ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
この日は終業式だった。茹だるような体育館での固い挨拶を乗り越え、帰りのホームルームが終わると、クラスメートは今年の夏休みの予定を話したと賑やかに騒いでいた。私もその輪に加わり
幾つかの約束を交わした。ただその約束の中に、ルビィちゃんや花丸ちゃん、善子ちゃんと交わしたものはなかった。
私は未だどのように彼女らと接すればいいのか考えが纏まっていないのだ。
去年の夏休みは受験勉強と練習で毎日のように何かしらしていた。対して今年は大した予定はない。クラスメートと遊ぶ約束を少ししただけだ。
去年は高校生になれば幅の広がった音楽活動で大忙しな夏休みになるだろうなと予想していた。いや、それを夢想していたというのが正しいか。
私はクラスメートに別れを告げると代行している図書委員の仕事のため図書室に向かった。
今年は暇だ。暇だが、今度行われる沼津の花火大会だけはクラスメートからの誘いを断った。この花火大会にはAqoursがパフォーマンスで参加する予定となっているからだ。気持ちが纏まらない今、どんな顔をして見に行けばよいのか分からない。
私は図書室に付くと扇風機を回し受付の椅子に座り、暇つぶしに本を開く。今日は藤真千歳のスワロウテイルシリーズ一先ずの最終作「初夜の果実を接ぐもの」だ。
スワロウテイルというと岩井俊二の映画作品を思い浮かべるかもしれないが、この作品は全くの別物。(主人公の名前が同じことからインスピレーションを受けたり、リスペクトしているのだろう)
ディストピアという程の閉塞感はない。男女が共生できない環境の架け橋となる人工生命体、第三の性として人工妖精が共にいるからだ。だから決められたルールの中比較的好きに行動しているのがこの作品の登場人物達だ。だが、彼ら彼女らが抗うのはルールでは無く未来だ。
人は誰しもが大なり小なり未来のために生きている。だが、誰かの未来のために、それも自分の関与しない名も無き誰かのためには動けない。倫理観とか道徳とかではなく、無理なものは無理なのだ。しかし、この作品の主人公は人ではない。人工妖精(人と寄り添うもの)だからそんな道理を飛び越していく。勿論悩みもするけれど、それでも知っている誰かのため、見知らぬ誰かのため歩みを止めない姿に私は感動したのだ。
今一度読み返し、私は彼女らの決断や勇気を学びたかった。だから今日はこの本なのだ。
私は儚げな妖精の表紙を開こうとしたところで、図書室に向かってくる足音が聞こえた。普段ならばなんてことないただの足音。だが、今日は何故だか妙に気になった。
私は本をバッグにしまうと、背筋を伸ばして来客に備えた。無意識に誰かが来るという予感に体が反応したのだ。
「シャイニーッ」
「図書室はお静かにお願いします」
「この学園では私がルールよ」
「ただの暴君じゃないですか」
姿を見せたのは鞠莉学園長だった。彼女は相変わらずのハイテンションで図書室に飛び込んできた。
鞠莉学園長が関わるとこれまでお遣いを頼まれたり、ライブに強制参加させられたりと面倒なことを関わらされた印象が強いため、思わず警戒してしまう。
「何のご用で?本を読むようなキャラじゃないと思いますけど」
「オフコース、ん?ちょっと失礼じゃないそれは。まあいいわ。それより今日は貴方にお願いが」
「それ、本当にお願いですか?」
「お願いよ。ただ断ったらペナルティーがあるだけ」
「人それを強制と呼ぶんですが、まあ取り合えず聴きますよ」
「花火大会の手伝いをお願いしたいの。勿論曲作りとか、衣装とかじゃなくて舞台とか、運営との調整とかの方だけど」
ある意味案の定だった。だが、どうしてだろうか?私の過去を聴いてなお、私を使おうとするのは。
「そういうの得意でしょ?」
あくまでも能力で依頼しているのだろう。そうでなければ今の私には彼女達との関わり方が分からない。ビジネスライクにいくというのならばやれる気がする。
「わかりました。お受けします」
「オーケー。なら行きましょう」
「図書室はどうします?」
「一段落着くまでセルフで。学園長命令よ」
有無を言わさぬ物言いに私は扇風機のスイッチを切り、バッグを持つことで答えた。今日の図書室の営業はお終いだ。
「じゃあ鍵を職員室に返したら部室に来ること」
鞠莉学園長と一緒に図書室を出ると、鞠莉学園長は一足先にスクールアイドル部の部室に向かった。
私は鞠莉学園長とのやり取りに思いを馳せた。
何故だろう?教室で善子ちゃんや花丸ちゃん、ルビィちゃんとは上手く話すことが出来なかった。考えて考えてもだ。だがどうだろうか?私は鞠莉学園長とは普通に話せていた気がする。それは私にとっての唯一の解決の糸口だ。
私は鞠莉学園長に感謝しつつ職員室に図書室の鍵を返し、スクールアイドル部の部室に向かった。
昨日の今日で以前のように接することはできないと思う。それでも私はここから再スタートをしようと思う。願わくばもう一度彼女達の傍らに居られたらと本心からそう思う。