東方信頼譚   作:サファール

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 うーむ。最近作者の執筆技術が明後日の方向へと迷走してまして(序章はもう書き終えています)、一章の執筆速度が落ちているんですよね……。

 そこで、練習も兼ねて新しく東方の短編集を試しにチマチマ書いているんですが、これが意外にのりまして、もしかしたら新小説として投稿するかもしれません。
 一応お知らせしておきます。



 ではどうぞー。

 


14話.命を削る闘いと空から落ちる死

 『混在する人格』。これは能力の弊害であり、僕にとっての唯一の命綱でもあった。これを使って体を動かすのはすぐに出来、今では良さそうな人を見つけては人格を取り込んだりもしている。

 

 だがある日、自分の部屋で掃除をしていたら、ふとある事を思いついた。

 

 それは、沢山ある精神を一度に複数使役して使用する事だ。身体一つに一つの精神と誰が決めたのだ。そういった阿呆の思いつきだった。

 だが時間は有り余るほどある。娯楽でもいいからそれを試してみよう。もしかしたらこれは蘭との戦闘にも使えるかもしれない。

 思い立ったが吉日、その日以外は全て凶日、と何処かの美食四天王のムキムキ主人公が言っていたのを、台詞だけ覚えている。そうと決まれば早速練習だ。

 

 今だから言えるが、これは案外簡単な事だった。

 百年近く連れ添って僕を助けてくれていた人達だ。大して問題は無かったが、一つ難儀したものを挙げるならば、“司令塔”を決めるのが手間取った。

 やはり個々の判断で動かれては収拾がつかないことになってしまうので、全体に指示を出す精神を一人決める事にしたのだが、これが意外と悩ましい問題だった。

 僕自身はもう碌に声も出せないような状態に陥ってしまっていたので、取り込んだ人格から司令塔を選出する事にしたのだが、なかなか適任が居なかったのだ。

 結局、雄也が暫定の司令塔としてやってくれる事になり、一応の技として完成はした。

 

 だが、まだ複数を扱うという感覚に慣れず、この技を使う時に下手をすると、自分というものがよく分からなくなってしまう時があるのだ。

 通常、一つの体の限界は一つの精神なので当たり前の事態といえば当たり前なのだが、これは流石に時間をかけて慣れていくしかない。僕があの時に“博打”と言ったのは、そういう意味だ。

 

 

 蘭がトドメを刺そうとした時、僕はこの技を発動し、一瞬の内に反撃した。

 あの一瞬で顎に掌底を放ち、蹴り上げる足先に霊力を鋭く纏わせて刃物とし、蘭の右腕を肩から切り落とした。

 

 

 

 

「これが僕にしか出来ない技、【独軍(どくぐん)】」

 

 

 

 

 これは、たった(ひと)りの行軍。一人で幾千もの兵を体現する、能力の弊害を利用した僕の初めての技と呼べるもの。

 

 今は同時に10人が限界だが、これからどんどん増えていくだろう。

 一人には傷の痛覚を担当してもらい、一人には気絶しそうな意識を担当、周囲の状況確認、敵の挙動、気配の察知諸々、10人限界まで使って、蘭と本気で渡り合う。

 一人で全てやっていたさっきとは違い、一人一人が一つの事に集中しているので、その精度と速度は尋常ではない。身体は一つだが、一気に10人の僕を相手にするのだ、これ以上の本気があるものか。

 脳にこれまでにないほどの負荷がかかり、とても無視出来ない頭痛が生じる。それを10人の内の一人に担当してもらい、自分自身の痛みを消す。他にあと二人程空きがあるので、まだまだ闘える。

 

 意識を全て目の前の敵を倒す事に収束し、現在いらない要素の全てを破棄する。

 他の妖怪は、雄也達を信じて度外視し、酷く冷静になった頭で左腕のみの闘い方を考える。止血なんてする前に倒してやる…。

 

「行くよっ!修司!!!」

 

 本能が剥き出しとなった二人が駆け出すのは、全く同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 蘭が反転して僕の頭目掛けて踵の回し蹴りを打つ。それをしゃがんで回避した修司は、左脚で地面を蹴り飛ばして右膝で膝蹴りを放った。妖力を拳に集めた彼女は、体を後ろに反らせてこれを躱し、胴を捻って左ストレートで修司の右脚を狙う。

 だが修司は膝を伸ばし、つま先で蘭の腹を打って吹っ飛ばした。

 アニメでアッパーを受けたボクサーのように蘭が宙を舞い、そのまま左手でバク転をして距離をとった。どうやらこの手は読まれていたようだ。

 

「っ────!!!」

 

 蘭が退いたのを見逃さず、修司は距離を詰めて選択肢を無くし、今度は顔面を拳で殴ろうと霊力を這わせた。彼女はそれに気付くと、更にバックステップで退ろうとするが、修司は途中でバッと手を広げ、集めていた霊力を光線として撃ち出した。蘭の体をすっぽりと包み込む、極太のレーザーだ。

 彼女は目を見開くと、両膝を腹につけて左腕で顔を防御し、胎児のような格好で妖力の皮を被った。

 轟音を轟かせてレーザーが地面を削り、射線にある彼女の身体ごとその先の建物に丸い穴を開けた。彼の滅多にしない霊力の攻撃に思わず最低限の防御しか出来なかった蘭は、霊力の奔流に身を焦がされながら衝撃が収まるのを待った。

 

 レーザーが終わると、レーザーがあった場所には最早なにも残っていなかった。ただ一つ、蘭を除いては。

 何とか立ち上がった蘭は、少しふらつきながら修司の顔を見据えるために顔を上げた。

 だが、そこに修司の姿は無く、刹那、背後から鋭い殺気を感じ、咄嗟にまた妖力を纏った。

 

ドカンッ!!

「ぐっ…!!」

 

 とても殴られたとは思えないような音がして、蘭は前に殴り飛ばされた。左手をついて前転して振り向くと、そこには殴った後の修司がいた。

 無表情な顔を備えた冷ややかな双眸で彼女を見つめ、静かに拳を戻して自然体となった。その間に蘭も立ち上がり、ダメージの具合を測った。

 

「いいねぇ。私が追いつけない速さを人間が出せるなんて、最高だよ!」

「……………」

「ねぇ、何か言ってよ」

「……………」

「つまんないなぁ…」

 

 現在、修司は喋る事に意識を割けないほど集中していた。いや、余裕が無い(・・・・・)と言った方が正しいか。

 度重なる身体の酷使で、既に体から大量の血が流れている。痛覚や頭痛を消してはいるのだが、それも少し抑えきれなくなってきた。目も霞んできた。人としての限界が近いらしい。

 

(時間が無い……。早く決めなければ…)

 

 今度に先に動いたのは、修司だった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

「これで運んだのは全部か!!」

「うん!後は戦ってるみんなだけだよ!」

 

 俺の問いかけに女性隊員が答える。

 

「雄也!もう妖怪も数体しかいないぞ!」

「おう!これで俺達の勝利だ!」

 

 戦場を見ると、もうそこには殆ど人間の姿しか残っていなかった。残り僅かな妖怪も、数人の人間相手に苦戦して今まさに殺されようとしている。多数の負傷者を出したが、こちらの勝利だ。

 

ゴゴゴゴゴ………

 

「おぉ!一度に二つ発射しやがった!後は俺達だけだぞ!」

 

 誰かがそう叫び、俺はロケットの発射台がある方向を見た。そいつの言う通り、ロケットは発射され、白い尾を空に残しながら宇宙へと向かっている。

 

ドゴォン!!

 

 突然轟音がして、俺は音のした方に目を向ける。そこには、眩いばかりの極太レーザーがあり、それを発射している隊長の姿があった。

 

(隊長……)

「今行く────」

 

 言いかけたところで、俺は大剣に翳していた手を頬にやって、パンパンと叩いた。

 まだアイツとの戦闘に決着がついていないらしい。彼の焦燥に駆られた表情を見て、それが分かった。

 

「……おしお前ら!隊長との手筈通りに行動するぞ!」

 

 隊長は、もし自分が戦闘中であった時に任務が完了した場合、俺達だけで退却してロケットに乗り込むように指示をだしている。俺はそれを思い出し、隊長に助太刀するのを踏みとどまった。

 俺が隊長の立場だった時も、きっとそうして欲しいと願うだろうと思ったからだった。

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 隊員達はハキハキと返事をし、まだ戦える者は残り少ない妖怪を、バックアップに回った者は、負傷者を抱えて、まだ発射していない第四ロケットに向かった。

 俺はガタイがいいので、二人に肩を貸してその場を後にする事にした。武器は放棄している。運ぶのに邪魔でしかないからだ。

 

 ロケットの中では将軍が今か今かと俺達の帰りを待っているのだろう。もし俺達が負けたり、裏を取る妖怪がいた場合に備えて、第四ロケットは他三つのロケットよりも発射台が前に設置されている。それに加え、妖怪の攻撃を少し受けても大丈夫なように装甲が固く、その分かなり大きくなっている…筈だ。詳しい事はよく分からん。知る必要が無かったからな。

 

「総員、退却だ!!!ロケットに乗り込めぇぇ!」

 

 俺は修司を信じている。だから、後ろは振り向かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 これは、雄也が命令を出した時間から少し経った時の話。

 

 

 

 

 私は最初、彼を全く信用していなかった。凶暴な妖怪が跋扈し、生き残ことが非常に困難な森で発見され、しかも記憶喪失と来たもんだ。調査で、この辺り一帯には森と山しかない事が分かっており、彼なんて存在は都市には居なかったと断言出来る。つまり、完璧に中身が知れない危険人物だった。

 更に言えば、あの永琳と同棲し始めたと言うではないか。最近、防衛軍でも珍しい霊力を操る青年を下した、かなりの実力者。変な能力まで保有しているという。

 

 追い出して妖怪にでも食わしてしまおうかと考えたこともある。刺客を送り込んで、こっそり殺そうとも。しかし、それを私はしなかった。

 それは何故か。

 一つは、永琳。彼女の今までに見たことのない笑顔。彼の話をしている時だけ、都市のナンバー2と言われて囃し立てられている女性の面影は無く、最初に出会った時の、明るい永琳に戻っていた。彼を殺す事で、その笑顔を失うのを避けたのだ。

 二つ目は、軍。近年妖怪の進化が著しい。このままではいずれ都市の防壁を突破して蹂躙されてしまうだろう。それを避けるため、彼の実力に頼って、妖怪に屈しない屈強な部隊を作ってもらうように仕向けた。

 

 結果的に、私の目論見は大成功。全てが私の思い通りに進み、全てがいい方向に向かっている。彼は都市の繁栄に大きく貢献してくれた。

 

 だが、信用しているわけではない。寧ろまだ疑っている。私の能力は若干の未来が見えど、人の心までは見通せないのだ。

 もしかしたら彼は何処からか送られてきた刺客で、私の命や都市の崩壊を狙っているのではないか。そんな思いが頭の中を交錯し、離れなかった。

 私は都市の要だ。トップにいる立場として、政治的な判断をしなければならない。決して私情に流されてはいけないのだ。

 なので、私は彼を、最後まで疑い通すと誓った。これは理にかなっており、絶対に間違いではない。そう、心に言い聞かせながら…。

 

 今、私は上空にいる。ロケットの外側におり、窓から眼下に佇む都市を見つめ、彼の事を考えていた。

 今回、妖怪を食い止めるために育てた奴の部隊に事を当たらせているのだが、アイツは本当に任務を遂行しているのだろうか。もし、あそこで死ぬのならばそれでも良し、きっちり任務を完遂して来るもまた良し。どちらにしろ、役に立った事に変わりはない。どうせ出自不明の不審者だ。最期まで使って使えなくなったら捨ててやる。永琳には悪いが、これは政治的な判断だ、文句は言わせない。

 

「ツクヨミ様」

「む、永琳か。どうした」

 

 彼女が私の隣にやってきて、同じ窓から下を見下ろした。

 

「………いえ、彼は、上手くやれているのかと…」

「そんな事、ここにいる私が知るわけないだろう。奴は兵士だ。それくらい心得ておろう?」

「……はい」

 

 終始浮かない顔の永琳。当然といえば当然なのだが、公共の場くらい毅然とした態度でいて欲しいものだ。ここにいるお偉いさん達(臆病者共)の不安を煽らせないでくれ。

 

ゴゴゴゴゴ………

「あっ……!」

 

 彼女が顔を窓に近付け、眼下の都市から発射される最後のロケットを見た。

 

「遂に終わったか…」

「あれに…修司達は乗っているのでしょうか…」

「分からぬ。しかし、四基目が発射出来たという事は、私達の勝利だという事だ」

 

 さて、死んだか生きてるか、結果はどちらだろうな…。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 レーザーを放っていたので分からなかったが、どうやら民間のロケット二基が飛び立ったようだ。後は、雄也が僕の指示を思い出して、退却してくれていることを願うばかり。こちらもあちらも殆ど時間は残されていない。もう形振り構っていられないな。

 

「……………」

 

 言葉は交わさず、僕は蘭が立ち上がったのを見て突っ込んだ。

 僅かしか残されていない霊力をフル開放して、左拳で殴り掛かる。彼女はそれを認めると、同じ様に修司に向かって地を駆け、左拳を首を捻って躱し、お返しと言わんばかりに左ストレートを打ってきた。

 首にぴったりと密着するようにスレスレで避けられたので、左手で追撃が出来ず、間合いが近いので脚を上げる隙もない。

 迫り来る拳を防御出来ず、修司は胸を思いっきり殴られてしまった。肋骨が砕け、肺は空気を出し切り、心臓は電気ショックを浴びた時のようにビクンと跳ねる。鳩尾だったらやられていた。

 

 後ろに吹っ飛び、意識が飛かけるのをかろうじて耐える。痛み担当の精神を一人追加して、すぐに反撃出来るように急いで立ち上がった。

 

「お返しだよっ!!」

 

 だが居るはずの彼女はそこにおらず、背後からの衝撃によって後ろを取られていたことに気付く。そうだ、蘭は自分のやったパターンを覚えるんだ。すっかり忘れていた。

 

 気力を振り絞って霊力を纏ったのでそれほどダメージは無いが、霊力をごっそり持っていかれた。もう殆ど霊力は無いが、『点』を使えばまだまだいける…。

 

「……………」

「どうだい?楽しくなってきただろう?」

 

 無事な左手をクイッとやって挑発してくる。霊力が弱まっているのを感じているくせに、わざと「まだいけるだろ?」とでも言いたげにニヤついている。蘭も妖力はそんなに残っておらず、まだまだ使える状態だったが、飛び道具はもう使えないくらいの量だった。

 修司達は毎回、最後くらいになるとこのように霊力も妖力も無しで互いを殴り合う。極限状態に陥り、正しく獣のように勝利を望む。

 

 修司は挑発には乗らなかったが、先に動いた。

 大体分かっている事は、腕を躱されたらほぼ確実に一撃をもらう、だった。

 腕が届く間合いに居ると、脚を使うのは困難になり、頭や肘などを使わないといけなくなってしまう。故に、上半身のみの単純な攻撃になってしまい、修司の独創性溢れる闘いで相手を翻弄出来なくなってしまうのだ。また、腕が一本しかないので、なかなか組み技も出来ない。武術というのは両腕が基本なのだ。

 

(……くそったれが)

 

 だが、それがどうした。僕のアイデンティティが失われたからと言って、決して死ぬわけじゃない。寧ろ、“これから”だろ。

 武器が無くなれば四肢で。四肢が使い物にならなくなれば、今度は頭や歯、肘膝を。全て無くなれば、最後には体当たりで叩き殺せ。置き土産上等、道連れは尚上等。

 相手を殺す為には、人間性なんて要らない。それに足る殺意と、何を引き換えにしてでも命を刈り取る覚悟さえあれば、後はなんだっていい。

 

「うおおおおおおおお!!!」

 

 心を保つために、これまでに上げたことのない程の雄叫びを上げる。

 

「ふふっ……らああああああああああ!!!」

 

 蘭も応えるように鬨の声を上げ、とどまることのない連打を修司に浴びせる。

 修司も負けじと持てる全てを使って彼女に連撃を加え、血を撒き散らしながら筋肉を躍動させた。

 

 肉を裂き、骨を砕き、臓物に衝撃を与える。

 修司は、脳の使い過ぎで目から血の涙が出て、内部ダメージのせいで口や耳、あらゆる穴から血を噴き出していたが、それでも蘭に攻撃するのを諦めなかった。

 蘭は、的確に骨を砕かれ、妖力は殆ど無く、修司が少ない霊力で創り出した1センチ程の刃によって身体のあらゆる部分を切り刻まれ、患部全てから真紅の液体を滴らせていた。頭にも何発かもらっており、脳が揺らされて平衡感覚が狂っていたが、それでも修司の本気に応えるために、その華奢な身体を動かしていた。

 

 目の前にいるのは、長身の細身な優男ではなく、自身の心の穴を埋めてくれた、掛け替えのない親友であった。

 

 目の前にいるのは、可愛らしく活発な少女ではなく、自身が心から信頼出来ると思った、最高の親友であった。

 

 ここに居る理由に差違はあれど、抱く思いは同じ。

 互いに互いの為の目的を遂行する為にぶつかり、互いの心を確かめるように拳を重ね合った。

 

 

 

 

 だが、そんな時間にも、“終わり”というものは訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 最早他人の目には何が起こっているのか全く分からないだろう。そんな光速の攻防が、多数の死体が転がっている戦地の中央で繰り広げられていた。

 二基のロケットが飛び立ち、雄也達がこの場を後にしてから数十分。たったそれだけの時間が過ぎていたのだが、二人には何年も闘っていた感覚だった。

 

 二人の戦闘は一進一退だった。殴られたら蹴られ、肘で打たれたら今度は頭突きを食らった。修司は所々に霊力の刃を小さく形成する事でダメージを増やし、身体を切り刻んでいった。蘭は修司よりもある妖力を活用して、一撃一撃を重く、速くし、部位破壊を狙っていった。

 

 

 

 

 互いに負ける気配は微塵も無い。だが、その先の見えない勝負は、唐突に終わりを迎える事になる。

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴ………

 

 

 

 

 

 

 

「……………へ?」

 

 激しい戦闘を繰り広げている中で、突如として響いた、有り得る筈の無い轟き。地を揺らし、天へと駆ける白雲。

 その音に修司は思わず素っ頓狂な声を上げ、体を一瞬止めてしまった。

 

「はあああああ!!!」

 

 その隙に蘭は拳に最後の妖力を込め、全力で振りかぶって修司の胸に放った。

 驚いて硬直していた修司にそれはあまりに速すぎ、とても回避する事は不可能だった。

 

 蘭の拳が修司の胸にめり込み、爆音にも似た音を立てて地面に叩きつけられる。残った血が全て吐き出されたのではないかと言うくらいに吐血し、地面に亀裂を走らせながら土埃を上げて修司は倒された。

 修司を殴った蘭は、そのままの勢いで修司の横に並ぶように倒れ、二人仰向けの状態で、勝敗が決した。

 

 蘭の勝利である。

 

 二ヶ月に一回で、一年で六回。それが百十年で、計660回。今日で、661回目の戦闘だった。互いに勝って負けてを繰り返しているので、蘭の331勝目。奇数に修司が勝っているので、蘭は二連続の勝ち。

 

 つまり、借りが無い状態なので、修司を殺さない理由が無い。

 

 だが、それは最早どうでもいい(・・・・・・)

 

「ごふっ…………ま…負けた…ね…」

「…うん……そう…だね…」

 

 負けた。

 この言葉に修司はさして敗北感も無く、負けちゃったな、程度にしか思っていなかった。殺されてしまうというのに何呑気に言っているのだ、という叱咤は野暮である。

 

 修司が気を取られてしまったあの時の音。

 修司が見上げている空には、その音を出して月へと向かった四基(・・)のロケットがあった。つまるところ…

 

「はぁ……置いて…行かれた…な」

 

 四基目のロケットが発射したという事は、もう彼らに追いつく手立てが無く、この荒廃した都市に残されたという事だ。

 ロケットの発射ボタンはそれぞれのロケットに一つずつある。つまり、僕の部隊か、将軍が、ロケットを発射したんだな。

 

「はぁ…」

 

 溜息しか出ない。こうなる事は予想していたが、まさか本当に裏切りやがる(・・・)とは。

 涙が出るかと思ったが、そんなものは流れなかった。やはり、僕の涙はとうの昔に枯れてしまったらしい。居場所に裏切られたというのに嗚咽すら出ないとは、そっちの意味で泣けてくる。液体は出ないけど。

 

「ははは、災難だね」

 

 蘭が横で力無く笑う。

 

「……薄々分かってた」

「信用が無かったのかい?」

「それしか考えられないなぁ…」

「あれで?」

 

 蘭の言うあれとは、恐らく、先程まで戦っていた特隊の事だろう。僕に鍛えられ、共に笑い、泣き、支え合った戦友。特に雄也については、僕もそれなりに心を開いていた。今は既に、扉を閉ざして(かんぬき)を掛けている状態だが…。

 

「君は人間だろ?何故命を賭して戦ったっていうのに、裏切られちゃうのさ。これなら君が先に裏切る方が賢明じゃなかったかい?」

 

 本当にその通りだ。ツクヨミ様でも永琳でも、さっさと殺して山にでも逃げてれば良かった。つくづく僕の甘さには反吐が出る。もしかしたら信じてくれているかも……なんて淡い幻想を抱いていたからこその、この仕打ちだ。

 やはりこの世には、本物の信頼関係なんてものは無く、そんなものは幻の産物に過ぎない。(うつつ)に咲いた蜃気楼だったのだ。

 

「そうだね。僕が甘かった…」

 

 こんなに傷だらけで、死にかけだというのに、ツクヨミ様、永琳、雄也────都市のみんなは、身を粉にして都市に貢献した僕に対して、こういう対応をするのか…。

 

「もう、諦めよう」

 

 やはり、万物に信頼は有り得ない。これまでの僕に向けた感情は全て芝居だったと、そう言ってくれればいっそ清々しい気分になれる。

 

 僕の最後の良心が問いかける。

 

『永琳は悪くないのでは?』

『僕の事を恨めしく思っていた奴の単独犯行かもしれない!』

『ツクヨミ様がそうさせたのかも!』

『雄也達は止めようとした筈だ!』

 

(……五月蝿(うるさ)い)

 

 永琳は権力がある。知らないなんて事はない。僕を恨む奴は居ても、犯罪を犯す奴はいなかった。みんな臆病者だったからだ。ツクヨミは僕を利用していたが、切り捨てるような奴ではなかった。雄也達はきっと上から命令されていたに違いない。僕が退却させていてもいなくても、彼らは逃げただろう。

 

「同族から見放されるって、君も相当だね」

「何とでも言ってくれ。もう僕は終わりだ…さぁ、早く殺してくれ」

 

 裏切った裏切られたなんてどうでもいい。どの道、ここで僕は彼女に殺されて終わるのだから。

 

「まぁ、もうちょっと話してもいいじゃんか。どうせこの後予定は無いんだし」

「予定って……はぁ……好きにしてくれ」

 

 どうせ消える命だ。好きに使ってくれ。

 

 結局僕達は、いつものように腕枕で他愛も無い雑談をすることになった。

 青い制服が風に揺れ、上空には四基のロケットが白い雲を出して進展地へと向かって飛んでいる。

 

 僕は、誰かを信じたかった。失った記憶に理由があるのだが、何故かこれだけははっきりと憶えている。

 それに促されるままに、僕は永琳や蘭を含め、色んな人を信じようと努力してきた。だが、全て水泡に帰すことになってしまった。

 結局、僕は周りの人に裏切られてしまい、僕が信頼だと思っていたものの全てが虚像であることが明らかとなった。

 

「ならさ、私達と一緒に暮らさない?」

「僕は人間だし、君に殺される。それは無理だよ」

 

 この後に及んで何を言うか。もう誰も信じれない。無様な僕を見てからかっているだけだ。

 

「私の友達だって言えばなんとでもなるよ!」

「蘭…もう、生きるのに疲れた。悪いけどその申し出は断るよ」

「…そう…」

 

 彼女は残念そうな声を出すと、ゴロンと転がって僕と一人分の距離をとった。離れてしまったので、その顔は見えない。

 もう、僕が死ぬのもそう遠くない。血は流れ過ぎたし、人間の限界を超えて動いていたんだ、その反動は計り知れない。

 

 

 

 

「……なぁ、早く僕を────!!!」

 

 

 

 

 言いかけて、僕はその口をあんぐりと開けた。蘭は不思議そうに僕を見、上を見て目を見開いた。

 

「修司!あれ……!」

「あ、あれは……」

 

 二人が見たもの、それは、四基目のロケットから落とされたある物体だった。

 咄嗟に能力を使用して、あの空から落とされた物体の情報を得る。

 その結果に修司は更に驚き、全身から汗が吹き出た。

 

「蘭……あれは…」

 

 あれは、通称“核”。

 それも、永琳が開発したものだった。




 


 今回は修司の初めての技が登場です。『点』とかは技術の範囲内なので関係ないです。
 作者は技とかになんとなく拘りを持っていたりします。めんどくさい感じになる時もあるかもしれませんが、矛盾とグダりだけは無いように頑張ります。


 いよいよですね。戦争も大詰め。書き溜めの小分け放出状態の今で序章を見直しているとやはり違和感が……。って、これ以前にも言った気がしますw

 練習で書き始めた短編集ですが、やっぱり別小説で出すと思います。それも読んでくれたら幸いです。
 数話貯まったら出そうかな?そっちは不定期にする予定なので、フリーダムな方針ですかね。


 ではでは、今日はこの辺で。また来週です!


 

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