ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第六十四話

 黄昏時が過ぎ、空は紫から徐々に黒へと移ろい始めていた。

 その闇の中にあって、提灯で照らされた河川敷でも特に異彩を放っているのは今回パフォーマンスをすることになった特設ステージだ。

 ライトアップされる直前のステージには和をモチーフにした色彩豊かなの衣装に身に纏った九人のアイドルと奏者がその時を待っていた。

 対岸に目を向けるとそこには花火を見に来た客達が花火が打ち上がる瞬間を今か今かと待ち構えている。誰も彼女達、いや、私達を目当てとして来た人は居ないだろう。それどころか認知すらされていないかもしれない。それでも私達に不安は無かった。前座だろうと、おまけであろうと、こうして素晴らしいステージを用意してくれているのだ。ワクワクしない訳が無い。それに、脇役だろうと主役だろうとゲストを楽しませることに如何ほどの違いがあろうか?

 

「本日は沼津夏祭り、狩野川花火大会にお越し頂きありがとうございます」

 

 花火大会の開始10分前、主催者の挨拶やスポンサーからの応援コメントの紹介などが始まった。

 その中にはダイヤさんやルビィちゃんの実家である黒澤家や鞠莉さんの実家である小原グループの名前もあったが、他のスポンサーは頭に入らなかった。

 

「緊張してる?」

 

 最初の一曲目「夢で夜空を照らしたい」では私に出番はない。だから舞台に上がるのは二曲目の「未熟DREAMER」からになる。それでも、もう間もなく始まると思うと気分の高揚を抑えきれなくなる。それを見て不安に思ったのか木皿先生が私に声を掛けてくれたのだ。木皿先生もまた二曲目からの出番となるため、私と共に舞台袖に待機しているのだ。

 

「良い意味で緊張はしてます。でもみんなが居るんで大丈夫」

 

「ホントそれね。こんな大舞台、流石に面の皮が厚い私でも独り占めできないわ」

 

「独りじゃ勿体ないですしね」

 

 私達はみんなを眺めながら密かに笑い合った。今は先生と他校の生徒という垣根を越えて、まるで乙女が秘密の話しをするかのように、ささやかな時間が流れた。

 

「今日は沼津に現れた期待の新星がオープニングを飾ってくれます。スクールアイドルAqoursが吹奏楽部とともにパフォーマンスを披露してくれます。それではどうぞ」

 

 いよいよ出番がやって来た。

 ステージの背面に設置された大型モニターが点灯し、薄い闇に包まれていたステージがライトアップされる。

 この日のために練習を重ねた吹奏楽部とスクールアイドルがお互いにアイコンタクトで呼吸を合わせると前奏が開始した。

 残念ながら電子ピアノを使用することとなったが、ピアノとハンドベルの優しい入りから次第に広がっていく演奏を後押しにAqoursが柔らかなダンスで魅せる。

 ところどころで人差し指を立てて腕を振る振付はさながら指揮者のようですらあり、それが吹奏楽部の存在感を損なわせない。今回はみんなが主役のステージだとそう語り掛けているようだ。

 この曲でPVを作った時、みんなが力を貸してくれた。思いを込めてくれた。人が作った光が空を飾る様は今でも目に焼き付いている。

 今日はその光が天灯から花火に変わるわけだが、歌詞に非常にマッチしていると思う。

 この曲を聴いて、パフォーマンスを見て、どれ程の人が心を揺らすだろう?

 東京の時、その評価は支持者0という結果だった。だが、今は少なくとも0ではない。そう確信があった。だって私がそうだから。東京の時になかった感情の揺らぎが私の目頭を熱くさせているから。

 

「緊張してる?」

 

 木皿先生が私の顔を覗き込んでもう一度同じ問い掛けをした。

 

「良い意味で緊張してます」

 

 私もまた同じ返答をした。

 この感動はあの時よりも積み重なった想いがあるからだろう。否定はしない。

 この感動はシチュエーションに支えられたものだろう。それも間違いではない。

 だが、歌とはダンスとは、そして音楽とは聴き手の心に注ぐ水だ。想いという種は人それぞれの形があり、その感動の仕方も千差万別。そこに貴賤はない。

 

「さあ、最高の時間の始まりだよ」

 

 ピアノの前奏で始まり、終わりもまたピアノでしっとりと一曲目が締められる。

 私と木皿先生はお互いに無言で頷き合うと、輝くステージへと上がった。

 眩しい。凡庸な表現だがまず思ったのはそれだ。

 スポットライトでライトアップされたステージは床が白く輝いて見える程に明るかった。だが、それすらも霞むくらい、ステージにいるみんなの表情が良かった。

 私は設置された和琴の前に移動してスタンバイした。馴れない楽器、馴れない大舞台。思い返せばホントに限られた小節とはいえ数日でよくもまあ仕込んだものだと我ながら思う。そんな本番前の練習風景を思い出すと自然と笑みがこぼれた。

 私は小さく深呼吸をしてみんなを見る。この「未熟DREAMER」という曲は私の琴の音から始まるからだ。

 みんなの顔を見てみんなが同じ想いであると、想いが一つであると確信した。今か今かとその時が待ち遠しい。そんな顔をしている。

 私は静かに弦に指を添えると体全体を使って弦を弾いた。

 弦から弾き出される音が指先から全身を振わせる。心地良い響きに酔いしれる。そして始まった演奏に私は体を委ねた。

 舞台の最前列にいる私はみんなのパフォーマンスを目にすることは出来ない。だが、みんなの熱が、舞台を揺らす動きが、空気を振るわす音が振り返らずとも私を染める。「未熟DREAMER」という曲の一部になっていく。

 歌詞に込められた想いが私の過去を鮮明に浮かび上がらせ胸を苦しくさせる。それすらも今は掛け替え無い感動として私を熱くさせた。

 どんな事も越えていける。どんなつらい気持ちも輝きに変えられる。そんな力強さが元気をくれる。

 そう、答えはここにあったのだ。みんなが教えてくれた、大切な答えが。みんなとなら乗り越えられるという簡単な結論が。

 この夜空を通して穹に届け。曲の最後に夜空に咲いた大輪の花を見上げて私はそう願った。

 

 


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