ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
私達は一度解散し、各自制服に着替えるため帰宅した。それもそうだ。今日は平日、普通に登校する日だ。
帰宅した私はまずシャワーを浴びて汗を流すことにした。早朝とはいえ、7月になり益々気温が上がっている中を私にとっては全速力で走ったのだ、汗もダラダラだ。
体力は確実に落ちている。それを嫌でも痛感させられた。最近はランニングどころか軽運動すらしていないから当然だ。
音楽活動を辞めた今、体力が落ちようと関係ないはずなのだが、妙な焦燥感が湧くのを冷水を頭から浴びて、今考えることではないと自分を無理矢理抑えつける。
体を流し終える頃にはいい時間になっていたため直ぐに制服に袖を通して家を出た。
折角シャワーを浴びたというのに日が昇ってから更に気温が上がり、数分も歩いているともう背中が汗ばんできた。
海沿いを歩いていると波の音と蝉の大合唱で一大オーケストラになっている。
夏休みはどうなるのだろう?この町に来てから初の夏だ。どの様に過ごせば良いのだろう?聴いたところ沼津の一大イベントとして花火大会があるとのことだ。Aqoursにはそれの出演オファーが来ているらしいから、夏はラブライブの予選と合わせて練習漬けの毎日になるだろう。
私もかつてそんな毎日を送っていたことを思い出す。そよ時の夏もこんな風に生徒が大合唱していた。
「あっ、おはようございます」
「おはようございます、星さん」
学校に最寄りのバス停前を通過するとき、丁度バスの到着時間と重なり、バスからぽつぽつと降りる浦女生が見えた。その中に見覚えのある黒髪ストレートの生徒が背筋をシャンと伸ばしている姿があった。ダイヤさんだ。どうやらルビィちゃんとは別行動らしいが、出会って挨拶もしないのは不自然なため声を掛けることとしたのだ。だが、こないだの今日で何を話せば良いのか分からない。
「ダイヤさんは」
「なんでしょうか?」
分からないのに思わず私はダイヤさんから聴こうとしてしまった。だが、その聴こうとしていたことが上手く言語化できなかった。だが、確かに聴きたいことはあるのだ。果南さんでもなく、鞠莉学園長でもなく、ダイヤさんに。
「その何というか」
「そんな風に固まってますと遅刻してしまいますわよ」
そう言って口をパクパクとさせてしまう私を余所にダイヤさん余裕のある様子で歩を進める。
私は慌ててその背中を追い掛けた。
背後から見るダイヤさんの背中はなんだか不思議だった。別に歩幅が広いとか、ペースが速いとかではないのに何故だがそう、遠く感じるのだ。
「星さんはルビィとは今日も早朝から?」
「あ、はい。ちょっとみんなでランニングを」
本当は尾行なのだが、そんな事は言えない。あと付け加えるならちょっとランニングどころか全力マラソンだったが、それは今は問題ではない。
「そうですか。ちょっと羨ましいくらい仲良くしてくださって感謝してますわ。ところで星さんはスクールアイドル部のメンバーから一歩引いている様に見えるのですがその訳を聴いても?」
「私はメンバーじゃないから、では納得しないですよね?今日はどうしたんですか?えらく踏み込んだ質問をしてきますが」
「ええ。音楽が好きでダンスが好きで、みんなが好きで。それでもスクールアイドルをやらないなんて、どこかの誰かさんに似ているなと思いまして。余計なお節介ですか?」
それは間違いなく果南さんのことを言っているのだろう。
鞠莉学園長に不用意に踏み込まれた時と違い、ダイヤさんには東京でのイベント帰りの借りがあるため、私もいきなり激昂することはないが、些か驚いた。それほど私はダイヤさんと絡みはないのだが、第三者から見てそれほど分かってしまうのだろうか?
「私は、ケジメを付けているだけです」
「それは誰のためです?」
その質問には私は答えられない。未だAqoursメンバーにも打ち明けられていない秘密をここで語ることは出来ない。
「そう。ホントにどこかの誰果南みたいですね」
なんだろう。多分“誰かさん”と言おうとして噛んだのだろうけど、このいたたまれない空気はどうすれば良いのだろうか?いや、誰かが果南さんを指しているのは分かっていたけれど、これは笑っていいのだろうか?いずれにせよ硬度過ぎて判断の付かない冗談は冗談ではないのだ。
「シリアス台無しですよ」
「とにかくっ、今はそれだけしか言えません」
「今は、ですか?」
「ええ」
そう言ってダイヤさんは今度はペースを上げて先を歩いて行く。
今のやりとりで新たに得られた情報はあまりない。ないが、何かが動き出そうとしている予感だけは感じた。そして、何故ダイヤさんの背中がやけに遠く感じたのかが分かった。それは覚悟だ。
具体的には分からないが、ダイヤさんはこれから勝負を挑もうとしているのだ。鞠莉学園長の様にアグレッシブではなく、果南さんのように頑なでも無い。嵐の前の静けさのようなそんな気概に満ちている。
私はそんな背中を追い掛けるでもなくただただついていった。登校しなければならないのは勿論あるか、ダイヤさんから感じる意志の強さの100分の1で良いから分けて欲しかった。
もし中学生の頃の私かそれを持っていたならば、そう考えると胸を掻き毟りたくなるが、今はそれだけじゃ無い。今からでも取り戻せる、そんな希望を幻視している。
“なんで何も言ってくれないの、星っ”
「何で何も言わなかったんだろうね、私は」
今更取り戻せるものなどない。少なくとも、私にとっては。だからこそ私は見届けなければならない。擦れ違った果南さん、鞠莉学園長、ダイヤさんがどのような結末を迎えるのかを。