東方信頼譚   作:サファール

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 今回は、完全に作者にとっての息抜き回です。

 展開は進むのですが、普段よりはシリアス成分少なめです。いつものをブラックコーヒー並の渋さだとすると、これは砂糖二杯分くらいの甘さが追加されています。……え?違いが分からない?作者も分かりませんw


 閑話的な役割を担っている今話ですが、微妙に楽しんでいってください。

 ではどうぞ。

 


9話.化け物の不死隊と奇妙な友人

 壁外訓練も三ヶ月目が終わろうとしている。隊員達は非常に(たくま)しくなった。目から余分な光が消え、淡々と相手を見据える冷えた目つきというのを修得し、兵士らしい“底を見た”雰囲気を纏うようになった。体力と精神面を鍛え上げたことで、“雰囲気と体だけ”は他の部隊の兵士とは比べ物にならないくらいの仕上がりとなった。

 

 第二段階のイジメのせいで隊員達から嫌われるのではないかと内心ビクビクしながら日々を過ごしていたのだが、案外そんな事は無く、寧ろ頑張って僕に一太刀浴びせようと躍起になっていた。きっと兵士に志願した時から、心の奥底で、強くなりたいという渇望が燻っていたのだろう。それには最大限応えなければ、部隊長の名が泣く。

 

 男女分け隔てなく細切れに(メンタルを)切り刻んでやったのだが、僕が創造した薬のお蔭で傷は一つも無い。なのでお嫁に行けないなどの問題は無いのだが、最近、忠誠心があるのか、僕の部隊の女性達が必要以上に僕に接してくるようになった。それも、かなりの尊敬の眼差しで。僕は付き合うとかそんな気は全く無いという事をそれとなく教えてみたのだが、全然効果が無かった。

 

 二日目にあったような妖怪の襲撃が何度かあり、それを見抜けなかった僕が、たまたま妖怪の近くにいて襲われそうになっていた女性の隊員を助けたのが英雄のように見えたのかもしれない。

 

『ふぅ…危なかったね、大丈夫だったかい?』

『あ…はい…だ、大丈夫…です…』

『ごめんね。守るって息巻いていたのに、こんな危険な目に遭わせちゃって。ほら、立てる?』

『わっと…あ、ありがとう…ございます…』

『部下の心配は部隊長として当たり前の事だからね。これくらい当然さ』

『そうですk…きゃあ!?』

『おっと、はは、腰が抜けたのかい?しょうがないな…』

『ふわあぁぁぁ!?』

『見て!隊長がお姫様抱っこで運んでるわ!』

『……ちょっといいかも』

 

 これのせいで、女性陣から絶大な人気を得ることになった。それは他の部隊にも波及しているらしく、用事で防衛軍施設の方に顔を出した時なんかは、それはもう、言葉に表したくないくらいに凄かった。

 あんな事しなきゃ良かったと後悔しても後の祭り。今では秘密のファンクラブまである始末。そこでは僕の事を王子様だの英雄だの好き勝手に呼んでいるらしい。実際に見た事は無い。いや、見たくもない。

 あの時の永琳みたいな事件が今度は沢山の女性相手に起こるなんて想像もしたくない。あれは軽く女性不信に陥るくらいに僕には刺激の強過ぎるものだった。

 

 と言うか、僕みたいなシチュエーションは他にもあるような気がする。それが気になった僕は、雄也にこっそり訊いてみた。

 

『ねぇ、以前にも僕みたいに誰かを助けた人って居ないの?』

『いんや、一人も居ないな。防衛軍全員が臆病で、まず一番に逃げる事を考えるような連中だ。それに…』

『それに?』

『不意打ちでお姫様抱っことかする奴を俺は見たことが無い。自覚なしというのがまたな…。もしやお前、天性の女たらしか?』

『ぶふぅ!?』

『うぉい!?飲んでた水を吐き出すな!』

 

 とまぁ、こんな感じだ。

 

 

 

 

 さてさて、今日もしっかり訓練をしようかな。

 

「隊長!」

「ん?どうしたの?長谷川さん」

「あの、これ、飲み物ですっ!」

「えっ?あ、ありがとう…」

「し、失礼します!」

 

 昼前、みんな最初のトレーニングを普通にこなすくらいまで成長した。痛みの耐性も十分だ。いよいよ次のステップに進む時期かな…。予定よりも大分早くに二段階目までが終了した。次はついに、武器の扱い…即ち戦闘訓練だ。

 

 それはいいのだが…

 

「隊長!タオルです!」

「あぁ、ありがとう」

「家でお菓子作って来ました!食べて下さい!」

「う、うん。訓練が終わったらね…」

「隊長はどうしてそんなにお強いんですか?」

「ぼ、僕はそんなに強くないよ…」

「隊長はすごく優しいですね!前の部隊長とは大違いです!」

「こら、他の部隊長さんを悪く言っちゃいけないよ」

「「「「「は〜い!」」」」」

 

 女性陣は群がり…

 

「おい、最近隊長が妙にモテてねぇか?」

「「「「「同感だ」」」」」

「悔しいけど確かに顔はそれなりだしな…」

「「「「「気に食わん」」」」」

「あの高身長もモテる理由かな…」

「「「「「そう思う」」」」」

「だが、ひょろひょろだぜ?筋肉なら俺達の方があるだろ」

「「「「「全くだ」」」」」

「けど、あの時の隊長は結構かっこよかった…」

「「「「「悔しいがな…」」」」」

「つまるところ……」

「「「「「はぁぁ〜〜」」」」」

 

 男性陣は溜息を漏らす。

 

 なんだこのマンガの中の転校生のような構図。学園モノの定番だが、こんなものが実際に起こるとは思わなかった。こういうのは空想上の出来事ではないのか。

 ともあれ、このまま流れに流されてはいけない。時間は有限寿命は無限。覚える事は数多あれど命は一つなのだ。

 

 ヤイヤイしている隊員達(生徒達)を宥めて、取り敢えず集合させた。いつもは輪になって一人ずつ手合わせという名の耐久訓練をするのだが、今回からは次のステップに進むので、もうそれは無い。

 

「修司、一体何をするんだ?」

 

 雄也が訊いてくる。

 

「今日からは次の段階にいく。みんな、“好きな武器”を取ってみてくれ。いつも使っている武器でも、気になっている武器でも、なんでもいい。兎に角好きな武器を選んでくれ」

 

 この言葉の意味を図りかねた隊員達だったが、取り敢えず言葉通りに受け取って、各々輸送車両から自分の趣向に合う得物を取り出した。いつも使って慣れ親しんだ物、友達が使っていて気になっていた物、単純に形が好きな物、間合いが気に入っている物。

 僕の言う通り、理由は様々あれど、好きな武器を持ってきた隊員達を見渡し、光線銃を持っている人には取り回しのいいクロスレンジ用の武器を渡した。

 

「今君達が持っている武器は、君達の“心が選んだ武器”だ。じゃあ、今から言う人はこっちに来てくれ────」

 

 約100人の内半分程の50人をこちらに呼んで、残り半数はそのままにした。

 

「今名前を呼んだ人達は、選んだ武器が君達の“身体の適性武器”だった人達だ。つまり、君達は“得意な武器も好きな武器も一致”した、ラッキーな人達。そして呼ばれなかった君達は、適性武器がそれじゃなかった人達。この意味、分かるよね?」

 

 半分もいた事に少し驚いた。もっと少ないかと思っていたからだ。

 

 今、彼らに選ばせた武器は、彼らが戦地を共にするなかで、最も頼れる得物────つまり、信頼が置ける武器だ。心で選んだ武器は、彼らが窮地に立たされた時、最も真価を発揮してくれるものだ。

 次に僕が言った、“身体の適性武器”とは、文字通り、その人の才能に合った武器の事を指す。所謂、それを扱う才能がある武器という事だ。

 

 簡単に分かりやすく説明しよう。

 

 まず、僕が名前を呼んだ“ラッキーな人”。

 例えば、ある男がいた。その男は反射神経が並外れており、剣道などの運動に向いていた。そして、その男は剣道に興味があり、やってみたところ、すぐに剣道を好きになった。これが、“心も身体も合ったラッキーな人”だ。

 次に、名前を呼ばれなかった人。

 男は、脚の回転が天性の才能を保持しており、短距離走に向いていた。しかし、男はボクシングが好きで、ボクシングをやりたかった。だけど男は上半身の使い方が壊滅的に悪く、また反射神経も全然駄目だった。これが、“心と身体に相違があるアンラッキーな人”だ。

 

「呼んだ君達はそれぞれ武器の特性について、実際に使って試してみてくれ。呼ばれなかった君達は、もう一度よく考えてくれ。妥協するのか、そのまま押し通るのかを。もし妥協する場合は、その人に合った武器を僕が提供する。一時間あげるからじっくり悩んで」

 

 解散、と僕が言うと、隊員達は色んな所に散って武器を徐にに弄り始めた。試すために他の人の手合わせをする人、色々な部分を触ったり使ってみたりしてる人、眺めて思考に耽る人、他人に意見を求める人、黙って考える人。

 

 人間というのは十人十色千差万別。個人個人に様々な特徴があり、個性があり、欠点がある。特に、兵士に関しては、使用する得物に対してそれが顕著に現れる。槍を使って遠距離で安全に闘いたい人や、剣やナイフを使用して近距離で肉弾戦を仕掛けるのが好きな人、銃を使って近付かれる前に倒したい人。

 

 気持ちで選んだ武器は、戦闘になっても武器を信頼して心に余裕を持って闘える。

 身体の適性を診て選んだ武器は、経験と勘、更に才能も使って効率よく相手と闘える。

 

 理想としてはその両方が合致した武器を使用するのが最善だが、そうは上手くいかないのが人間だ。そういう場合は、どっちかが妥協した、双方で納得が行く武器がいい。

 今選んでいるのは、自分の命を救ってくれる命綱だ。一時間では到底足りないが、それ以上悩んで変に考えてしまうのも逆に悪い。それに、もう一度言うが、時間は有限寿命は無限。僕達に残された時間は後三ヶ月程しかない。ここまで順調に成長してきたが、ここで的確な判断が出来ないようでは、本番(戦場)でも迷う事になるだろう。

 

 

 

 

「────それで、僕の所に来たのはこれだけか…」

 

 好きな武器で自分の運命を切り拓くと言った隊員は約50人中20人くらい。残りの30人程は僕のところに来て、自分に合った武器を教えて欲しいと言ってきた。

 

「どちらを選んでも、それはその人にとって賢明な判断だ。君達の選択をどうこう言うつもりはない。…じゃあ、こっちに来てくれ」

 

 武器を積んである輸送車両に向かう。後ろを隊員達が付いて来て、一列に並ぶ。

 車両からそれぞれの武器を選び、一人一人に渡していく。その厳かな雰囲気は、何かの証書を授与される時のように静かなものだった。

 

 

 

 

 僕の能力で、彼らの殆どを僕は知っている。無許可で彼らの全てを覗いてしまった僕は、最初は罪悪感に苛まれていたが、今になってそれが結果的にいい方向に向かってホッとしている。僕を信頼してくれている彼らを死なせたくない。たとえ僕は彼らを欺いていたとしても、その忠誠心は本物であると思いたいからだ。

 

「まず槍を持っている人から教えるよ!」

 

 鍍金(メッキ)の僕にくれる本物の心に応える為、僕は今日も彼らに手ほどきをする。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 武器の扱いはどんどん上達していった。当たり前だ。こっちはあらゆる武術を昇華している達人なのだから。効率のいい振り方や、戦闘時のイロハ、対集団戦闘と時の立ち回り方や一騎打ちの時の基本。挙げていくだけでも限りがないが、僕が言いたいのは、僕は彼らに戦闘の全てを叩き込んだ、という事だ。僕の知る限りの事を教え、隊員達は努力してそれらを全てマスターした。

 本当に熱心にやってくれた。軟弱者ならば最初の一ヶ月でとっくに音を上げているか、兵士である事を放棄しているだろうに、彼らは一人も欠けずに今日まで訓練をこなしてきた。僕も毎朝トレーニングをしている身としては、この努力の凄さがよく分かる。

 

「えーみんな、今日まで半年、本当によく頑張ってくれた。正直全員辞めちゃうかと思ったよ」

「そうだそうだ!」

「超キツかったんだぞー!」

 

 グラスを片手にマイクを持って壇上で喋る僕に、隊員達から野次が飛ぶ。ここまで仲が良過ぎると上司としての威厳が無くなるのではないかと、他の部隊長から定例会議で言われたが、そんな事は微塵も気にしてない。

 僕の部隊長としての意識は、『自然の忠誠心』だ。権力や実力を用いた恐怖政治ではなく、皆から慕われ、頼られ、尊敬されるような上司を目指している。そういった感情を持たれると、部下というのは自然と上司のあとを付いて行くものだ。

 

「今日で半年経ったわけなんだけど、別に、今日から訓練が無くなるわけじゃない。今日から、始まるんだ。それを理解してくれ」

 

 永琳との契約で、半年の訓練期間を経て護衛の兵士を育成するという条件で、予算を提供してもらった。お蔭で僕の部隊は凄く強くなった。今では、一番弱い隊員でも、他の部隊を全員相手出来るくらいに実力をつけたし、僕なんかにいたっては……言うまでもないだろう。

 雄也だけでなく、他の隊員もチラホラ霊力を使えるようになったり、思わぬ才覚を見出した人もいたりと、個人の個性が開花し、得意分野がはっきりした。

 僕の担当するこの特隊は、今では防衛軍の戦力の約九割を占めており、都市の主戦力として日々訓練に勤しんでいる。僕達の強さに憧れて、他の隊からわざわざ志願して来る人もいるが、その全てがあの地獄の体力トレーニングで朽ち果てている。そして去り際を一言言うのだ。

 

『あんた達、やっぱ化け物だ…』

 

 僕は言われ慣れているので構わないのだが、隊員達は人外だと言われるのに慣れていないので、最初はかなり悩んでいた。だが、そこは経験者である僕が何とかし、同時に僕に対しての人外発言を取り消させた。雄也が土下座で謝っていたのが今でも脳裏に蘇ってくる。

 

『人外なんて言って申し訳無かった!』

 

「これからは、対妖怪の実戦だ。しかも、調査員を連れての防衛任務。これを無傷でこなすのは至難の技だろう。怪我では済まない人も出るかもしれない」

「それを想定して俺達を細切れにしやがったんだろうがよ!怪我なんて全然平気だぜ!」

「違う!怪我をする事に抵抗を無くしてはいけない。怪我は命取りだ。決して、そんな事はしないでくれ」

 

 祝いの席だというのに真剣な話をしてしまい、場の空気が気まずいものになる。だが…

 

「面倒臭い説教は後でも出来るだろ?今はそれよりも、半年努力し続けた事に祝杯を挙げようぜ!」

 

 ここでスパっと換気をしてくれるのが雄也だ。彼の心遣いには本当に頭が下がる。

 彼は、僕の次に強い兵士として防衛軍に君臨している。霊力の扱いも群を抜いて上手く、僕が言ったことを数日でものにしてしまう程の才能の持ち主だ。特に身体強化や、武器に霊力を纏わせるのが上手く、並の妖怪ならば一撃で屠れるだろう。

 

「そうだね。…それじゃあ、みんなコップは持ったかな?」

「当たり前だ!」

「勿論よ!」

「早く飲ませろ!」

「もぉちろんさぁ!」

 

 僕の部隊には変な奴が必ず一人いる。今の返事だって、記憶は無いが、某ファストフード店の妖精の如き「勿論さ!」を披露してきた。必ず集団である時に叫んでいるので、誰が犯人かは判明していない。だが、いつか絶対に暴いてやる。

 そんな決意を胸に秘め、僕はコップを掲げた。

 

「半年の努力と、それに見合った成果を祝して────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三十一棟の大部屋で行った打ち上げは、正直言ってとても楽しかった。記憶を失う前の僕はこんな事をやったことが無いらしく、これまでに感じたことのない快感を味わった。

 正に人生で最高の至福のひととき。仲間というものの偉大さを改めて感じた僕であった。

 

 でも、ちょっと困ったことがあった。勘のいい人なら分かると思うが、あの時に振舞われた料理や飲み物は、食堂の料理長が用意してくれたものだ。流石に無料なのは僕が許さないので、それ相応の値段を払った。料理長はそれを受け取ろうとしなかったが、そこは無理矢理受け取らせた。

 問題はそこではない。僕達はそう、もう歳は成人しているので、お酒を飲めるのだ。飲んで食っての大騒ぎ、これまでの苦労が報われた感覚、それに加え、アルコールが入る。するとどうなるか、もう皆さんはお分かりでしょう。

 

「し、死屍累々……あはは…」

 

 どうしてこうなった………。

 お酒というのはこうまでの人を変えてしまうというのか。因みに、寿命が無くなって成人したとはいえ、僕の心や体はまだ18歳のままでストップしている。なので、お酒は飲まず、ジュースにしておいたので、酔ってはない。だから正気なままでこの惨状を見ているのだが、これを見るくらいならば一層の事僕もお酒を飲んで泥酔すれば良かった。そう後悔する程、目の前の有様は常軌を逸していた。

 

「隊長!大好きですっ!!」

「おわっ!?」

 

 それに加え、僕の周りには酔っぱらって理性が消え去った女性隊員達がいた。幸い、もう殆どは眠っており、残っているのは長谷川さんや妖怪から救ってお姫様抱っこをした人(名前は(たちばな)さん)含め数人しかいなかったが、それでも、これはキツイ。

 いきなり告白して抱きついてくるのだ。抱きつくのは橘さんだけなのでそんなに苦しくはならないのだが、あの時の永琳と同じ状態になっている。そう、当たっているのだ。何がとは言わない。

 

「だ、だから、僕は付き合えないって…」

「いえ!今しか言えないから言ってるんです!それに、これから惚れさせます!絶対に落としてみせます!」

「が、ガンバレ〜」

「はいっ!」

 

 おう、凄い気迫だ。この威圧法を教えたのは僕なのだが、それでも今の彼女には戦慄するものがある。大層な自信だ。

 

 抱きつかれたまんま動かなくなった橘さんを不思議に思った僕は、彼女の顔を覗いてみた。すると、彼女は気持ちよさそうに寝息をたててそこらの死体と同じになっていた。ふと周りを見てみると、片付けをしている料理長と料理人以外はみんな寝ている。それには先程まで周りを取り囲むように居た女性陣も同様で、特隊の中で生きている(起きている)のは僕だけになってしまった。

 

 彼女を見て微笑を浮かべた僕は、彼女が起きないようにそっと地面に寝かせ、料理長達と一緒に片付けをし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事があったのが昨日。今日はあの時のアイツを倒すために森の中に来ている。色々なことろから許可はとってある。理由に「僕くらい強い妖怪がいる」と言ったら、臆病な人達はみんな首を縦に振った。それでも最後まで抵抗したのは永琳だ。

 彼女は権力がツクヨミ様の次にあるので、彼女からの許可が無ければ門の外に出られない。いや、訓練で出られるのだが、森に入るのは許されていないのだ。

 彼女を説得するのには相当苦労した。なにせ、最初の頃にアイツと出会ってから説得し続けていたのだから。隊員達の訓練が終わるまでは倒しに行かないと自分の中で決めていたので、説得に時間をかけてもいいとは思っていたのだが、それでも、宴会の前日までかかるのは予想外だった。

 結果的に、色々な条件を課せられた。それのどれもが僕の身を案じての条件で、本当に心配してくれているんだなというのがヒシヒシと感じられた。

 

 目の前にある山に行くのは一日とかからないので、比較的軽装で登山をしている。それも、歩きではなく走りで。途中で妖怪やら動物やらがいたが、それらを全て無視して山を登る。背中に背負っている短槍が激しく揺れるが、しっかりと背負っているので落ちはしないだろう。

 岩を飛び越え、木々を足場に駆け上がり、枝を掴んで飛び移ったりと、最早化け物ですら凌駕する勢いで頂上に向かい、通り過ぎていく妖怪達を一瞥する。目的はアイツなので、他の妖怪との戦闘はしない。そんなのに無駄な体力は使ってられない。

 

「よっと……ここか?」

 

 永琳のために作る今日の晩ご飯のメニューについて考えていると、目の前に陥没した地形と、その真ん中にある湖が見えた。これは……そうだ。

 

「カルデラ湖…だよな」

 

 こんな近くに都市が繁栄しているという事は、もう既に死火山なのだろうが、それでも近くに火山があったことに驚きを隠せない。木々が生い茂っているので、やはり死んでいるのだろうが、本物の火山というものに少し興奮した。

 地形は知っていたのだが、そこまで考えていなかった。これは、少し拙い事になるかもしれない。

 

(伏兵に取り囲まれるのだけは注意しないと…)

 

 斜面を降りてカルデラ湖に向かいながら、僕は気配の察知範囲を限界まで広げて周囲を警戒した。探ってみると、辺りには動物以外に生き物は無く、さして危険な動物もいないので、平穏そのものだった。

 

(おかしいな、誰も居な…ん?)

 

 妖怪のよの字も見当たらないので不思議に思っていると、湖にアイツがいるのが分かった。わざと妖力を出しているので、範囲に入らずともすぐに察知出来る。

 湖の畔にそっと近付き、森が途切れているところから茂みに隠れて相手を窺う。

 

「そんな事しなくても、何もしないよ。早く出てきなって」

「…バレてたか…」

 

 湖に向いて座っていたので、こちらからは背中しか見えない。なのでもしかしたらと淡い期待を込めていたのだが、やはりそうは問屋が卸さないらしい。

 

 観念して、茂みから陽の当たる湖畔へと姿を現す。

 

「来たね。意外と早かったじゃないか」

「早急に当たった方がいいと思ってね」

 

 妖怪は恐ろしく寿命がある。半年が経っているとしても、妖怪にとってそれは“たった半年”なのだ。僕達も寿命は長いが、そんな風に感じたことは無い。いや、まだ数年しか生きていないので感性が普通なのか。

 

「それじゃあ、やるか、地這いの妖怪さん」

 

 背中の短槍を両手に持った僕は、殺気を出して相手を威嚇する。

 だがアイツは、そんな事気にもしないで釣竿を湖に垂らしている。

 

「いや、まだいいだろう。今はそれよりも────」

 

どこから取り出したのか、もう一本竿を取り出して言う。

 

「釣りしないか?」

「…はいぃ?」

 

素っ頓狂な声を上げてしまった。こんな危険で、人間を害する筈の妖怪が、僕と釣りをしたいだって?冗談にも程があるだろう。それとも、これは僕を嵌めるための策略で、実は後ろをから妖怪が迫っているとか?

 

「君を騙そうとはしてないさ。ただ私は純粋に、君と釣りをしたい、それだけだ」

 

 妖力を抑え、釣竿をカランと放ると、また湖を向いて自分の釣竿に集中し始めた。

 無造作に置かれた竿と地這いの妖怪、そして気配が全くしない後ろの森を順番に見やり、その真意を図った。だが、どうしても行き着く答えは、僕の予想とは真逆の方向の答えであり、それが僕を更に混乱させた。短槍を握る力の行き場を無くし、掴み所の無い相手をただ観察する。しかしいくら頑張っても答えは同じ。

 

「はぁ…」

 

 溜息を一つ。

 僕は持ち主がいなくなった竿を掴み、短槍を背中に戻した。

 そして妖怪の隣に座り、同じように釣り針を水面に投げ入れる。

 

「お、分かってくれたか」

「いや、まだ何も分かってないさ。ただ、こうするしか無いってこと以外はね」

「それでいいのさ。私は君に会いたかった。闘いたいわけじゃない。それが理解出来てればね」

 

 こんなカルデラ湖に魚なんているのか。そんなつまらない事を考えつつ、隣にいる妖怪の容姿を確認する。

 平均的な十代女性の身長、肩下まで伸ばした黒髪、妖力を感じなければ人間としか思えないその可愛い容姿。そのどれをとっても僕の頭の中にいる妖怪の想像図とはかけ離れたものだった。

 

「君は本当に妖怪かい?」

「どうしてそう思うんだ?」

「いや、君の容姿が全く妖怪らしくなくてね…」

「私は正真正銘の妖怪さ。ちょっと性格が他とは違って、容姿もこんな(なり)だけど、足先から頭の天辺まで完全に妖怪だよ」

「異端の妖怪は周囲から迫害されるんじゃない?」

「勿論。私もそのせいでこの湖に篭ってるのさ」

「よくそれでそこまでの力を手に入れれたね」

「これは能力のお蔭さ。言わないけどね」

 

 平凡で非凡な会話を繰り広げながら竿を弄る。やはり、僕の知識によると、火山に魚はいない筈だ。それこそ、誰かがここに放流して養殖していない限りは。

 

「暇を潰すには丁度いいのさ、これは」

 

 僕が問いかける前に、妖怪は竿を揺らしながら笑う。

 

「なぁ、君、名前はなんて言うんだ?いつまでも地這いの妖怪なんて言うのは面倒臭いよ」

「む?そう?私は結構その二つ名気に入ってるんだけどな」

「これ君が自分で考えたのか…」

「そうだよ、かっこいいでしょ?」

「うん…まぁ、そうだね」

「煮え切らない回答どうも〜」

 

 ムスッと頬を膨らませて彼女はそっぽを向く。まだ周囲の気配を探っている僕だが、一向に敵襲の気配はしない。

 

「地這いの妖怪…か。能力と関係があるのかい?」

「さぁどうだろうね〜。…でも、無いわけじゃないよ」

「そうか」

 

 僕の能力を使って彼女の全てを得てもいいのだが、妖怪を取り込むと何が起こるか分からない。なので、能力は使わずに、こいつの手の内を探ってみる。

 

「………ん?妖怪を?」

「どうしたのさ」

「いや、何でもない…」

 

 今な何か忘れているような気がしたが、気のせいだろう。

 

ピクピク…

 

「おっ!来た来た!」

「え!?嘘!?」

 

 そんな感じで時間を費やしていると、突然彼女の竿が振動し始めた。餌をつけているのかいないのかは分からないが、この湖に生き物がいた事に驚きだ。

 

「どっせーい!!」ジャッパーン!

 

彼女が変な掛け声と共に竿を振り上げると、針に引っかかっていたのは……

 

 

 

 

「ギャアァァス!!」

「きゃー!あっち行けー!」ドゴォン!

 

 

 

 

 半魚人のような顔をした不細工な蛙だった。嫌におじさんっぽくて非常に気持ち悪く、それが湖から飛び出してこっちに来たとなれば、思わず殴り飛ばしてしまうのも頷ける。

 蛙が空の彼方の星となって消え、彼女は隣で肩で息をして立っている。災難としか言いようがない。

 

「ねぇ…」

「…どうしたんだい?」

 

だが、僕がかけた言葉はもっと別で…

 

「…叫び声、ちょっと可愛k」

「っ────!!」

 

 僕の方にも拳が飛んできたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

 

 

 

 頭に響く鈍痛と共に、僕は目を覚ました。視界にあるのは、何者もいないと思っていた湖と、転がっている竿が二本。日はまだ落ちていない。と言うことは、気絶してからそれほど時間は経っていないということだ。

 上を確認。緑色の天井がキラキラ光る日光を程よく抑えて、涼しい木陰を形成していた。どうやら、僕は木の幹に背中を預けているようで、背中からゴツゴツとした感触が伝わってきた。

 それで涼しいかと言えば、案外そうでもない。今の時期は夏ではないので、木陰にいるならば全然大丈夫な筈なのだが、なにやら右腕を違和感を感じる。

 

(…ナニコレ)

 

 そこには予想通り、妖怪である筈の彼女が、僕の腕を抱えてすぅすぅ寝息を立てていた。頭を僕の肩に預け、両腕で離さないと言わんばかりに僕の右腕を拘束している。

 彼女が顔面パンチで気絶してしまった僕をここまで運んでくれたのだろうか。そして、そのまま自分も寝てしまったと。

 そうとしか考えられないが、逆にそれが一番考えられない予想だった。

 

 前提として、僕は彼女を殺しに来た。そして、彼女は、僕達人間を喰らう妖怪だ。その時点で、僕達が呑気に釣りをしているのも十分おかしいのだが、今の状況の方がもっとおかしい。気絶しているのならば、そこでもう僕を殺して食べてしまえばいいのだ。なのに、こいつはそれをせずに、あろう事か僕の前で思いっきり寝首を晒している。

 ならば脅しとして辺りに妖怪を配置しているのかと思って気配を探ってみたが、妖怪どころか、動物すらいない。正に、今このカルデラ湖には、“動物”が僕達二人だけしかいないのだ。

 武器は僕の左隣に丁寧に揃えて置いてある。ますます意味が分からない。これでどうぞ殺して下さいという事だろうか。いやいや、そんな酔狂な奴じゃないだろう。

 

「ん…」

「起きたか…」

 

 彼女の思惑を探っていると、彼女が身じろぎをして瞼を開けた。寝起きの顔は正しく人間のそれで、とても妖怪だとは思えないものだった。

 

「あ…おはよう」

「今は昼だけどね」

 

 気の抜ける挨拶と共に、彼女は再び眠りに…

 

「こらっ」

「あいたっ!」

 

 自由な左手で右肩にある彼女の頭をチョップする。コツんという音がして、彼女は両腕を離して頭を押さえた。こうしてると本当にただの女性だ。

 

「何故僕を殺さなかった」

「ん?殺さなかった理由?」

 

 若干涙目になった彼女は軽く僕を睨む。人間でもそんなに痛くないような威力なのに、なんで妖怪の君がそんなに痛そうにしてるのかとても疑問だが、今は殺さなかった理由の方が重要なので、それは口に出さずに心の中に飲み込んでおく。

 

「ん〜だってさ、勿体ないじゃないか」

「勿体ない?」

「そう。私はね、私と張り合えるだけの相手を探していたのさ」

「それが僕?」

 

 地這いの妖怪はニヒヒと笑って頷く。

 

「あの忌々しい壁の外に君が出て来た時、私は確信したよ。こいつが私の求めている奴だってね。だから、手下を送り込んで様子を見てみたのさ」

「それで、僕は合格かな?」

「勿論勿論!文句無しだよ!一応他の強い妖怪にも会ってみたんだけど、みんな私の事を殺すか逃げるかしか考えてなくてね。だから君みたいな人間がいたって事に、私は感謝してるのさ。だから…」

 

 こいつは本当に妖怪という種族から逸脱した存在だ。こんな珍しい思考をしている妖怪は他にいないだろう。

 

 

 

 

「────私と友達になってくれないか?」

 

 

 

 

 恐らく、この場合の友達とは、妖怪でいう友達なのだろう。人間のように生易しい関係ではない筈だ。

 だが、これは妖怪というものを知るチャンスにもなる。妖怪との戦闘も十分に出来るだろう。これは寧ろ、願ってもない申し出だ。

 

「…いいよ」

「本当!?」

「嘘つくメリットは無いだろう?」

「やったやった!友達だー!」

 

 兎並に飛び跳ねている彼女を木陰から眺める。湖が太陽の光を乱反射して、彼女のバックを眩く彩っており、彼女が舞う湖畔の草原は、彼女の感情を表したかのようにサワサワと気持ちよく揺れる。クルクル回り、ピョンピョン飛び跳ね、満面の笑みで僕を見るその姿は、この世の平和の象徴のようだった。今、この場には、黒いものが何一つ存在しなかった。

 

 だが、僕の心はどす黒く、彼女の種族は穢れに満ちている。第三者から見ればそれはとても綺麗で微笑ましい光景だろうが、二人から言わせてみれば、ただの奇妙で不可解な現象だ。

 

「はいっ!」

 

 彼女が手を差し出してきた。

 

「うん」

 

 僕の手はその手を取り、互いに互いを確かめるように握り合った。

 

 




 主人公の部隊の魔改造、半年後の打ち上げ、それと『地這いの妖怪』とのご対面でした。作者でもこういったシリアス少なめのを書けるのか試してみましたが、いかがでしょうか。普通にシリアスだったなんて思わないでください、これが作者の限界ですw

 雄也達の強化については本当にやっちゃった感がいっぱいです。ですが後悔はしてません、というかこれくらいで丁度いいです。
 修司はジゴロではありません(念のため)。仲間からの信頼や忠誠心を得ようとしたらこんな事態になってしまったのです。正直、修司は全く予想していませんでした(羨ましいなんて思ってないんだからね!)。

 『地這いの妖怪』ですが、彼女は今作の重要人物です。これからどうなるのかが非常に楽しみです。…あ、修司が殴られて気絶したのは不可抗力です。普段の彼なら避けます。


P.S.永琳しか原作キャラが登場していないのが辛いw


 それではまた来週に~。

 

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