ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

71 / 206
第七十話

 翌日、Aqoursメンバーや私は梨子先輩の部屋に招かれた。千歌先輩以外のみんなにとっては唐突に、私にとってはある意味で待ち望んでいた催しだ。きっと千歌先輩が梨子先輩と話しをしたに違いない。そしてそれが良い結果に繋がったのだと私は確信していた。

 開かれたのは小さな小さなピアノの発表会。たった九人のために開かれた、たった一人の奏者の発表会。

 梨子先輩により奏でられたのは今度のラブライブ予備予選で披露する予定だった“タイトル未定”の原曲“海に還るもの”。

 聴いたことのあるメロディーラインを基軸としながらも私達の知らない一面を覗かせるそれにみんな聴き入っていた。

 この曲はスランプに陥りピアノの楽しさを見失っていた梨子先輩が沼津に来て、みんなと出逢い、音楽の楽しさを取り戻したことで生み出された梨子先輩の歩みそのものの曲だ。

 そう思って聴くと、ゆっくりとしたリズムの中に要所要所で早打ちされる音の連なりは彼女の転機や内浦の穏やかな波を表現しているように思えた。

 曲や演奏そのものもそうだが私が何よりも心奪われたのはそれを弾く梨子先輩の姿だった。

 心から没頭し、音に身を委ね、そして楽しむ姿にはこれ以上無い説得力があった。

 私達はこれまで言葉や気持ちを交わさないことですれ違いもしたけれど、この時は違った。言葉を交わさずとも誰もが理解できた。

 梨子先輩は予備予選への出場ではなくピアノの演奏をするのだと。たったの1分45秒程度の時間の演奏で私を含め誰もがそれを理解し、それを認めた。それこそが梨子先輩が生きていくことに必要なことで、私やみんなにとっても通るべき道であるということを頭ではなく心が感じ取っていた。

 演奏が終わると私達はみな一言も発することは無かった。その代わりに部屋の中には温かな拍手が満ちていた。

 私の人生の中でこんなことが起こりえるのかと、あまりにも信じられない出来事に私は現実を否定しようとしてその材料がないことに再度驚かされた。

 言葉が無くても伝わることがある。そんなことはフィクションの中にしかないロマンだと思っていたし、実際、これまでそんなことは一度たりとも起きなかった。だから穹を傷付けたし、私もまた傷付いた。だけど今私の前にある光景はそんな価値観を真っ向から否定することだ。

 梨子先輩の決意が分かる。それがみんなに伝わったということが分かる。それを私が理解したことをみんなが分かる。相互理解が無限に連なるそんな不思議な感覚がこの場に満ちている。

 梨子先輩がピアノから立ち上がると深々とお辞儀をする。まるで本物のピアノの発表会の様に。私達は梨子先輩が頭を上げるその時まで拍手を止めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、私は梨子先輩を浜辺に呼び出した。千歌先輩を交えない、二人だけで話をしたい。そんな気分だった。

 

「星ちゃんにも随分心配掛けちゃったね」

 

 ごめんね、とは梨子先輩は言わなかった。お互いにその言葉が不要なものであることを理解しているからだ。

 

「“想いよひとつになれ”良い曲になりそうですね」

 

 タイトル未定はあの小さな発表会の時をもって完成した。不思議なことに誰が言い出したでもなくタイトル未定は“想いよひとつになれ”に生まれ変わったのだ。

 

「当たり前じゃない。みんなで作った曲だもん」

 

「予備予選。心配はないですか?」

 

「心配よ。でも信じてるから。星ちゃんは不安?」

 

「少し、ですね。みんな歌は不思議とすぐに覚えましたけど、梨子先輩が抜けた穴は実際にあるわけですから、ダンスの組み直しは大変だと思います。そこが心配なところですね」

 

「その不安、自分で何とかしてみる気ある?」

 

「どういうことです?」

 

 いや、こんな風にとぼけなくても本当は分かってる。

 

「スクールアイドル、やりませんか?」

 

 梨子先輩が私のこともまた信じているということに。

 

「ーーーーーーー」

 

「星ちゃんなら任せてもいいと思ってる」

 

 その気持ちは凄く嬉しかった。でも、私は悩むまでも無く答えが出た。

 

「私が居なくてもAqoursは大丈夫です。というよりも私は今の距離感が好きなんです」

 

 彼女達の活動に一喜一憂し、共に笑い、共に悩む。でも、私の心配など何処吹く風と、二段飛ばしで乗り越える彼女達を側から見ているのが私は好きだ。

 

「断られると誘いたくなる千歌ちゃんの気持ち、今分かったわ」

 

「梨子先輩の誘いを断るなんて、私も罪な女ですね」

 

「じゃあ、詫び代としてハーモニカ、吹いて貰ってもいい?」

 

「そうきましたか。何かリクエストはありますか?」

 

「シェフのお任せで」

 

「そうですね・・・」

 

 曲はμ’sの「どんなときもきっと」。これは誰かと共にありたい、見ていたい、応援したい。そんな気持ちを歌った曲だ。

 私の思う距離感をこの曲が代弁してくれる。音楽は私にとっての感情表現の一つだ。

 ただ一つ演奏を始めてからあることを気が付き、選曲を失敗したと思った。それはあることをこの曲は表現しているからだ。

 大好きだという、思わず赤面してしまいそうなドストレートな感情を。

 幸い梨子先輩はメロディーに身を委ね、目を閉じているため赤面した私の顔が見られなくて済んでいる。

 夜風が気持ちいいと感じる程顔が赤くなったまま、私は最後までこの曲を梨子先輩に贈った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。