僕らの徒然なるままに   作:Zanzibar

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出会い

僕の名前は真野辺菊。

女っぽい名前だけどちゃんとした男だ。皮だって剥けている。

そんな僕には昔から人には見えない物が見えた。

それは人が妖怪といったり化物と呼ぶ類のものだ。子供の頃は良く追いかけられたり驚かされたりしていた。

僕の母親は若い内に僕を作り、相手の男に捨てられた。つまり僕の家族は彼女だけだったのだが、彼女は何も無いところに喋りかける僕を気味悪がり、自らの境遇を嘆いていた。僕が見上げる彼女の目にはいつも憎しみが宿っていた。

そんな2人の生活が続く筈もなく、程なくして僕は施設に預けられた。そこらへんの山に捨てられなかったのは、彼女のせめてもの情けだったのだろう。

母親に捨てられてからも妖は僕の前に現れ続け、人は僕のもとから去り続けた。

その時ぐらいからだろうか、僕が軽く叩いただけで妖達が大ゲサに痛がる事に気付いた。僕はなるほどと思い、それからはちょっかいかけてくる妖達を少し痛い目にあわせる事にした。

 

 

夜の森で青年とおんなの妖がおいかけっこをしている。

 

 

「ちょっと待ってよー。何もしないから。」

 

「待たぬっ、お主であろう、このヤツハラの森でだれかれ構わずケンカを売るものは。」

 

「知ってるなら、なおさら相手しないとダメじゃん。力のデカさからして、君がここら一帯の主だろう。」

 

「私は別に主では無い!確かに最初は調子に乗った人の子を懲らしめようとしたのだが、何だ!お前の妖力の量は!ちょっと引くぞ!」

 

「ひどいなー、悪い様にはしないからさ。やさしくするから、ほらこっちにおいでよ。」

 

 

「キャー!犯される!」

 

 

 

妖である星子は最近良からぬ噂を耳にしていた。それは人の子が妖を相手にケンカをして勝つというものだ。

これを聞いた星子は、怒りに震えた。妖とは本来、人に恐れられるべき存在。

祓い師のような人の業により負けるのならともかく、真っ向からの力比べで負けるなど許される事ではない。

妖の誇りを取り戻すべく星子は立ち上がった。

 

しかし、星子は追いかけられていた。

 

何なのだ!あの人間は、あれほどの妖力はかつて見た事がない。もはや気持ち悪さすら感じる。

 

「ちょっと待ちなって、いい加減疲れたよ。」

なら追いかけてこなければいいのに!

 

「何だ、ちょっとは骨のある妖と思ってたのに、とんだ期待ハズレだよ。」

これは、単なる挑発だ。青年もこれに相手が引っかかるとは思っていなかったろう。しかしその挑発は星子のどこかにひっかかった。星子は立ち止まり振り返った。

 

「あまり調子に乗るなよ人間。貴様など私が本気になれば、たわいもない物と知れ。」

 

青年はその時、妖の瞳に人間に対する憎しみがあるのを見た。そしてその奥にある悲しみも。

 

「本気ね、、」

そう言うと青年は走り出した。そして星子を押し倒した。

星子の顔の目の前に青年の顔があった。星子は青年の顔を初めて間近で見たが、その顔は美しかった。肌は白く、その繊細な作りは男というよりも女に近いものを感じた。

しかし顔の美しさよりも星子が気になったのは青年の目だった。彼の目は寂しげだった。その目を見ていると不思議と怒りは消えていった。

「君は綺麗だけど、目が少しキツイね。髪は赤色だし、炎の妖怪かなにかかい?」

 

「いやそうではない。それよりも人の子よ。お前は人の身でありながら私を押し倒し手篭めにしようとしているのか?」

青年は困った顔をした。

「違うよ。君はさっき本気を出せばなんて言ってたけど、本当は本気なんて出せないんでしょ。」

 

「ほう、なぜだ?」

 

「だって、ほら。」

そう言って青年は星子の右手を持ち上げ、着物の袖をたくし上げた。そこには墨で書かれた禍々しい模様があった。

 

「とても強い封印だね。侵食していき、体中が印に覆われた時には、その土地に縛り付けられ、その土地の養分として消えていく。」

 

「お前は祓い師か?」

 

「違うけど昔ちょっと勉強してたんだ。それにしても、君は一体いつから生きているんだい。この印って確か源氏の物だろう。」

 

「いつからというのは覚えていないな。しかし、そうだな。妖物の中でもだいぶ長生きしている方だとは思う。」

 

「そう、、」

 

「そろそろどいてはくれぬか?どいた所を襲ったりはせん。興が冷めた。」

 

青年は立ち上がった。星子も立ち上がり着物をはたくと、黙って立ち去ろうとした。

 

「ねえ、その封印解いてあげようか?」

星子は立ち止まり、怪訝な表情を向ける。

 

「解けるのか?」

 

「流石に一度で解くのは無理だけど、僕なら解けるよ。」

 

「しかし、そもそもお前には解く理由がないではないか。」

 

「そうだね、じゃあ名前を頂戴。」

 

「お前、その言葉の意味が分かってるのか、名とはそのものの命、名を渡せば私はお前に逆らう事は出来なくなる。つまりは子分になれ、という事だぞ?」

青年は涼しい顔のまま頷いた。

 

星子はため息をついた。

「いいだろう。どうせ人の一生など短い。紙と何か書くものを寄越せ。」

 

青年はカバンからノートとペンを取り出し渡した。

 

星子は初めて使うペンに悪戦苦闘しながら、なんとか名前を書き上げた。

 

「汚い字だなー。なんて書いてあるの?」

 

「うるさい!その面妖な筆を使うのは初めてなのだ、仕方無かろう!」

 

「わかったから、それで名前は?」

 

「生意気な人の子め、、朱隈星子という。」

 

「嘘だね。」

青年はつまらなそうな顏で言った。

「昔から嘘ばかりついてきたからね。人の嘘はすぐわかるんだ。」

 

星子は苦い顔をして、喋ろうとしない。

 

青年は頭を掻き、おもむろに指を噛み切り傷から溢れる血で何かをノートに書き込みんだ、そしてそのページを引きちぎり星子に渡した。

 

「真野辺菊。真実の真に、野原の野、一辺の辺に、花の菊。それで、君の名前は?」

 

星子は驚いた。確かに人間の場合は妖と違い、ただ名前を書かれた紙を破かれたりした所でどうという事はない。しかしそのものの体の一部とも言える血と、妖力まで込めて書かれたものとなれば話が変わってくる。

 

「お前は馬鹿なのか?この紙を使い脅せば、お前に封印を解かせる事だって出来るのだぞ。」

 

青年は涼しい顏で、

「でも君はそんな事しないだろ?」

と言った。

 

星子はしばらく開いた口が閉じなかったが苦笑して、変な奴だなとつぶやいた。

 

青年は何を考えているのか分からない笑みを浮かべ星子を見つめている。

 

星子は観念したように大きくため息をつき、青年からノートを奪い取り、何かを書き込み、青年に渡した。

そして、その名前を言った。

 

茨城童子、私の名前は茨城童子と言う。

 

 

これが青年、真野辺菊と悠久の時を生きる大妖にして、遥か昔、平安の世を恐怖に陥れた鬼の軍勢の副首領、茨城童子との出会いである。


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