峙しながら、彼はそう零した。

 

「お前、妖怪にしては弱っちいな!こんなんじゃ俺様の腹の足しにもならないブッ!」

 

(その語尾、わざとじゃないよね…?)

 

 妖力を纏っていると言っても、彼の言う纏うとは、一般的に垂れ流しているくらいに微弱なものである。低級妖怪が普段流しているような量を淀みなく流しているので、自身を低級と間違われても仕方ない。

 普段の修司は、妖力も霊力も完全に抑えているので、何も感じられない不思議な奴なのだ。そこで、自然な存在に見えるように、異常に思われないくらいの量をそれとなく滞留させている。

 

 だが…

 

「大人しく俺様に食われるブッ!弱小野郎!」

「えぇ〜?」

 

 そう、今の彼は、そこらの低級妖怪並の妖力しかないように見えてしまうようなのだ。だが、今はそんな事はどうでもいい。取り敢えず、目の前のコイツに集中しようか。

 見たところ、力量は中級妖怪。妖力は若干その域に達していないが、筋骨隆々なその体躯を見るに、力はありそうだ。

 

 そして、何よりも豚鼻。ここ重要。

 

「ブッブッブッ!俺様に恐れをなして動けないのかブッ?」

「いや…あの…」

 

 そして語尾。何だ「ブッ」って。

 

 はっきり言って弱い。蘭が強い妖怪を全て持って行ってしまったからこんな妖怪が我が物顔で闊歩しているのだろうが、これはなかなか…。

 でも、会話出来るだけの知能があるだけまだ高等生物なのかもしれない。そんな言語能力も、相手の力量を見誤るようでは形無しであろうが。

 

「じゃあさっさと死ぬブッ!」

 

 そんなつまんない事を考えている内に、あちらではもう話が進んでいたようで、豚鼻が間合いに入って棍棒を振り上げた瞬間に、修司の意識は現実に引き戻された。

 

(こんな奴に使うまでもないな)

 

 【独軍】も『点』も軽い受け流しも必要無い。

 

 

ズンッ!!!

 

 

「ブ…ブヒ?」

「蘭が皆を連れて行ったのをいい事に好き勝手してるね、君」

 

 折角話せる相手に出会ったのに、こんな奴と会話なんて嫌だ。

 振り下ろされた棍棒を右腕で頭を覆うようにして防いだ修司は、左手の人差し指をクイッと上に上げた。

 

「ブヒイイイイイイ!?」

 

 豚鼻が気持ち悪い叫び声を上げた理由。それは、下から直径1cm程度の鉄の針が地面から飛び出て来て、豚鼻の棍棒で攻撃した右腕の上腕を刺し貫いていたからだ。勿論、地面に針の付け根は埋まっている。

 

「付け焼き刃の攻撃法だけど、案外強度あるんだな」

「ブヒョアアアアアア!!」

 

 最早豚としてのアイデンティティを放棄した豚鼻。棍棒を取り落とし、右腕を気にすることなく左脚で思いっきり鉄杭を蹴り折った。半ばで折れた鉄杭を引き抜くと、豚鼻はそれを逆手に持って修司に突き刺してきた。

 それをバックステップで躱しながら、検証結果について考える。

 

(腕は関係無いってことか…頭にキてるな)

 

 鉄というのは存外地面に埋まっているものだ。だからそれを使って攻撃出来ないかと考えて試してみたのだが、やはり焼いてない鉄は柔らかい。

 金属は焼きの工程を入れることで練度を増し、その強度を遥かに高める事が出来る。刀がそれを利用したいい例だ。

 だが、今修司が使った鉄杭は、地中にあったものを不純物無く針状に固めて打ち出しただけだ。奇襲性はあるし、並の妖怪程度なら楽々貫通するほどの硬度を誇っている。

 しかし、特定方向への硬さしか持っておらず、ベクトルの違う方向から弱い部分を叩かれたらあっさりと折れる。

 

 つまり、適切な箇所に上手く当てなければ、効力を存分に発揮出来ないということだ。【独軍】を使えばそれは容易いだろう。戦闘中に、相手の防御の薄い局部を最高のタイミングで突くのは、一人だけの思考では限界がある。

 だが、豚鼻程度の相手なら楽勝だ。

 

「ブヒョオオオオオオ!!」

 

 最初にブを付けてればなんでもいいのか?

 豚鼻は躱されたのを視認すると、もう一度左腕を振りかぶって、鉄杭をダーツのように投げつけてきた。

 鉄が勿体ない修司は、それを楽々眼前で掴み取ると、地面に投げ捨てた。そこで能力を使用して、地中に回収するのを忘れない。

 鉄単体で持っておくのはめんどくさいので、現在足元で材料を保管している鉄キューブの足しにしておこう。

 

 豚鼻は驚いている。弱小妖怪だと思っていた奴が、いいようにあしらわれているのだ。

 

「なんて技名にしようかな」

 

 そんな事を言われた瞬間、豚鼻の怒りの沸点はまた最高潮に達した。

 

「ブヒュアアアアアア!!」

 

 …もう、何も言うまい。

 

「えっと……鉄杭」

 

 取り敢えずそう言って、先程の攻撃を忘れて突進してくる豚鼻の四肢に一本ずつ、直径5cmの針のような鉄杭をぶっ刺した。背後に紅い華が迸り、鉄杭を伝ってドクドクと鮮血が流れ出た。

 

「ギュオアアアアアア!!!」

 

 “ブ”すらも言わなくなった。

 怒ると獣に戻るのか、さっきから一言も言語らしき言葉を喋っていない。

 傷つける事に違和感を感じなくなったのはいつの頃だったか。確か、自分が消えていく時……そうだ、防衛軍に行った時だったな。あの時の衝撃と混沌は凄まじかった。自分が消えるなんて感覚、初めて味わった。

 まぁ、今ではそれのお蔭でここまで生き残れてるのだが。

 

「痛い…痛いブヒーー!!」

 

 やっと正気に戻ったか。

 

「いい実験体になったよ」

「ブ…この…離しやがれブッ!」

「貫かれているのに案外普通に喋れるんだね」

「ふん…この程度、俺様には…」

「じゃあ死んでね」

「ブッ────」

 

 あぁ、やはりこんな奴とする会話は嫌悪しかない。

 

 

 これ以上コイツに構っている暇は無いので、修司は特に思うところもなく鉄杭で顎からつむじにかけて串刺しにした。

 

 だけど、それなりに物理攻撃には定評のある妖怪だった。真正面からあの一撃を受けた修司だったが、実は声音程余裕ではなかったのだ。純粋な頑丈さで勝負したのを後悔するくらいには、豚鼻は怪力の持ち主だった。

 正直に言おう。ちょっとキツかった。

 だから、そう思った修司は、褒美として豚鼻の人格を取り込んであげることにした。何に使えるかは知らないが、強い奴をどんどん手に入れていけば、自分の戦力が増えるかもしれないと思ったからだ。

 妖力量は中級だったが、腕力だけで言えば強敵だったな。

 

「はぁ…力量を見誤るなんて、僕もまだまだ研鑽が足りないな」

 

 一瞬見ただけで相手の実力を測れるくらいでなければ、修司レベルの闘いでは致命的な判断ミスを引き起こすだろう。蘭と散々闘ってきたせいか、他の妖怪が酷く弱く思えてしまい、ついつい油断してしまう時がある。これからの生活の目標に加えておこう。

 

 豚鼻の死体は、醜くも中級というだけで、他の妖怪にとってはご馳走になるだろう。妖怪は、他の妖怪を食べるとほんの少しだけ力が増す性質を持っていたりする。持っていない妖怪も少なくないが、持っている奴が目立つ。なので、この豚鼻を全て食べれば、低級の落ちこぼれでも、死なない程度には成長するだろう。

 まぁ、同じ妖怪を食べることに嫌悪感を示すような妖怪()もいるが…。そういった(やから)は大抵自我がある。

 

 別に強敵が育って欲しい訳では無いので、この死体は地面を陥没させてそこに埋めようか。

 

「……話し相手でも居ればいいんだけどなぁ…」

 

 べコンと地面を凹ませ、そこに豚鼻の死体を入れて、蓋をする。地表から10mくらい掘ったので、早々執念がある妖怪でなければ掘り起こさないだろう。血の匂いはどうしようもないので、お零れに預かりたい飢えた妖怪がやってくるが、その前に立ち去れば問題無い。

 

「う〜ん、鉄だけだと不安が残るな。道中に色々集めれるだけ集めて、ちょっと硬い合金を作成するか…」

 

 どんなに硬い金属や扱いにくい物質でも、それが大地の恵みである限り、修司はそれを粘土のように操る事が出来る。本当、この能力は凄い。これからの主力にしていこうか。

 それを沢山用意して、地中からの杭攻撃や、防壁などに使っていこう。

 

「ゆくゆくはもっと複雑な造形も出来ると、戦略の幅が広がるな」

 

 もっと闘いの手札が欲しいところである。

 

 

グオオオオオオ!!

 

 

「…やれやれだ」

 

 どうやらその場に留まり過ぎたようだ。独り言に集中して退避を疎かにする…か。

 

────パンパン!

 

 修司は、頬を両手でバシッと叩いた。軽く己を奮い立たせただけだったが、久しぶりに入れた自分への活は、想像以上に効果があった。

 

「────これから何年こんな生活を続けなきゃいけないんだろうな」

 

 本当に、最近は油断ばかりだ。




 

 この章の苦難さが身に染みて分かりました…。


 このまま主人公がボッチ生活を続けていると、その内架空の存在とお話しだすかも…w

 …まあ兎に角、修司には孤独な旅を続けてもらいましょう。


 余談ですが、化学的な話が出てくるので、タグに「主人公の化学力は世界一ィ!」っていうのを追加しましょうかね。冗談ですが。



 では、また次回にお会いしましょう。
 

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