「いやぁ、楽しいねぇ」
「本当やね。こんな風に楽しんだの久しぶりやわぁ」
遊園地のアトラクションを一筋堪能した私はサヤちんと二人で木陰のベンチに腰をかけながら、屋台で購入したストロベリーバナナクレープの味を堪能していた。ちなみにサヤちんはベリーベリークレープをこれまた渾身の笑みを浮かべながら小さな口で頬張っている。
男陣はというと、まだまだ遊び足りない、なんて言って二人で二回戦へと繰り出していった。どうやら二人は意気投合したらしく、まるで肩でも組み出しかねない勢いだった。きっと仲良くなれるとは思っていたのだが、ここまで仲良くなるとは正直予想外だった。
そんな訳で、私たちは子供のごとく無邪気に遊園地を楽しむ二人を笑顔で見送った後、彼らには聞かせられない女子トークに花を咲かせていた。
「しかし、瀧くんって、本当にいい男やねぇ。お化け屋敷で三葉をリードする彼、格好良かったわぁ。私、思わず惚れちゃいそうやったよ〜」
サヤちんの言うように、お化け屋敷での瀧くんは本当に頼もしかった。ここのお化け屋敷は中々に本格的で、怖いことで有名なのだ。そんなお化け屋敷にカップル単位で挑戦することになったのだが、怖いところからさり気なく身を呈して庇ってくれる瀧くんに、恥ずかしながら恐怖など忘れて終始めろめろだった。
ちなみに、テッシーサヤちんコンビは私たちより先に入ったのだが、瀧くんのフォローのおかげでサクサク進めてしまい、サヤちんがかなり怖がりなこともあって、終盤に追い付いてしまったのだった。
「なに言っとるんよ。なんだかんだいいながらずっとテッシーにしがみついとったんに。それにサヤちんがテッシー一筋なんは、周知の事実なんよ」
「えへへ。ばれた? でも、そういう三葉は三葉で瀧くんにべた惚れやねぇ」
「やっぱりそう見える? 見えちゃうよね〜。まあ、否定は出来ないかも。瀧くん、かっこよすぎなんよぉ〜」
「ふーん。だけど、私のテッシーへの思いも負けとらんのよ。なんて言っても、ずーっと片想い続けてきたんやからね」
などと、何も知らない人が聞いていたなら、脳内お花畑の痛い奴認定されること受け売りな会話をクレープを味わいながら繰り広げていた私たちだったが、やがてクレープを食べ終わったあたりでサヤちんはきょろきょろと周りを見渡して、誰もいないことを確認したのち、私に近寄ってふと耳打ちをする。
「そういやぁ、三葉。あんたたち、今どこまでいっとるん?」
「……な、な、なにをぉ!?」
……思わず叫んでしまった。一体絶対何を言い出すんね、サヤちんは……
当のサヤちんはにやにやとしか言い表せない笑みを浮かべながら、興味津々という様子で目を輝かせている。正直、サヤちんからこのような話題が振られるとは思っていなかったので驚いた。
「なにをって何をそんなに驚くことがあるんよ。瀧くんはまだ若いにしても、あんた結構いい年なんよ? 今後の事を真剣に考えてもいい年やさ。男と違って、女は子供を産むっていう一大イベントがあるんよ! 歳をとればとるほど、それが難しなってくんやから」
割と真面目な事を言っているが、顔は完全に緩んでいる。真面目二割、興味八割といったところだろう。
私は内心でため息を漏らしつつ、念の為最終確認を入れる。
「そ、それって、要するに……」
「もう。分かってるくせに。うぶっていうかなんていうか……。よ、う、す、る、に! 瀧くんと、その……えっちとかしとるんかなって話!」
やっぱりそういう話かぁ。今度は実際に大きくため息をつきながら、サヤちんの問いに一言で回答する。
「キスだけ」
「え?」
「だーかーら、まだキスだけなんよ!」
サヤちんは一瞬、驚いたという表情を浮かべたのち、まるでやれやれね、とでも言いたげにかぶりを振る。
「全く、純情というかなんというか……。都会でイケメン男子を、なんて息巻いとった昔のアグレッシブな三葉さんはどこへ行ってしまったのやら」
「な、なんよぉ。べ、別にいいやんね? それくらい。ちょっとずつだけど、確実に進歩しとるんよ?」
サヤちんはやれやれとでも言いたげに苦笑いしていた。
うへぇ。私も学生時代の友達からなんだかんだでそういう話は色々聞いていたけど、よもやそれをサヤちんにまで言われるとは思っていなかった。
やっぱり悠長なのかなぁ、私。私なりには色々と頑張ってアピールはしてるんだけどなぁ。
確かにもう直に二十六歳にもなろう私がキスして満足しているというのも実際どうなんだろう。
正直な話、私は瀧くんが求めるなら、それに応じるつもりだ。ちょっぴり怖さもあるけれど、瀧くんともっと深く繋がりたいって思いの方がよっぽど強い。
だけれど、不思議と瀧くんとそういう雰囲気にならなかった。聞くところによると瀧くんも私が人生初めての彼女とのことだし、初めて同士でタイミングを計りかねているというのが実情なのだろう。
うーん。最近は肉食系女子、草食系男子なんていうし、凝り固まった貞操観念なんて捨てて私がもっとリードするべきなのかなぁ? 私の方が三つも年上な訳だし……
でもなぁ、それではしたないなんて思われるのもなぁ。
そんな葛藤を内心で繰り広げていた私を見るに見かねたのか、サヤちんが私に耳打ちをしてくる。
「仕方ないなぁ。さり気なく彼をその気にさせる方法を、このサヤちんが教えてしんぜよう。私も昔、先輩に教わったやり方なんだけど、効果抜群だったんよ?」
「そ、そんな方法があるん? お、教えて欲しいです」
「うむ、ではしかと聞くんよ。それはな、帰りの電車でな……」
私はそんなサヤちんからの教えをしかと心に刻みつけたのだった。
―――
そんなこんなで楽しい時間はあっと言う間に経過していった。その後再び合流した私たちは、まだ回っていなかったアトラクションを巡ったり、お土産店でみんなでお揃いの記念品を買ったりした。
そうして日が暮れて、夜空に星が浮かび出す頃合いに、
「最後はやっぱり観覧車や!」
テッシーアンドサヤちんの息ぴったりなそんな一言で、私たちは観覧車にやってきた。なんでもここの観覧車から見る夜景はとても綺麗らしく、夜になって人集りが出来ていた。ちなみに、客層は若い男女が多かった。聞くところによると、夜この観覧車に二人でのった男女は必ず結ばれるという噂があるらしく、ちょっとした名物らしい。高校生くらいの男女がそわそわした様子で乗り込む様子ははたから見ていて微笑ましかった。大丈夫だよ、二人でこの観覧車に乗ろうとなった時点で、カップル成立みたいなものだから。
そんな訳で、小一時間ほど待って、漸く観覧車に乗り込むことができた。当然私と瀧くん二人でである。ちなみにテシさやカップルは一つ前の観覧車に乗っている。
私は瀧くんの左隣に身を預けるようにして座りながら、目を閉じる。そうすると、隣にいる瀧くんの温もりが一層感じられ、私は抱きしめるように掴んでいた瀧くんの左手に自分の指を絡ませる。そうしてより一層強くなる瀧くんの感触を噛みしめるようにして味わう。
「遊園地、楽しかったな。また、みんなで来ような」
瀧くんのその言葉を受けて、半ば夢見心地で私はそんな光景を瞼の裏に思い浮かべる。すると、そこに想像とは思えない程はっきりとした景色がありありと広がっていく。それは、夢のように温かい光景。私の隣にはやっぱり瀧くんがいて、その周りを二人の小さな子供たちが楽しそうに笑っている。そんな幸せいっぱいの世界。
そうして、私はぼんやりと、殆ど無意識の内に、
「そうやね、今度は子供たちも一緒来たいね」
そんな言葉が口をついて出ていた。その瞬間、私の腕の中にあった瀧くんの左手がぴくりと動き、それに驚いた私は思わず彼の手を離す。そうして瞼を開けると、瀧くんは驚いたような表情をしてじっとこちらを見つめていた。
私はそんな彼を、どうしたのかな、なんて思いながらぼおっと見つめていたのだが、ふと目が覚めたように自分の言った台詞が思い出され、漸く自分の発言の意味を理解する。
慌てて改めて瀧くんの様子を見ると、顔を真っ赤にしながら目をぱちくりさせていた。い、い、いけない。早く誤魔化さないと……
「……ち、ち、違うんよ。これは、ええと……そう、四葉! 四葉ってまだ子供だから、きっと四葉も一緒に来れたら楽しいだろうねって意味なんよ」
「……そ、そうだよな。うん……こ、今度は四葉も一緒だな」
わ、私のあほぅ〜!!
流石にそれは無理があるでしょう?
優しい瀧くんは私の話に合わせてくれたけど、未だに狼狽している様子を見ると、確実に嘘だとばれている。
私はあまりの恥ずかしさに、つい黙り込んでしまった。瀧くんも顔を俯けて黙り込んでいる。そんな私の思いなど素知らぬ顔で、月夜へ歩みを進める観覧車。
あーん、折角二人で綺麗な夜景を堪能できると思ってたのにー
私のあほあほあほぅ……
やがて、辺りの景色が一望できる高さまで観覧車がやってきた。評判の通り、眼下に広がる遊園地の煌びやかなスポットライトと遠くに見える東京の夜の灯りがきらきらと重なり合い、さながら光の
そんな景色に魅せられて、私は窓に手をついて前のめりになりながらその光景を眺めていた。本当は、瀧くんと、
きゃー、綺麗な景色ー!
そうだな、でもお前の方が綺麗だよ
嬉しい。瀧くん、大好きなんよ。ちゅっ
みたいな展開を望んでいたのだけれど、それは私の大ポカのせいでお預けのようだ。
そうして、一番高い所までやってくる。相変わらず私は恥ずかしさのあまり瀧くんの方が見れず、瀧くんに背を向けて外の光景を眺めていた。とはいえ、ずっとこのままというのも気まずいので、ひとまずこの美しさに対する感動を口に出してみようか……
「……わ、わぁ。き、きれい〜」
自分で想像した以上に上ずった声が出て、また恥ずかしくなる。ど、ど、どうしよう。こんなんじゃ、瀧くんの顔見れないよ……
とはいえ、このままじゃまずいと思い、思い切って振り向こうとした瞬間、
「三葉!」
瀧くんが背中から力強く私を抱きしめた。私を抱く腕の力強さと、背中越しに感じる瀧くんの心臓の鼓動に、私の胸の脈動が早くなるのを感じる。
「なあ、三葉」
私の耳元で囁く瀧くんの声に、思わず耳が蕩けそうになる。瀧くんは、そんな私の気を知ってか知らずか、同じ調子で囁くように言葉を紡ぐ。
「俺は……お前を愛してる。この気持ちは絶対一生変わらない。だけど、俺はまだ社会人になったばかりのひよっこで、三葉を幸せにできる準備が出来てない。だからさ、もうちょっとだけ……もうちょっとだけ、俺を信じて待っててくれ」
私を抱く力が自然と強くなる。背中に感じる瀧くんの心臓の音も、ドクンドクンと高鳴っているのが分かる。
……これって。ひょっとして……
「……うん。ちゃんと、待ってるんよ。いつ迄も、待ってるんよ。だから、絶対幸せにしてね……」
それ以上、言葉はいらなかった。私を抱く瀧くんの手に自分の手を重ねて、私はゆっくり目を閉じる。そうして私たちは観覧車が回りきるまで、ただただずっと互いの感触を味わっていたのだった。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
どうも、水無月さつきです。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
これには深い事情(PC故障によるデータ全ロスト+仕事が多忙)が御座いまして、ご容赦頂けると幸いです。
ペースはかなり遅くなりますが、必ず更新は続けようと思いますので、ゆったりとお待ちいただけると幸いです。
さて、今話に関しては久しぶりに二人をいちゃいちゃさせられて満足です笑
次話ももっといちゃいちゃさせられるよう頑張りたいと思います。
次回もご覧いただけると嬉しいです
それでは