ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
何故こんなことになったのだろうと後悔したことはあるか?そう問い掛けられたら私は間違いなく、ある、と答える。そして今、学校のプールサイドで濡れた体で私は後悔真っ只中にいる。
「はい。あと10往復は軽いかな」
「重いです。軽いのは果南さんだけです」
学校の25mプール。それでも10往復もすれば500mだ。水泳初心者からすれば重労働だ。
私は今、善子ちゃん、ダイヤさん、ダイヤさんと共に果南さんのトレーニングメニュー体験をしている。
事の発端は善子ちゃんだ。善子ちゃんはAqoursに入ったのが花丸ちゃん達より遅い分、体力面で少し不安があるのか、体力お化けである果南さんにトレーニング方法を教わっていたのだ。よりにもよって果南さんにだ。
聴かれた果南さんは喜んでトレーナーをやると張り切りだしたのが運の尽き。とんとん拍子で体験ツアーが始まりだしたのだ。
私とダイヤさんはどうかと言われれば善子ちゃんの天性の不運に見事に巻き込まれた形だ。
「これでも予選前だから軽めのメニューにしてるんだよ?それにいつもなら波の抵抗のある海で泳ぐんだから」
「ば、化け物」
「私から言わせればハーモニカ吹きながらタップダンスしてる星の方が化け物だけどね」
「見たんですか?」
「もう隠してる訳じゃ無いんでしょ」
「それもそうですね」
別に怒ったわけではない。ただ、不思議な感覚だった。自分からハーモニカを聴かせることはあるが、自分の過去の投稿動画を見せたことはなかったから。
「ちなみに、多分みんな見てると思いますわよ」
「もう今更な話しよ」
「なんというか、気恥ずかしい。自己紹介で堕天使って言うくらい恥ずかしい」
「なによ!」
呼吸の回復に努めていたダイヤさんと善子ちゃんだが、加入が遅かったとは言え人並み以上の体力は持ち合わせているのか早くも呼吸が整いつつあり会話する余裕を見せていた。
「呼吸も整ったし、次行く?」
「それはご勘弁を」
「というか、星はなんでそんな平気そうなの?」
「やせ我慢。それよりも善子ちゃんは何で急にトレーニングなんて?」
「それは・・・みんなの分も頑張りたいって思ったからよ」
顔を赤くしてそう告白する善子ちゃんは新鮮だった。
善子ちゃんは周囲と合わせたいと思う反面、自分の“本当”を曲げられない性格だ。だからその板挟みになり素直になれない。素直になれないからなかなか人とも馴染めない。けれど、この学校の人はそんなありのままの善子ちゃんを受け入れた。
「それはいい心掛けだと思いますが、無理は禁物ですわよ」
「ああ、ダイヤさんはそのために」
「そ、そんなことありませんわ。ただちょっと運動不足を解消しようとしただけ」
「そう?ならオマケしてあと5往復でいいよ」
「へ?いやぁあああ」
口は災いの元。ダイヤさんは果南さんに抱きかかえられるとそのままプールへとダイブした。よい子は危険なので真似してはいけないやつだ。
「今更無理して体壊すような真似はしないわよ」
「成る程ね。だから基礎トレなんだ」
「そ。それにしてもまさか私がこんな気持ちになるなんて、屋外で星の演奏を聴いてた頃には考えてもみなかったわ」
「そうだね。善子ちゃんも丸くなったね」
「クックック、堕天使が悪物だと誰が決めた?」
「ああ、こういうところは相変わらずだね」
突如現れる善子ちゃんのアイデンティティ。彼女が一番自分らしいと思う自分の姿、堕天使ヨハネ。最初は珍妙で難儀な性格だと思ったけど、慣れるとこれが面白い。
変わったところもあれば変わらないものもある。
「星だって丸くなったじゃない。最初の頃は何て言うか、捨てられた犬みたいな感じだったわよ」
「そんなにやさぐれてないよ」
「そうじゃないわよ。ただ、誰かの優しさに飢えてて、でもそれを信じていいのか分からなくて、行き場の無い、そんな感じだったってこと。その頃に比べれば今は全然良いよ。余裕がある」
「お陰様でね」
不意にそうなことを言われたもんだから今度は私が赤面しそうになる。いや、顔が熱いのはきっと夏の日射しが燦々と照っているからだ。思えば濡れた髪の毛も半乾きになっている。
「はぁ、はぁ、え、泳力が即ち水中で強いことと同義ではないと分かったかしら?」
ザバンッ、と気持ちいい音を大きく起て、ダイヤさんは水中から上がった。果南さんの足を掴んで。
「はぁ、はぁ、急にプロレス技を掛けるなんて反則だよ」
「ぶっぶーですわ。急に引き釣り込んだのは果南さんの方でしょう」
どうやら二人は水中にダイブしてから激しくキャットファイトを繰り広げ、ダイヤさんがその戦いに勝ったのだろう。
しかし、ダイヤさんはいつプロレス技など習得したのだろう?習い事でプロレスをやっているのだろうか?
「あ、教えたの私」
「善子ちゃんも変なこと知ってるね」
「大変助かりましたわ」
「覚えてなさいよ、ダイヤ」
逆恨みの気もするが、果南さんはそう言うとプールサイドに豪快に寝転んだ。
「全く、嬉しいことがあると体を動かしたくなる。昔から変わりませんわね」
ダイヤさんは自然に“昔から”と口にするが、そこに関係がぎくしゃくしていた頃の影はない。たった一度のすれ違いで紡いできた仲を引き裂くことなどなかったということだろう。
ダイヤさん達の関係は私に勇気をくれる。三人を見ていると私も穹とやり直すことが出来るのでは無いかと思える。
「ダイヤこそ。善子がみんなのためって言った時、顔がにやけていたよ。そういうとこ、変わらないね」
ずっとみんなのこと、学校のことを気にしていたからこその思いなのだろう。
変わっていいこともあれば変わらなくてもいいものもある。
きっと三年生の三人が抱いていたそんな想いは変わらないからこその尊い輝きなのだろう。