ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
黒澤家は旧家で内浦に深く根を張った一族だ。それだけに家もその歴史に負けず劣らず立派な日本屋敷だ。通された客間はこれまた立派な和室で、襖が開け放たれ空気がよく通っているため、空調を効かせていないにも関わらず意外に暑さは感じなかった。
そして特筆するべきは縁側だ。実際に住んでいる人にとってはただの通路かもれないが、私のような一般人からすると縁側は憧れの一つだ。一度でいいから春か秋の縁側で日向ぼっこして昼寝をしてみたい。さすがに今日のような夏の、しかも雨の匂いが漂う気候の中でしようとは思わないが。
それはさておき、客間に通された私達はまずお茶を一杯ご馳走になった。
話し合いの場で飲み物を出されるということは相手としっかり対話したいという意味があるらしいので、私達はありがたく頂戴した。
「さて、ではどこから話しましょうか」
「判断が付かないので最初から」
「私たちの出会いから、ということですか?」
「はい」
お茶で喉を潤すとダイヤさんは早速話しを切り出した。ダイヤさんは懐かしむように柔らかい表情をすると少しずつ、思い出しながら語り出した。
ダイヤさん達が小学生低学年の頃、鞠莉学園長が転校してきて彼女達はクラスメートとなった。
鞠莉学園長は内浦どころか沼津、いや静岡でも有数の資産家である小原グループの令嬢であったが、三人はよく連むようになり、付き合いはそれからずっと続いた。
地元が好きな三人は浦の星に揃って入学することとなったが、入学後まもなく学校では統廃合の噂が広まった。
資産家である小原家や地元を仕切る黒澤家の情報網から経営難であることが事実であると知った三人はμ’sのように学校を救おうとスクールアイドルになった。
三人は学校や町から受け入れられ、順当に人気を集めていった。そんな知名度や人気が上昇している最中、東京のイベントに招待されたのだ。
「ここまでは皆さんも凡その概要は存じてますでしょ?」
「はい」
「なら先に進みましょう」
鞠莉学園長は家柄もさることながら、学業においても優秀な成績を修めていた。当時は転校や留学の申し出が寄せられるような状況にあったが、鞠莉学園長はそれを全て断っていた。
ダイヤさんも果南さんも鞠莉学園長が自らの可能性を狭めていくのを心配しつつも、東京のイベントに挑むことにした。狭まった可能性を別の方向性でも広げていけばいいと思ったからだ。
だが、東京のイベント直前、鞠莉学園長は練習で足首を痛めた。それでも尚、鞠莉学園長はイベント本番に臨もうとする姿を見て、果南さんはある行動に出たのだ。
「歌わなかった?」
「そう。歌えなかったのではなく、歌わなかったのですわ」
鞠莉学園長の生き急ぐような姿にダイヤさんも果南さんも危機感を抱いたのだ。このままでは鞠莉学園長の可能性を全て潰してしまうと。実際、そう思わせる程に鞠莉学園長はこれまで過密なスケジュールをこなしていたし、痛めた足の状態も後に分かったことだが、重傷の手前まで来ていたのだ。もしそのままステージでパフォーマンスをしたら事故に繫がりかねない程に。
鞠莉学園長の可能性を燃料の様に燃焼させ続ければ、なるほど。きっとスクールアイドル活動は良いところまで行けたかもしれない。だが、そんなことはダイヤさんも果南さんも望んでいなかった。だからスクールアイドル活動は終わりにしたのだ。そして鞠莉学園長は二人に背中を押されて留学していった。
「なんで相談もなくそんな事を」
「相談してましたわ。でも貴方はいつも留学なんて断るの一点張りだから相談にならなかったのですわ」
ダイヤさんの言葉はそのまま今の状況を裏返していた。
「果南さんはずっと貴方のことを見ていました。貴方の立場も、貴方の気持ちも、そして、貴方の将来も。誰よりも考えている」
「そんなの分からないよ。ちゃんと言ってくれないと」
「それも言ってましたわよ。貴方が気付かなかっただけ」
鞠莉学園長はダイヤさんの言葉にようやく思い至ることがあったのか、今にも泣きそうな顔になった。
私も泣きたかった。
三人は全然私と同じなんかじゃなかった。私なんかが同類だと思うのは烏滸がましかった。私は相手を思いやるよりも自分を守ることを優先していたのだから。それが情けなくて、恥ずかしかった。それと同時に人の心の難しさが悲しかった。
どうしてお互いこんなにも想い合っているのに本当の気持ちに気付けないのだろうかと。心は繫がっているのにすれ違うのだろうかと。
私が俯いていると鞠莉学園長は勢いよく立ち上がり走って部屋を出て行った。
「鞠莉さん」
「行かせてあげてください。きっと果南さんに会いに行った筈ですから」
外はいつの間にか雨模様となっていた。傘など持っていないだろうに、玄関から勢いよく外に出る鞠莉学園長の足音には雨を気にする様子はなかった。
「私達も行きましょう。話した後で冷えた体を温めてあげないといけませんからね」
ダイヤさんに促され一同立ち上がるが私は直ぐには動けなかった。
私には合わせる顔も無ければ語る言葉もなかった。
「星ちゃん?」
「皆さん先に行っててください」
ダイヤさんに促され、皆は心配そうな顔をしながらも部屋から出て行った。
「顔を上げてください、星さん」
「私はとんだ恥知らずです」
「そうだとしても顔を上げてください。私は貴方とちゃんと話しをしたいのです」
ダイヤさんの言葉には別に怒気が含まれてるとか、そんなことはなかったが、逆らいがたいものがあった。
私は顔を上げると、ダイヤさんは私の顔を見て安心したように微笑んだ。
「あまり情けない顔を見ないでください」
「貴方が何故そんな顔をするのか私は知りません。でも、一つだけ言えることはあります」
「何を」
「貴方は自分が卑下する程ヒドい人ではありません」
「そんなこと何でダイヤさんに」
「貴方は鞠莉さん達の話しを聴いて思うことがあったのでしょう?そんな顔をするほどに。なら貴方はクズじゃない」
「ダイヤさんは勘違いしています。私は私が恥ずかしいだけです」
「その恥ずかしさがどこから来る感情か良く考えてください。良いですか?何度でも言いますよ。貴方は貴方が思うほどヒドい人ではありません」
ダイヤさんから真っ直ぐ見詰められて掛けられた言葉に私は再び顔を俯かせた。
本当に敵わない。ダイヤさんの優しさが温かくて今日何度目になるかわからないが、そんな風に思った。