君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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宮水姉妹
三葉と四葉


……おかしい、今日は明らかにおかしい。

 

私は両腕を組みながらテーブルに置いた自分のスマホを睨みつけ、首を捻る。トップ画面は今が二十時五十四分であることを示していた。

 

私と姉は今、東京で二人で暮らしている。糸守に彗星が落ちて暫くして東京にやってきて以来、ずっと姉と生活を共にしてきた。

 

ちなみに、父と祖母は糸守の隣町で糸守の再建に注力しているらしい。あの一件以降、二人の(わだかま)りも多少は改善されたらしく、今では一緒に暮らしている。

 

そんな訳で、姉は八年もの間、私の親代わりとして色々と面倒を見てくれた。

こちらに来て暫くは、自分の事を二の次にして、料理から、掃除、洗濯までありとあらゆる家事をやってくれた。

 

私が中学生になって、家事当番が交代制になってからも(姉はあくまで自分がやると言い張ったが)、自分の番は毎回欠かさずやってくれていた。

 

だから、恥ずかしくて決して口には出さないが、私は姉に心から感謝していた。当時の姉と同じ位の年齢になった今だからこそ分かる。放課後、碌に遊びもせず、家事をこなす事の大変さが。

 

その一方で不安な事もあった。姉はもうじき二十六となる。恋人の一人や二人作って、或いは結婚していてもおかしく無い年齢である。しかし、不思議な事に、そういう類の様子を一切見せないのである。

 

多少身内贔屓な点を差し引いたとしても、姉は美人だ。私と違って今でも焦ると方言が出るなど、田舎っぽさが抜けていない節はあるが、それを差し引いても言い寄る男などごまんと居るだろう。にも関わらず、男の影が微塵も感じられない。

 

初めは私の面倒を見る為だと思った。姉は責任感が強いから、私の存在が姉を縛っているのだと思った。だから、必死に家事を覚え、手の掛からない様になろうと私は全力を尽くした。

 

が、私が家事をやる様になっても、特に変化は見られなかった。友達と遊ぶ時間は増えた様だったが、それを恋愛に向ける気概というものが一切感じられなかった。

 

姉にそんな器用な事が出来るとは露ほども思っていなかったが、よもや私に隠れて男と付き合っている可能性を考慮して、何時に無く気合いを入れて化粧している日に尾行してみた事もあったが、結局さやちんとテッシーに久しぶりに会っていただけだった。

 

そんな訳で、私は姉の行く末をわりかし本気で心配していた。姉が時々、どこか遠くを見つめて、右手を押さえて泣いているのを、私は知っている。八年前のあの日から、私には分からない何かを思って泣いているのを、私は知っている。

 

私にとって八年前のあの日は、私達から糸守の何もかもを奪っていった衝撃的な日だったけれど、姉にとってあの日はそれ以上の意味を持つ特別な日だったに違いない。

 

だからこそ、私は姉に早く幸せになって欲しかった。時折見せる寂しげな表情を、私は見たく無かったのだ。しかし、当の本人に全くその気が無いときている。いい加減焦ったくなって、私はそろそろ強行手段を取ることも考慮しなくてはならないかななどと考えていた所だった。

 

そんな姉が、今日、初めて家事をさぼっているのである。なんの連絡も無しにである。こんな事は今まで一度も無かった。

 

ひょっとして私が忘れているだけかも、と昨日の姉の言動をあれこれ振り返ってみたが、それらしい事は何も言っていなかった。

姉は社会人である。急な残業や飲み会という可能性も考慮して、今まで待っていたのだが、連絡の一つも寄越さないときた。何か事情があるのかもと思ってこちらから連絡することは控えていたのだが、流石にそろそろ本格的に心配になってくる。

 

時刻は二十時五十八分、二十一時になったら電話しようと決心した矢先、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 

私はホッとする反面、これ迄連絡も無しに遅れた事に対する怒りが湧いてきて、理由を問い詰めてやろうと玄関まで駆け寄って、

 

「あ、四葉、ただいま。ごめんね、連絡も無しに遅れちゃって」

 

姉の姿を見て言葉が出なくなった。

泣いていたのか、目は真っ赤に腫れていて、走り回ったのか、朝は綺麗に整えていた髪の毛があちこちの方向を向いている。

それなのに、姉はかつて無い程幸せそうに微笑みながら、上機嫌に鼻歌なんか歌っている。

 

「ちょっと待っとってね。ちゃっちゃと料理作っちゃうんよ」

 

……方言出てるし。やっぱり今日の姉は明らかに変だ。

これはひょっとして……

 

―――

 

「お姉ちゃん、彼氏でも出来た?」

 

瀧くんと出会った日の翌朝、何時もの様に朝食をとっている所に、いきなり今の質問が飛んでくる。私は唐突な予期せぬ質問に、思わずご飯を喉に詰まらせそうになる。

 

「な、な、な、いきなり何言い出すんよ、あんたは」

 

突拍子も無い事を聞いた本人は、平然とした様子で白米をぱくぱく食べている。

 

「ん、別に、ちょっと聞いてみただけ。それにしても、その反応、ひょっとして本当に彼氏出来たの? 方言出てるし……」

 

「ち、違います! というか、方言は関係無いやんね? 寧ろ、四葉が東京に馴染みすぎなんよ、この裏切りもん」

 

正直、いきなり核心を突かれて私は舌を巻いていた。私は、四葉に一体どこで勘付かれたのか、昨日の出来事を回想する。

 

思い当たるとすれば、食事当番の件だろうか。確かに昨日瀧くんからのデートのお誘いに舞い上がって、家事当番をすっかりと忘れてしまっていた。

しかし、それだって瀧くんと別れて、その事実に直ぐに気が付き、急いで帰ってきた。

結局、食事は二時間程度遅れてしまったが、料理を作ってしっかりと謝ったら四葉自身、

 

「偶にはそういうこともあるよ。社会人なんだし」

 

と笑って許してくれた筈だ。

その他に恋人だとか気取らせる様な事は……

 

恋人かぁ。

やっぱり、私達、恋人になったんよね……

 

私は瀧くんとのキスを思い出してしまう。あの後も瀧くんは優しくて、私が落ち着くまで私の髪を撫でながらずっと抱き締めていてくれた。

あの時の瀧くん、とっても男らしくて格好良かったけれど、彼の腕に抱かれていると心臓が高鳴っているのが感じられて、冷静な顔して彼もドキドキしている事が分かって、瀧くんを尚の事愛おしく感じられた。

 

瀧くん、ちょぴり可愛らしい所もあるし……

 

「……お姉ちゃん、ニヤニヤして気持ち悪いよ?」

 

「に、にやにやなんてしてません」

 

「ふーん、まあ、そう言う事にしといてあげる。今はね(・・・)

 

四葉は不気味なくらい満面の笑みを浮かべる。

これは、明らかに何か良からぬ事を企んでいる時の笑い方だ……。

私は、改めて四葉に瀧くんの存在を気取らせまいと、心に誓ったのだった。

 

 

******************************

 

 

……ふぅ。今日も一日仕事が終わった。新入社員のため、今のところはあまり残業も無く、定時での帰宅となる。

俺は、デスクの片づけを済まし、帰りの支度をすると真っ先にスマホの通知を確認する。

……特に連絡はなしか。

 

俺は、そのままメールアプリで三葉あてに仕事に対する労いの言葉を送った。

なんでも、三葉の仕事は最近繁忙期らしく、残業が多いらしい。

今日も残業かも知れないとお昼休みに軽い愚痴交じりの連絡を受けたのだ。

三葉は仕事が終わると真っ先に俺に連絡を寄越すので、やはり仕事に忙殺されているのだろう。

 

あれから三日か……。

俺と三葉が恋仲になってから既に三日が経過していた。

しかし、先も言ったように三葉は仕事で忙しく、俺たちはあれ以降一度も会っていない。

 

正直、少しでも三葉に会いたいという思いは強くある。会って三葉をこの手に感じたいと本気で思う。

 

しかし、仕事が忙しい以上、こればかりはどうしようもない。

それに、会えなくても、彼女を感じる手段は幸いにも幾らでもあった。

 

メールアプリで連絡は簡単に取れるし、声が聞きたくなったら電話も出来る。

それに、これは三葉が提案してきたのだが、その日のお互いの一日の出来事を纏め、寝る前にメールし合うという試みを、俺たちは行っていた。

 

所謂、現代版交換日記である。

 

自分でいうのもなんだが、俺は比較的まめな性格で、昔からスマホに日記を記録していた。日記のデータが全部飛んでしまった事を境に日記を取ることを止めてしまったが、俺自信は日記を取る事は案外好きだったりする。

 

俺は、昨日三葉から送られてきた日記を確認して、思わず笑みが零れる。絵文字や顔文字がふんだんに散りばめられた日記は可愛げがあって微笑ましかった。それに、彼女の一日の行動を日記として見るという行為に、何処となく懐かしい思いを抱いていたのだ。

 

そして、彼女の日記の最後の方で目が止まる。

そこには、明後日、これが送られてきたのは昨日なので実際は明日だが、のデートを楽しみにしているという趣旨の一文が書かれていた。

 

そう、今日は金曜日、明日は念願の休日である。

早速、三葉とデートの約束を取り付けたのだが、何せ、恋人になって初デートである。

 

どうせなら思い出に残る様な素晴らしいデートにしたいと思う反面、どうすれば三葉が一番喜んでくれるか分からないという問題があった。

 

何せ、俺達は出会ってまだ三日である。思えば俺は、三葉の好きな事、嫌いな事、彼女の人となりを全然知らないのである。

彼女の喜ぶデートプランを立てようにも、肝心の彼女が喜ぶ事を何も知らないのである。

 

さて、どうしたものか……と首を捻っていると、俺のスマホのバイブレーションがメールの着信を告げる。

 

おや? 三葉のやつ、仕事早く終わったのかな?

と通知を確認すると、そこには三葉では無く旧友の名が記されていた。

 

 




どうも、水無月さつきです。
今回も最後までご覧頂き、誠に有難うございます。
今回は末尾のおまけに力を入れすぎて、少々本編が短くなってしまいました。
ちなみに、トータルで1話5000文字を意識して書いております。

今回は何といっても四葉の登場が印象的ですね。ここから数話は彼女視点の話が複数回出てくる事になると思います。

あ、それともう一つ、私はずっと二人に交換日記をさせたいなあと思っていたので、その描写が書けて良かったです。交換日記というよりは日記メールですが……
あの劇中での日記のやり取りがあったからこそ、二人は惹かれあっていったわけですし、日記は一つの大きなキーワードだと私は思っています。
そんなわけで、二人がスマホで日記交換っていうのは個人的に凄くにやにや出来る妄想なわけです。
ちなみに、下の方におまけで三葉の送った日記を晒しておきますので、良かったらご覧ください。
正直甘々で書いていて胸やけがしそうでした笑
あと、動く絵文字使いたかったんですけど、絵文字が使えないので苦労しました……
顔文字とか表現が難しいですね……

次回は瀧くんの旧友たちが登場致します!
また是非次話もご覧頂けると幸いです。
それではまた。


―――――――――――――――――――
差出人:宮水 三葉
宛先:t.taki××@○○○.ne.jp
件名:今日の出来事♡♡♡
―――――――――――――――――――
今日は朝からてんてこ舞い!
四葉が今日、学校の行事で遠出する事にな
ったから、気合を入れてお弁当を作りまし
たー(•̀ᴗ•́)و ̑̑ぐっ
いつか瀧くんにもたべてほしいなーエヘへ
その時は、みつはさん、いつも以上に気合
入れちゃうんよー♡♡♡
あ、ちなみに瀧くんは卵焼きは甘いのと辛
いのどっちが好き―???
ちゃーんと好みに合わせて作ってあげちゃ
うんやから覚悟しとってーよ( ̄^ ̄)え
っへん
それで、ちょっと疲れちゃって会社ではあ
まり気合が入らなかったの(●´ω`●)ゞ
おかげで、ちょっと上司に怒られちゃった
……しゅん
こんどあったらまたなぐさめてね(*^_^*)
ハズカシイー♡♡♡
お昼は、職場の先輩とイタリアンレストラ
ンへいってきました!!!
ちょっと隠れ家的な所でへんぴなとこにあ
るんやけど、これがとってもおいしいの☆
☆☆
また今度二人でいこーね♡
今日も仕事が長引いて、帰ったのが9じで
した(´ω`。)グスン
でもでも、帰ったら四葉が朝のお弁当のお
礼だっていって、豪華な食事をつくってく
れてました!!!
とってもいい子に育ってくれて、おねぇち
ゃんは誇らしいのです\(^▽^)/
でもでも、最近なにか悪だくみしてる気が
するので、ちょっぴりこわいみつはさんで
す(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
今日は明後日瀧くんとのデートの想像しな
がら寝る事にします♡♡♡
明後日が待ち遠しくて眠れない~
それじゃあ、また明日ー
おやすみ、大好きなんよ♡


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