ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
蝉の大合唱と寄せては返す波の音、そして遠くから聞こえるバイクのエンジン音。
快晴の下、砂浜に裸足でじゃれるのはAqoursのみんなだ。
この光景は見覚えがある。そう、ラブライブ予選の翌日に写真を撮ったあの日だ。
みんなと一緒に写真を撮った時のことは今でも覚えているし、写真も色褪せずに残っている。けれど、その後の出来事がより印象的になるのは致し方ないことだろう。それだけ私の予想していなかった事態があり、手痛い目にあったのだから。
私は自分の夢を夢と分かりながらもそれをぼんやりと眺めていた。所謂明晰夢というやつだ。
「結局撮影会になっちゃいましたね」
「このグラーマラスな果南の体を前にグラビアを撮らないなんて手はないですから」
「鞠莉がそれを言う?」
なんてじゃれついたり、波打ち際で足だけ水に浸けて涼んだり、何しに来たのだか忘れかけた頃、それはやって来た。
前触れはあった。遠くから聞こえるバイクの音が遠ざかる事無くしばらく周辺を回っている様さがあったのだ。
「さっきから聞こえるバイクの音、どんどん近づいて来るね」
「あ、あの人じゃない?」
海岸線を颯爽と駆け抜けていた細身のバイクはパンペーラ250、日本では馴染みの薄いGASGAS社のトライアルバイクだ。このバイクは2000年代初期のもので、仮面ライダークウガの劇中で主人公が乗り回し、リアルなトライアルの要素を取り入れたアクションで子供達を魅了したバイクだ。
そんな劇中の活躍や、バイク本体の見た目がトライアルバイクの割にしっかりしたシートであること、燃料タンクが比較的大きいことから走破性とトライアルバイクとしての要素の良いとこ取りしたバイクだと思われがちだが、実際はクウガ劇中のように長野から東京までフルスロットルなんて無理だ。外国産バイクは当たりハズレが激しいが、当たりを引いたとしてもそれはできないという。
さて、何故私がそんなマイナーなバイクを知っているかだ。
仮面ライダー、おジャ魔女、デジモンの組み合わせは至高であるとリアルタイム世代で無い私でも確信しているけれど、理由は他にある。要は生で見たことがあるのだ。
「下りて・・・こっちに来るけど?」
それは他の誰でも無い、明里穹の自宅のガレージで埃を被っていたもの。穹が羨望の眼差しで見詰め、親に声高にくれと要求していたものだ。
そして、今、バイクから下りてこっちに歩みを進めるのはやはり、穹その人だった。
くそが付くほど暑いだろうに、ライダージャケットを着た穹はだが、涼しい顔に汗一つかいていなかった。
「やっと見付けた。免許取ったのがまさかこんなに早く役に立つなんてね」
私の目の前、手の届く位置に止まり、穹は飄々とした様子で言った。けれど、私はそれが内心で渦巻く感情を抑えて余裕であることをアピールしている態度であることを知っている。ただ、その内心の感情が怒りか、喜びか、それとも他の感情なのか、私には掴めなかった。
「穹・・・どうして?」
「決まってんじゃん。借金を帳消しに来た」
「それはーーーー」
どういう意味、と言おうとして突如私の視界の下に消えた穹に私は軽々とリフトされた。それはもう地面から綺麗に大根が抜けたかように。
「スマホとハーモニカは?」
「あっちに置いてる」
「なら心置きなくっ」
肩に担がれた私は叫ぶ間もなく穹は走り出し、それはもう豪快に海に放り投げられた。
一瞬の浮遊感の後、天頂に見える輝きが透明なフィルターに阻まれる。そのゆらゆらと揺れる様は私の動揺をそのまま表現しているかのようだった。
本当はこの後にもやりとりはあったのだけれど、私の夢はそこで突如として終わりを迎える。
得てして夢の終わる瞬間とは落下と相場が決まっているのだ。
水の中に放り込まれた夢を見て先ずは自分がおねしょをしていないか確認した。水に纏わる夢を見るときは大汗を掻くか漏らすかどっちかだからだ。幸いにして大汗を掻いた方だった。
私は一度シャワーを浴びながら先程の明晰夢について思いを巡らせた。
あの日から私はまたずっと考え続ける日々が続いている。その転機となった日の事を夢に見るということは、今私は再び転機を目前としているのだろう。。
浦の星女学院廃校という大きな転機。その事実をどのようなスタンスで迎えていくかということだ。
普通に考えれば廃校阻止なんて無謀な夢だ。学生が数人協力したところで覆らないだろう。
けれど、それを私は無駄と断じて何もしないのか?
「そんなの・・・」
どうすればいいのかなんて、何が正解かなんて分からない。分かるのは後悔したくないということ。そして傷付きたくないということ、傷付けさせたくないということだ。
「穹、私はどうすればいいのかな?」
頭から冷たい水を浴びようと答えは出ない。私は早々にシャワーを切り上げた。
時計を見れば寝直すには些か遅く、学校に行くには早すぎる時間だった。
どうしようか迷った挙げ句、私は早めに登校することに決めた。これからどんどん気温が高くなるため、本格的に暑くなる前に登校しよう思ったのだ。
私はこの半年に満たない間に随分と着慣れたセーラー服に袖を通す。いや、なかなかハイセンスな一年生用の夏制服はノースリーブのため袖はないのだが、兎に角制服を着て私は家を出た。
劣化の進んだアスファルト。所々錆び付いているガードレール。生い茂った木々。それらも随分と私の日常に溶け込んだもので、今なら寝ぼけていても通学できる自信がある。
住めば都、なんて言葉があるけれど、私はこのかったるい通学の過程がそれ程嫌いでは無いのだ。きっとそれは私だけでは無い。多くの浦女生がそうなんだろう。
早めに出れば多少はマシだろうという当ても外れ、学校に到着する頃にはじっとりと背中に汗を掻いていた。けれど、それは単に暑いからなのか、廃校になるということに無意識に焦りを感じたからなのか分からなかった。
「好きだよ。私だって。それだけははっきりと分かる」
みんなと巡り会えたこの学校のことが好き。それは分かっている。守れるなら守りたいという気持ちもあるにはある。けれど、どうしようもなく怖いのだ。そんな行き場の無い気持ちに私は相応しい方向性を見出せていない。
「みんなはーーーーー」
「ーーーーーーーーーー」
見付けられるの、と問い掛けたかった。
そんな私の心の声に応えたのは反骨心と空元気の入り交じった獣、いや、怪獣の声だった。
幻聴ではない。現実に起きた一瞬の空気の揺らぎ。けれど、確かにそれは世界の片隅に響いた。私の耳に届いた。
私はそれに導かれるまま校庭に足を運ぶとそこには果たして居た。千歌先輩を初めとした浦の星女学院が誇るスクールアイドル達の姿が。
ああ、みんなはやっぱり凄い、と思った。
言葉を交わさずとも見ただけで分かる。答えを出したのだと。
「起こそう、奇跡を。足掻こう精一杯。全身全霊、最後の最後までみんなで輝こう!!」
絶対に勝つ、とか、廃校阻止、とか言わないのは心のどこかでそれが無謀であることを理解しているからなのだろう。けれど、それでも諦めることはしないと、立ち向かうと決めたその姿は無力であることは変わらない。それでも可能性という輝きを私は見た。
去年の私は同じように足掻いていたけれど、果たしてそこにみんなのような輝きは無かったと思う。それはきっと私が心の底から引っ越しを覆せると信じていなかったからなのだろう。
けれど、みんなは現実を見つつも可能性を捨てていない。それがどうしようもなく私を惹きつける。
「奇跡を」
みんなが宣誓するように口にしたそれを、あっ、と思った時には私もまた口にしていた。
「星ちゃん!」
「なんか不思議。一人では雁字搦めになって何も決められなかったのに、みんながいるとこんなに素直に気持ちが出てくるなんて」
でも、それこそが本心なんだろうと私は口にした“奇跡”という言葉を噛み締めた。