君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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懐かしの初めまして

嬉々として廻るコーヒーカップ。風を切り裂くジェットコースター。空と一体になれるフリーフォール。煌びやかな空間の中で唯一不気味な雰囲気を漂わせるお化け屋敷。そして、それらを風景を見守るようにゆったりと回る観覧車。

 

自らの好奇心赴くままに無邪気にはしゃぐ子供たちと、幼少に帰ったように目を輝かせながら嬉々とした声を上げる大人たち。遊園地は来るものをみんな、何時もとは違う喜びで満たしてくれる、さながら夢の空間だ。

 

かく言う俺も久しぶりのこの感覚に、胸を膨らましていた。学生時代にも、友人たちと何度か行ったものの、何回来ても遊園地のこのワクワク感は薄まらない。

 

「わあー、遊園地なんて、滅多に来たことないんよ。めちゃくちゃ楽しみ〜」

 

俺の横で、三葉も目をきらきら輝かせながら、無邪気にはしゃいでいる。

 

「遊園地、来る機会なかったのか?」

 

「昔は田舎暮らしだったし、こっち来てからも中々遊園地行こってはならなかったんよ。瀧くんとこうやって遊園地巡れるなんて、まるで夢のようなんよ」

 

夢のようか……

例えが俺と全く同じな所に、思わず笑みが零れる。何気ないこういう小さな共通点を見出して幸せな気持ちになれる辺り、俺は心底こいつに惚れてるんだなぁ、なんて実感する。

 

恥ずかしくて決して口には出せないそんな思いを抱きながら彼女を見ていると、ピロンというラインの着信音が鳴り、三葉は気付いたようにスマホを取り出して画面を操作する。

 

「二人も着いたみたい。この辺り、人が多いから入った所で待ち合わせよう、だって」

 

エントランスでは親子連れの客たちがチケットを買い求めてひしめき合っているが、俺たちは既にネットで購入済みだ。ビバ、情報化社会!

 

そんな軽い優越感に浸りつつ、俺たちはエントランスのゲートを潜る。相変わらず人でごった返しているものの、確かにゲート前よりは幾分マシに思える。

 

「で、二人はどんな人なんだ?」

 

俺は周囲を見渡しながら三葉に尋ねる。探そうにも本人たちを知らないことには探しようがない。

 

「うーんとねぇ、背が高くてぬぼーってしてるのがテッシー、前髪ぱっつんの可愛らしい子がサヤちんなんだけど……」

 

三葉も辺りをキョロキョロ見渡しながら、そんな二人の特徴を告げる。

 

 

何となく要領を得ない三葉の説明だったが、何故だがそれで二人のイメージが出来上がった俺は、ふとたった今抱いたイメージ通りのカップルの姿を発見する。

 

「あの二人じゃないか?」

 

「んー? どこどこ? あ、そうなんよ! あの二人よ。よう分かったね」

 

……どうして分かったんだろう。三葉に言われて自分でも不思議に思う。あれ?

前にもこんな感覚を……どこかで……

 

二人の方に向かって歩みを進める三葉の後ろ姿を眺める。そう……

つい最近、三葉と初めて会った時に抱いた感覚。失くしてしまったピースのかけらがピタリと埋まる、そんな感覚。

 

「サヤちん! テッシー!」

 

三葉は二人に駆け寄って、大きく手を振りながら周囲の喧騒に掻き消されないよう声を上げる。

すると、二人も気付いたようで、こちらに駆け寄ってくる。

 

「おう、三葉。待たせてもうたな。悪い悪い。こいつが支度に手間取ってな」

 

「はあ? 何言うんよ。格好はこれでいいかって何度も確認してきたんはそっちなんよ。三葉の彼氏に舐められたらあかんって言って」

 

「おぃい!? それは内緒や言ったやないか」

 

二人は三葉からの噂通り仲睦まじく夫婦漫才を繰り広げている。

 

薄緑のパーカーにジーンズ、そしてニット帽というラフな服装がよく似合っている背の高い人が勅使河原さんで、白のワンピースにジーパンという組み合わせをお洒落に着こなすパッツン前髪と左目の泣きぼくろが特徴的な可愛らしい人が名取さんか。

二人の左手薬指にはお揃いの指輪がキラリと光っている。

 

「で、こっちが噂の彼氏さんか」

 

「わぁ、三葉から聞いてはいたけど、中々のイケメンやね」

 

二人の視線がこちらに向かう。何故だろう。胸の奥が熱くなる。

 

「あの、立花瀧って言います。よろしくお願いします」

 

俺が半ば恐る恐るテンプレのような面白みに欠ける自己紹介をすると、

 

「俺は勅使河原克彦ちゅうもんや。テッシーって呼んでくれ。あと、俺ら年上かも知れなんけど、そんなの関係なしに、タメ口で構わんで。三葉の彼氏は俺らの友達や、遠慮はいらん。仲良くしてくれな」

 

「私は名取早耶香です。気軽にサヤちんでいいんよ。ちなみに三葉から聞いてるかもだけど、もう直、名字は変わるんよ。だから、名前で覚えてえな」

 

二人は示し合わせたかの様に同じタイミングで右手を差し出してくる。

 

「そっか。じゃあ、遠慮なく。俺も瀧って呼んでくれ。よろしく!」

 

俺はそう告げて、二人と握手する。何だか心が温かくなる。懐かしの旧友たちに出会えた、そんな錯覚をする位に、この二人に親近感を抱いた。

 

「ちょっと、瀧くん、どうしたんよ?」

 

隣の三葉が慌てた様子でハンドバッグから淡いピンク色のハンカチを取り出して俺に渡してくる。

気がつくと俺の前に立つ二人も心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 

「……あれ?」

 

そうして俺は自分の違和感に気づく。視界が霞み、声が震える。

 

「……な、なんだよ、これ。あれ……おかしいな」

 

目頭がぐっと熱くなって、頬に涙が伝う。胸の底から様々な感情がぽろぽろと溢れ出す。

気がつくと、俺は泣いていた。何故だかはわからないけど、思わず泣いていた。

 

そんな俺を心地良い香りと優しい感触がふっと包み込む。赤子を包み込む様なその温もりに、どこから溢れたか分からない感情がすっとおさまっていく。

 

「瀧くん、大丈夫なんよ。私は、私たちは、ちゃんとここにいるんよ……」

 

悲しいわけでは決してない。きっと俺は嬉しくて泣いている。小さい頃失くしてしまった大切な宝物がふとした瞬間に見つかった様なそんな感覚。俺は三葉の腕の中で、よく分からないこの感情を暫くの間ただただ噛みしめる様に味わっていた。

 

―――

 

「本当にびっくりしたで! 急にどうしたんかって焦ったわ」

 

「テッシーの顔がいかついからやわさ。ごめんな、テッシーがこんなんで」

 

「何を言うんや。俺の顔は関係ないやろぉ」

 

遊園地の中のテラス調のカフェの丸テーブルを囲みながら、俺たちは雑談を繰り広げていた。

 

「いや、本当にごめん。正直、何であんなことになったか自分でもよく分からないんだ」

 

「いやはや、でもあの時は中々良いものを見せてもらいましたわぁ。ねぇ、三葉さん?」

 

「やだ、やめてよサヤちん。正直凄く恥ずかしかったんよ? それに、あんまり私の瀧くんをいじめんといて!」

 

こんな感じで、先ほどから俺たちはずっとこの勅使河原カップルから集中攻撃を受けていた。今まで人前で泣くことなど親の前ですら殆ど無かったのに、初対面の二人の前で泣いてしまったのは恥ずかしいことこの上無かった。その上、更にそんな二人の前で三葉にあやされるという恥の上塗りに、正直死んでしまいたい気分だった。

 

「ほう。私の瀧くんときたもんや。そんな台詞、結婚する俺らでも言えんよ。いやー、瀧、お前さん、どないしたらあの恋愛とは無縁の朴念仁三葉さんをしてここまで言わせれるんや?」

 

「ちょっとー! 誰が朴念仁よ! 誰が恋愛とは無縁よ! 私は彼氏作らんかっただけやの」

 

テッシーが言うように、今日の三葉は割とおかしかった。朝からやけに甘えてきたかと思えば、テッシーたちと合流して以降はやたらとお姉さんぶっている。恐らくだが、旧友たちに年上らしくリードしているところを見せたいのだろうが、どうにも空回りしている。そんな三葉がとても可愛らしくて、俺はつい意地悪をしたくなる。

 

「なあ、テッシー。これくらいで勘弁してくれ。正直、恥ずかしくて死にそうだ……今の三葉の態度も含めて……」

 

思わず浮かぶ笑みに気づかれない様に手で口元を隠しながら、最後の所を強調してみる。案の定、三葉はまるでパンチを食らったかの様な衝撃的な顔を浮かべる。

 

「え? ちょっと、瀧くん? どう言うことなんよぉ?」

 

「そりゃあ、三葉。彼にだって男としての自尊心(プライド)ってのがあるんやよ。私らにはよう分からんけど、テッシーなら分かるんよね?」

 

「まあなぁ。正直今の三葉は男を駄目にする典型よな。お前さんの苦労がよう分かるわ」

 

三葉はまるで雷に撃たれたかのように黙り込んでしまった。なんだかんだで俺のことを思ってあれこれしてくれたのには違いないので、流石にちょっと可哀想になった。まあ、三葉をいじめるのもこの辺りが頃合いだな。

 

「おいおい、あんまり三葉をいじめないでくれよ。俺の(・・)三葉は割とナイーブで繊細なんだよ」

 

俺は、"俺の"のあたりに力を入れてそう告げると、テッシーは俺の意図に気づいたのか、標的を俺へと変える。

 

「ほほう! 今度は俺の三葉ときたもんや。なんや、二人とも偉いバカップルやのぉ。こりゃあ、お天道さんも恥ずかしくて見ておれんわ」

 

俺とテッシーは顔を見合わせて笑い合った。やはりというか、不思議と二人とは初対面な感じがしなかった。

 

「テッシーもサヤちんもいい人で良かったよ。俺、初めてダブルデートするって聞いた時、少しびびってたんだぜ? だって、三つ年上の初対面のカップルと上手くやれるなんて思わないだろ」

 

「そうかもなあ。だけど、俺は三葉の彼氏なら、絶対仲良くなれる思うとったよ。実際、お前さんとは初めて会った様な気がせんしなあ」

 

「あ、なんかそれ分かるんよ。私も瀧くんにはどこかで会った気がしとる」

 

驚いた。俺もまさに同じ気持ちだった。どこか懐かしいそんな感覚。それを告げると、テッシーは目を輝かせて嬉々としながら、体を前のめりにして語り始める。

 

「こりゃあ、絶対前世の記憶や。或いは多平行世界における軸移動という線もある。せや! 糸守に彗星が落ちたやろ! だけど、死者は誰も出んかった。こりゃ、なんかの介入があったに違いない。それが多平行世界の瀧っちゅう線はどうや! 多平行世界の瀧やから、軸が変われば記憶は改変される。これなら、俺らみんなが会ったことある気がするのも説明いくやろ!」

 

「「はいはい。そんな訳ないやろ」」

 

熱く語るテッシーに冷めた調子で女性二人の突っ込みが入る。

 

「多平行世界とか前世の記憶とか、相変わらずオカルト好きやねぇ」

 

「私と二人の時もたまにスイッチ入るんよ。いい加減卒業して欲しいわぁ」

 

「なんや、冷めとるのぉ。瀧、お前なら分からんか、俺の気持ち?」

 

「はは、確かに面白いけど、流石にそれはないだろ。その仮説なら俺、どんなスーパーマンだよ」

 

そう。それはあり得ない仮説。だけど、もしそんな不思議が少しでもあるならば、それはとても素敵なことだと、そう思う。それならば、三葉へのこの想いも少しは説明いくのかも知れない。

 

そんな思いを三葉も抱いたのか、テーブルの下で三葉が俺の左手に自分の右手で互いの指をからませる様にして握ってくる。このちっちゃくて柔らかい温もりが、確かに今この手にある。それはとても大切なこと。

 

だから、俺は言葉を繋ぐ。

 

「過去に何があろうと、今こうして出会えことは事実だろ。だから、俺が言いたいことはただ一つ。これからよろしく、だな」

 

「さっきまで泣いとった奴がやけに格好ええこと言うやないか。このやろう」

 

「なんて言うか、男ってあほやねぇ。でも、ちょっと羨ましいんよ」

 

「おいぃ、サヤちん、あほとはなんやあほとは。オカルトは男のロマンやぞ」

 

「いや、流石にそれは俺も同意しかねるぞ」

 

俺は笑う。三葉も笑う。それにつられてテッシーとサヤちんも笑う。こんな、さりげない幸せがいつまでも続けばいい。俺は心の底からそう思う。

 

「ほら! 折角遊園地に来たんだし、早く行こうぜ? 俺、あのジェットコースター乗ってみたいんだよ」

 

俺はそんな幸せを胸に、喜びに満ちたこの空間を駆けていくのだった。

 

 

 




今回もご覧きまして、誠にありがとうございます。
水無月さつきです。

さて、ようやくテッシーたちと出会いましたが如何でしたか。
まあ、実はまだ二話も使って朝から出会ったとこまでしか行ってないので、作中の時間ではわずか数時間しか進んでないんですよね……

ちなみに、テッシーの仮説は惜しい線いってます。
彼のオカルト好きも捨てたものじゃありませんね。

次話は作中内での時間がぐっと動きます。四人には時間を忘れて遊園地を満喫してもらいましょう。
よろしければまた次回もご覧下さい。
それでは

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