ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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次回の更新は4/14予定。


第五十五話

 踏み込んだ部室には一度立ち去る前にあった緊張感はなかった。

 果南さんは目尻を微かに赤くしてずぶ濡れの鞠莉学園長の頭を嬉しそうにわしゃわしゃと拭いていた。鞠莉学園長の顔はタオルの影になり見えないが、されるがままのその姿は尻尾がついていたら間違いなく左右に振れていることだろうと容易に想像がついた。

 

「遅かったね、星ちゃん」

 

 みんな笑顔だった。それだけでもう三年生の関係は修復されたのだと理解できた。

 こんな空気の中に水を差すのは気が引ける。でも私はここまで来たのだ。もう後には引けない。いや、引かない。

 

「すみませんでした。でも、もう逃げませんから」

 

「そっか。うん。教えてくれるんだね」

 

 千歌先輩は最初は心配そうにしていたが、私の返答を聴くと納得したように頷いた。そして、私と千歌先輩のやり取りを見たみんなもまた、手近な椅子に腰を下ろして話しを聴く姿勢になった。

 改めてみんなは私を見詰める。一度は話すと言って先延ばしになっていた話題。私のひた隠しにしていた過去の過ち。それをこれから話すのかと思うと背中から顔までカッと熱くなる。目の前が暗くなりそうなのを必死に耐え、私は口を開いた。

 

「去年の四月頃、まだ私が埼玉に居た頃の話しです」

 

 私は語る。人生で一番最高だった時のことを。一番最低だった頃のことを。

 

 私は中学のクラスメートとデュオユニットを組み、音楽活動をした。インターネット上の活動を中心に行い、最初は有名な楽曲や話題の楽曲のアレンジやカバーを。そして次第にオリジナルの楽曲を公開していき、徐々にフォロワーを増やしていた。

 私達は高校生になってからも活動し、その幅を広げようと考えた。そこで手段の一つとしてスクールアイドルとしてやって行くことを決めたのだ。

 スクールアイドル活動をするにあたり、私達は音ノ木坂に入学しようと目標を定め、勉強も音楽活動も頑張った。

 ただ、私はその活動の中で相方に秘密にしていたことがあった。

 私の父親が昇進するための前準備期間として地方の関連会社の取締役として転勤を命じられたのだ。

 それ自体は喜ばしい。ただ、私の家は両親共働きだったのが災いした。

 母は海外の大使館職員をやって日本を離れているため、父の転勤に伴い引っ越しをすることとなったのだ。当然私は猛反対したし、一人暮らしをさせて欲しいと交渉した。それこそ引っ越しの直前まで。

 私は引っ越したくなかったし、そのことで相方に心配を掛けさせたくなかった。だから黙っていた。

 音ノ木坂への受験も相方共々したし、当然ながら合格もした。そうすれば引っ越しなどしなくてもするかもしれない。そんな淡い希望を抱いて。

 だが、父も海外に居る母も一人暮らしには反対した。

 音ノ木坂に合格して、制服も採寸して、これからの生活に相方と夢を膨らませていたのに。

 当然父とは猛喧嘩した。それこそお互いに顔面を殴りつける程に。でも結果は覆らなかった。寧ろ、こんな暴挙を起こす娘を一人暮らしなどさせられたもんではないと揚げ足を取られてしまう始末だった。

 引っ越しすることが決まっても、私は遂に相方にそのことを言えなかった。さようならと最後まで言えなかった。

 私はそうやって一方的に相方と別れ、沼津に来た。

 だから私は音楽活動を辞めた。嗜む程度にしかやらないことにした。でなければ相方に申し訳が立たないから。いづれにせよ沼津のそれも内浦に来て音楽活動などできないと環境的な面で高をくくっていた私は、それが誤算だと思い知らされた。

 千歌先輩達と出会い、彼女達の音楽活動に触れ、自らもまたその輪に加わった。

 死ぬほど楽しいと思う反面、罪悪感が強くなり私は音楽活動をしないと改めて強く決心して今に至った。

 

「以上が私の物語です」

 

 みんな私の聴くに堪えない醜態に真剣に耳を傾けてくれた。それだけでも有り難かった。そしてその姿が私に勇気をくれた。正直に話そうと背中を押してくれた。

 

「今まで黙っててすみませんでした」

 

 みんなは神妙な面持ちで考え込んでいた。

 

「今日は話しを聴いてくれてありがとうございました」

 

 みんなは私に対し何も言わなかった。罵倒も否定も何も。そして私を気遣うような言葉も。

 

「さようなら」

 

 私は別れの言葉を告げ、部室から出て行った。

今度はしっかりと別れだけは告げることができた、それだけが私の収穫だ。その代わりに失ったものは余りにも大きく、私は心にぽっかりと空いた穴にただ脱力し、死人のように帰路を歩いた。どうやって家に帰ったか後から考えても思い出せない程に私はどうかしていた。

 私はこの話しをしてみんなからどんな言葉を掛けられたかったのだろうか?罵倒か、それとも慰めか?いや、違う。そんなもので気が済むのは一時のことだ。私が父を殴った時と同じだ。

 では私は一体何が欲しかったんだろうか?私はその日ずっとそれを考えたが答えは出なかった。ただ一つ確実に分かることがある。それは明日学校でみんなと会ったとき、今までと同じようにおはようと言えなくなったことだ。

 


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