君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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初めてのデートで……
入れ替わりデート


まどろみの中、夢を見る。

遠い遠い昔の記憶。

私は君で、君は私で。

君の温もりを、誰よりも近くで感じていた。

君は私で、私は君で。

私の思いを、ただ一身に受け止めている。

それは、星の瞬きと共に失われた記憶。

夕焼けの様に儚い、過去の記憶。

 

ふと、目が開く。

そこは何の変哲もない、東京にある自宅の自室。

先ほどまで見ていた夢の記憶はまるで霧のように消えてしまった。

後に残るのは喪失感と虚しさだけ。

 

だけど、涙はもう零れなかった。

私の右手には君の温もりが確かに残っている。

あの時聞いた君の鼓動を確かに覚えてる。

私は君の名前を――

確かに覚えている――

 

―――

 

ふと、スマホのアラームが、部屋の隅から隅まで漏れのない様に気合いを入れて鳴り響く。

既に少し前に自然と目が覚めてうとうとしていた私は、反射的にアラームを停止する。

すると、まるで落ち着きを取り戻したかの様に室内に静寂が訪れる。

 

朝。東京の朝。

糸守では、朝になると、鳥の囀りや虫の鳴き声で、部屋が一杯だった。

あの頃は、私の快眠を邪魔するなんて、絶滅すればいいのに、なんて物騒な事を思っていたが、今こうやって東京の朝の静けさの中でぼうっとしていると、糸守の自然がふと思い出され、あの朝の喧騒も少し懐かしく思えた。

 

私は重い体をゆっくり起こし、顔を洗う。

そして、寝惚け眼で鏡を見ながら、いつも通り手早く髪を結う。この鮮やかな橙色の組紐を使って髪を結う様になったのは、一体いつからだっただろうか。

髪を結い終わり、私は昨日小一時間かけて散々悩み抜いて選んだ服に袖を通す。

ネイビーのブラウスにカーキ色のガウチョパンツという、非常にシンプルなコーデだ。

ちょっと地味すぎかな? 男の子ってもっと露出多めの服の方が嬉しいのかな?

鏡に写る自分の姿を見て、やはりどうしても不安になる。

こういう時に四葉を頼れないのは、非常に不便だ。

 

とはいえ、これ以上時間をかけた所で結論が出るわけでもない。

とりあえず食事を取ろうとリビングに足を踏み入れると、そこでは四葉が既に朝ご飯を食べていた。四葉は昔からどういう訳か、私とは違って異常に寝起きが良かった。どんな日でも大抵六時には起床している。

 

「四葉、おはよ。あんた、折角の休日やんに、相変わらず朝早いんね」

「おはよ。お姉ちゃんが休みの日起きるの遅すぎるだけでしょ? あと、方言でてるよ?」

「朝くらい堪忍して〜」

「お姉ちゃん、やる気あんまないよねぇ」

 

などと、心底どうでもいい会話を交わしながら、私も四葉に続いて朝食を取る。その際、四葉の服装が余所行きの格好だったので、ふと気になって聞いてみると、

私も今日遊ぶ事にしたの(・・・)

との事だった。遊ぶ事になった、ではなく、遊ぶ事にした、と言う所に一瞬違和感を覚えたが、それ程大した意味も無いだろうしスルーした。

 

今日の待ち合わせ時刻は午前十時。時計の針は、今七時半を示している。化粧に十分、待ち合わせの場所までがおよそ四十分。最低でも三十分前には到着しておきたいから八時出発でいいか。

……あれ? 時間が合わない。まあ、いいや。

などと、適当すぎる試算を頭の中で終えた私は、ふとテレビのリモコンの電源を入れる。

 

面白そうなのやってないなぁ〜

とチャンネルをぽちぽちしていると、丁度『今日の運勢』をやっている番組があったので、見てみる事にした。

 

げぇ、六位とか微妙ー。

今日は基本的に幸運な日! だけど、普段慣れないことをすると、大失敗するかも。ラッキーカラーはオレンジ色!

だそうだ。

 

デートなんて普段慣れない事の最たる例な気がするが、所詮占い、モーマンタイ!

なんて、無理やりテンションを上げて乗り切った。

 

そして、そうこうしているうちに時間がやって来る。

私は手早く準備を済ませ、四葉に行ってきますと声をかける。

 

「やけに早いね。遠く行くの?」

 

「ううん。この辺りだけど」

 

「六本木とか?」

 

「ううん、新宿あたりかな」

 

やがて、妹は満足したのか、ふうんと相槌を打って、行ってらっしゃいと私を送り出した。

 

玄関を開ける。そこに広がるのは、既に見慣れた東京の街並み。

しかし、今日はその景色が、いやに美しく映った。

 

私は胸を昂らせながら、希望溢れるこの街並みへと、足を踏み入れて行くのだった。

 

―――

 

「ごめん、待った?」

 

「ううん、今来た所、って言いたいけど、ちょっと待ったよ。瀧くんとのデートが楽しみすぎて、早く来ちゃった」

 

三葉はえへへと笑いながら、まるで褒めて褒めてとせがむ子犬の様な瞳でこちらを見る。その姿に、俺は思わずときめいてしまう。

 

今日の三葉は以前見た時よりもあどけなく見えた。

前はスーツをビシッと着こなすビジネスウーマンスタイルで、とても大人びて見えたが、今日の三葉はゆったりとした服装をおしゃれに着こなしており、可愛らしさ満点だった。

 

「その服、とっても似合ってる」

 

「そう? 良かったぁ」

 

三葉は俺のそんなたったの一言に、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。

よし、この間昼飯を犠牲に得た、『女性を満足させる百の方法』の知識が早速役に立った。

 

「瀧くんも、その服似合ってるよ?」

 

そうやって小首を傾げる姿がいちいち可愛らしく思えてどぎまぎしてしまう。

何だこれ? これが恋なの? これが恋なのか??

 

「ほら、瀧くん。行くんやよ」

 

三葉は、本当に自然に、違和感なく俺の左手を取って手を握った。

 

なるほど、これが三年間長く生きている差か、などとよく分からない事を考察して気を紛らわしていたが、よく見ると彼女の頬がうっすらと紅潮しているのが分かる。

 

「ほ、ほら、何しとるん? はよ、いこ?」

 

彼女はこちらを振り返ることなく、俺の手を引きながらずんずんと歩みを進めていく。

 

別に慣れているとかそういう訳ではない。ただ、彼女はこのデートを思い出深いものにしようと頑張ってくれているのに過ぎない。それが分かって、彼女への思いが一層募ると共に、俺も頑張らなくてはと、自然と気合が入った。

 

「三葉」

 

「な、なに?」

 

俺は彼女の手をぎゅっと握り返す。細くしなやかで、ちょっと力加減を間違えてたら壊れてしまいそうなその感覚に、彼女を守りたいという思いが自ずと強くなる。

 

「好きだよ」

 

ふと、三葉の歩みが止まる。振り返ると、彼女は下を向いて空いている左手で髪の毛を触ったりして何やらもじもじしている。

 

「た、瀧くんのあほぅ。折角今日は私がリードしてやろうって思っとったんに。そんな事急に言われたら、あれこれ考えてたこと、全部忘れちゃったんよ」

 

そう言うと、三葉は俺の手を引きながら黙々と目的地へと足早に歩みを進め始める。

 

お、これは少し主導権を握れただろうか?

― 愛の言葉は唐突に ― 出典:恋人いない歴=年齢のワイが彼女をゲットした件

成る程、確かにこれは効果覿面(てきめん)の様だ。やはり、先人達の言葉は偉大である。

 

いつもは色々とあれこれ考えて気を回し、挙句何を話せば良いのか分からなくなって会話が続かなくなり失敗していたが、三葉とはこの沈黙の時間ですら心地よかった。

 

今日のデートは絶対に上手くいく、俺はそう確信したのだった。

 

―――

 

「こっちの方がいいんよ!」

 

「いいや、ないね。こっちの方が絶対いい」

 

数時間前の確信などどこ吹く風やら、三葉と俺は本日三回目の言い争いをしていた。

 

ちなみに、この言い争いの火種は、

今日の記念に買うペアネックレスのデザインはどれがいいか、

である。

 

何故こんな事になっているかを掻い摘んで説明すると、

全ての元凶は司

の一言で丸く収まる。

 

つまり、昨日奴に散々力説された入れ替わりデートとやらを実行に移した結果がこれである。

 

そもそも、入れ替わりデートとは一体絶対何ぞ? という方の為に説明すると、

デート中の選択権を相手に委ねる

以上である。

 

分かりづらいので具体的に説明すると、例えば何かを食べよう! となった時、自分では無く相手の料理を選ぶのである。

ちなみに、当然相手に意見を聞くのは無しである。

 

つまり、自分の動きを相手に委ねるという事から入れ替わりデートというらしい。

 

司曰く、こうする事で常に相手を思いやる事になるので一体感が生まれ、かつ相手の好きな物を当てるというゲーム感覚で楽しめるので、二人の仲がぐーんと縮まる、との事だった。

 

確かに、これはお互いをまだあまり知らない段階でやらないと面白く無いだろうし、実際相手の事を知る良い機会となるので、今回のデートにうってつけだという訳だ。

 

実際、三葉にこの提案をすると、彼女は目をキラキラと輝かせながら、

 

「すごい面白そう!! やろやろ!」

 

と、物凄くやる気満々だった。

しかし、実際にやってみると、このルールが凄く難しい。

 

まず、欲しいものを自分で買えない。これが非常に厄介だ。

例えば、ある服を三葉が、わぁー可愛いー、と言いながら見ているとしよう。

そこで、俺はこの服が欲しいのかな、とその服を買うことにする。

そうすると、

 

「え、この服高かったでしょ? 嬉しいけど、ちょっと申し訳ないよ」

 

となる訳である。

つまり、良いものと買いたい物は別という事だ。

 

そして、最大の誤算は俺も三葉も初めての恋人に色々してあげたくて仕方がないという事だった。

 

詰まる所、三回の言い争いの理由はこうである。

まず、一回目は、料理のオーダーについてだ。

俺達は、ランチにおしゃれなフレンチレストランをチョイスした。

 

そして、折角だから良いものを食べさせてあげたいなと、多少値は張るが、その店一押しのランチ料理を注文した。すると、それを聞いた三葉は俺に負けじと高級フレンチコースを注文する。それを聞いた俺は、豪華なデザートを注文し、三葉はそれに負けじと追加で注文しと、終わりの無い堂々巡りへ陥ったのだ。

 

結局、傍から聞いていたウェイターのお姉さんが、

 

「お客様? 仲睦まじく大変羨ましい限りですが、ここでは他のお客様の目も御座います。ここはどうでしょう。こちらのコースでしたら、お客様もきっと満足されると思うのですが」

 

と、満面の笑みを持って丁重にオススメしてきたので、俺達は大人しくそれに従う事にした。

俺も長年レストランでウェイターをやってきたから分かる。あれは、まさしく厄介な客に対するそれだった。

 

ちなみに、二回目はこの支払いをどちらが持つかという話だった。

三葉は三歳年上という事を理由に全額支払おうとするのだが、彼女に奢って貰うなど俺の尊厳が許すはずも無く、どちらが払うかで揉めに揉めた。

結局、お互いの分を払い合う(自分の分でないのがポイント)という事でまとまった。

 

そして、今、俺達は互いが似合う方のペンダントを買おうと必死なのである。

 

「瀧くんには、絶対こっちが似合うんよ!! クールでタイトな外枠の中にちょっぴり可愛らしい三日月があしらわれたデザイン、瀧くんのイメージにピッタリなんよ。絶対これがいい!」

 

「いや、この三つ葉(みつば)のペンダントが絶対いいね。そのペンダントは、デザインが男向けすぎだろ。その点、これなら三葉が付けてたら絶対似合うし、三葉と三つ葉でこれを付けたら三葉を身近に感じていられそうだし、二人ともに合うこっちが絶対いい」

 

こんな調子で、俺達は一歩も譲らず、既に十分近く言い争っていた。

そんな俺達を見るに見兼ねたのか、店員さんが近づいて来て、そっと声を掛けた。

 

「あのう、お客様? もし、お望みでしたら、二つを一セットとする事も可能ですが、どう致しましょう?」

 

俺達は一瞬きょとんとしながらお互いを見て、やがて示し合わせるでも無く同時に声を発する。

 

「「じゃあ、それでお願いします」」

 

―――

 

「私たちって、結局似た者同士やね」

 

買い物を終えた俺達は、ショッピングモールの屋外にある、噴水の周りに草花があしらわれた庭園風のスペースにあるベンチに腰を掛け、少し休憩をしていた。

 

三葉は左隣にぴったりとくっついて、俺の左腕に両腕を絡ませながら、俺の方に体重を預けている。

その首には、先ほど購入したばかりの三日月と三つ葉が合わさったペンダントがきらりと光っている。

 

「三葉があんなに頑固だとは思わなかった」

 

「それを言うなら、瀧くんはちょっと格好つけなんよ。瀧くんはまだ社会人一年目なんだし、無理しなくていーの」

 

「そう言うなよ。そりゃ年齢は三葉の方が上だけどさ。好きな女の前でくらい、恰好つけさせろよ」

 

「……もう、またそういうこと言う。そういう所、ほんとに卑怯」

 

俺の腕を握る彼女の力が強くなる。自分の腕を包み込む三葉の柔らかい感触に、俺は胸の鼓動が早くなるのを感じる。

 

「み、三葉? そ、その、まだ人の目もあるし、ちょっと離れないか?」

 

このままでは、とてもとても理性が保てそうにない。

そんな、俺の弱気な発言に三葉は不服そうに頬を膨らます。

 

「あー、今瀧くんやらしいこと考えとったやろ。瀧くんのえっち」

 

「あ、あれだけくっつかれて平然としてる方が無理だろ。俺は菩薩じゃないんだぞ」

 

「全くもう、仕方ないなぁ」

 

三葉はそう言うと、すっと顔を近づけ俺の頬にキスをした。

鼻孔に広がる三葉の甘いシャンプーの香りが俺の思考回路を鈍らせ、頬に感じる吐息交じりの生温かな感触が、俺の頬をふやけさせる。

 

一体、俺はどれだけ三葉の事を好きになれば気がすむのだろうか。少し恥ずかしそうにはにかむ三葉の姿に、俺の心臓が爆発してしまいそうだった。

 

そんな俺の気を知ってか知らずか、三葉は絡めていた腕を解き、ふとベンチから立ち上がった。

 

「どうした?」

 

「もう、察してえよ。ちょっと、お化粧直しに行ってくるんよ」

 

俺は遠ざかって行く三葉の後ろ姿を見ながら、ぼうっと今日のデートを振り返る。

色々と言い争いもあったけれど、間違いなく俺と三葉の仲は深まったように感じる。

初めは俺達が入れ替わりデートに振り回されていた気がするが、このデートのお蔭で三葉の知らない一面を知ることができた。

 

そう考えると、やはり司には感謝しなくてはならないのだろうな。

どや顔をする奴の顔が目に浮かぶ。

……よし、今度会ったら一発殴ってから御礼をしよう。

そう決意を固めて、この後の夕食以降のプランに想いを馳せていたのだが、

 

「あのう、ちょっといいですか?」

 

ふと、背後より声がかかる。

回りを見渡しても誰もいない事から、俺を呼んでいると判断して振り返ると、そこにはうら若き少女が俺に向かって笑いかけていた。

 

「少し、私とお話ししませんか? お兄さん(・・・・)




今回もご覧いただきましてありがとうございます。
どうも、水無月さつきです。

今回のお話は如何だったでしょうか?
デート描写って難しいです泣
ずっといちゃつかせておいた方がいいのでしょうか?
どうなんでしょう?
ちなみに私は甘辛のお料理大好きです。(聞いてない

最後に、一つお詫びを。
前話の司の提案したデートプランの名称を自己紹介デートから入れ替わりデートに変更しております。
いやぁ、やってしまいました汗
徒然なるままに書き連ねている弊害が……
普段は大まかなストーリーを書き終えてから修正するので大丈夫なんですが、思うがままに書いているとどうしても後になって、あっとなる事が多いですね……
今後もやらかすかもしれませんが、ご容赦頂けると幸いです。

さて、最後になぞの女の子が登場致しました。
一体誰なんでしょうか??
分からないですねー棒読み
次の展開どうしましょう……誰か助けて……

と、弱音はここまでにして、もしよろしければ、是非次回もご覧下さいませ。
それでは!


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