ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
かんかんミカン、では無くカンカン照りの屋上で汗水垂らしてダンスレッスンするAqoursの面々。ラブライブ予選で披露する曲は作成中の新曲だ。
これまでの私なら、あくまでも彼女達の活動は彼女達のものであると線を引き、積極的にパフォーマンスに関わろうとはしなかっただろう。けれど、今はそういう垣根を拘らなくなった。積極的にああしろ、こうしろなどとは言わない。けれどこうした方が良いんじゃないかと思い付いたらその情報を共有するようになった。
「星ちゃん水、水を」
「はいはい」
練習も一区切りつき、へとへとになった花丸ちゃんから催促が。
私は自販機で買ったスポーツドリンクを苦笑いしながら手渡した。
「どうです練習のほうは?」
「見る?」
ダンスは動画撮影し、水分補給の間に動画を確認して、都度フォームを修正する。そうやって練習を進めているのだ。
曜先輩に勧められるまま私も動画をチェックさせてもらう。
みんな流石に練習を積み重ねただけあって淀みない、それにタイミングも合わせられている。けれと、一つ疑問が湧いた。
「折角のセンターステージなのに横一列でやるんですか?」
「へ?センターステージ?」
「今度やるガイシホールのセット見てないんですか」
私はスマホで次回のラブライブ予選のページからガイシホールでのステージの概要が載っているページを表示させるとみんなに見せた。
そこに映し出されているのはガイシホールの中央に浮島のようにポツンと一つ円形のセンターステージがあった。メインステージが無いという珍しい構図だ。
「ま、まずは基本から覚えなきゃだし?これから少しずつ修正するところだったんだよ」
「そういうことにしておきますか。なんだか千歌先輩最近悩んでるみたいですけど、それで見落としてましたか?」
上の空、という訳でも練習に集中できていない訳でも無い。ただ、なんとなく考え事をしている様子がある。けれど基本情報を押さえていないのをそれを理由にしてはいけない。
「う・・・まぁ、練習して今できる最高の歌とダンスをして、それで良いのかなって思って」
「どういうことですか?」
「私達の、Aqoursのステージはそれでいいのかってこと」
「鞠莉さん?よく分からないですけど」
「私達は私達のミュージックで一人でもハッピーにさせたい」
「それと同時にこの学校への入学希望者を一人でも増やしたい」
「でも、それってどうすればいいのか・・・」
ただ憧れから始まった彼女達は自分達の理由を見付けた。けれど、それはようやくスタートラインに立てたというだけだ。具体的なものは何も決まっていない。その白紙の地図をどう描いていくか、千歌先輩だけではなくみんなが共有する課題として悩んでいるのだ。
「ただ練習して自分を磨いて、チームワークを良くするだけじゃ多分ここから先には進めない」
その“先”という言葉はラブライブのことだけでは無い。この学校の未来がという意味を多分に含んでいる。
自分達だけで学校を背負うなど烏滸がましいことを言うつもりは無い。けれど、学校の顔としてフラッグシップとしての自負からそう思うのだろう。
「やっぱり居た」
「あれ?三人ともどうしたの?」
物好きなことに屋上に顔を覗かせたのは千歌先輩達二年生のクラスメート、通称四五六トリオだ。
「図書室に本を返しに来たんだけど、屋上からみんなの声が聞こえたからさ」
「そうなんだ」
「こんな暑いのに練習して、倒れないでよ」
「大丈夫、無理はしないよ。それに毎日練習してたから体も慣れてきたし」
「毎日・・・」
四五六トリオはその言葉に驚愕していた。
千歌先輩はこれまで何かに夢中になるほどのめり込むものは無かったという。私よりもずっと付き合いの長いクラスメートからすればこの茹だるような暑さを押してでも練習する千歌先輩というのは想像できなかったのだろう。
スクールアイドルをやっていることは知っていてもその活動の全てをみんなが知っている訳では無いのだ。
「千歌達はさ、学校を救おうとしてるんだよね」
「うん」
「統廃合の話があってからみんな最初はしょうがないねって話してたんだ。でもね、やっぱり無くなって欲しくないって、そう思うようになったんだ。私達だけじゃなくて、他の子も」
「そっか。私達だけじゃなかったんだ」
千歌先輩や他のみんなもその言葉に救われたように安堵表情を浮かべた。
自分達の頑張りは決して独りよがりの事では無いのだと、分かってはいるつもりだったけれど、やはり言葉にしてもらうと心に響くものがあるのだ。
「それでね、私達にも何か出来ないかってみんな話してて。千歌達みたいにってのは無理かもしれないけど」
四五六トリオの三人は千歌先輩達に対する羨望の眼差しと、自分達ではそうは成れないという諦めの混在した曰く言いがたい左右非対称な表情をしていた。
その顔を私は知っている。ちょっと前の私と同じ、自分の事を諦めてただAqoursという光を見ることしかできなかった私だ。
「やろうよ。できるよ。だって私達だって最初はそうだったんだから」
「いいの?」
「うん。きっと素敵なステージになる」
「え?ちょっと千歌先輩?それ大丈夫なんですか?レギュレーション的に」
「え?駄目なの?」
「知りませんよ、調べないと」
千歌先輩は興奮のままAqoursのステージに三人を、いや賛同者を参加させようと口走っていたのを私は慌てて止めた。
気持ちは分かる。クラスメートにとっての憧れの対象がAqoursというのは千歌先輩の立場に置き換えれば自分にとってのμ’sとなるのだ。人を惹きつける、楽しませる、幸せにする、それを目標に掲げ、その一人が目の前にいるのだから嬉しいに決まっている。
それに考え無しに賛同者をステージに立たせるという訳では無いのも分かる。数というのは力だ。それは民主主義とかそういう実在的な話ではない。単純に人が大勢いるということはそれだけの圧を呼ぶ。実際、μ’sが全国のスクールアイドルを招集し“SUNNY DAY SONG”を全員で披露したのは今でも伝説に残る程の感動と反響を呼んだのだ。そこまでの規模には到底及ばないけれど、それでも上手く伝えられればきっと素敵だろう。
けれど、現実問題として出来ない約束は出来ない。
「こんなマニアックなパターンはQ&Aにも多分ないでしょうから、すぐには調べられないかもしれませんが、調べておきますよ」
「お願い。それじゃあ、大丈夫だった時に備えてみんなに声掛けて貰える?同じ想いがあるなら私は一緒にやりたい」
「わかった」
「よーし。なんだかイメージが湧いてきた!ちょっと走ってくる!」
「ちょ、千歌ちゃん!?熱中症になるよ」
「じゃあ泳いでくる」
千歌先輩はそう言って屋上から飛び出し、一分後にはプールに飛び込んでいた。
きっと千歌先輩は今のやりとりに何かを見いだしたのだ。見れば他のみんなも苦笑いしながらも少し晴れた顔をしている。どうやら閃きを得たのは千歌先輩だけではないらしい。
「私達も今日は体力作りの日にしようか」
「賛成。じゃ、よーい、どんっ」
「こらっ、廊下を走ってはブッブーですわ」
私は四五六トリオと共に屋上から走り去るAqoursの面々の背中を見送った。
「折角ですし、一曲聴いていきますか?」
私は苦笑いしつつ懐からハーモニカを取り出してそう提案した。
「リクエストいい?」
「どうぞ」
「B'zのultra soul」
「丁度いいチョイスだと思いますよ」
説明不要の水泳大会のテーマ曲だ。プールの時間にはもってこいだろう。そしてこれから頑張ることとなる彼女達へのエールとしてもこれ以上はないだろう。
私は頑張れ、と応援の意味を込め、いつもよりも大きめに演奏した。きっとそれはプールにいる皆にも届いていると、そう思う。