ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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次回は5/5更新予定。


第六十一話

 調整事項は順調に進んでいる。吹奏楽部とAqoursの舞台配置も決まった。ただ、琴を弾く担当がまだ決まらないことと、演者の質がまだ追い付いていなかった。

 私は今日もまた吹奏楽部にお邪魔していた。

 

「もう楽譜を覚えたんですか?早いですね」

 

「原曲がすでにあるから、頭で音を覚えれば後は体で覚えるだけだしね。一度通すから聴いてよ」

 

 驚きだった。たった数日で二曲を覚えるなどと。確かに個人レベルなら覚えられる人も居るだろう。だが、部員全員は流石に無理だ。習熟度には個人差があるのだから、普通は覚えが遅い人もでてくるものだ。

 

「ああ、ほら、ここって部員数少ないからあんま個人差ないのよね。でもって誤魔化しも聞きにくいから皆覚えるのだけは早いの」

 

 私が口をパクパクとさせていると木皿先生がなんてことないかのようにさらりと教えてくれた。

 

「でも、みんなまだまだ実践レベルではないのは聴いて分かったでしょ」

 

 それはそうだ。流石にそこまでできたら指揮者泣かせにも程がある。冷静に聴けば確かにみんな音のバランスが取れていない。それに覚えたとはいえ大筋は、だ。まだまだ音を外しているところもあるし、人前で披露するレベルではない。

 

「それでも現段階でこれだけできれば練習が捗りそうですね」

 

「そうね。よし、じゃあもう一度」

 

 「夢で夜空を照らしたい」は木皿先生が指揮し、「未熟DREAMER」は私が今度は指揮をした。指揮とは言っても手を振ったりはしてない。ほとんどメトロノーム代わりだ。

 最初に聴いた時に気になった箇所をハンドサインで修正し音量のバランスを整える。方向性さえ分かって貰えればあとはまた体で覚えるだけだ。

 個人で間違えた箇所は修正されていたり、別の場所を間違えたりとまだまだうろ覚えの様子だが、こればっかりは個人練習でなんとかしてもらうしかない。

 私も指揮は素人だから方向性を示す以外のことはできないが、今はその方向性を理解してもらうところからだ。

 しかし、こうして吹奏楽部に混ざって作品を完成させようと動いているのは不思議な感覚だった。かつて憧れ、挫け、ついこないだケジメの第一段階をつけたところでこうして私の元に転がり込んできた。奇縁、としか言い様がない。

 楽しい。ただ後ろめたさが常に付きまとう。だから必要以上には練習に踏み込まない。そのケジメだけは守る。

 

「そういえばこないだ言ってた琴。手配はついた?」

 

「物は借りれそうです。ただ、弾き手がまだ」

 

「星ちゃんが弾けばいいじゃない?楽器の嗜みあるんでしょ?偶には別の楽器をやるのも乙なものよ?」

 

 やはりというべきか、同類には私が楽器をやっていることはお見通しのようだ。今更それには驚かない。

 

「ちょっとあって、私今はもう音楽はやらないことにしてるんです」

 

 この人はこと音楽については半端な理由でやらないと言えばごりごりと勧めてくるだろう。私は皆までは言えはしないが白状することにした。

 

「ふーん。まあ、無理強いをするつもりは無いけど、一ついい?」

 

「何ですか?」

 

「音楽をやらないのは義務感から?それとも本心から?」

 

 その問い掛けに私は言葉が詰まった。本心なんて言うまでも無い。だけどそれを口にする訳にはいかないし、例え義務感から生じた“やらない”という気持ちであってもそれは偽物とは言えない。

 

「必ずしも答える必要は無いけど、星ちゃんのお友達はそれを知ってるの?余計なお世話かもしれないけど、本心を伝えられないとすれ違う元になるわよ」

 

 つい最近、誰かに対して思ったことがそのまま自分に返ってきた。だけど私はもう、すでにみんなに過去を語っている。

 

「あっ」

 

 そう、過去は語っている。けれど、私は事実を客観的に述べるだけで肝心の事が伝えられていなかった。

 私がどんな想いを抱いていて、どんな風に思い、どう感じたのか。それを今、どう思っているのか全く話せていない。

 私は馬鹿だ。一番大切なことを話せていないではないか。みんなが言っていたことはこのことだったのだ。それに今更気付くなんてつくづく救えない。

 

「あの」

 

「いいわよ。大体の方向性は掴めたから」

 

 木皿先生は私の言葉を聞くまでもなく背中を押してくれた。

 私は全力で頭を下げると音楽室から駆けだした。

 引っ越すと知った時、私は怖かった。夢を語った親友と離れることが、友情が壊れるかもしれないことが。

 引っ越すことを黙っていた時、引っ越さなくても済むかもしれないと自分自身を偽り微かな安堵を得たこと。そしてそれが全く中身の無いことで、ただ親友を騙しているだけであるという罪悪感を感じたこと。それでも尚、微かな希望に縋り付き、あがき、そして絶望したこと。親友と離れることが悲しくて、認めたくなくて本当のことを言えなかったこと。そして、離ればなれになって悲しくて寂しくて、音楽だけが慰めだったこと。みんなに出会って楽しくて、その分親友を想うと苦しかったこと。過去を話すことでみんなに嫌われるかもしれないことが怖かったこと。全てを知って貰った上でそれでもみんなと共に居たいと思ったこと。それを全て話そう。

 私は一刻も早くみんなに会いたくて全力で走った。

 


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