ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
夕立もほぼ止み、空からは夕陽が顔を出し彼女達の行く末を照らすかのように光り輝いている。
私はその眩しい背中を見送って回れ右をした。
当初は鞠莉学園長と果南さんの件の決着が付くまで見届けようと思っていたが、ダイヤさんの御墨付きもあるし見届けるまでもないだろう。
勢いよく飛び出した鞠莉学園長が果南さんと出会えない可能性もあったが、双方のスマホに部室にて待つようダイヤさんが一報しているため、おそらくは平気だろう。部室に果南さんの荷物も置きっ放しになっていたこともあるし、鞠莉学園長もそれを知っている以上、部室を目指していたはずだ。
この問題は私などが出しゃばるまでもなく解決したのだろうと改めて思った。
9人となったAqoursはこれからまた一歩前に前進するだろう。
まずは夏の花火大会。そしてラブライブの予備予選と忙しくなること間違いなしだ。それに録音をしていないながらも書きためられた曲が幾つかある。活動が益々活発化するだろう、私などと関わる暇はないくらいに。
「星ちゃん、待ってよ」
立ち去ろうとする私を呼び止めたのはルビィちゃんだった。彼女は遠慮がちに、だが、確かな意志を持って私を呼び止めたのがその目から感じとれた。
「私達と一緒に来て」
「私はスクールアイドル部じゃないよ?それに入ることもできない」
「うん。ずっと先延ばしになっていたそのことを知りたいの」
ルビィちゃんは本当に変わった。最初に出会ったころは人見知りで恥ずかしがり屋だった。人を気にして自分の意志を二の次にしてしまう悪癖もあった。だが、彼女は今、人の事に踏み込む勇気を持てるようになった。だからこそ親友の花丸ちゃんの心を動かし一緒にスクールアイドルをすることができたのだ。
「そうだね。話さなきゃとは思ってたんだけど、つい逃げ腰になっていたかもしれない」
その勇気を無碍にすることなど私にはできない。
私は話をすると言いつつも、東京のイベントでの出来事や三年生の問題を盾に先延ばしにしていたのかもしれない。それを今日、話す事となるとは思わなかったが、寧ろこの時こそが最適解なのだろう。彼女らが取り敢えずのリスタートを切るこの時こそが。
「ありがとう、ルビィちゃん」
私は機会を与えてくれたルビィちゃんに感謝すると共に心の中で謝罪した。
私の話す内容は決して人に褒められたものではないからだ。まず間違いなく信頼してくれた人を落胆させる、そんな話だ。
「星ちゃん」
彼女達の顔を曇らせたくない。なにより彼女達との関係を終わらせたくない。だが、だからと言って嘘を吐いたり隠し事をしたりするのは論外だ。それでは過去の過ちから何も学んでいない。私にはもう退路は塞がれているし、自らもまた退路を断ったのだ。
だが、辛い。自業自得ながら私は足の震えを抑えられなかった。
「星ちゃん」
気付けば私の足は校門を潜ることなく止まっていた。そんな私を心配そうに見詰めるルビィちゃんは、だが、私を強制することはなかった。
「私ね、スクールアイドルになったのは最近だけど、ずっと前からその道はあったんだって、今はそう思うんだ。ただ自分で目を逸らしていただけだったんだって。星ちゃんはどう思う?」
「私はずっとありもしない抜け道を探そうとしていたんだ。それで元に戻れなくなった」
「星ちゃんはどうするの?」
校門のラインを挟んで私達は見つめ合う。
きっとルビィちゃんや他のみんなの進む道と私の前にある道は違う。
「ごめんね、ルビィちゃん」
私は重たい足を動かした。
「ルビィちゃんにこんなことお願いするのは違うと思う。でも」
「いいよ」
校門を越えてルビィちゃんのところまで辿り着いた私は、迷子になった子供のようにルビィちゃんに手を引いて貰って部室まで歩き始めた。
ルビィちゃんはよく自分のことを小さいと言う。事実そうであるし、今私の手を引くルビィちゃんの手は小さい。けれども私はこれほど頼もしい手はないと本心から思った。
不思議な感覚だった。手を引かれていると何処にだって行けるような気がした。でもそれも部室までだ。そこから先はもうルビィちゃんの知らない、私だけの道なのだ。今、この瞬間が既に奇跡なのだ。
例えこの先、私がルビィちゃんから嫌われたとしても私は一生この感謝の気持ちは忘れないだろう。
スクールアイドル部の部室前に辿り着くと私は自分から手を離した。
「ごめん。ありがとう」
「うん。先に中入るね」
次にこの部室から出るときはきっと違う関係なっていると思う。だから一足先に部室へと入ったルビィちゃんに私心の中で別れを告げた。ばいばい、と。
沼津が内浦に来て、まさかこんなに色々なことを体験するとは思わなかった。今後の事を考えると辛いけれど、私は内浦に来てからの冒険のような日々に後悔はない。ただ、楽しい期間は永遠には続かないのだ。けれども、彼女達の旅はまだまだ続いていく。それが私の希望だ。
さあ、部室に入ろうか。
私はみんなの居る部室へと足を踏み入れた。