ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
夢を見た。あの頃の夢だ。いや、あの夢のような日々に至る切っ掛けとなった日の夢だ。
中学生の頃の私はいつものように川沿いで学校のジャージ姿のままハーモニカを気儘に吹いていた。何の曲かは覚えていない。きっとその当時の流行の曲か何かだろう。
私の同級生達は部活動に励んでいるため、放課後の時間は基本的に一人で暇なのだ。だから川沿いでの演奏中に誰かと遭遇することもなかった。だが、その日は違った。
「あれ?星?」
「穹」
どうしたの、とお互いに述べることは無かった。私のハーモニカを吹いている姿を見れば何をしていたかなど問うだけ愚問だし、彼女、明里穹が犬をリードで引いている姿を見れば一目瞭然だったからだ。
「そう言えば楽器やってるって前言ってたね。やってるところは初めて見たけど」
「私も穹が犬の散歩してるところは初めて見るよ。飼ってるってのは知ってたけどさ」
「家のたけし可愛いでしょ」
はいはい、と私はたけしという名のパグの頭を撫でると、たけしはパタパタと尻尾を左右に振った。満更でもない可愛さだ。
「ごめんね、邪魔して」
「いいよ暇だし。何かリクエストがあれば吹くけどどう?」
「いいの?じゃあ、ドリカムのやさしいキスをして、で」
「また古い曲を」
確かSMAPの中居君の出てたドラマ「砂の器」の主題歌だ。確かに笛の音色が印象的な綺麗な曲だった。それに短いため、こういった場面では丁度良いかもしれない。なかなかな選曲だ。
私は頭の中でメロディーを思い出して幾つかポイントごとの音を試すとおおよその楽譜は掴めた。私には絶対音感などないが、相対的に音を掴む勘はそれなりに働くのだ。
「じゃあいくよ」
私は頭の中に描いたできたての楽譜に身を任せハーモニカを吹いた。
驚いた事に、穹は聴くだけでなく歌い出した。私は思わず演奏が乱れそうになったが、次第に彼女の歌に併せることが楽しくなってくるのを感じた。
不思議な感覚だった。人に聴かせることは偶にはあった。一人での演奏は数え切れない程した。そのどれとも違い、誰かと一つの曲を紡ぐことは、力強かった。一人では出せないところまで音楽が広がり、ワクワクした。その高揚感が新鮮で癖になりそうだった。
「穹って歌上手いんだね」
約3分程の演奏の時間はあっという間に過ぎてしまった。その3分は私が今までに感じなかった世界に足を踏み入れた瞬間だった。
「それほどでもあるかな?」
私の素直な感想に穹は照れたように笑っていた。
わざわざ今日こんな夢を見るなんて皮肉にも程がある。というのも、今日は私がみんなに告白してから初の登校日だからだ。
きっと今までのような関係は望めない。今朝の夢に見たこととは対極にある、希望のない日々の始まりだ。
それでもみんなと顔を合わせることを考えると胃が痛い。きっと不登校だった頃の善子ちゃんはこんな気分だったのだろう。けれど、私は休む訳にはいかない。彼女達に私のことで頭を悩ませるようなことはさせたくない。
それに私は変わらなければならない。今回告白したのだってそのためでもあるのだから。
「おはよ」
自分の教室に着くと既に登校したいた善子ちゃんが不機嫌そうに私に声を掛けてきた。
「おはよう」
何時もならばこのまま雑談に興じているところだが、今までどのように話題を見つけていたのか不思議なくらい何を話せばいいのか分からなかった。私は数秒立ち尽くすと、思わず善子ちゃんから目を逸らしてしまった。
「星ちゃん」
「ごめん。図書委員の代理は続けるから心配しないで」
心配そうにする花丸ちゃんやルビィちゃんにそれだけ言うのが精一杯だった。私はその後逃げるように自席に着いた。
幸いにして時間ギリギリに登校したため、直ぐに担任が教室に来たため、これ以上の追求はなかった。
これではいけない。それが分かっているが、どうすればいいのか分からない。
正しくありたい。同じ過ちは犯さない。自分を偽らない。そうすればきっと次の道が見つかると、そう思っていた。だけれども、実際はどうだろうか?これが次へと進んだことになるのだろうか?
わからない。何が分からないのか分からないが、このままではいけないという焦燥感だけは本物であるという確信がある。
私は授業が始まってからも授業そっちのけでずっと考え続けた。間違えることは出来ない。それは誰かを傷付けるから。だからせめて考えて考えて考え抜いて結論を出さなければならない。私はどうしたいのかと。何が正しいのかと。
私がみんなに話したのは偽りの無い本当の私の姿を見せるためだ。それは何故か?それは正しい付き合いをしたいからだ。
そう、彼女達との関係を求めているからだ。だが、今朝の私の態度はそれとは真反対だ。寧ろ避けてすらいる。
何がいけない?何故そんなことを?ぐるぐるグルグルと思考の坩堝にハマる私は結局、今日は誰とも話す事無く放課後を迎えることとなった。
ふらりと義務感的に図書室に足を運び、受付の椅子に腰を掛けてからも考え続けた。
ふと引き出しを開いたときにスクールアイドルの雑誌が目についた。それは五周年特集でμ’sが取り上げられていた。
確かこの雑誌は花丸ちゃんが持っていたものだ。
ペラペラとページを捲っていくと、個別のインタビューページがあった。
確か花丸ちゃんは星空凛推しだった。
天真爛漫の星空凛はコンプレックスがあったそうだ。それは女の子らしくないという思い込みから来ていることだったが、小泉花陽をはじめとしたμ’sの仲間のお陰でコンプレックスを解消したらしい。
他のメンバーもそれぞれ悩みを抱えていたようだが、お互いがお互いをフォローして克服しているようだ。
羨ましいと思う。ただし、私には今頼れる人がいない。いや、いけない。これは私の問題なのだ、と雑誌を閉じて受付の引き出しにしまった。みんなから心を閉ざしてしまうかのように。