ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第五話

 週が明けてからも津島さんは学校に来ていない。私の他のクラスメートはそう思っている。だが、私は知っている。私だけが知っている。彼女は登校自体はしていると。ただ単にそれを認知されていないだけなのだと。

 

「またここにいたんだ、天使ちゃん」

 

「“堕”天使よ」

 

 彼女は登校しては屋上に来て学校の様子を窺っているらしい。クラスに顔を出さない時点で登校というのも様子を窺うというのも何か違う気がするが、とにかく彼女はこうして屋上に居るのだ。

 どうでもいいがこんな遮るもののない屋上にずっといて暑くないのだろうか?私など教室にいても汗ばむくらいなのだが。

 

「その我慢強さがあれば教室来ようよ」

 

「余計なお世話よ」

 

 そんなものだから放課後になって私と屋上で鉢合わせることとなったのは言うまでもないことだ。

 最初こそ私の姿を見た瞬間に姿を隠そうとしていたが、あえて無視しハーモニカを吹いていると彼女は普通に私に姿を晒すようになった。多少素っ気ない態度なのはこの際気にしていない。

 とにかく、そうなってからは私は津島さんが居ない間のクラスの様子を教えている。今日でそれも三日目だ。

 

「そろそろクラスに来ないの?花丸ちゃんや他の人も心配してるよ」

 

「でも」

 

「いいじゃない。好きなものは好きなんでしょ?」

 

 なかなか踏ん切りのつかない彼女の背中を必要以上には押さない。乗り越えるのは最終的には自分なのだから。とか過去のことを引き摺ってばかりで全然乗り越えられていない私がどの口で言うのだか。

 

「ーーーーーーーー」

 

 今日は久々に間近にオーディエンスが居る。

 たった一人でも客は客。私は彼女から連想できる曲を今日も奏でる。

 ミッドナイト・シャッフル。近藤真彦の曲だ。もっとも、私達がいるのは屋上の隅っこではなくど真ん中だが。

 さて、天使のような悪魔の声は彼女にとって、自分自身のどこから生まれているのか?なんて考えてみるけれど、きっとこの曲の歌詞を津島さんは知らない。それでも私は奏でる。彼女の心に響くように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空がオレンジ色に染まった黄昏時、私達は何時も通り別々に帰る。きっとそれが彼女なりの何らかのけじめなのだろう。

 私は一人下駄箱に向かう際に生徒会室の前を通りかかった。その際に私は生徒会長が一人、電気も付けずにぼんやりと校庭を眺めているのに気付いてしまった。だって扉開きっぱなしだったし。

 普段ならば素通りなのだが、その日本人形のような横顔に少し憂いがあったことが気になってしまった。ついでに言えばこの生徒会長はルビィちゃんのお姉さんらしい。挨拶するくらいするのが筋だろう。

 

「こんにちは生徒会長」

 

 私は開け放たれた扉をノックすると生徒会長は即座に凜とした仕草になりこちらに向き直る。

 気の強そうなつり目が印象の、ルビィちゃんとは毛色の違う方向性で整った造詣をした人だ。けれど、瞳の色だけはルビィちゃんと同じで、やっぱり姉妹なんだなぁと思った。

 

「こんにちは。こんな時間にどうしました?」

 

「たまたま通りかかったので挨拶をしようと思いまして。ルビィちゃんとは仲良くさせていただいてます黒松星です」

 

「これはご丁寧に。ルビィの姉の黒澤ダイヤですルビィがいつもお世話になっております」

 

 生徒会長は背筋をぴんと伸ばすと綺麗に腰を折ってお辞儀した。

 この姿からはとてもこないだ起きた珍事の中心人物だとは思えない。

 こないだ起きた珍事とは先週、高海先輩と渡辺先輩が部活申請を出しに行った時のことだ。

 昼休み中に突然校内放送が大音量で流れたと思ったら、生徒会長がμ’sについて蕩々と語り出し、最終的には高海先輩らの部活申請をバッサリと却下したことが全校に流れてしまったのだ。

 スクールアイドル活動を認めないと言いつつスクールアイドルは大好きなことが知れ渡ってしまったわけだが、本人はそれを頑なに否定しているとのことだ。

 どれ、試してみますか。カメラを準備しまして、と

 

「矢澤にこの決め台詞は?」

 

「にっこにっこにー・・・はっ!?」

 

 ポーズ付きでやって頂きありがとうございました。いい動画が撮れました。

 ちなみに矢澤にことはμ’sのメンバーである。アイドルにはキャラクター性は必須であると公言する矢澤にこは独特な、曰く言いがたい“矢澤にこ”というキャラクターを作り上げたのだ。一部では“最後にして最初のアイドル”という謎のフレーズが流行ったりもした。

 とにかくそれが先程生徒会長にやっていただいた一発芸だ。

 

「あなた馬鹿にしに来たのですか」

 

 生徒会長は羞恥に顔を赤くして私に詰め寄る。

 

「やっぱりルビィちゃんのお姉さんですね。ルビィちゃんもスクールアイドルが大好きみたいでいつも私に教えてくれるんですよ」

 

 ルビィちゃんは人見知りで引っ込み思案なところがあるが、一度スクールアイドルについて語り出すとかなり饒舌になる。その時は本当に楽しそうに話すものだから

私も対抗して昭和のアイドルの魅力をプレゼンしたりするものだ。

 ルビィちゃんと中学時代からの親友である花丸ちゃんも温かい目で話を聞いている。

 

「そう。ルビィは楽しくやれているのですね」

 

 生徒会長は私の言葉に毒気を抜かれたのか少し複雑そうな表情をした。

 

「なんか色々ありそうですね」

 

 他人様の家庭事情に口は挟む主義ではないのでこの話題はもうおしまい。

 

「今日は会えて良かったです会長」

 

 さようなら、と私は生徒会室を後にする。

 高海先輩も渡辺先輩も桜内先輩も、津島さんやルビィちゃん、生徒会長も皆心に何かを抱えてる。中には歪みが出来ているところもあるはずだ。

 ブギーポップという作品の歪曲王の言葉を借りるなら、その歪みが黄金になればいいと願うばかりである。

 ふと、私は思った。何故私はこんなにも彼女達に肩入れしているのかと。まさか私にも歪みが?

 

「まさか」

 

 私は一人ごちると口笛を吹いた。曲は“ニュルンベルクのマイスタージンガー~前奏曲への第一幕~”。ワーグナーの曲だ。本来は華々しい幕開けのような曲だが、口笛だとどこかもの悲しい曲になる。先に述べたブギーポップが終わりを知らせるようにこの曲を口笛を吹くのだ。

 何故この選曲かって?それは私も津島さん同様拗らせているからだ。


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