君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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想い―sparkle―

少し、時間は遡る。

 

化粧室に向かった私は、別に化粧をする訳でも無く、ぼへーっとガラスに映る自分の姿を見つめていた。

 

もう、今日の瀧くんはちょっと反則なんよ……

瀧くんに何度も何度もああ真っ向面から好きと言われて、ときめかない筈が無かった。

 

瀧くんをもっと感じたい。瀧くんにもっと触れたい。そんな思いに取り憑かれて、ついつい恥ずかしい事をやってしまった。うう、まだ付き合って一週間よ。こんなんじゃ、はしたない女って思われちゃうんよ……

 

私は気合いを入れる為、水で冷やした両手で両頬をぱしぱし叩く。

気をしっかり保つのよ、私!!

 

さて、あんまり化粧室に長居するのもそれはそれで瀧くんに変に思われるので、そろそろ戻ろうか。こういう時、正直な話、女である事を面倒くさく感じなくもない。

 

私は化粧室を後にして、瀧くんの待つベンチに向かう。

すると、遠目から瀧くんの隣に誰か座っているのが見えた。

 

え? だれ??

 

私は不審に思って、気付かれない様に物陰に隠れながら二人に近づいた。

二つに纏めた黒髪。質素ながら品の良いその服装。落ち着いたその佇まい。

 

……四葉じゃん。ぜーったい、四葉やんね!?

何なの? 私の瀧くんにあんなにベタベタしちゃって。一体絶対どういうつもりなんよ?

っていうか、そもそも何で四葉がこんな所におるんよ?

 

私は二人の会話を聞くために、更に距離を詰める。途中、四葉が一瞬こちらを見た気がしたが、瀧くんから離れようとしない辺り気の所為だろう。

私はベンチ裏の木陰から二人の様子を伺った。

 

「私、姉のこと嫌いなんです」

 

えっ……どういう事?

 

四葉は更に瀧くんとの距離を詰めて、私の事を非難する。

ただ、私にはそれが本心でないと直ぐに分かった。私は伊達に長年一緒に四葉と過ごしている訳ではない。四葉は、どんな事があっても人の悪口を言う事は無い。何故ならば、四葉は陰口だとかいじめといった類の事が大嫌いだからである。

 

四葉は昔から曲がった事が嫌いだった。だから、気に入らない事があったら真っ向から言ってくる筈だ。それに、そもそも四葉はあの様に怒りを表すタイプでは無い。

一度、四葉と本気で喧嘩した事があったが、その時の四葉はそれはもう不気味な程に満面の笑みを浮かべながら、理詰めでとことんこちらの心をへし折ってきた。ああ……今でも思い出すだけで身震いがするんよ……

 

それは兎も角として、つまり何が言いたいかというと、四葉は明らかに嘘をついている。では、一体絶対どうして瀧くんにそんな嘘を付くのか……考えるまでもない。間違い無く、四葉は瀧くんを試している。どうやって瀧くんの事を知り得たのかは分からないが、四葉は瀧くんが私の彼氏に相応しいかどうかを見定めているのに違いなかった。

 

ああ、もう……昔からあの子はそうなのよう……

そう、四葉は昔からあれこれと考えすぎなのだ。四葉は人一倍観察眼が鋭い。そして、いい意味でも悪い意味でも想像力がたいへん豊かだ。

 

その為、四葉は考えすぎた挙句、その豊かな想像力で思い込み、それが仮定の話であることを忘れて、暴走することが度々あった。

 

そう言えば、かなり昔、私が宮水神社の跡取りとしての重責に多大なストレスを感じていると思い込み(実際問題、それなりにストレスはあったのだが)、突如、

家の事は私が何とかするから、自由にしていいよ!

などと言いながら、何故か私にタックルを決めてきた事があったなぁ。

 

東京へ来てからは、思春期になり多少恥じらいを覚え始めたのか、暴走することは稀になったが、それでも想像力が豊かで思い込みが激しい所は変わっていない。

 

大方、今回の件も私に彼氏がいることを鋭い観察眼で見抜き、その後どう転んでそう解釈したのかは皆目見当もつかないが、恐らく私が彼氏に虐げられている、あるいは騙されている等と思い込んだのだろう。

 

……止めなきゃ!

そんな事調べるまでもない。私は瀧くんを信じている。瀧くんは私を好きと言ってくれる。それだけで十分だ。

 

それに、四葉が今とっている手段は、色々と好ましくない。絶対私を選んでくれると確信しているが、その場合、瀧くんは四葉が私の事を嫌いと認知する訳だから、どうしても瀧くんの四葉に対する心象が悪くなる可能性がある。

 

そして何より、もしこのことが原因で瀧くんに非難される事になっても、四葉自身がそれを甘んじて受け入れるだろう。四葉はそれだけの覚悟を持ってこれだけのことをやっている、そんな確信があった。私とずっと共に生きてきた妹は、宮水四葉という妹はそういう人なのだ。

 

だから、妹の為にも、こんな無駄なことは止めなくてはならない。そう思って木陰から飛び出そうとしたその時、

 

「……四葉ちゃん」

 

瀧くんはべったりとくっついていた四葉をそっと優しく引き離した。

その声には、普段私に投げかけてくれる様な優しい温かさがにじみ出ていた。その声に、思わず飛び出そうとしていた動作が止まる。

 

「あのさ、俺は三葉の事も君の事もまだあまりよく知らない。いや、ひょっとしたら何も知らないのかもしれない。まだ、知り合って間もない俺が、こんな事を言う資格なんてないかもしれない。だけど、一つだけ言わせてほしい」

 

そう言って、瀧くんは、瀧くんの知る私についてゆっくりと語る。

私が知ってる私の姿。私も気づいていない私の姿。そして、四葉の成長を喜び、四葉を愛する私の姿……

 

ああ、不要な心配だった。瀧くんが、私の想いを知ってなお、四葉の事を嫌う筈が無い。私の知る瀧くんは……私が愛した瀧くんは、そういう人なのだ。

 

「あなたは、姉の事を本気で愛しているんですね……」

 

顔を伏せた四葉がここから聞くのがやっとという位の消え入りそうなか細い声でそう尋ねる。ここからでは表情は見えないが、四葉は大いに反省しているに違いなかった。

 

瀧くんはそんな四葉を心配しながら、その問いに答えようと口を開こうとする。

 

……いけない。その先は聞いちゃいけない。じゃないと……私、もう……この想いに歯止めが利かなくなっちゃう……

 

「俺は、三葉を愛してる。何時、何処で、どんな時でも、俺のこの気持ちは一生変わらないと思う―――」

 

ああ、駄目だ。今まで私を私たらしめていた何もかもが、打ち崩されていく。理性だとか常識だとか羞恥心なんて言うリミッターが、まるで彗星が落ちたかの様に全て粉々にされてしまった。もう、私の想いは止められない。

 

瀧くんが欲しい。瀧くんの全てを知りたい。瀧くんの腕の中で永遠に抱かれていたい。

 

時が来たら、瀧くんに身も心も全部捧げよう……私はその時、そう決意したのだった……

 

―――

 

「しっかし、三葉のやつ妙に遅いなぁ」

 

……しまった。完全に出て行くタイミングを逃してしまった……

というか、四葉の奴、いつ迄いる気なのよぉ!!

 

あれから既に五分以上経過したが、四葉は瀧くんと楽しそうにお喋りを続けるばかりで一向に立ち去ろうとしない。

四葉としても、きっと私と顔を合わせづらいだろうから、四葉が帰るまで待ってあげようと言う私なりの気遣いだったのだが、そんな私の思いとは裏腹に、四葉は瀧くんとのお喋りを満喫していた。

 

四葉のあほぅ!! もし、私の瀧くんに手出ししたら、ただじゃおかんのよ?

私は隠れながら四葉を睨んでいたのだが、ふと四葉がその視線をこちらに向ける。

 

「だそうですよー。おねーちゃん?」

 

えぇ?? 何で? 何で分かったんよ?

私は諦めて木陰から姿を出した。

 

「な、な、なんでばれたん?」

 

「そりゃあ気づきますよぉ〜。私たち、仲良し姉妹ですもん」

 

ひ、ひょっとして、初めに目線が合った気がしたのは気の所為なんかじゃ無かったの?

 

「い、いつから?」

 

問題はここだ。初めから私がいる事を知っていたなら、瀧くんのあの言葉を私が聞いてしまったという事がばれている。それは、瀧くんからするととても気恥ずかしい事だろうし、私としても非常に気不味い。

 

どうかお願い。さっき気づいたって言って!!

しかし、そんな思いとは裏腹に、四葉は勝ち誇った様な笑みを浮かべる。

 

「そりゃあもう、初めから」

 

ああ、我が妹ながら、この娘が恐ろしい……

 

「初めって、いつ頃?」

 

瀧くんは焦った様に聞いてくる。そりゃあ、私の為に私に聞かれたくない事、いっぱい言ってくれたもんね。そんな瀧くんに恥はかかせられない。

 

「んー、ついさっきだけどね、四葉が瀧くんの横にいるのが見えたから焦って隠れとったんよ」

 

私は四葉に無言の視線を送る。

私の言うことに合わせるんよ。じゃないと絶対許さんよ!

 

「そうそう、つい一分程前に戻ってきたと思ったら、私の姿を見るなり隠れるんです。全く、可愛らしいお姉ちゃんです」

 

四葉は私の意図を読み取ってさらりと口裏を合わせてくる。その辺りは流石と言わざるを得ない。とは言え、幾らフォローがよかろうと、この事態を引き起こした張本人は四葉である。ちょっとファインプレーしたところで、免罪符にはならない。

 

「ちょっと四葉! なんであんたがこんなとこいるんよ。いくら四葉でも、今回ばかりはゆるさんのよ!!」

 

「そんな焦らなくても、大丈夫だって。お姉ちゃんと瀧さんの間に割って入るスペースなんて全くないし。朝から見ているこっちが恥ずかしかったもん」

 

「そう言う問題じゃないんよ! 四葉、ちょっとこっち()ない!」

 

「はーい……」

 

四葉は渋々という様子で瀧くんから離れ、私の方に寄ってくる。

なるべく平然とした顔をしようと努めているのだろうが、何時もより若干表情が固い。怒られる事を覚悟しているのだろう。

 

「四葉……」

 

「え……」

 

私はそんな四葉を優しく抱き締めた。四葉からどうしてと言わんばかりに声が溢れる。

私は四葉の髪を撫でながら、なるべく瀧くんに聞こえないように小さな声で囁く。

 

「本当、あんたってあほやなぁ。もっと私の事信用しない。そりゃあ、たまにはぼんやりしてるかも知れんけど、基本的にしっかりしてるでしょーに。昔から、ちょっと極端な思考しすぎなんよ、あんたは。まあでも、私の事心配してくれて、こんなことやったんでしょ。四葉、ありがと」

 

「……お姉ちゃん」

 

「まあ、でもその件は許すけど、瀧くんにべたべたした件は絶対許さんのよ」

 

私は四葉を抱いていた手をそのまま頭に持っていって、両手でぐりぐりする。

 

「いた、ちょ、お姉ちゃん、痛いって。ごめんなさい~」

 

四葉はそう言いながら笑っていた。瀧くんもそんな姿を見て笑っていた。そして、それに釣られて思わず私も笑ってしまった。

 

そう、たったそれだけ。たったそれだけのちっぽけな幸せを、私はずっと恋い焦がれてきた。この八年間、何をやっても満たされなかった私の心が、たったこれだけのことで満たされていく。

 

今朝見た夢の内容はもう覚えていない。

悲しい夢だった気もするし、楽しい夢だった気もする。ただ、その夢は、私にとってとても大切な夢。夜空に瞬く彗星の輝きと共に、八年もの間、私をずっと縛り続けてきたまどろみの記憶。

 

ふと、瀧くんと目が合う。

瀧くんは私に、どうかした、と笑いかける。

私は、ううん、何でもないよ、と微笑み返す。

 

何となく、本当に何となく、もう二度とあの夢は見ないのだろうな、と私は思う。

それはただの直感で、けれども、それは確信だった。

気が付く度にやっていた右手を見る癖も、いつの間にかもうやらなくなっていた。

 

ほら、行くよ

 

瀧くんが差し出した手を、私はぎゅっと握る。

私の心にあった空白の一ページに、また、少しずつ、新しい物語が書き込まれていく。

 

この世界は時に不条理だ。宮水神社の跡取りとして生まれたことは正直いやでいやで仕方なかったし、糸守に彗星が落ちるなんていう理不尽には怒りを感じなくもない。正直、瀧くんに二十五歳といういい年になるまで出会わせてくれなかったことも不合理だと思う。

 

だけど、あの時見た彗星は、夢の景色の様に美しかった。今では厄災の象徴となってしまったけれども、その輝きは私の心を確かに満たした。

 

この世界には希望が溢れている。楽しいことに満ちている。生きてさえいれば、想いはいずれ叶う。この世界はきっと、あの時見た彗星の様な輝きに満ちている。

 

だから私は決意する。

 

 

そんな世界を二人で、一生、いや何章でも生き抜いていこう……と。

 

 




今回もご覧いただきまして、誠に有難うございます。
ここ最近、非常に多くの方にご覧いただいたようで、本当に感謝するばかりです。
一人でも多くの方が満足できる様、全力で頑張りたいと思っております。

さて、そんな中、再びお詫び訂正がございます。
四葉の現在の年齢に関してです。
私は、映画終盤に映る女子高生姿を見て、瀧と三葉が再開した時期には、四葉は高校生だと思っておりました。
しかし、彗星落下8年目の四葉の年齢は9+8=17
彗星落下時四葉は4年生なので、9か10才でなくてはいけないので、四葉は彗星落下後に誕生日を迎えることになります。
ということは、彗星落下8年目の四葉は高校3年です。
つまり、瀧が社会人1年目の春には年度が変わっていますので、四葉は既に大学生となっていなくてはならないというわけです……
こんなイージーなミスをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
これまで投稿いたしました内容も、"四葉は大年生"という設定に沿った内容に修正いたしました。
幸いにも、高校生と明言している文は少なかったので、特に物語に大きな支障は御座いません。
原作の雰囲気を壊さぬように努めてはいたのですが、設定ミスという大きなポカをやらかしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

既にお読みいただいた方は、申し訳ありませんが脳内補完していただけると幸いです。

次回もこの話の続きとなります。また、この日の四葉の行動や心情にスポットを当てた番外編も近いうちに書きたいと思っております。

何分失敗が多い私ですが、是非今後もご覧くださると非常にうれしいです。
それでは、また次回。



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