君の名は。~After Story~   作:水無月さつき

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旧友たちとの初めまして
ダブルデート


彼女と出逢ってから、一ヶ月が経とうとしていた。時には、喧嘩したり言い争ったりもするが、その度俺たちの仲は深まっていくように思う。そう言えば丁度つい先程も些細なことでちょっとした喧嘩になったのだが……

その時の事を回想すると、とても心地よい気分に満たされる。

 

「仲直りのちゅー……しよ?」

 

三葉はそう言って、俺を抱きしめる形で背中に手を回し、目を閉じながら意味ありげに可愛らしい形の唇を少し突き出している。俺も目を瞑りながら、右手を彼女の魅惑的なうなじの辺りに持っていき、そのすべすべとした首筋とふわふわした髪の生え際の感触を楽しみながら、一回、また一回と唇を交わす。

 

やがて何度目か分からなくなる位に唇を重ねた後、ふと目を開くと、彼女も同じタイミングで目を開けていたのか、すっと視線が合う。そのもの言いたげな大きな瞳に吸い寄せられて、俺はもう一度彼女の唇を奪う。そして、その勢いのまま彼女の口内へと舌を這わせる。彼女を抱く腕に自然と力が入る。俺の背中を抱く彼女の力も強くなるのを感じる。

 

彼女は甘い吐息を漏らしながら、俺の舌に自分の舌を絡ませてくる。その舌はまるで別の生き物のように俺の舌を搦めとる。俺も負けじと舌を這わせると、彼女からまた吐息が漏れる。ザラザラとした触感とヌメヌメした感触が混ざり合い、次第に何も考えられなくなってきて、頭がバカになりそうだ。

 

数秒にも数時間にも思えるそんな深い深い口付けを交わした後、三葉は顔を真っ赤にして俺の胸の中に顔を埋める。

 

ああ、いけない。これは、癖になってしまう……キスがこんなに気持ちいいものなんて知らなかった。それは、やっぱり彼女が相手だからなのだろうか。

 

「あかんよぉ。瀧くんと一緒におると、私あほになってまうんよ……」

 

そんな風に恥ずかしがる彼女の姿を見て、俺はなるべく平然としているように努めた。本当は物凄く恥ずかしかったけれども、俺が恥ずかしがってしまったら、彼女はもっと恥ずかしくなるだろう。だから、俺は強がって、彼女を強気に攻める。

 

「それじゃあ、もっとあほにしてやろうか?」

 

「瀧くんのえっち……うん、もっと……しよ?」

 

……どうやら三葉の方が一枚上手だったようだ。俺は自分でも分かるくらいに顔を真っ赤にしながら、三葉ともうひと勝負挑んだのだった。

 

そんな風に、こうやって自分で振り返って恥ずかしくなる程度には、それはもう順調な交際を続けていた。よく四葉も交えて食事に行ったりもするのだが、その度四葉から、式の日取りはいつですか、とか、新婚旅行はどこにいくんですか、とか聞かれて揶揄われていた。

 

その辺りの質問などはまだ優しいレベルで、ついこの間、

 

「赤ちゃんは何人作る予定なんですか?」

 

と聞かれて、思わず食べていた物を喉に詰まらせそうになった。普段の揶揄には恥ずかしそうに笑って誤魔化していた三葉も、この時ばかりは顔を真っ赤にしながら席を外してまで本気で四葉にお説教をした後、全力で俺に謝罪をしてきた。

 

ちなみに、この時三葉は満面の笑みを浮かべながら無言で立ち上がり、四葉をお手洗いまで連れて行ったのだが、数分後涙目になりながら人が変わったように萎れている四葉を見て、絶対に三葉を本気で怒らせないようにしようと誓ったのは内緒の話だ。

 

さて、そんな順風満帆な日々を送っていた俺たちだったが、ある平日の朝、三葉からのメールの思わぬ文面に目を見張ることになった。

 

今度、ダブルデートをしたいんだけど、大丈夫?

 

それは本当に唐突な提案だった。三葉がそんな提案してくること自体が意外だったし、俺と三葉との共通の知人など、思い当たる限りいなかった。

 

いや、一人だけ四葉がいるな、と思い当たり、よもやと思いながらも、ひょっとして四葉ちゃん? なんて聞いて見たら、そんなわけないんやよ、と可愛い顔文字とともにやんわりと否定された。

 

詳しく話を聞いてみたところ、どうも三葉の昔からの友人らしい。三葉がその人たちに俺の話をしたところ、是非会ってみたい、と強く主張され、断るに断り切れなくなったそうだ。

 

三葉曰く、とってもいい人たちだし大丈夫。瀧くんとも絶対仲良くやれるんよ、とのことだった。

正直な話、この提案に俺はあまり乗り気にはなれなかった。幾ら三葉の友人とは言えども、折角の三葉との時間を見ず知らずの他人と一緒に過ごすのは勿体ない気がした。それに、三葉の友人ということは、俺より三歳年上であるわけで、そういった色々な理由から俺だけ話題に取り残されそう、そんな気がしたからだ。

 

が、そんな俺の思いはメールでは汲み取ってもらえなかったようで、結局最後には押し切られて了承してしまった。

 

そんなこんなでデート当日。俺は不安な気持ちを心の底に押し留めて、駅前の待ち合わせ場所で三葉の到着を待った。今日は遊園地で遊ぶ予定になっており、ここで三葉と待ち合わせた後、現地で三葉の友人と直接合流する事になっている。

 

初め会ったら何を話せばいいのかとか、どんな調子で話し掛ければいいのだろうとか、あれこれ考えていると、俺の背中がふと柔らかい感触に包まれる。

 

「たーきくん! お待たせ〜。んー、瀧くん成分を補充しちゃうんよぉ」

 

三葉は俺の背中に覆い被さりように抱きついてきて、その吐息が微かに首筋に当たり、なんともこそばゆい感覚に襲われる。

 

この一ヶ月、三葉と一緒に過ごしてきて、徐々に分かってきた事がある。

その一つが、三葉はかなりの甘えん坊だということだ。四葉曰く、普段の三葉はかなりしっかりした性格で、赤の他人から見たら隙の無い女として有名らしい。が、四葉から言わせてみると、それは周囲の目を気にして仮面を被っているに過ぎず、実際にはそれがかなりのストレスだそうだ。

 

そして、どうもそのストレスをこれまで発散させることが出来ず、かなり溜め込んでいたようだ。俺が四葉ちゃんに初めて会った時に聞いた陰口の内容は、たとえ本気でなくとも多かれ少なかれ事実ということだ。そして、その反動からか、仕事が忙しかった日などに、三葉は人が変わったように俺に甘えてくる。

 

互いに好き合ってるいるだけあって、基本的に俺にはかなり心を許してくれているらしく、三葉は普段から割と無防備だ。普段お堅い人が俺の前では別の顔を見せてくれるというのはとても喜ばしいことなのだが、ことこの時に関しては、三葉のあまりの無防備さにどぎまぎせずにはいられなかった。そして、どうやら今日もその類らしい。

 

まあ、分かりづらいのでぶっちゃけてしまうと、おっぱいが当たるのだ。おっぱいが……

大きいとまではいかないが、確かにあると実感できる程度にはある、品のいい柔らかさを背に感じて、つい興奮してしまう。

 

だって仕方ないだろ? 俺だって健全な男なんだ……

好きな女に密着されてなんとも思わない方が失礼ってもんだ……

などと、半ばやけっぱちで開き直っていると、三葉は俺の首元に回していた右手のその柔らかな指で俺の顎あたりを撫でるように触りながら、

 

「たーきくん……」

 

なんて、俺の耳元で吐息混じりに囁いてくる。

え?何? 俺のことからかってるの?

そんな錯覚をする位には今日の三葉はおかしかった。いつも、別れ際には名残惜しそうに甘えてくる三葉だが、今日は会って早々にいつになく甘えてくる。不思議に思って後ろに向き直り、三葉の顔を伺ってみたのだが、彼女は何が嬉しいのか、頬を軽く桜色に染めながら、えへへと笑みを浮かべて今度は正面から抱きついてくる。

 

「ちょっ、三葉、どうしたんだ? 今日はなんか変だぞ」

 

「んー、変なんて酷いんよぉ。ただ、私は瀧くんに会えて嬉しいだけなんよ」

 

うーむ。正直、やはり少し違和感を感じ得ないが、次第にそんなことどうでも良くなってきた。三葉がそれを望むなら、満足するまで乗ってやろうじゃ無いか。変なスイッチが入った俺は彼女の桃色に染まった頬の柔らかさを左手で感じながら、すっと唇を奪う。

 

初めはぎこちなかったキスも、今では自然に交わすことが出来るようになってきた。とは言え、キスする際のこのドキドキ感は今でもなお衰えない。

 

口づけを交わした後、名残惜しそうに俺を見る三葉のどこまでも深く澄んだ黒色の瞳を吸い込まれるようにじっと見つめていたが、やがて恥ずかしくなったのか、三葉はすっと顔を背ける。

 

「俺の勝ちだな」

 

「もう、何が勝ちなんよぉ」

 

三葉は少し悔しげにそんな台詞を口にした。割と負けず嫌い、これも最近知った三葉の一面。

 

「ほら、そろそろ行かないと、三葉の友達待たせちゃうだろ。それに、流石にそろそろ周りの視線が恥ずかしくなってくる」

 

「そだね。行こっか」

 

多少行き過ぎにも思える挨拶を交わした俺たちは、気を切り替えて待ち合わせの場所へと向かうのであった。

 

―――

 

はぁ、また瀧くんに持っていかれた……

 

サヤちんとテッシーとの待ち合わせ場所に向かって歩く中、先程までの攻防を思い出し、私は内心大きく溜息をついた。

 

今日は何か変かぁ……

 

そう、実際私はかなり恥ずかしい思いを我慢しながら、瀧くんを攻めた。私にくっつかれて顔を赤くする瀧くんの姿は、とても愛らしかった。それに、瀧くんに触れていると、彼が今確かに自分の腕の中にいる事が実感できて、とても安心出来た。

 

しかし、いくら付き合っているからと言えども、会って早々あれだけいちゃつくのはかなり勇気がいる。これまで他人に弱みを見せる事を良しとしなかった私にとっては一入(ひとしお)だ。

だが、それでも敢えて甘えて見せたのには、ふか〜い事情がある。

 

それを説明するには、そもそも今回のデートをするに至った経緯を説明しなければなるまい。

 

それは、今から一週間前、私はサヤちんとテッシーにランチに誘われた。その日の瀧くんとの予定は夕方からだったので、当然私は快く承諾した。

 

私たちは食事を楽しみながら、お互いの近況を話し合った。その際、サヤちんには瀧くんの話をした事がある為、当然その事に触れてくる。

 

「で、噂の彼とはどうなったんよ?」

 

サヤちんが身を乗り出して興味津々という様子を全面に出して聞いてくる(かたわら)で、テッシーは料理を突きながらあまり興味無さげな様子を装っていたが、視線はばっちりこちらを向いていた。

 

テッシーがいる手前、あまり派手な女子トークは繰り広げられないので、私はこれまであった事をオブラートに包みながら掻い摘んで二人に説明した。

 

「珍しいことあるもんやな。そりゃ絶対、前世の記憶や! あるいは……」

 

「テッシーは黙ってて!」

 

相変わらずオカルトマニアなテッシーの話をぴしゃりとサヤちんが遮る。流石に夫婦になるだけあって息ぴったりな二人の様子を見て、思わず笑みが溢れる。

 

「やっぱ、二人とも仲いいなぁ」

 

以前そう言うと決まって、良くないわ!

なんて否定されていたけれど、今の二人は恥ずかしそうにはにかみながら、そうかな?

なんて聞いてきた。そんな二人を見て、夫婦っていいな、なんて思い、瀧くんのお嫁さんになった自分を想像して、思わず恥ずかしくなる。

 

「あ、なになに? ひょっとして今、噂の瀧くんのこと思い浮かべとったん?」

 

「その瀧くんっちゅうやつに、是非会ってみたいな! サヤちんもそう思うに?」

 

「あ、いいね、それ。三葉が気に入る人やし、絶対仲良くなれるわ。なあ、三葉、今度一緒に四人で遊ぼうやぁ」

 

「えぇ? ちょっとまってよぉ」

 

いくらなんでも、この面子で遊んだら、瀧くんが浮いてしまわないだろうか。彼は三つ年下だし、気まずく思うかもしれない。そんな不安を告げたのだが、

 

「大丈夫や! 三葉の彼氏なら俺の親友やに、 絶対仲良くなれるって」

 

「流石にその辺りはちゃんと気回すで、大丈夫やさ。それに、私も三葉の彼氏なら仲良くなれる自信があるんよ」

 

そう言って、二人主導であれよあれよとデートの詳細まで決まってしまった。

 

「しかし、まさか三葉が年下と付き合うとはなぁ。そればっかりは今でも信じられんわ。お前、色々ぼんやりしとるで、年上にリードして貰わな絶対うまくいかんと思っとったんやがなぁ」

 

割と失礼な事を言うテッシーを無言で睨みつけるも、隣に座るサヤちんまでもが、

 

「本当やわさ。私も三葉の好みは色々リードしてくれる年上やと思っとった」

 

なんて合いの手を入れる。まさかの勅使河原夫妻の包囲網に業を煮やした私は思わず、

 

「そんなことないんよ! 私が年上としてばっちりリードしてるんよ!」

 

なんて、強がりを言ってしまった。実際には、瀧くんに終始リードされっぱなしで、正しく二人の言う通りなのだが……

 

と言うのも、私にはどうも瀧くんが年下という感覚がないのだ。彼と話していると、そう、丁度サヤちんやテッシーのような同年代の人と接っしているような感覚に襲われる。そんな事も相まって、気がつくと瀧くんに身を委ねている私がいるのだ。

 

「ほう? 言ったな、三葉。ほな、今度のデートで三葉がお姉さんらしくリードしよるとこ、とくと見せて貰おうやないか」

 

「楽しみやね。私も知らん三葉の一面。ちょっと気になるわぁ」

 

ぐぬぬ……い、今更、嘘です、なんて告げるのは私の自尊心(プライド)が許さない。

 

「い、いいんやよ。二人ともきっと驚いて目を見張るんよ」

 

結局、更に強がりを重ね、引くに引けない状況を自ら作り上げてしまったのだった。

 

そんな自業自得と言う名の浅い……いいえ、深い深いです!

兎に角、ふか〜い事情の元、瀧くんをリードすべく、最初が肝心ということで出会い頭から全力投球してみたのだが、そんな私の努力も瀧くんの男らしさを前に雲散してしまった。

 

もう、瀧くん、ちょっと格好良すぎなんよ!!

私がちょっと攻めたらこれ幸いとカウンターで倍にして返してくる所とか、本当に卑怯なんよ。

 

我ながら非常に贅沢で我儘か話だとは自覚しているが、今日に限ってはちょっと位リードされてくれてもいいんに。

 

そんな事を思いながら、瀧くんの顔を見つめていたのだが、

 

「ん、どーした? 俺の顔、何か付いてる?」

 

瀧くんはこっちを見て、無邪気な笑顔を私に振りまく。その爽やかさに思わず心がときめいてしまい、少し経って理不尽な怒りが湧いてきた。私は瀧くんに聞こえるか聞こえないか位のトーンで文句を言ってみる。

 

「ふん、そういう所、反則なんよ。ちょっと位、私に甘えてくれてもいいんに」

 

「え? ごめん、今何て言った?」

 

「んーん、別になんでもないんよ」

 

不思議そうに首を傾げる瀧くんを見て、ちょっぴり満足する私なのだった。




いつもご覧頂きありがとうございます。
水無月さつきです。

今回の話は如何でしたか。まあ、正直なところ、何も動いてないですね……
一応、ちょっとずつ二人の仲は進展しているのは分かって頂けたらなぁなんて思って書いたのが冒頭のキスシーンなんですけど、ちょっと強引でしたかね汗

まあ、次回はいよいよ勅使河原夫妻と瀧くんの出会いですので、期待してお待ち下さい。
……いや、やっぱりあんまり期待しないで下さい笑

また次回もお読みいただけたら嬉しいです
それでは

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