「かんぱーい!!」
「くぅぅ!! 仕事終わりの一杯はたまんないなぁ!」
「おいおい、高木、めちゃくちゃおっさんくさい事言ってるぞ、お前」
「何だ、瀧。お前にはこの気持ちがわかんないのかよ? 司、お前なら分かるよなぁ」
「すまん。俺はそもそもワイン派だ」
今日は花の金曜日。仕事終わりの司から連絡を受けた俺は、近所の酒場に飲みに来ていた。
大学卒業後、司は俺と同業他社の建設企業に、高木は商社の営業マンに進路を進めた。
ちなみに、俺は内定が貰えず就活に苦労したが、司はさらっと複数社から内定を勝ち得て、俺の事を揶揄っていた。数ある内定の中から俺と同業の今の会社を選んだのも、俺の会社より業績が上だから、だそうだ。(勿論、それ以外にも色々理由はあるだろうが)
「くそぅ、いつかはお前の会社より業績を上げて、ぎゃふんと言わせてやるからな!」
「ああ、競争は互いに成長を遂げるいい機会だからな。何せ、我が社の業績はそれはもう業界断トツの一番で、少々社内も弛んでいると思っていた所だ。瀧の会社が良い成果を上げてくれることで、よい相乗効果となる。まあ、期待せず待っておくよ」
「く、い、今に見ていろよ……」
「瀧、それ完全に負け犬の台詞だぞ……」
そんな取り留めない会話を続けていたのだが、次第に酔いが回り始め、自然と互いの恋愛事情の話へ方向がシフトしていく。
「へぇ、やっぱり高木もそろそろか。付き合ってもう三年だもんな」
「まあ、もう少し仕事に慣れて、余裕が出来たらって感じかな。それより、婚約者との同棲生活はどうなんだよ、司」
この様に、この二人にはそれはもう熱々の恋人がいる。大学時代、飲みの場でいやという程聞かされた話だ。そして、この会話自体に挿して意味はなく、いわば一種の通過儀礼の様なものだ。
つまる所、この会話の終着点は俺である。
「で、瀧。お前はどうなんだ? 社会人になって新たな出会いもあったろ?
目当ての一人や二人見つけたか?」
高木が満を持したと言わんばかりに気合を入れて俺に話を振る。
「いや、高木、ちょっと待て。賭けをしないか? 目当ての女子がいるかいないか。ちなみに俺はいないに賭ける」
「まてまて、それは賭けにならないって。俺も当然いないにベットだよ」
「お前らなぁ……」
「それでは、瀧くん! 答えをどうぞー!!」
「ででん!!」
……こいつら、ノリノリである。こうなってくると、素直に彼女が出来たと告げるのも面白味に欠ける気がしたが、だからと言って、これだけ言われてわざわざ楽しませてやる義理もない。
という訳で俺はシンプルに答えることにする。
「ん、出来たよ、彼女」
あれだけ盛り上がっていた場が、一瞬時間が止まったかの様にシーンとなった。
「え? 悪い、聞き間違えか? もう一度言ってくれ」
……こいつら、俺を一体なんだと思ってるんだ? よもや、本気であらゆる煩悩を捨て去った菩薩だと思ってはおるまいな?
「だ、か、ら! 彼女が出来たって言ったんだよ!」
司と高木はまるで打ち合わせたかの様に顔を見合わせ、
「「えぇ〜 !!??」」
店内に素っ頓狂な声が響き渡った。
―――
「へぇ、不思議な事もあるもんだなぁ」
司はサングリアを片手に、俺の話を聞いていた。ちなみに高木の方は、あれだけ言われた仕返しにビールを三杯ほど呑ませたら、酔い潰れて寝てしまった。
ちなみに当然司も呑んだのだが、こちらの方はけろっとしている。
「まあ、正直な話、俺も高木も本気で心配してたんだぜ?」
「うそつけ、絶対面白がってただろ」
「はは、ばれたか。しかし、良かったじゃないか。初めての彼女がこんなべっぴんさんで。羨ましいぞ、この野郎」
司は、俺のスマホに保存された三葉の写真を見ながら俺を小突く。
初めてカフェに一緒に行った時に少し撮った程度だったが、幸いにも上手に撮れていた様で写真からも彼女の可愛らしさが見て取れる。
「いや、でも本気で真面目な話、少し後ろめたさみたいなものはあったんだよ。お前、モテない訳でも無いのに一切その素ぶりを見せないし、かと言って、女に興味がない訳でも無さそうだったしな。まあ、女の扱いは昔からダメダメだったけどよ」
「うるせぇよ。俺はお前と違って純真無垢なんだよ」
言っておいて自分で頭が痛くなる。
「そうか、純真無垢か。一目ぼれした女をわずか一日で口説き落とす男は、流石に言うことがちがいますな」
「そろそろいい加減にしないとガチで殴るよ? 司くん」
司は参った参ったと言いながら両手を上げる。
くそぅ、やっぱりこいつには口では勝てない。
「まあ、冗談はさておきだ、明日のデート、お前結局どうするつもりなんだ?」
「そ、それは、一先ずこの雑誌に載ってるデートスポットを巡ってみて、おしゃれな店で食事してって感じか」
俺は、明日のために購入した雑誌をカバンから取り出して司に渡す。その雑誌のめぼしい所には分かりやすい様に付箋をつけてある。
それらページには、女性必見!だとか、彼女が喜ぶデートスポットベスト10といった情報が所狭しと記載されていた。
俺としては三葉が楽しめそうなデートプランを企画したつもりだった。しかし、司は呆れた様に首を振る。
「だめだな、全然だめだ」
一応、分からないなりに一生懸命考えたプランを頭ごなしに否定され、俺は少しばかり頭にくる。
「な、何が駄目なんだよ。俺は俺なりに彼女が楽しめそうなプランを考えたんだよ」
「彼女が楽しめそう……ね。全く、そんなんだから誰とデートしても碌に相手を満足させられないんだよ」
「そ、それは、俺の方も本気じゃなかったし……」
我ながら情けない言い訳だと思う。実際、本気を出したとしても、彼女たちを満足させられた自信はない。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、司は大きくため息をついた後、真剣な表情をして話し始める。
「あのな、瀧。お前に足りないのは、自分が楽しもうとする心意気だよ」
「自分が楽しむ?」
「ああ、そうだ。まあ確かに、話を聞く限りではお前の彼女は、どんなデートでも楽しんでくれるだろうよ。でも、このプランの中にお前のやりたいことはあるのか? 少しでも興味の惹かれるものはあるのか? お前とは長年付き合ってきたが、ただ俺がお前にこんな趣味があると全く知らなかっただけか?」
「で、でも、彼女が楽しめるならそれでいいじゃねぇか」
「だから、その考えが間違いなんだよ。確かに、お前の彼女はどんなプランでも楽しんでくれるだろうよ。それを見て、お前は満足するんだろうな。じゃあ、彼女は? お前が彼女に楽しんで貰いたいと思うように、彼女もお前に楽しんで欲しいんじゃないのか? もしお前が楽しめていなかったら、彼女も満足できないんじゃないのか?」
全く反論できなかった。確かに、俺は今まで相手を楽しませることに固執しすぎて、自分が楽しめていなかったのかもしれない。
「いいか、人を楽しませるにはまずは自分から。人を満足させるにはまずは自分から。自分が楽しめないのに、他人を楽しませるなんて出来っこないだろ。お、俺、今すげぇいいこと言ってねえか?」
その最後の一言が余計だよ……
「つっても、それならどうしろっていうんだよ。俺と三葉はたった三日前に出会ったばかりなんだよ。お互いが楽しむなんて、簡単じゃないだろ?」
「なーに。何も俺は常に同じタイミングでお互いが楽しみ合えなんて言ってねぇよ。互いが互いに違うタイミングで楽しめばいい。いいか、瀧、お前格好つけるなよ」
「は?」
「分からないなら、素直に聞けばいいだろ。お前はデートを企画して男らしさをアピールしたいのかも知れないけど、そんなのは時代遅れだ。何せ、今は男女平等社会だからな」
司が最後に小声で、いや、寧ろ女性の方が強いか、なんて低いトーンで言っていた気がしたが、聞かなかった事にしよう。
「とはいえ、好きな女の前で格好付けたいという気持ちも分かる。だから、そんなお前にぴったりなデートプランを教えてやろう」
「おお、やっぱり持つべきは親友だな!」
自然と体が前のめりになる俺を見て、変わり身早えよ、と司は毒を吐く。
「すまんすまん。で?」
「今のお前にぴったりなデートプラン。その名も……
入れ替わりデートだ!!」
―――
「ただいまー」
玄関の扉が開く音と同時に、姉の声が聞こえてくる。
姉は、そのままリビングへやって来て、着の身着のままソファーへダイブを敢行した。
「あ〜、幸せなんよぉ〜。金曜日。週の終わり。明日から休日。私はこの幸せを得るために、仕事をやってるんかも〜」
……一時の幸せを得るために、五日間の重労働をこなすというのはどう考えても割に合わないと思うのだけれど、それを口に出すのは余りにも野暮というものなのでやめておいた。
実際、私自身金曜日は幸せな気持ちになるし……
「お姉ちゃん。のんびりするのはいいけど、早く着替えてきて。スーツに皺が寄っちゃうでしょ」
「ん〜、あと少しぃ」
姉はソファーの上に乗せてある座布団を抱きしめて、心地好さそうにごろごろしている。その姿は例えるなら、冬に炬燵の上で丸くなる猫の様だ。
私は溜め息をつきながらも、暫くそっとしておいてあげた。
実際、最近の姉はかなり忙しそうにしている。社会人になって四年目になり、徐々に本格的な仕事を任される様になってきているのだろう。
それに、家ではこの様にだらしなくても、外ではもの凄くきっちりした性格だということも知っている。それはもう、気にしなくてもいい所まで気を回してしまう程度には。
そんな訳で、姉は昔からストレスを溜め込みやすい性格だった。確か、糸守にいた頃、あまりのストレスで自分の胸を揉みしだいたり、奇行に走ったりした時期があったっけ?
ふと、そんな懐かしい思い出を回顧しながら、やがて私は淡々と作っておいた食事をテーブルに並べていく。
基本、こうなった姉は何を言っても動かない。動かないなら、早々に次の行動を起こさざるを得ない状況を作ってやれば良いのだ。
「お姉ちゃん、先食べちゃうよ?」
「え? もう? ちょ、ちょっとまってよぉ」
姉は急いで自分の部屋へと駆け込み、Tシャツとスウェットというラフな部屋着に着替えてきた。
姉は、もうちょっと待ってくれてもいいのに、とでも言いた気に膨れっ面をしているが、どうせいつものことなので華麗にスルーして、自分の茶碗にぴかぴかした白米を盛り付ける。
「お姉ちゃん、どれ位?」
「あ、待って、自分でやるから」
やがて、私たちは食事を味わいながら、最近学校どうなのよ、とか、会社は忙しいの、
とか言ったような取り留めない会話を交わしていたが、ふと話題が明日の休日の話に変わる。
「あ、そういえば、私、明日遊びに行ってくるから。お昼も夜も外で済ます予定だから、四葉には悪いけど、適当に済ましといてね」
「ん。サヤちんとテッシー?」
「ううん、別の人」
姉は澄ました顔でそう言ったが、一瞬だけ間があった事を私は見逃さなかった。
「ひょっとして、彼氏?」
「な、な、なんなんよ。そんなわけないんよ。私に彼氏なんかおるわけないんよ」
……ものすごく分かりやすい。ここまであからさまだと、姉が社会でやっていけているのか少々心配になるレベルだが、そこは上手くやっているのだと信じたい。
「……お姉ちゃん、方言」
「うっ、あ、あんた方言方言って、うるさいんよぉ……」
「東京で方言使ったら笑われるからって、家でも標準語で喋る様にお互い注意しようって言い出したのはどっちだっけ?」
「……ごめんなさい」
やがて、食事を終え、姉がお風呂へ行っている間に、私は食事の後片付けを行っていた。
姉は私に揶揄われるのを嫌がってか、何故か露骨にその存在を否定するが、まず間違いなく彼氏、或いはそれに準ずる仲の良い好きな相手が出来たと見て間違いないだろう。
ふんふんふ~ん。
……お風呂場の方から、何か鼻歌とか聞こえてくるし。
最近の姉はやけに上機嫌だ。
正直、姉に彼氏が出来る事は、私にとっても非常に喜ばしいことだ。そろそろ、姉は本気で自分の幸せを考えてよい頃だ。勿論、揶揄い甲斐が増えるという楽しみもあるが。
しかし、それはあくまで、姉が幸せであるという前提があってのものである。
三日前、帰ってきた姉は目を真っ赤に腫らしていた。姉は比較的涙脆いけれど、それでもあんなになるまで泣く姉を私は今まで見たことは無かった。
姉は、基本しっかり者だが、その一方で所々とんでもなく抜けている所もある。
そして、姉は二十五になるまで一人の彼氏も作った事がないと言う、今時では珍しい貞操観念の持ち主である。
姉に限ってそんな事は無いと信じたいが、男に慣れていない分、変な男に騙されているという可能性も考えられる。
もし、悪い男に引っかかって、姉が泣かされているなら、もし、上手い具合に言い包められて、自分が幸せだと思い込まされているなら、そう考えると私は居ても立っても居られなかった。
私は姉に感謝している。家族として姉を愛している。
だからこそ、姉に悪い虫が寄っている様ならば、私が払わなければならない。
明日はデートらしいから、姉の彼氏とやらを測る絶好の機会だ。
もし碌でも無い様な男だったら、叫んで警察に引き渡してやる。
私はそんな決意を胸に刻み込んだったのだった。
どうも、水無月さつきです。
こんな所まで私の拙い小説にお付き合いいただきまして、誠に有難うございます。
さて、今話はいかがでしょうか?
今回の話は、友情と姉妹愛のお話です。
特に遠慮せずに何でも言い合える気兼ねない親友。
言葉に出さずとも姉の事を憂慮する妹。
どちらも素晴らしいですね。
それが話をややこしくする原因となるわけですが……
次回はいよいよデート本番。
四葉がどのように絡んでくるか、楽しみですね!(まだ決めてない……)
また次回もお付き合いくださると嬉しいです。
それでは。
※10/18 司の発言を変更
自己紹介デート→入れ替わりデート
(話の続きを書く上でより適した名称に変更)