東方信頼譚   作:サファール

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 明けましておめでとう御座いますっ!!!


 新年の用事があらかた終わり、学生の方々は冬休みがもう終わってしまう……そんな時期ですね。皆さんは如何お過ごしでしょうか。
 作者はリアルが忙しすぎて過労死寸前です。もう、それはそれは目まぐるしく日々を過ごしています。うむむ………充実しているだけましと捉えるべきか。




 さてさて、今回はガッツリな戦闘と、久しぶりで刹那の間に過ぎ去ってしまうおふざけタイムが含まれています。と言うか、激しく戦闘をして、少し肩の力が抜ける描写が申し訳程度にあるだけですかね。

 ではどーぞ。


13話.地を這う妖怪と空を飛ぶ人間

 大鉈を持った大妖怪が、その太い腕をしならせて、俺に振り下ろしてくる。大妖怪と呼ぶにふさわしい妖力を纏った一撃は、真っ直ぐ俺の命へと迫ってきた。

 

「おらぁ!!」

 

 俺は、大剣に霊力を流し込み、盾代わりに目の前に押し出すことでその一撃を防ぎ、そのまま切っ先を水平にして構え、豪快に突きを繰り出した。

 最初に隊長と出会った時には鮮やかな所作でいなされたが、こいつはそんな芸当は出来ない。妖怪の土手っ腹に深々と突き刺さった大剣の感触を確かめ、更に力を込める。

 

「ぐあぁぁぁ!!」

「終わりだあぁぁ!!」

 

 突き刺さった剣を横に薙いで、妖怪の臓物を外に引きずり出した。妖怪はそれで絶命し、仰向けにドシンと倒れる。

 

「ふぅ…次…!」

 

 俺は次の獲物を殺すために、周りをグルッと見渡した。だが、不意に視界が歪み、大剣を杖にしてその場で息を吐く。

 

「ぐぅ……流石に霊力の使い過ぎか…」

 

 これで大妖怪を相手にするのは五体目となる。これまで死力を尽くして敵を屠ってきたが、もうそろそろ限界が近い。今までの戦闘は30分もしない短期戦ばかりだった。訓練で長い間戦闘をするのは何回もやったが、やはり実際にやるのとはわけが違う。

 

「ぐああぁぁぁぁ!!」

「ちぃ!」

 

 息を整える暇なく、次の相手が 背後から現れた。俺は前転することでこれを避け、振り返って大剣を構えた。

 その時、その妖怪の奥に、俺は尊敬する隊長の姿を見た。

 

(…はぁ!?)

 

 その光景に俺は一瞬動きを止め、思わず見とれてしまった。

 

 

 訳が分からない。俺が今まで努力していたのは何だったのかと問うてしまいたくなるくらいに、そこにある現実は俺を置き去りにしていた。

 次元がまるで違う。隊長の操る短槍は、綺麗に八の字を描きながら相手の妖怪の小太刀を器用に弾いている。問題は、それが目で追えないほどの速さで行われている攻防だという事だ。

 一秒に何回攻撃している?目が追いついていないので正確な事は分からないが、金属同士が打ち付け合っている音から判断するに、楽勝で二十回は超えているだろう。

 

 更にすごいことに、そんな速さの立ち回りをしているというのに、全く息が上がっておらず、また、会話をする余裕すらあるようだ。

 

「そういえば、僕が武器を使うと毎回その脇差を使うよね。本来は無手だって言ってなかったっけ?」

「そうだよ。これは元々予備の武器だったんだけど、槍に対して素手は流石に芸がないかなって思ってさ」

「別に無手でも僕は構わないよ?」

「私が構うのさ」

 

 じゃあ今はそれは脇差じゃなくて小太刀だね。そう言って、彼らはまた光速の攻防に戻っていった。

 

 あれが隊長の言うライバルという奴か。妖怪で、馬鹿みたいに強いとは聴いていたが、まさかこれほどまでとは。そりゃ百年通って倒せないわけだ。

 俺が見たところ、互いに霊力と妖力を出して、実力は互角。隊長の霊力も底が知れずに化け物じみているとは常常思っていたが、あの妖怪の方は、最早化け物を通り越して既に災厄と呼称出来そうだ。

 先程、AIを溶かしていたのを見たが、その時の妖力の波動が俺のところまで届いて、一瞬歯が浮いた。

 

(……って!他を見ている余裕なんてねぇだろ!)

 

 特隊実力ナンバー2の看板を持っているんだ。俺が呆けていてどうする!

 

「っしゃあ!やってやるぜぇ!」

 

 なけなしの気合いで不安を弾き飛ばし、襲い来る敵に俺の相棒(大剣)を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 さっきチラッと見たけど、雄也、僕を見てどうしたんだろうか。戦争中に余所見とは随分余裕なんだな。

 

「余所見してていいのかい?」

「おっと、余所見は僕の方だったか」

 

 雄也の事が一瞬頭をよぎった隙を見逃さずに攻めてきた蘭に意識を戻し、迫り来る白銀の刃を穂先で一閃して弾き飛ばす。そのまま回転して裏拳気味に小太刀を振るってきたので、それを短槍の柄で防ぎ、それと同時に間合いを詰めて足裏で蹴りを背中に放った。

 だが防がれたと思ったが早いか、蘭はすかさず逃げるように前転して距離をとり、反転して僕に小太刀を構えた。

 

「やっぱり入らないか」

「何年君の“友達”やってると思ってるんだい」

「ははっ、それもそうか」

 

 こちらも足を戻して短槍を両手で握り、あちらからの攻撃に備えて意識を収束させる。

 

「…久しぶりだね、君が短槍を使うの」

「使ったのは最初に会った時だけだよね。他は全部別のでやってたっけ」

 

 実は、“今日で決着をつける”ために、今まで短槍を使うのを控えていたのだ。相手がラーニングするのであれば、使わなければデータが集まらない。それに、小太刀のようなクロスレンジ武器には、その範囲外から一方的に叩ける短槍は接近戦ではかなり有利。殺せるならばこれしかないと思い、対策を練りながら、短槍を扱う技術を極めていたのだ。練習台は雄也が担当してくれた。彼には本当に感謝している。

 

「蘭、僕の技術をちゃっかり盗んでるでしょ?だから、今日まで隠しておいたのさ」

「まぁ、昔から覚えるのは得意でね。対応力が武器でもある。だけどさ、それは修司だって一緒でしょ?私の攻撃手段を完璧に記憶して、次からはもっと正確に対応してくる。どんどん引き出しが吸収されていく感覚がするよ」

 

 僕は、闘う時に、相手の挙動全てを昇華している。つまり、記憶して覚えているのだ。だから、次に同じパターンが来た時は、より良い方法で切り返し、それを皮切りに攻守を変える。長引けば長引くほど不利になるのが、僕だ。

 

「正解。言っておくけど、回避不能だよ?」

「対策が分かってたらとっくにやってる。私の能力も不可避の障害だけどね?」

「もう大体察しはついているよ」

「お、本当?」

 

 大地から生まれたという事実。常に力が増幅するという利点。そして、『地這いの妖怪』という二つ名。

 生まれが動物や自然ではなく、地面。何かをしなくても自動的に妖力が増える継続性。地這いの妖怪という意味は即ち、“地を這わなければいけない”という事。

 これらの要素から考察するに…

 

「────君の能力は、『地脈を吸収する程度の能力』かな?」

 

 蘭から殺気が消え、代わりに驚いたような雰囲気が伝わってくる。

 

「えぇ!?殆ど正解だよ!?」

 

 どうやら正解したらしい。蘭の顔からするに、嘘ではなさそうだ。

 

「殆どって事は、若干の差異はあるのかい?」

「うん。私の本当の能力は、『地を吸い取る程度の能力』。これで力を蓄えていたし、武器も造った」

 

 カンカンと刃を指で弾く。成程、それならば全て合点がいく。確かに厄介で恐ろしい能力だ。地を操作する事も出来るところを見ると、彼女の本当の闘い方は……

 

「まだまだ奥の手があるって事か……」

「見抜いた?」

 

 本当に楽しそうに笑う奴だ。そこに宿るものが無ければ、本当にそこらの少女なのだがな。

 

「そっちの能力は恐らく、修得系の能力じゃない?」

「…当たりだよ」

 

 蘭は本当に侮れない存在だ。これまでの戦闘から、僕の能力を正確に当ててきた。

 

「私の動きを完璧に覚えて完璧に対処する。どんな才能がある輩でも出来る芸当じゃないからね。寧ろ私の能力より分かり易かったと思うよ?」

「やはりそうか」

 

 だが、蘭は僕の能力について少し思い違いをしている。僕の能力は修得ではなく、吸収と進化だ。元となる身体のスペックは自分で鍛えなければならないし、分かっていても出来ない事というのも勿論ある。無敵に見えて、案外簡単な穴があるのだ。

 まぁ、それらは既に能力や努力で補いつつあるのだが…。

 

「そろそろこっちも本気を出そうかなー」

 

 能力云々の話をしている間にも、僕達の攻防は続いていたのだが、蘭が隙を見て後ろにジャンプした。

 それを聞いて、僕は更に注意して彼女を見、サッと周りの状況を確認して奇襲に備えた。

 

 戦局は五分五分。たった数百でよく持っているものだと評価したいところだが、この結果は寧ろ必然と言えるだろう。対妖怪用に散々訓練を積んだのだ。妖怪の数は既に五百程に減っており、こちらの死者数はゼロ。AIが何体もやられているが、こいつらは足止めに使う予定だったので別段気にしない。

 一度に複数の相手と戦っている隊員が殆どだが、相手のそれぞれがそれ程の力を持ち合わせていない。それもこれも、雄也達霊力を使える集団が、大妖怪などの強力な敵を優先的に排除してくれたお蔭だろう。

 皆上手くロケットに気が向かないように注意を向けさせている。作戦の本質を見失っていないようだ。

 

「僕も頑張るか…」

 

 妖力を開放し始めた蘭を見やって、霊力を出しながら脳の出力を上げる。

 『地を吸い取る程度の能力』。これが如何程なものか、しっかりと見定めてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 蘭が左手を前に突き出すと、一瞬地面から殺気を感じた。それを認識する間もなく反射的に後ろに退ると、先程まで自分が立っていた場所から、一本の金属片が物凄い速度で飛び出てきた。あのまま立っていたら、縦に穴が空いていただろう。

 

「まだまだ!」

 

 蘭が叫ぶと、また地面から針のような金属が飛び出てきた。修司は蘭の周りを走って針に刺されるのを防ぎ、打開策を探す。

 

(あれは能力の応用だな。地面の金属を呼び出しているようだが、避ける以外に方法は無いのか…)

 

 そう思いながら地面を注視していると、不意に一瞬だけ、針の追撃が止んだ。それを不思議に思って蘭を見るも、相変わらず手を伸ばしてこちらを観察しているだけで、特にハプニングがあったわけではなさそうだ。

 

(なんだ……!)

 

 分かった。考えれば簡単な事だった。

 

 修司また地面からの針に対してギリギリで躱し続けながら、彼女が“それ”をする瞬間を待った。躱す方向も注意しながら、更に地面に落ちる金属片を調節する。

 ある程度彼女からの攻撃が続いたところで、また一瞬の隙が生まれた。

 

(────今だっ!!)

 

 修司地面に落ちている金属片の『点』に素早く短槍を振るい、今まで放たれていた金属片を全て粉々に砕いた。

 

「うわっ」

 

蘭に驚く暇を与えず、何も考えずに彼女に短槍を一突きした。彼女は地面から何かを出さずに、横飛びでそれを躱そうとしたが、突きから横薙ぎに変更し、蘭の胴を斬りつけた。

 

「ぐぁっ…!」

「破ぁ!」

 

 焼き付くような痛みに苦悶の表情を浮かべる。だが修司はそれだけでなく、一気に肉薄して掌底を放った。

 しかし修司が突き出した手の平は、突如として盛り上がって壁となった地面に阻まれ、土壁を破壊するのみとなった。

 その隙に蘭はバックステップで距離をとり、能力で傷を治した。

 

 蘭の能力は、地面の中の鉱石や地面そのものをある程度操ることが出来る。それを応用して、修司の真下からこの地下にあった金属を適当に固めて射出したのだが、これにはちょっと弱点がある。

 蘭が地下の物を操るには、“範囲”があるのだ。もし蘭の能力に限界が無いのであれば、山から遠距離で都市に地盤沈下でも何でも起こせばいい。

 それをしないという事は、少なくとも都市内部に入らなければいけないほど狭い範囲しか能力を使えないという事だ。きっと、精度を落とせばもっと範囲は広げられるのだろうが、戦闘向きではないだろう。

 だが半径が狭い分、深度は深い筈だ。一度にこれだけの金属を呼び寄せることが出来たのだ。相当深いに違いない。

 

 簡単に言えば、蘭は、出せるだけの金属で攻撃した後、地面に落ちた金属を地面に溶かして回収していたのだ。だから、砕いてしまえば再生成するのに少し時間がかかるだろうし、操作に意識を集中するから、反撃が容易くなる。

 

 これだけの事に気付くのに約二十秒。脳の出力を上げておいてよかった。

 だが、少し頭痛が酷くなってきた。金属片を一気に数百個破壊するために『点』を沢山視たのがいけなかったな。

 

「はああぁぁぁ!!」

 

 一度動揺を見せた。そのミスをすかさず攻めるために、修司は蘭に向かって踏み込み続けた。小太刀を持っているというのに怖じない接近戦を仕掛け、休む間もなく初動の差で圧倒した。

 ひたすら地面を盛り上げて壁を造り続けて後退する蘭。壁を掌底で破壊しながら体勢を整えさせず、常に冷静さを欠かすように蘭の小太刀を狙う修司。

 今まで互角だったのが嘘のように形勢が逆転し、修司の穂先が敵の得物を弾いて命を真っ直ぐ穿たんと光を描く。

 

 霊力を短槍に這わせ、相手の妖力を切り裂くように腕を振るっていく。ついに蘭の身体に穂が届き始めた。肉を裂き、その度に蘭が能力で塞いでいく。無手や小太刀の場合の戦闘能力は計り知れないが、精神が不安定な場面での能力の制御はお粗末なようだ。

 

「能力戦では僕の方に利があるようだね」

 

 言葉まで漏らす余裕がある。さっきまで嬉嬉として戦闘を楽しんでいた蘭はもうそこにはおらず、あるのはただ、狩られる側になった者の恐怖だけだった。

 

 傷の治療に専念し過ぎて壁が一瞬無くなった。その瞬間に蘭の小太刀を彼女の手の中から弾き飛ばし、誰にも見えない速さで短槍を回転させて、石突きで左腕を突き飛ばした。

 

「終わりだあぁぁ!!」

 

 短槍を手の中で滑らせて、穂先を前に出し、蘭の無防備な腹にその刃を突き刺そうと更に一歩踏み込む。

 短槍が彼女に迫り、皮膚と切っ先が触れ合う────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと油断したんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 これで決まる。そう思った瞬間、斜め下から金属の槍が飛び出してきて、突き出した修司の右腕の上腕を大きく貫いた。見た目18歳の腕にはあまりに大きいその槍は、腕をちぎってしまうのではないかと思ってしまう程に太く、それに比例するように痛みが彼を襲った。

 

 

「っぐああああああああああ!!!」

 

 

 突然の痛みに修司はなす術なく叫び声を上げ、短槍を取り落とす。蘭はその間に体勢を立て直し、出現させた槍を地面に戻してから、拳を振りかぶって思いっきり修司の腹を殴った。

 

「っ────!!」

 

 馬鹿みたいな衝撃に肺の空気が全て吐き出され、まるでサッカーボールのように地面を転がる。

 周りの怒号が全く聴こえなくなり、聴こえるのは頭を劈くような耳鳴りのみ。喉の奥から迫り上がるように鉄味の何かが修司の口から噴き出し、ベチャっという音を立てて地面に華を咲かせる。

 

「珍しく追い込めたからって油断してると、速攻で殺られるよ?」

 

 小太刀を拾い、短槍を何処かに投擲され、ゆっくりと歩きながら蘭は言った。

 

「…ぶふぁっ!…はぁ…はぁ……くそっ…」

 

 もう一度紅い液体をぶちまけて、修司は気合いで両脚を動かした。

 

「お?まだ立つの?もう気絶してもおかしくないのに…」

 

 確かに、腕が皮一枚で繋がっているような状態で、尚且つ内蔵出血が酷いこの状況で、意識を保っている事は不思議でならないだろう。だが残念。こちとら気が狂う程の攻撃に毎日耐えてたんだ。物理的なものじゃない、ジワジワくるやつをね。

 …って、これは消えた僕の18年の記憶じゃないか。どうりで訳分からないって自分で思ったわけだ。

 

「こっちは……ただの人間じゃないんで…ね…」

 

 歯を食いしばり、脚に力を込めて立ち上がる。たった二撃、されど二撃。武器に霊力を使っていた修司は、大して身体に纏っていなかった。そこに痛烈な部位破壊と妖力が死ぬほど篭ったパンチによる内蔵破壊が加われば、どれだけ阿呆な人間でも、事の重大さが分かるだろう。

 妖力に対して霊力を纏わずに立ち向かうというのは非常に危険だ。それはよく分かっている。

 だが僕は、油断してしまった。

 周囲の状況確認、敵の能力の制御、挙動からの心理、立ち回りからの奇襲。思い返せば思い返すほど、どんどん反省点が湧いてくる。しかし、それは後の祭りだ。攻撃を喰らってしまった今では、その後悔は次の行動の妨げにしかならない。

 

「まだ、やるのかい?」

「僕は…背中に色んなものを背負ってるんだ。……ここで隊長が降参して…どう…するんだい…」

 

 肺を使って声を出すのも辛い。言葉に血が混じり、吐き出す唾は真っ赤に染まっていた。口が切れているなんてもんじゃない。消化器官がやられているのだろう。パンチの位置からして…胃かな。骨も逝っている。心臓に刺さってないのがせめてもの救いか。

 

「それには同感だね。訊いた私が馬鹿だったよ。修司はそんな事する奴じゃない」

 

 妖力が増幅していく。

 

「トドメは…キッチリ刺さないとね」

 

 小太刀は仕舞い、拳にそれを集めていく。

 

「まだ……やれる…」

「そうだね、まだやれる。だから私も殺りにいくよ」

 

 遂に、均衡が崩れてしまった。先程まで修司が攻めていたとはいえ、蘭は能力で完璧に回復していた。つまり、ほぼダメージなんてものは無い。それに比べ、修司の回復力は人間にしては異常だが、それでもこんな傷を一瞬で治すほどではない。部位欠損しても数ヶ月で生えるくらいだが、今の傷は明らかにこの戦闘中には治らない。

 

 残っている左手を顔前に出してボクサーのような構えをし、右腕をダランと垂らす。前傾姿勢で、顔は見上げるように睨む。息が上がるというよりは痛みで肩を震わせ、両の奥歯を軋むくらいに噛み締める。

 対する蘭は、脇差を腰に提げ、無手で両手に妖力を纏わせ、これまでにないほどの妖力をその体から迸らせている。

 戦局は今の二人には分からないが、妖怪側が押されているのは分かっている。さっきから人間の苦しむ声が一向に聞こえないのだ。まだ修司の部隊は『不死隊』の名前を護っているらしい。逆に、妖力の断末魔がしきりに聞こえてくる。今ではきっと数的には負けないほどに妖怪が減っているだろう。

 

 

ゴゴゴゴゴ……

「ありゃ、一つ飛んじゃった」

(一つ目という事は、永琳は脱出したのか…)

 

 どれくらい戦っていたのかが分からなかったが、これで大体の検討はついた。恐らく三つ目が飛ぶのは後三十分。それまでここで持ちこたえれば、後は四つ目のロケットに乗って行くだけだ。

 

「ま、まだあと三つあるし、さして問題は無いかな」

 

 乗るだけと言ったが、こいつがいる限り、ロケットに到達する事は困難だろう。隊員達を逃がすのも大変かもしれない。

 

「動け……」

「しぶといね。やっぱり君はそうでなくちゃ」

 

 さぁ、そろそろ終わらせよう。そう蘭は言い、少しずつ近付いてくる。右拳にどんどん妖力が溜まっていき、揺らぐ妖力が目で見えるくらいに密度の濃いものとなった。

 

「これまで楽しかったよ。じゃあね、修司」

 

 蘭は最後に()にお礼を言い、その拳を無慈悲にも振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「油断してるのはどっちだろうね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に響いたその音声が、目の前にいる彼のものだと気付くのに一瞬。視界がチラついて空を向いた理由が、彼からの攻撃によるものであると気付くのに更に一瞬。倒れる瞬間、右腕の感覚が消えている事に気付くのに、更にもう一つ“一瞬”を上乗せする。

 

「………?」

 

 バタンと仰向けに倒れたので、きっと自分は顎にアッパーでも喰らったのだろう。それに、右肩から先の感覚が無い。持っていかれた(切断された)か…。

 

 事実をただ淡々と確認する。そして次に頭に浮かぶ疑問は、“どうやって?”だった。

 

 完璧な認識外からの掌底と刃物による攻撃。この二つを自分が見落とすなんて有り得ない。

 よしんばこれらをただの偶然として、まだもう一つ疑問がある。

 やったのは彼だろうが、あの満身創痍の体勢からそんな攻撃が繰り出せるか?答えは勿論ノーだった。

 

 白黒する視界を何とか元に戻し、蘭は視線を下げて足元にいるであろう人物を見やる。そこに彼は佇んでいたが、先程とは違い、真っ直ぐ毅然と立っている。堂々と両脚を地面につけるその姿は、バックの太陽と相まってとても神々しかった。

 

「君が本気を見せてくれたんだ。こちらも少々博打を打たせてもらったよ」

 

 痛みに耐えて苦悶の表情を貼り付けていたその顔には、最早傷の事を微塵も感じさせない戦士の色が映っていた。

 

「立て。そして、本気の僕と本気で勝負だ。手加減なんてしない」

 

 言われるがままに半身を起こし、踵を返して距離を取り始めた彼を見つめる。

 訳が分からない。一体どうやったらあと絶体絶命の状況を打開出来ると言うのだろうか。

 痛みに耐えながら足を奮い立たせ、生まれたての子鹿のような足取りで後ずさる。

 あれが彼の本気なのか?超回復?対価運動?気合い?それとも…実は人間じゃなかったとか?いやいや、彼から滲み出ているのは間違い無く霊力。あれは人間にしか扱えない力だ。

 

 彼の本気。それを頭の中で反芻しながら、左手で小太刀の柄を握ったところで、蘭は動きが止まった。

 

 彼の本気?という事は、今までの彼は全く本気でなかったという事。今まで私が相手してきた優しい彼は、牙を隠した狼だったという事。ここで決着をつけるという事。────これまで知らなかった修司の全てを知れるという事。

 

「……ふふっ…」

 

 彼に全てをさらけ出して、彼もまた、私に全てを出し切って命を燃やす。闘いとはいつも相手との遊びに過ぎなかったが、今、目の前にいる“白城修司”という人間は違う。彼は確実に私の喉に刃を届かせれる人物であり、私の求めていた存在でもあった。

 

 片腕の状態から、彼の後ろにあるあの建物を飛ばすための時間稼ぎをすると言っている。そのくせして、その不利要素をはねとばすかのように闘志に燃えるあの目つき。全く負ける事や、ここで私に殺される事を考えていない、“勝利を確信”した奴の目。

 そんな彼に、私は今から武器を取って闘うというのか?

 

 

 

 

「────そう来なくちゃねぇ!!!」

 

 

 

 

 小太刀に伸びた手を戻し、能力は使わずに片腕だけで無手の構えをとる。あくまでサシの勝負。ここで臆病風に吹かれていたら大将の名が廃る。妖怪なら妖怪らしく、全力を持って相手にぶつからなければ。

 

 向こうの人間が構えたのを見て、私は最後の闘いに身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 俺は隙を見せた妖怪に容赦無く霊力が篭った大剣を振り下ろし、縦に真っ二つにした。断末魔すら許さない。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 息も絶え絶えに目を走らせて戦局を確認する。

 人間の死体は無い。つまり、これは俺達が圧倒的に有利だという事だ。流石は修司に死ぬほど(実際死にかけた)鍛えられた俺達だ。これは案外楽勝に終わるかもな。

 

「おい、大丈夫か」

「あぁ、済まねぇ」

「心配するな。俺が担いで行ってやる」

 

「え……衛生兵を…」

「わ、分かった、今呼んでくる!」

「大丈夫か!?傷の具合は!」

 

「ちっ……膝を矢を受けてしまってな…」

「こんな時にアホか!膝じゃなくて肘を怪我してるじゃねぇか!」

「大丈夫だ、問題無い」キリッ!

「痩せ我慢するんじゃねぇ!今安全な場所に連れてってやる!」

 

 …これは快勝とはいかなさそうだ。数が少なくなっていったので、こちらの隊員に余裕ができた。まだ元気は奴は残った敵の相手をしてもらい、バックアップに回った隊員達は衛生兵や運搬兵として活動し始めている。

 そろそろ俺も限界だ。運搬兵の役にまわろうか。

 

「後は任せた!俺は退る!」

「任しとけ!ここは俺達が食い止める!!」

 

 腰に提げた鞘に大剣を戻し、邪魔にならないように素早く前線に退く。死ぬとまではいかなくても、膝をついて疲労している仲間を見つけ、背中に手を回して肩を入れる。

 

「うっ……」

「安心しろ。俺がきっちり運んでやる」

 

 あれだけいた妖怪も今は百二百程しかいない。それのせいで士気が下がっているようで、疲弊している隊員でも対処は簡単だった。

 

(そう言えば、修司はどうなった…?)

 

 ふと俺は親友である隊長の事を思い出し、その姿を見つけるために歩きながら顔を左右に振った。

 

(……何処だ────はぁ!?)

 

「いってぇ…」ドサッ

 

 擦れるような声で肩を貸していた隊員がずり落ちる。俺が脱力してしまったから当然だ。こんな光景を見て、呆ける以外に選択肢があるだろうか。

 

「なぁ…」

「なんだよ…。運ぶならもっと優しく────」

「あれ、見てみろよ」

「はぁ…なんだって────ええええぇぇ!?」

 

地面に這い蹲っている隊員に声をかけ、同じものを見るように勧める。顔を上げて目を彷徨わせた隊員は、途切れそうなか細い声で文句を言うが、次の瞬間、リアクション芸人顔負けの絶叫を披露した。そんな声が出るならもっと戦えるだろ。

 

 二人して戦地のど真ん中で、ポカーンとした顔をしているのも無理はない。彼らの敬愛する白城隊長が、右腕をちぎって投げ捨て、口角を上げて左腕だけで構えているのだから。

 その先にいるのは、やはり例の妖怪だった。彼女もまた右腕を失っており、修司に負けないほどの笑みを浮かべて目をギラつかせている。

 

 千切れて肉と骨が剥き出しの腕から血が吹き出て、立つ地面を紅く染めている。しかしそれを止める事はせず、目の前にある敵を視線で刈り取るくらいに見据えている。

 双方ダメージはほぼ同じ。欠損も気概も構えだって全く同じの二人は、周りの事などまるで気にせずに、百年連れ添った友達を見つめていた。

 

「な…なんだよ…あれ…」

 

 最早人間と妖怪の闘いではない。あれは、獣だ。獣同士が生き残る為の命を賭けた戦争だ。

 俺達の先程までの生きたいという気持ちとは格が違う。自然の中で培われたその野生に、俺は冷や汗を流した。

 

「と……兎に角逃げるぞ。あれに巻き込まれたらたまったもんじゃない」

「あ、あぁ。それには賛成だ。早く肩を貸してくれ」

 

 俺達の知らない隊長に体を硬直させながら、ぎこちない動作でその場を後にした。

 

 




 


 この小説を始めたのが数ヶ月前とはいえ、こうして年を跨ぐとなんだか感慨深いです。もっともっと精進せねば。

 序章も後少しです。最早序章じゃなくて、これだけでワンクールいけそうな壮大感ですが、これは、あくまで『序章』ですからね?
 長編にする予定なので、これくらいになるのが普通なんです!(多分)

 それでは、今後ともよろしくお願い致します。


 

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