ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第六十八話

 穹とユニットを組むことになってからのことだ。私は彼女の歌声に惚れ込んでいたため、穹が楽器を弾くことなど想定していなかった。だから彼女が歌うだけではなく何か楽器をやりたいと言いだした時は驚いた。だってそうだろう?彼女には人よりも秀でた歌声があるのだから、それだけで十分魅力的なのだ。だから他の要素は蛇足であると思っていた。

 

「穹は変に楽器をやらないほうが良いと思うけど?中途半端になってせっかくの歌声が形無しになっても勿体ないじゃん」

 

 手で楽器を扱う時、口は自由に動かせるように思えるかもしれないが、人の体とはそれ程自由には動かないものだ。例えば右手で○を、左手で□を同時に書こうと思っても上手くできないように。もちろん訓練次第でできるようにもなる。だが、穹にそれが必要とは思えない。折角歌という授かり物があるのだからそれを活かせばいいと私は思っていた。

 

「でもほら、工夫次第でやりようはあるでしょ?それにテレビに出てる人とかはギターとかピアノを弾きながら歌うなんてザラじゃん。それってつまり、やれば出来るってことでしょ」

 

「でも二兎を追う者は一兎をも得ずっていうけど?」

 

「それでも私は一挙両得を狙う。それに楽器の演奏が上手くいかなくても、演奏をさえ止めれば歌は上手く歌う自信あるし」

 

 妙なところで欲張りな穹に私は苦笑しながら問い掛けたものだ。何故そんなに演奏したいのかと。それで帰ってきた答えにまた驚いたのを今でもよく覚えている。

 

「星が楽しそうに演奏しているから。一緒にセッションできたら素敵だなって、そう思ったから」

 

 なんて歯の浮くようなことをしれっと言うのだから反応に困る。だが、そうなったら確かに素敵なことだと胸の高鳴りを感じた。

 

「じゃあ私はギターやる」

 

「え?普通ハーモニカとギターはセットでしょ。やるなら私じゃない?」

 

「思い付いたんだけど、星にはやって貰いたい事があるんだよね」

 

 こうして穹の貪欲な思いつきから、穹のギター&ボーカル、私のハーモニカとタップダンスビートという二者二様の二刀流スタイルが確立したのだ。

 私は梨子先輩からピアノコンクールの出場を諦めてラブライブ予備予選に出場するという決意表明を聴いてから穹とユニット結成当初のことを思い出していた。

 一つを選んだ梨子先輩、二つを選んだ穹。立場も状況も全く違うものの、私はこの選択に近しいものを感じていた。それは何かの契機になる選択であるという共通点だ。

 だが、これらの選択には正解はない。だからこそ胸につっかえる気分の悪さが気掛かりなのだ。まるで今回の選択が良くない選択であると言うように。

 

「ほら、ここで二人で反転して背中合わせにした方がいいでしょ?」

 

「そうだね。それで修正しましょう」

 

 梨子先輩はあの決意表明の後に予備予選に向けてある申し出をした。それはピアノコンクールのために作曲した曲をリアレンジして使いたいということだった。

 もともとピアノコンクールに出る、出ないに関わらずそうしたかったらしい。

 まだ千歌先輩が作詞していないため、歌詞次第で多少の調整が入るが、大筋の流れが出来たことでこうしてダンスレッスンが始まった。

 海の家の営業終了後、一通りの片付けを終わらせた私は浜辺で汗だくになりながらダンスに試行錯誤をする姿を見学していた。

 梨子先輩は心なしかあれから練習に気合いが入っていた。だけど、その姿に私はどこか危うい輝きを感じていた。このまま進んだらこの予備予選で燃え尽きてしまうような、消え去る直前のような儚げな輝き。それが梨子先輩を魅力的に、熱くさせているようだった。

 みんなもどこか梨子先輩の様子に違和感を感じているようであったが、その切っ掛けを知らないため様子見をしている。

 みんなに相談すべきなのか、それとも私と千歌先輩だけでどうにか結論を出すべきか?

 一概に判断できないことが私の焦燥感を煽る。背中にじんわりと流れる汗は日中の残暑のせいではないだろう。

 私は千歌先輩の様子を見ると、千歌先輩もまたどこか練習に集中出来ていない様子だった。やはり同じ事を考えていたからだろう、動きにキレがない。付き合いの長い曜先輩なんかは敏感にそれを感じ心配そうにしている。

 ああ、まただ。どうしても大切な想いと想いは上手く噛み合いにくいらしい。

 真剣に悩んだ末の尊い決断をしたことで逆にグループ内で不協和音となってしまっている。それが分かってしまうと心を締め付けるような痛みに逃げ出したくなる。

 

「みんなそろそろ一旦休憩にしては?」

 

 全体的に集中力が散漫になりつつあるのを感じ、私はそう提案した。練習に干渉するのは気が引けるが、このままではいられない。それだけは確かで、今のままでは多分予備予選でも良い結果は出ない。そんな予感がした。

 

「じゃあ、星が一曲演奏している間に水分補給。その後でストレッチしましょ」

 

 果南さんの提案に花丸ちゃんが無邪気に賛成と手を挙げる。

 そういえばこういうのは久し振りな気がすると思いながら私は言われるがままポケットからハーモニカを取り出した。

 

「じゃあ一曲。Snow halation」

 

説明不要のμ’sの名曲。その名の通り、本来は冬のラブソングだが、今はこの曲を奏でたかった。そう、この曲のように先に希望を見据えていなければならない。そんな気分からの選曲だった。


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