ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第四十四話

 晴天の空の下、海に潜るとそこには青に染まる世界が広がっていた。なんの捻りもない表現になるが、それ以上に妥当だと思える表現がない。

 揺らめく海中の景色は喧騒。常に流動的で一度として同じ景色を作ることはない。本来の意味や用途は知らないが、潮騒とはこういうことを言うのかなとぼんやりと思った。

 景色とは打って変わり音は驚くほど少ない。いや、音自体は常に響いているが種類が少ないのだ。あらゆる音は水というフィルターを通すためシンプルになる。海に潜ることに慣れた人ならばともすれば無音とも表現されるかもしれない。

 今この時、私は一人だ。厳密には違うが今は一人になりたい。そんな気分なのだ。

 雨降って地固まると言う具合にAqoursは一つになった。それは喜ばしいことだったが、却ってその空気に当てられてしまった。

 私は勝手に感じた疎外感を紛らわすために一人になれる場所を求めてダイビングショップの果南さんの所に行き、海に潜らせて貰ったのだ。今頃はAqoursのみんなは練習をしている頃だろうと思うとなんだか胸が疼いた。私はそれを誤魔化すように海の中を漂い続けた。海の中は暑いが

外気とは違い、程よく冷たかった。

 少しずつ問題は整理されつつある。私は海流に身を任せて漂いながら、頭の中のボードに貼り付けた付箋を一枚剥がして捨てた。その剥がした付箋にはAqours解散危機と書かれていた。

 まだボードに貼られている付箋はダイヤさん、鞠莉学園長、果南さんの謎、そして私の過去を話すという課題だ。正直、前者の問題は完全に私の個人的な心象から問題視しているだけで、当事者達からすれば既に終わった話なのかもしれない。だが、それを確かめなければならない。そんな気がするのだ。それは鞠莉学園長のことが気懸かりだからだ。

 私は鞠莉学園長に対し良い印象を持っていない。けれど、ダイヤさんからスクールアイドルを一緒にやっていたと聴いて、鞠莉学園長の今までの行動を鑑みると、ある目的があるのではないかと感じるようになった。それを知りたいと思う。

 人間単純なもので目的意識を持つと急に元気が出たりする。私はヒレの付いた足をばたつかせ海面に上がった。

 

「満足した?」

 

 海上ではボートの上で果南さんが待っていた。

 果南さんは私が海面から顔を出すと、私に手を伸ばしてボートに上がるのを手伝ってくれた。

 この明朗溌剌な彼女は今、スクールアイドル活動についてどう思って居るのだろうか?

 

「果南さんもスクールアイドルやってたんですよね」

 

「やっぱりその件?」

 

「はい。ダイヤさんから聴きました。ダイヤさんと鞠莉学園長と果南さんの三人でやっていたって」

 

 果南さんは私の言葉に動揺することなく真っ直ぐに私を見る。その表情を見て私は難しいと直感した。何が難しいかと言えば果南さんの本心を聴き出すことだ。

 

「そうだね。ちょっとだけね」

 

「東京に呼ばれるレベルの活動をしててちょっととかどんだけストイックなんですか」

 

「何が言いたいの?」

 

「それだけ真剣にやってたのになんで辞めてしまったのですか?」

 

 いささか直球に過ぎたかもしれない。だけどこれは聴かなければならない。私の懸念が間違えであれば不要だが、現時点ではそれすらも分からない。

 

「嫌になったのよ」

 

 質問に対する答えはシンプルなほど心地良いものはない。だけど、違う。勝手な決めつけは良くないけれど果南さんの物言いに私は直感的に偽りを感じた。

 

「仮に嫌になったから辞めたとして、それはダイヤさんや鞠莉学園長も納得しているんですか?」

 

「だから鞠莉は一度学園から去った」

 

「でも戻ってきた。それはやり直したかったからじゃないんですか、ダイヤさんと、果南さんと」

 

「だとしても、私もダイヤもスクールアイドルをやることはない」

 

 それ以降、船着き場にボートを着けるまで私達の間に会話は無かった。

 空を見れば澄み渡る青が一杯に広がつているのに、なぜ人の心はこうもシンプルになれないのだろう?それは自分自身に対してもそう思うし、今は果南さんに対してもそう思う。

 今回のやり取りを通して彼女から頑なな感情だけは伝わってきた。その感情が何を発端にしているのか、問題はそここそが焦点となる。

 

「果南さん。最後に一ついいですか?」

 

「なに?」

 

「ちゃんと鞠莉学園長と、いや、ダイヤさんともですけど、しっかり話しを付けて下さい。妥協しないでとことん。でないと中途半端な想いは行き場を無くしてしまいます」

 

 私は船着き場から桟橋に降りると果南さんにそう伝えた。

 鞠莉学園長はきっと私と同じなのだ。いや、厳密には違う。何もできないのが私で、必死に足掻いているのが鞠莉学園長だ。

 なくしたものを取り戻す。生き汚くても、人を利用しても、絶対に取り戻す。その純粋で盲目的で熱い想いが私には羨ましかった。

 きっと私は最初から感覚的に鞠莉学園長に対してそんな感情を抱いていたのだろう。

 持たざるものが持つ物に嫉妬する。だから私は鞠莉学園長に良い印象を持っていなかった。

 

「そんなの分かってる」

 

 去り際の果南さんの言葉は常の彼女からは想像できないような消え入りそうな声だった。

 

「今日はありがとうございました」

 

 最低限の礼は尽くし、私は果南さんと別れた。 果南さん達をこのままにしてはいけない。果南さんの最後の言葉でそれを確信した。人から言われて心が揺れてしまうなんてまだ自分自身で整理できていない証拠だ。

 私は過去の失敗から人とすれ違いが生じることを見過ごせない。けれどもこの問題は多分私には手に負えない。過去を清算できていない私では。けれども彼女達がいる。現在と向き合い、未来へひた走るスクールアイドル、Aqoursが。

 

「もしもしルビィちゃん?」

 

 私はみんなと会うべく練習中の彼女達に連絡をいれたのだった。

 


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