ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
夏の空は気紛れで今降っている雨はその短い命を燃やし尽くすかのように激しい降り方をしていた。なんて詩的な表現をしてみるが要は夕立だ。
私達は折りたたみ傘を持っている人はそれを使い、持ってない人はダイヤさんの家にあった傘を二人で一本を共有する形で借りることとなった。
私もまた折りたたみ傘を持ち合わせていなかったため千歌先輩と共に傘を使うこととなった。
私達はお互いに身を寄せ合うがどうしても傘から肩がはみ出てしまい濡らす形となった。靴もビショビショで散々である。だが、ザーザーと降り注ぐ雨のお陰で沈黙が苦痛ではなかった。
「少し落ち着いた?」
「はい。ダイヤさんに顔を上げなさいって言われました」
しばらく無言の時間を共有していたが、千歌先輩が心配そうに語り掛けてきた。要らない心配をさせたことを本当に申し訳なく思う。
私は勝手に騒ぎ立て、勝手に落ち込んで、心配掛けて、本当に情けない。だからせめて千歌先輩には正直になりたい。今はそんな気持ちだ。
「私は私は嫌いです。だから私は自分のことを信じていません」
自分の感情を優先する私が嫌い。
平然と隠し事をする私が嫌い。
自分のことだけを守ろうとする私が嫌い。
今でもそれは変わらない。だから幾ら肯定的な事を思ってもそれが自分の内から出たことでは信じられない。
「でも、ダイヤさんが言ってくれたんです。貴方は自分が卑下する程ヒドい人ではありませんって」
でもみんなのことなら信じられる。だからダイヤさんの言葉は的外れではないと思う。完全に自分のことを見捨てるにはまだ早いと思う程度には。
「私ね、普通なんだ」
「千歌先輩?」
「曜ちゃんみたいに運動神経が良いわけじゃないし、だからといって勉強ができる訳でも無い。梨子ちゃんみたいに一生懸命になれることもずっとなかった」
「スクールアイドルが、Aqoursがあるじゃないですか」
「うん。今はそこが私の居場所だよ。でもね、私はそれでも普通なんだ。でも、それを悪いとは思わないんだ。だって、普通の女の子が一生懸命に力を合わせると輝けるって知っているから」
千歌先輩は目を輝かせてどこか遠いところを見ていた。多分μ’sの事に思いを馳せているのだろう。
普通の女子校生が力を合わせて駆け抜けていった輝かしい軌跡。それが千歌先輩の道標なのだ。
「だから私は普通が悪いとは今は思ってないの」
だからいつか星ちゃんもそう思えるようになれたらいいね、と言われてるような気がした。
「あ、そういえば段々雨も弱くなってきたね」
あと数分もすれば傘が必要なくなるくらいに雨脚は弱まった。そしてもう学校も目と鼻の先だった。
「鞠莉さんと果南ちゃん大丈夫かな」
「心配には及ばないでしょうね」
千歌先輩の呟きに早くも傘を畳んだダイヤさんが答えた。今までずっと二人を見ていたダイヤさんが言うのだから間違いはないだろう。
「それより、二人のこと頼みましたわよ」
唐突にそんなことを言うものだから私達はみんなして顔を見合わせてしまった。
「ダイヤさんは?」
「私は生徒会長ですから。とてもそんな時間はありません」
なんでこの後に及んでそんな遠慮をしているのだろうか?
鞠莉学園長や果南さんがスクールアイドルをやるならばダイヤさんが居なければ復帰する意味が半減する。
「それなら暇人の私が居ますし」
「私達も居ます」
「貴方達」
きっとダイヤさんは責任感の強い人なんだと思う。自分の立場を、役割を半端には出来ない。そんな思いがあるのだろう。でも何もそれを一人で抱える必要はないのだ。私の悲しみを汲んでくれたように、誰かがそれを掬い上げてあげればいいのだ。
私達の申し出に呆れつつもダイヤさんは嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「お姉ちゃん」
「ルビィ」
「ようこそAqoursへ」
ルビィちゃんはまだまだ原案の衣装のスケッチブックをダイヤさんに渡した。
私はそのスケッチブックに何が描かれているか知っている。それはスクールアイドルの衣装を身に纏うダイヤさんの姿だ。
ルビィちゃんはよく自分ではなくスタイルの整ったダイヤさんをモデルに衣装を考えたりしているのだ。
「これから忙しくなりそうですわね」
ダイヤさんが開いたページには夏祭りのステージでパフォーマンスする際に着る衣装の案が沢山描かれていた。
ダイヤさんは平静さを装っているが、その視線は忙しなくスケッチブック上のイラストを追っているのが見て取れた。
「まずは一歩ずつ、目の前のことから始めましょう」
千歌先輩が前向きにそう宣った。
東京のイベントで壁を知り、みんな挫けそうになったがそれでも立ち上がった。この道の先に何があるのか?どんな景色が広がっているのかを見るために。
「では部室に行きましょうか。鞠莉さんと果南さんにも相談しないと」
ダイヤさんはスケッチブックを胸に抱えて校舎に向けて足を運んだ。
みんな顔を綻ばせばせてダイヤさんの後を追い部室へと向かった。
私はそんな彼女達の眩しい背中を見送った。