新章開幕!
皆さん、今章はすわっと大戦の章ではありません!ごめんなさい。
そこに突入する前に、オリ展開です。
素直に原作を辿ればいいものを、トチ狂った作者は、本能の赴くまま書き出してしまいましたw
ですが、一応当初の予定通りの展開なので、後悔はしていない!
(。+・`ω・´)シャキーン
拙いながらも頑張って書き上げた章なので、どうか最後までお付き合い下さい。
どうぞ。
16話.プロローグ
妖怪が出現するには幾つかの理由がある。
自然から理解不能なパワーを吸い取って突発的に現れる場合。
動物やその死骸、植物等の生き物がその素質を得て妖怪へと成る場合。
物や人間が、特別な想いを抱いて堕ちる場合。
これらは、永琳達研究チームが長年の研究の成果として都市内に発表したものであり、必ずしも正しいとは限らない。
そしてこれは、何でも無い理由で生まれ、どうでもいい過去を持って出会った妖怪達の、なんてことは無い話である。
* * * *
鬱蒼とした木々が、その背を規則正しく揃えて地平線の限りまで広がっている。
見渡す限りの森、森、森……。
ここに一人、木の下でへたりこみ、ジッとしている妖怪が居た。
名前は無い。というか、名前がある方が珍しいのだが、そんな事よりも彼は今、自身に定められた運命を激しく恨むことで精一杯だった。
『なんで……なんで…なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!』
外見は七歳程の小さな少年。質素な衣に、歳相応の身長、何処からか延びている管と、その管に付いている禍々しい目(・)。
そう、彼には、顔に付いている双眸の他に、もう一つ目があった。彼はこれを、『第三の目』と呼ぶ。
その目ははっきりとこの世を見据え、己の内面を見透かすかのように薄ら怖い光を反射している。
『くそっ!なんで僕は────!!』
寄り掛かっている木の幹を後ろ手に虚しく叩きながら、妖怪の少年は罵倒する。
『…はっ』
突然、少年は動きを止め、忙しなく動く眼球で目の前の虚空を見つめた。ボロボロになった衣が衣擦れの音を幽かに起こす。
『怖い……怖い……』
誰に言うでもなく周囲を憚らずに喚き散らしたかと思えば、今度は三角座りになって顔を埋め、ガタガタと震え始めた。鼻水や涙で顔をグシャグシャにして、今現在出来る限りで怯える。
一見情緒不安定に見えるが、それは全くの見当違いだ。
彼は、“ソレ”に対して噴火しそうな程憤りを感じているし、同時にもうこれ以上は止してくれと恐怖もしている。怯えながら怒るなんて芸達者な事は出来ないので、いちいち身体を支配する感情が変わるのだ。
少年は、周囲に恐怖していた。
周りの視線が怖い。
周りの動物達が怖い。
同じ妖怪が怖い。
さっき口に入れようとしていた木の実でさえ怖い。
少年は周囲が信じられなくなり、半ば恐慌に陥っている。いや、半ばではなく完全に、か。
周囲は彼を見て侮蔑する。
周囲は彼を見て遠ざかる。
周囲は彼を見て下卑た視線を送る。
周囲は彼に追い討ちをと毒を盛る。
被害妄想だとか、それが軽度であるとか、そんなのは関係無い。
彼にとっては、その全てが彼に対する裏切りで、軽蔑だった。
少年は、
身体から延びている管に繋がれている第三の目を通して、相手の心を読む事が出来る妖怪で、上位ともなれば、相手の深い深層意識まで探れるようになる、厄介な妖怪である。
ただ、厄介な特性を持つ妖怪ではあるが、同時に覚種族は一種の禁忌的な存在だった。
問題は、心を読むという彼らの性質が、ほぼ無意識の上で行われている事であるということだ。
彼らが理性でそれを抑えようとしても、未だ誰一人として成功した者はいない。周囲は、勝手に心を読まれて気分がいい筈も無く、その内彼らを差別し、避けるようになっていった。
近くにいれば警戒を顕にし、目に入る場所に居れば貶む視線を送る。そんな待遇を受けていた彼らは、いつしか皆の前に姿を現さなくなり、誰にも見つからない場所を転々として細々と暮らすようになった。
少年は、何故同じ妖怪である筈のみんなから嫌われるのか、全く理解出来なかった。
まだ少年が数年しかこの世で生きていないせいもあるが、彼はこの世界に淡い希望を抱いていたのだ。
『みんなとお話しして、みんなと一緒に居たい』
人間にとっては抱いて普通の願望であるが、妖怪にとってそれは叶うことの無い夢物語だった。
だが、数年前に生まれた少年にそんな常識が分かる筈も無く、先程まで手痛い世界の洗礼を受けてきたところだ。
殴られ、蹴られ、踏みつけられ、最後に大口を開けて食べようとしたその隙に逃げ出した彼は、身体中に痛々しい痣を遺して必死に逃走し、脚が動かなくなって這い着いた先がこの木の下だった。
『なんでみんな僕をいじめるの?なんで痛いことするの?僕、なにも悪いことしてないよ?…グスッ…』
まだまだ外見通りの子供の精神をしている少年には、何故こうなったのかが全く分からない。いや、分かりたくない。世界が彼の想像した通り、綺麗で輝かしいものでなく、醜く卑しい薄汚れた吐き溜めみたいな所なんて…。
『なんで…怖いよ…』
少年には、受け入れるだけの余裕が無かった。
この数年間で起こった出来事は、少年にとって絶対の教訓となったし、少年を醜く変貌させた。
『僕はただ……みんなと…楽しく居たいだけなのに…』
なんとちっぽけで小さな願いだろうか。これは、少年が悪いのだろうか。
いや、誰にも善悪の区別はないだろう。彼らは妖怪だし、少年もそうだ。妖怪には妖怪のルールがあったり、常識が存在する。それが彼らを形作っているのだから、価値観の違いで摩擦が起きるのは致し方ない。
ただ、妖怪の規則と少年個人の価値観が違っただけの、簡単なぶつかり合いだったのだ。
だが、それだけで済まないのが、覚り妖怪という種族と宿命である。
『お母さん…』
少年がこの世に生を受けた時、父親はいなかった。母親曰く、自分を庇って死んだという。
母親は言った。父はどんな時でも、笑って生きていたと。
暫く生活して、この世界で自分達が笑うという事が、どれだけ大変な事かということを学んだ。石を投げられ、罵倒され、暴力を振るわれ、激しく疎まれた。
だから、こんな世界でも笑って過ごしていた父を、少年は尊敬した。自分もそうなりたいと、見たことの無い父を想像して、それに
そうすれば、自分もいつか幸せになれると、そう信じて。
だけども、それに対する世界のお返しは母親の死だった。
住処が見つかって、少年を殺そうとした妖怪の攻撃を母が咄嗟に庇ったのだ。
棍棒らしきもので頭を殴られた母は即死。母に駆け寄ることもなく、少年はその場から走り去った。
自分達が苦しんで暮らしていればそれでいいのではないのか。まだそれでは足りないのか。一体何がいけないのか。世界は、僕達の何が気に入らないのか。
幼い彼は考えが及ばなかった。
『……お腹…減ったな…』
取り敢えず、誰もいない場所目指して我武者羅に走っていたら、案の定腹が減った。
幸いここらには他の妖怪は居ないようで、虫の声一つすらしなかった。
『何か…食べなきゃ…』
幹にもたれ掛かりながら、少年はそう言った。
* * * *
両手と口周り、そして服には、明らかに致死量を軽く越える量の血液が付着していた。だが、それは彼女自身の血ではなく、彼女はその滑らかな肌に傷一つついてなかった。
では、これは誰の血か。
経緯はこうだ。
先程まで家にいて、妖怪である彼女達が上手く生きていくために必要な事を色々と親から教えてもらっていたのだが、その講義もついさっき終わり、彼女の親は最期の
『『私達を食べなさい』』
彼女は、蜘蛛の妖怪である。上半身は少女の身体をしており、骨盤や股の辺りから蜘蛛の胴体となっている。蜘蛛らしく、多脚であり、尻や両手、口から糸を出す事が出来る。上半身は母親の衣服を剥ぎ取って羽織り、枝の上に居られるように糸で補強した枝葉に幾つもの脚を乗せていた。
少女は、さっきまで自分がいた木の下に目をやる。
そこには吐き気を催すほどの血の池が出来上がっており、何かの残骸と思わしき肉塊が二つ、寄り添っているように並んで鎮座していた。
蜘蛛の両親は考えた。彼らの住む周囲には、猪なんて居なく、小鳥すらも近寄らないような土地である。両親が住んでいた時に乱獲をし過ぎて、獲物がテリトリーに入って来なくなったのだ。
それならば他の土地に移り住めばいいのではないかと思ったが、生憎彼らの戦闘力では、他の妖怪には太刀打ち出来なかった。
そんな中、ギリギリで産んだ彼らの赤子。
育てる環境も、与える餌も無いこの状況では、ただ
そして、蚊の鳴くような声で親として最初で最期の謝罪と願いを言った。
『おとーさん、おかーさん』
そんな事は露知らず、母親の腕の中で可愛らしく両腕を上げる赤子。
彼女は、ただ愛が欲しかった。
親からでも、友達からでも、恋人からでも、誰でもいい。兎に角無償の愛が欲しかった。
この世に産み落とされ、まだ何も知らない無垢な瞳で、目の前で自分を抱えてくれる二人から、ホワホワした“幸せ”を受け取りたかった。
────だが、受け取ったのは親の肉だった。
『ん────!?』
両親と少女の種族は蜘蛛だが、人間のように子供を少数産んで手を掛けて育てるという稀有な種類だった。
そして、妖怪を食べればその力を少し得られるという能力も持っていた。他の妖怪よりもその能力の効率が良く、実力の高い者程、食べた時に大きく成長する。
両親は食べられる物が自分達しかいないので、自分達を食べさせて、一気に成長させようとした。
『もご……がっ!?』
口の中に急に入って来た異物に身体が反応し、吐き出そうと嗚咽を漏らす。
だが、両親はそれを無理矢理飲み込ませた。
『あ…がああああぁぁぁぁ!!!!』
バキベキボキ…!
物が胃に来た瞬間、彼女の身体が全身軋み始めた。
力の上がり幅によって、彼らはその姿を急成長させる効果がある。骨はグングン伸び、筋肉はドンドンその量を増やしていく。骨格が乳児のものから少女のそれへと変貌し、身長が早送りをしているかのように有り得ない速さで伸びていく。
『おおどぉぉざぁん!!おぎゃあぁぁぁざん!!』
叫び声を上げている間にも、身体は進化している。
『あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!』
口も変化していくので、最早声は意味を持っていなかった。
どれだけ時間がかかっただろうか。痛みにひたすら耐える拷問のような時間は終わりを告げ、少女の奇声が消えた周囲は葉擦れの音さえも聴こえないほどに静かだった。
成長して地面に落ちた少女は、自分を見下ろしている二人の
『………ぇ?』
だが、そこにはいる筈の二人の姿は無かった。
少女は戸惑った。
だって、自分をこんなにした彼らに一言(では足りないかもしれないが)言ってやりたかったからだ。そして、何故こんな酷い仕打ちをしたのか
『……?…?』
訳が分からない。
彼女には二人の難しい事情なんて分からないし、意味不明な物体を無理矢理食わされ、赤子には耐えられないような激痛を受けた意味も知らない。右も左も分からない頃から理不尽な事情で苦痛を強いられることに、彼女は怒りよりもまず先に疑問が沸いた。
あまりの急な展開に頭が着いていけない。
まだ生を受けてから数分しか経っていないただの少女なのだ。下半身の蜘蛛の脚がまだ震えて、
だが、いくらその事について考えても、行き着く先は常に一つ。
『…どうして、愛してくれないの?』
彼女の望む愛。
彼女が抱いた理想の愛の形は、涙顔で謝りながら自分に激痛を与えてくる鬼畜ではなく、微笑みと共にその柔らかな両腕で自分を女神のように包んでくれる慈愛だった。
親とは、そういうものではないのか。
産まれてすぐに独り立ち出来るようになっている妖怪は、その元からある程度の倫理や常識を本能として脳内に刷り込まれている。
しかし、彼女が抱いた幻想は、それから来るものではなく、“彼女自身”の心からのものだった。
『愛して…愛してよぉ…』
身体は八歳程度の少女でも、精神的にはまだ無形の幼児だ。地面に倒れて空を見上げている彼女は、そう零した後、未だ空っぽのままの感情の
ドサッ…
突然、音がした。
自分の事を考えていた彼女はこれに驚き、反射的に視線を下げる。
そこには、手を繋ぎながら互いの胸を刺し貫いている彼らがいた。
『ぁ…?』
もう、理解の範疇を超えていた。
両親が、生きたまま食べさせるのは駄目だからと、最期にキスをした後に自殺をした、なんて事実は、この時の彼女には分かりもしなかった。
許容を超えて起こった現実は、酷くスッキリとしていて、彼女の胸の中にストンと落ち込んだ。
驚くほど単純に。
それでいて複雑に。
キャンバスに黒色を塗りたくる為に、直接黒の絵の具を使わずに、全ての色を混ぜ合わせて作った“黒”のような理解の方法。簡単な黒ではなく、様々な色が重なり合った“漆黒”。
現実が、勝手に少女の脳内で簡略化され、純粋な心を歪に変形させた。
愛してくれない。
でも愛って何?
分からない。
グゥ〜〜。
辿り着いた結論に同調するかのように、少女のお腹は鳴った。
『お腹…空いた…』
乳児から一気に小学生レベルまで成長したのだ。その代償として、今は沢山のエネルギーが要る。
『ご飯…』
そう言って、彼女はハイライトの消えた目で崩れ倒れる“二つ”を見た。
小鹿の方がましと言えるくらい震えている八本の脚で踏ん張り、上体を起こして取り敢えず立ち上がる。そしてヨロヨロと這い進み、目の前の骸に手を添えた。
あぁ、“愛”って…こういうものなんだ…。
だらしなく涎を垂らして、少女は口を開けた。
* * * *
中学生ほどの体躯を持つ少年は、現在血で濡れた拳を眼前に持ち上げて震えていた。
そこに、背後から声が掛かる。
『一人で生きろ。私は別地で暮らす。近寄ればその時は敵とみなす』
それに頷く間もなく、背後の女性は踵を返して何処かへと去って行った。
大きな少年は、暫く自分の拳に何を思っていたのか見つめていた。だが、それにある程度の踏ん切りを着けると、改めて周囲に目を回した。
地面や木の幹に飛び散る凄惨な
己の周りに横たわる数々の同族の死体。
経過を見守っていた周囲の大人達は、興味を無くしたのか、一様に無関心になって集落へと戻って行った。
少年はまだ十年しか生きていない。
周囲に倒れている死体も、同じ位の歳である。
紅い身体、筋肉で盛り上がっている四肢、そして、額に突き出た幼い
彼の種族は、所謂“鬼”と呼ばれるものだった。
そして、先程喋っていた女性は、
彼女の集落には、ある掟がある。
それは、選ばれた半数の子供の鬼を闘わせ、生き残った一人を集落から追い出し、別の場所で新たに群れを作らせるというものである。
これは、子孫の繁栄と食い扶持を減らす目的があって鬼子母神様が定めたこの集落の掟らしいが、彼のとってはそんなものクソくらえだった。実際、群れを追い出されて新たに群れを作れた噂は一つとして聴いたことがない。
『強い者が生き残り弱い者は蹂躙される』
鬼子母神様が常日頃口にしている言葉だ。
妖怪の世界は弱肉強食。強い者が弱い者を喰らい力を得るのは当然の事実であり、弱い者が例え自分の子供や仲間であったとしても、容赦はしない。
だから、鬼子母神は追い出す条件として、子供の中で一番強い者を追い出そうと考えた。それが今回の惨状を招いた原因だ。
誰も居なくなった森で、一人考える。
さっきまで両親と幸せに暮らしていた。それから考えれば、これは急な展開である。そして、それに対して鬼子母神様に食ってかかってもいいのだが、それには問題があった。
『俺じゃぁ、勝てねぇ』
鬼は、愚直なまでに実力社会だ。強かったら偉く、弱かったら雑魚。
当然、鬼子母神様は一番強い。自分では到底太刀打ち出来ない。それは痛い程痛感している。
だから、彼女の言葉に、自分は黙って頷くしかなかったのだ。
それに、自分はもう群れの一員ではない。下手したら、言動一つで敵と見なされる可能性もあった。そうなれば、死は免れない。
『…………』
拳を降ろし、立ち竦む彼は、曇天の限りを尽くす空に目を向ける。
最後に見た母親と父親の姿。
一体どんな顔をしているのだろうかという気持ちを込めて探し、その視線と交差した。
『………!』
見た。
見えてしまった。
両親ならば、という思いはあった。だが、そんな思いは、不可能を望む幻想である事に気付いてしまった。
────両親は、俺を子供として見ていなかった。
声は上がらなかった。目を見開き、心臓を激しく打ち鳴らされた感覚が脳内を突き抜ける。
そうか、そうなのか。
少し考えれば分かることだったのに、答えを恐れて考えなかった。
彼らも周囲と一緒に帰って行く。それに声を掛ける事は無かった。
酷く落ち着いた心境だ。
それでいて、この空の未来を先取りしているかのように彼の心には滂沱(ぼうだ)の雨が降り注がれている。今はその雨さえ心地よく、現実と合わせて彼を挟み撃ちをした。
『…………………ぁ』
ポツン…と。
見上げる彼の頬に一滴の雨粒が落ちてきた。それは彼の頬を伝って落ち、顎を通って首筋まで垂れた。
『……………ぁぁぁ』
間抜けに半開きになっている口からは、吐息と一緒に意味の無い声が垂れ流れた。
数学では、マイナスとマイナスを掛け合せるとプラスになる。
現実がそうであれば、どれだけ楽だっただろうか。
『……ぁぁぁぁぁぁ』
心は、マイナスが二つあったところで、プラスにはならないのだ。
『ぁぁぁぁぁあああ』
集落から見放され、人生の大半を共に遊んで過ごしてきた人生の友人である彼ら(死体)。それらを一挙に失った彼には、最早何も無かった。
『ああああああああ』
空っぽだ。
自分には今、何も無い。
『ああああああああ!!』
次いで湧いて出てきた感情は、憎しみではなく、後悔だった。
自分に力があったなら。誰にも負けない、強い強い力があったならば、こんな事にはならなかったのに。
鬼子母神様を一瞬で倒せるくらいの強大な力があれば、この世界は実に平穏で緩やかに過ぎていくものとなった筈なのに。
────なのに、俺は強くなかった。
ポツポツと、雨は降る量をドンドン増していく。
その中彼は、トサッ…と、空を見上げたまま、地面に膝をついた。腕は脱力し、口は相変わらず半開き。今己の感情を色で示すなら、それはこの身体のような燃える紅ではなく、悲しみに暮れる深い蒼であっただろう。
『────────!!!!』
声にならない慟哭が辺りに響く。それに伴い雨は勢いを増し、今ではここ最近見ない記録的な豪雨に進化していた。
周りの血飛沫を、雨がいとも簡単に攫っていく。自分と友達とが交わした最期の証が、今、大地に吸い込まれて消えていく。
この世界が純白でないことは既に知っていた。だから、憎しみではなく後悔が先に来た。
もう、後悔したくない。
少年は、周りにある友達だったものに目をやった。
鬼とは、非常に正直で、卑怯を嫌う種族でもあった。
ならば、俺はその“卑怯”ではなく、わざと“正攻法”でアイツらをねじ伏せよう。
己の障害となる
鋭く尖った犬歯を覗かせて、彼は笑みを浮かべた。
倒した死体を全て食うのに、次の日の朝まで掛かった。
少年は、ゆらりと立ち上がった。
全てを喰らった彼は、少しではあるが、力が増えたのを感じた。
『まだ…まだだ…』
まだ食い足りない。アイツらを倒すにはまだまだ食い足りない。
少年は知っていた。修行して力を増やす方法もあるし、実力をつけるためには数多の道があるが、鬼という種族はこれが一番効率がいいのだと。
鬼は、他の妖怪よりも格段に筋力がある。子供である彼でさえ、パンチ一つで木を殴り倒せるのだ。
『もっと…もっと食料を寄越せ……』
まだ腹は減っている。つまり、まだ食える。
視界を遮る程の雨が上がった後の朝日は、燃える紅色だった。
* * * *
フラフラと歩く少年は、ふと鼻に幽かな血の匂いを感じ、さっと茂みに隠れた。
この間の雨で地上のあらゆるものが洗い流されたと言っても、濃い血の匂いは少しは残るものだ。
グゥ〜〜
だが、空きっ腹にこの匂いは耐え難いものがある。
誘惑に負け、見るだけだと自分に言い聞かせながら、縋りつくように自分の“第三の目”を両手で包んで匂いのした方へと歩き出した。
茂みに再び隠れ、拓けた場所にいる一人の妖怪を注視する。
匂いは彼女からしている。上半身は人間の少女のようだが、下半身は女郎蜘蛛のそれだった。
覚束無(おぼつかな)い足取りでキョロキョロと辺りを見回し、何かを警戒している。
気配を察知されないようにしながら去ろうと思った時、不意に彼女の視線が彼を捉えた。
見つかった。そう思った彼は、バッと立ち上がると、急いで反転して走り去ろうと足に力を込めた。
だが、その勢いはすぐに霧散した。
「────待って!!」
待って?
「…え?」
非常口のシルエットのような体勢で固まった彼は、顔だけを背後の彼女に向けて、そして思考も固まった。
「……行かないで…」
初対面で、妖怪同士で、尚且覚り妖怪である僕に対して、何故そんな目を出来るのか。その双眸に宿っていた感情は、まるで家族が先に行っていまうかのような孤独感。決して取って食おうと思って声を掛けられたのではない。自分を必要として、それこそ縋るように僕を見てくる。
途端に、彼女から、第三の目によって読んだ心が頭の中に入ってくる。
『……寂しいよ…』
それを聞いた瞬間、彼の頭の中の逃げるという選択肢は無くなった。
しかしゆっくりと、まだ疑問が捨て切れない彼は、周囲と彼女に気を付けながら、茂みから出て、彼女と同じ拓けた場所に立った。
「……目?」
少女の顔が怪訝そうに彼の第三の目に注がれ、彼は来るであろう罵倒に備える。
しかし彼女から読み取れた心の声は、
『なんか凄そう…』
というものだった。
彼はそれに衝撃を受けた。
この世に、僕に対して嫌悪を抱かない妖怪がいるなんて。
「…これは、僕の目。第三の目って呼んでる」
「…凄いの?」
「さぁ?」
あぁ、こんなに会話したのは初めてかもしれない。たったこれだけだが、彼にはまず他者と言葉を交わした事すらないのだから、当然である。
彼女の八本の脚がキチキチ蠢く。
「…こうして誰かと話したの、初めて」
「え?」
驚いた。彼女も僕と同じような境遇なのだろうか。第三の目で確認しても、本当の事らしかった。
心の距離が縮まっていく程、彼の足は彼女に近付いて行った。
「…名前は?」
「名前?私に名前は…無い」
彼女にも名前が無いらしい。
その後も、彼と彼女は取り留めのない会話を幾度となく交わし合った。彼は一方的にだが、彼女に対して少し友情を感じていた。彼女は違うのかと第三の目で確認したところ、彼女は彼とは何かが確実に違っていた。
『…誰かが一緒に居るって、楽しい』
彼女は、彼女の傍に誰かが居ればそれでいいらしい。
兎も角、こんな経験は相互に初めてである。腹が空いたが、それよりも今はこの事の方が遥かに大事だった。
「お前さ、種族は何?」
「種族?私は、蜘蛛の妖怪」
「多分それ、女郎蜘蛛だと思うよ」
「女郎蜘蛛?」
「うん」
「ふぅん。じゃあ、あなたは?」
「えっ?…………覚り妖怪」
「それって凄いの?」
「…!!怖がらないの?」
「?なんで?」
「だって僕…覚り妖怪だよ…?」
「それは関係無い。今、私の隣でお喋りしている。それが重要」
「そ、そう…」
色々と価値観がすれ違っているが、そんな事は、今の二人は全く気にしていなかった。
二人が仲良く(?)会話をしていると、茂みから誰かが出てきた。
「っあ〜。最近美味そうなやつが何処にも居ねぇ」
「「っ────!!」」
紅い身体、そして小さいながらも突き出た角。間違いない。あれは鬼だ。
攻撃的な妖力を感知した二人は、その鬼に向き直って、戦闘態勢に入った。少年と少女には互いに敵対する気がないから心配しなくていいが、この鬼の少年は危険だ。
二人はまだ実力の無い弱小妖怪である。二人揃ったところで、例え子供であろうと鬼に勝てる保証は無かった。
逃げれそうもない。だから闘う姿勢を見せた。
だが…
「…ん?お前達と闘う気はねぇよ。食っても不味そうだしな」
その言葉に少女は靡かなかったが、少年はそれを確認するために、第三の目から自動的に入ってくる情報を見た。
『俺は、強い奴を食って強くなる』
よかった。僕達を食べる気は本当に無いらしい。
しかし、それだからって警戒を解くほど愚かではない。
実力的にはそう変わらないが、何を以て自分達を弱いと言っているか。それが少年には分かった。
(この妖怪、闘いに慣れている…)
まだ子供の妖怪の筈なのに、戦闘で微塵も動揺しないのだ。力の弱い三人のような妖怪は、一回の動物との戦闘にも死地に赴くかのような覚悟をしなければいけない程闘いに慣れていない。
だが、目の前の子鬼は違った。
彼は、恐らく数回、修羅場を潜ってきたのだろう。戦闘に関して、有り得ないほどの慣れが見えた。
妖力や筋力などのスペックに差はないが熟練度では二人が圧倒的に負けていた。
「おい、食わないから教えろ」
「……」
「ここらに俺より強い奴はいるか?」
「…いない」
「本当か?」
「本当だ」
僕達が動じないのを見て、僕の言葉を信じたのを、第三の目で知った。
「そうか…」
鬼は暫し逡巡した後、僕達の横を通り抜けて何処かへ去ろうとした。
何事も起こらなくて良かった。緊張状態は解かないが、それでも峠を乗り越えた事を知った彼は、安堵の息を気付かれないように吐いた。
「……ねぇ!!」
だが、隣の蜘蛛少女が、誰ともなく声を掛けた。
「「…ん?」」
立ち去ろうとした鬼と、見事に返答がハモった。名前が無いので、そう声を掛けるしか無かったのだろうが、それでも袖を引っ張るとか、やりようはあったろうに…。
「何だよ…?」
鬼が彼女に視線を移して訝しむ。もう用はないのだから当然の反応か。
「こっちに沢山来る!!」
『凄い数!』
それだけで、僕は何が起こったのか、第三の目を通して察しがついた。
僕はこれでも、隠密には長けていた。だから、彼女に見つかった時にはとてもビックリしたものだった。
恐らく、気配を察知するのが得意なのだろう。その彼女が、沢山の“それ”を感じ取った。それだけで、僕には全て理解出来た。
「どっちから!」
「後ろ!」
「何だ何だ!?お前ら何喚いてやがる!」
鬼は分かっていないようだ。
殺す気が無い事を祈って、少女と少年は背後に向けて構える。背中にいる鬼は無視だ。それだけ、今の状況はヤバい。
タタッタタッタタッ………
その音が聴こえてきたところで、鬼にも状況が理解出来たのだろう、取り敢えず敵意の無い僕達の横に立って、同じように闘う姿勢を見せた。
ここにいる三人共、この音から、絶対に逃げられない事は知っていた。だから、この拓けた場所で何とかしようと、逃げずに構えたのだ。
「こりゃ…流石に死ぬかもな…」
隣で鬼がそう呟く。
目の前にいる狼達は、数えてざっと十体はいる。
全体的に囲むように展開してくる狼達を見ながら、鬼は言った。
「いいか、俺達は力を合わせなくちゃいけねぇ。それは分かってるよな?」
「うん」
「分かってる」
鬼の言葉に、僕と彼女は同意する。
「不本意だが、これを全て殺ったら分け前をやるから、一旦共闘しろ」
分け前の意味が少し分からなかったが、二人は是非も無しに頷いた。
「よし、俺が突っ込む。お前ら俺を補助しろ。何か出来んだろ?」
幽かな期待が第三の目を通して入ってくる。自分の力で切り抜けられない程状況は切迫しているのだろう。この鬼でも勝てないと思うくらいだ。僕達の補助で何とかなるのだろうか。
「…やれるだけやってみる」
「私も」
「おし、ならお喋りはここまでだ」
チラッと向けられた視線が元に戻る。僕と彼女は、戦闘は彼が引き受けてくれるというので、回避と補助に専念する事にした。
狼達がジリジリとその距離を詰めてくる。
だが、それを待ってやるほど、この鬼は気長ではなかった。
「っしゃあ!殺るとなったら殺ってやらぁ!俺にその情けない鼻っ面を向けやがったこと、あの世で後悔しやがれぇ!!」
盛大に叫んだ鬼は、正面の狼に向かった突撃していった。
それと同時に、狼達も一斉に襲い掛かってくる。
「僕達もやろう!!」
「うんっ!!」
これが、僕達三人の、初めての共闘だった。
* * * *
三つの目を持つ少年は、この世に絶望し、そして求めた。
父のように笑って暮らせる世界を。
誰もが幸せに、平穏に過ごせる世界を。
だから彼はこの世に『笑い合える世界』を望んだ。
半分人間で半分蜘蛛な少女は、この世界に絶望し、そして求めた。
己の理想となる愛の形を。
自分の器を満たしてくれる、暖かい感情を。
だから彼女はこの世に『愛のある世界』を望んだ。
紅く屈強な鬼の少年は、この世界に絶望し、そして求めた。
何も失わない為の力を。
己の乾いたものを潤してくれる血肉を。
だから彼はこの世に『失わない世界』を望んだ。
三人が求めるのは幻想か、はたまた可能な未来なのか。
無垢な心を醜く歪ませ、真っ黒に染め上げられた彼らは、世界に絶望したが、“破壊”ではなく“変身”を望んだ。
それぞれの野望を果たす為、三人は手を組み、この世を変えてやると強く思う。
これから、彼らの快進撃が続くのだが、それは書く必要のないものだ。
幻を謳え。
真実を呪え。
現実に辟易しろ。
それは必ずや“力”となるだろう。
────真理に届くまで。
オリキャラを投入っ!!
最近執筆活動が伸び悩んできました。書き溜めはあるので投稿には問題ありませんが、早くスランプから脱しないとやばいですね(主に作者の精神衛生上)。
趣味の一つとして生きがいになっているので、執筆出来ないと作者はミイラの如き脱力状態に陥ります。
何とかチマチマと書けてはいるのですが、違和感満載で上手くまとめられずに、一気に数千字がデリートという事件もしばしば。一週間に一話が書き上がらない危機に瀕しています。
いつか脱け出せると信じてとりあえず他の小説家さんの小説を漁っております。
まあ、そんな事は置いといて、次回をお楽しみに!