君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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四葉ちゃん

お話しをしよう。俺は今、ここにいる謎の女子Xにそう話しかけられている。

化粧っ気が薄いのと、髪の色から察するに、現役高校生、もしくは高校を卒業して間もないといった位の年齢だろう。

 

長めの黒髪を青と赤のシンプルな髪留めで二箇所にまとめている。白と紺のボーダーティーシャツの上から黒のカーディガンを羽織り、シンプルなジーンズを履いている。

 

多少、あどけなさは残るが、非常に整った顔立ちをしており、その物腰は柔らかで、非常に落ち着いて見えた。俺は年甲斐もなく、最近の女子は大人びて見えるなぁ、なんて思っていると、

 

「ねえ、いいでしょ? 私、お兄さんに興味があるんです」

 

彼女は流れる様に俺の横に座って、身体を俺の方に傾けながら俺を見上げる。どうやら、この娘は自分がどうやったら男の心を揺さぶれるのか、正確に熟知しているらしい。

 

ああ、成る程。これは噂に聞くあれだ。道端で急に綺麗な女性に話しかけられ、乗せられるまま乗せられて、最後に怖いお兄さんが出てくるというあれだ。

 

しかし、今時はこんな若い娘がそんな事やるんだなぁ。

東京の街は千差万別、様々な人間がいるとは聞いていたが、実際に自分が美人局のターゲットになるなんて、まるで思ってなかったぜ。

こういう時は、相手のペースに乗ったら負けだ。

そういう訳で、俺は丁重にお断りする事にする。

 

「いや、自分、そういう事、興味ないんで大丈夫です」

 

すると、彼女はぽかーんとした表情を浮かべる。よもや断わられるとは思っていなかったかの様な表情だ。

 

ふぅ。実際問題、三葉と付き合っていなかったら、危なかったかも知れない。それ程までに、彼女は可愛らしかった。どことなく、雰囲気が三葉に似てるし……

 

「……あの、何勘違いしてるんですか? 警察呼びますよ、この変態」

 

……訂正しよう。やはり、こいつは何処にでもいる生意気な女の子だ。一瞬でも三葉と似てるとか思ってしまった過去の俺をぶん殴ってやりたい。

 

しかし、仮にも俺はもう大人だ。昔の俺ならまだしも、今の俺はこの様な子供に顔を真っ赤にして憤る程、大人気ない真似はしない。ここは、ひたすらに紳士の対応をしようじゃないか。

 

「おーけい、それは失礼した。それじゃあ、君は俺なんかに一体何の話があるんだ?」

 

「それじゃあ、戻ってくる前に早めに済ませましょうか。お兄さん、私の姉と付き合ってるんですか?」

 

「ああ、そうだよ……って、姉ぇ!?」

 

思わず声が裏返ってしまう。今この娘は確かに私の姉と言った。つまり、この娘が三葉のメールに頻繁に登場する妹の四葉ちゃんか。成る程、俺が三葉に似ていると思ったのも当然か。そう意識して見ると、目付きや鼻だち、顔の輪郭など、細かな差異はあれど、瓜二つだ。

 

姉妹が二人ともこうも綺麗に育つ辺り、遺伝というやつは馬鹿にならないのだなぁ、などとついどうでもいい事を考えてしまう。

 

「そこまで驚く事ですか。お付き合いしているなら、私の事ぐらいご存じかと思ったのですけど」

 

「まあ、話には聞いてたよ。仲良さそうな姉妹じゃないか」

 

「仲が良い……ですか……」

 

彼女は少し言い淀む。おや? 三葉の話を聞く限りでは姉妹仲は良好だと思っていたのだが、違ったのだろうか?

俺は、四葉の様子を伺っていると、彼女は何かを決心した様子で口を開いた。

 

「私、姉の事嫌いなんです」

 

「え……?」

 

「いつも外面ばかり気にして、へらへらしてて、そのくせストレスばかり抱え込んで一人で悩んでる。情けなくて、本当に見ていてイライラするんです。その癖、最近楽しそうに笑うんです。それが許せない」

 

彼女は溜め込んでいたものを吐き出すように捲し立てる。

 

「ねえ、お兄さん。お兄さんは、本当に姉の事が好きなんですか? もし、人肌が恋しくて付き合ってるだけなら、私が代わりになってあげます。だから、姉なんかやめて私と付き合いましょ。あんな朴念仁の姉なんかより、私ならもっといい事してあげられますよ。お兄さん、ちょっぴり私のタイプだし」

 

四葉はそっと俺の左手に両手を重ね、上目づかいでこっちを見やる。

顔には笑顔を浮かべていたが、目にはふつふつとした怒りが湧きあがっていた。

 

「……それで、四葉ちゃんは満足なの?」

 

「ええ、姉がショックを受ける姿が見れるのなら。どうせ、あんな姉です。お兄さんも、若い人の方がいいでしょ? ほら、私の体、お兄さんなら好きにしていいんですよ?」

 

四葉は俺の左腕を取って、胸を押しつける様にして腕を絡める。

 

「ほら、どうですか、お兄さん。私、こう見えてかなりモテるんですよ。それに、私って、好きな人にはとことん尽くしちゃうタイプなんです。ねぇ、年を取った姉なんかより、若い私の方が良い、そう思いません?」

 

四葉は俺の耳元で息を吹きかけるように呟きかける。それは、まるで悪魔の囁きのようだった。

 

「……四葉ちゃん」

 

俺は、そんな彼女をなるべく優しく引き離す。彼女は、驚いたようにこっちを見てくる。何故引き離されたのか分からない、そんな表情をしていた。

 

「あのさ、俺は三葉の事も君の事もまだあまりよく知らない。いや、ひょっとしたら何も知らないのかもしれない。まだ、知り合って間もない俺が、こんな事を言う資格なんてないかもしれない。だけど、一つだけ言わせてほしい」

 

俺は、慎重に言葉を選ぶ。きっと、彼女は彼女なりに色々な思いが募って、こんな行動に出ているのだろう。そんな彼女の気持ちを、俺は汲み取らなければならない。彼女のためにも、俺のためにも、そして三葉のためにも。

 

「俺は、四葉ちゃんが言うような三葉を知らない。俺なんかより、ずっと長く一緒に暮らしているのだから、実際、そんな一面もあるんだろう。だけど、俺にしか知らない三葉もいる。俺の知ってる彼女は、いつも一生懸命で、どんなことにも真面目で、だけど気が抜けると少しだらしなくて、でもそんな時に見せる笑顔が可愛いくて、ちょっと涙もろくて、嬉しくても悲しくても泣いてしまう。そして、君の事をいつも思っている。君の成長を喜び、君の事をいつも心配していて、君の事を深く愛している。そんな三葉を、俺は知っている。君の知らない姉の姿を、俺は知っている」

 

実際、言葉で聞いた事はない。でも、この数日交わしたメールの中で、何度も四葉の話題があがった。その殆どが、四葉の成長を喜ぶ内容だった。偶には四葉に対する愚痴の話もあった。しかし、そのいづれの文面も、四葉を思う気持ちに溢れていた。

 

宮水三葉は、宮水四葉を愛している。これだけは、確信を持ってそう言える。

 

「確かに、長く暮らしたら、鬱陶しく思う時期もあるだろうさ。そん時は、愚痴くらいなら俺が聞いてやるよ。仲良くしろなんて言わない。だけど、三葉が君を大切に思ってる、それくらいは知っておいてあげてくれ」

 

「あなたは、姉の事を本気で愛してるんですね……」

 

四葉は顔を伏せてしまっているので表情からは何も読み取れない。しかし、きっとこの気持ちは通じたと信じている。

 

「俺は、三葉を愛してる。何時、何処で、どんな時でも、俺のこの気持ちは一生変わらないと思う。だから、世界中のどんな美女が寄ってたかっても、俺は三葉を選ぶ。まあ、四葉ちゃんの提案はすごく魅力的だったけど、四葉ちゃんは俺になんか勿体ない美人さんだから、俺なんかよりよっぽど相応しい男がいるはずさ」

 

四葉は黙り込む。この年代は特に多感な時期だ。彼女にも色々と思う所がある筈だ。別に、今直ぐじゃ無くていい、長い時間をかけて、ゆっくりと心を解きほぐしてあげればいい。俺は、そう思って彼女をじっと見つめていたのだが……

 

ぐすん

 

あれ? ひょっとして泣いてる?

いい大人の男が若い女の子を泣かす構図は非常にまずい……

なんか色々と犯罪臭がする。そんな風に狼狽していると、

 

「うわーん。ごめんなさい、ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 

彼女は、何故か謝罪をしながら泣き崩れたのだった。

 

―――

 

「それで、姉を心配してそんな嘘をついたのか……」

 

「はい……もし、お姉ちゃんの事を大事に思ってない様な人なら、私の提案に飛びついてくるかなと思って……

だけど、お兄さんは私の思っていた以上に姉を愛していて……あんなに酷いことを言う私なんかにも優しくって……

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました」

 

これには、思わず苦笑いが溢れる。て事はさっきの全部演技かよ……

女はみんな女優なんて言うけれど、本当に全く見破れ無かった。目とか本気で据わってたし……

この娘は将来、大物になりそうだ……

 

「いや、でもさっきのが嘘で本気で安心したよ。ええー、君ら姉妹の関係ってそんなにドロドロしてるのかよ、って凄い焦ってたんだぜ、俺」

 

「本当にごめんなさい。ただ、お姉ちゃんに幸せになって欲しくて、お兄さんの事を見極めたかっただけなんです」

 

彼女はさっきからずっとしゅんとしている。本気で反省しているのだろう。とは言え、いい加減立ち直ってくれないと、そろそろ周りの目が痛くなってくる。

 

「いや、いいんだ。四葉ちゃんが本気で三葉の事を考えてくれてるって分かって、俺も嬉しかったよ。それに、四葉ちゃんみたいな美人さんに本気で迫られるって役得もあったしね」

 

「あっ、そう言えば私……演技とは言え、あんな大胆な事を……」

 

四葉はそれに気づいていなかったのか、今思い出したかの様に両手で顔を覆って恥ずかしがる。それはもう、耳の先まで真っ赤になっていた。俺としては、励ますつもりで言ったのだが、どうも逆効果だった様だ。ああ、このロリコンめとでも言いたげな周囲の視線が心に染みる……

 

「それにしても、お二人は本当に仲が良いんですね。私、お姉ちゃんが羨ましいです。お二人はいつ頃付き合い始めたんですか?」

 

「ん? 一週間だよ。三葉から聞いてたんじゃないのか?」

 

「え!? 一週間なんですか?」

 

四葉は信じられないとでもいうかの様に驚きの声を上げる。まあ、確かに一週間前に付き合い始めたにしては、酷く小っ恥ずかしい事を言ってたな、俺……

 

「てっきり、もう付き合って大分経つのかと思ってました。朝から、それはもう見ているこっちが恥ずかしくなる程仲良さ気にされてましたし」

 

「そうだよなぁ、俺達まだ付き合って間もないんだよなぁ。時々、自分でも信じられなくなるよ。……って、あれ? 今朝からって言った?」

 

四葉はしまったとでも言うかの様に口を抑える。冷静になってみると、四葉は俺の事を知らなかった筈だ。それに、この場所に偶然居合わせるなんて虫のいい話ある筈がない。しかも、丁度三葉のいないタイミングで。という事は、ひょっとして……

 

「四葉ちゃん、俺達の事つけてた?」

 

「えぇ」

 

「……いつから?」

 

「それは勿論最初から」

 

四葉ちゃんは、満面の笑顔を浮かべながら、特に悪びれる様子も無く、まるで語尾に音符でもつきそうな調子であっけらかんとそう告げる。

 

「色々と遠目から楽しまさせて頂きましたよ。あんな姉、中々見た事無かったので、新鮮でした」

 

……なんか、三葉がこの娘に俺の話をしなかった理由がわかる気がした。

 

「しかし、まさか一週間とは思って無かったです。それはそれはもう、見ていてお腹が一杯になる程度には仲睦まじく、長年連れ添った夫婦の様でした。となると、お二人は長い交際期間を経て恋仲になったパターンですか? ちなみにお二人が初めて会ったのはいつなんです?」

 

四葉は興味津々といった様子で、身を乗り出して聞いてくる。それはもう、二つに纏めた髪を飼い主にじゃれ付く子犬の如くぶんぶん振り回し兼ねない様子で……

 

うーむ、どうしたものか……。別に隠しておくつもりもないのだが、何故だろう、この娘に真実を話すと後が怖い。そんな訳で俺は答えを出し渋っていたのだが、

 

「早く言ってくれないと、もう一度泣きますよ?」

 

「一週間前です」

 

……なにこれ。この娘超怖いんですけど……

 

「えっ、本当に……。やっぱりお姉ちゃんも、宮水の血筋ね……」

 

どんなリアクションをされるかヒヤヒヤものだったが、意外にも彼女は妙に納得した様にそう呟く。

 

「宮水の血筋?」

 

「ええ、私達、代々巫女の家系なんです。あ、バイトとしてやる巫女とかでは無いですよ? ちゃんと由緒のある地元の宮司の家系です。そして、私たちの家系の巫女は、不思議な出会いをされているそうなんです。なんでも、私達の母も父と初めて会った時に結婚する事を確信したそうですし、お婆ちゃんもその祖先も、みな運命的な出会いだったって聞いています。宮水の巫女には、そういう能力があるんですかねぇ?」

 

運命的……か。俺と三葉の出会いは、それはもう運命的と言っても過言ではないだろう。相変わらず、記憶も覚えもなくて、どうして三葉にこうも惹かれるのかは定かではない。けれども、俺たちは記憶だとか思い出だとかそんなところではなく、もっと深い所で強く強く“ムスビ”ついている。そういう風に、俺は思う。

 

それにしても、巫女さんか……俺は巫女服を着た三葉を想像して、思わず顔が綻んでしまう。

 

「あー、お兄さん、やらしい顔してますよぉ〜。お姉ちゃんに言いつけちゃおうかな」

 

「おいおい、勘弁してくれ。そりゃあ、ちょっとは見たいけどさ……

しっかし、三葉の奴、妙に遅いな」

 

もうかれこれ十分は四葉とあれこれお喋りを続けていた。幾ら化粧直しとは言え、少し遅すぎではあるまいか。

 

すると、四葉はその言葉を待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべて、少し大きめに声を上げた。

 

「だそうですよー。おねーちゃん?」

 

その言葉を皮切りに、ベンチ裏手の草木の陰から三葉が焦った様子でひょっこり顔を出した。

 

「な、な、なんでばれたん?」

 

「そりゃあ気づきますよぉ〜。私達、仲良し姉妹ですもん」

 

「い、いつから?」

 

「そりゃあもう、初めから」

 

そう勝ち誇った様に微笑を浮かべる四葉を見て、俺もこの娘には逆らうまいと心に誓ったのだった。

 

 




どうも、水無月さつきです。
いつもご覧いただきありがとうございます。

今回は四葉ちゃん成分満載です。ちまたで噂の四葉ちゃんファンクラブの方々には、私の描く四葉ちゃんはご満悦いただけるのでしょうか……

次回はこの話の続きとなります。
作者遅筆でありますので、ゆっくりとした更新にはなりますが、どうぞ気を長くお待ちくださいませ。
あ、あと、もし良かったら感想なり私のマイページにメッセージを送るなりして気楽に絡んでいただけると嬉しいです。
君の名は。について語り合ってみたいです。

もしよろしければ次回もご覧くださいませ。
それでは。

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