ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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次回は2/17更新予定。


第三十九話

 千歌先輩への電話はスクールアイドルイベントの主催者から、渡し忘れた物があるとの連絡だった。郵送でも平気だとのことだったが、幸いまだ会場の近くに居たため戻ることとした。

 会場に戻りみんなが連絡をくれた主催者のスタッフと待ち合わせている間、私は勝手ながら会場内に入りステージに立たせて貰った。ステージはセットの片付けの最中であったが、誰に見咎められるでもなかった。舞台セットは今回はほぼ既存の設備で行われていたようで壇上の作業は佳境を迎えていたからかもしれない。

 ステージから見渡す景色は、未だかつて私が見たことのないものだった。

 1500人規模の会場は天井の高さも広さも奥行きも学校の体育館とは比べものにもならなかった。

 座席は映画館のように段々と連なり、二階席、三階席まである。予想以上に観客席がよく見える。アイドルのライブなんかで、奥の人も見えてるとMCをしているのをしばしば聴くが、まさにその通りだ。

 舞台の上から私の目に飛び込んできた威容は予想以上に壮大だった。今は照明は普通点灯の状態だが、イベント中は観客席は暗く、舞台にはスポットライトまで照らしていた。もしその時舞台に立っていたら、光の中にいるよう錯覚がしたかもしれない。

 考えてしまう。もしも私がここでライブをすることになったらと。そう思うと目の前に広がる景色がより大きく目に飛び込んできた。

 その大きさは怖くもあり、私の体をにわかに締め付けるような緊張感を生んだ。だが、同時に楽しそうだとも思えた。むしろその楽しみたい気持ちの方が強いかもしれない。そう思えるあたり私は未だに音楽活動に未練があるのだろう。

 みんなはどうだったんだろう?控え室で準備をしていた時はかなり緊張している様子だった。それも致し方ない。初めての場所、初めての大舞台、その上、自分達より経験も実力もランキングの順位も上回るスクールアイドルと同じ舞台。緊張しない方がおかしい。ガンバルビィ、という謎の合い言葉で自分を鼓舞するルビィちゃんは見ていて痛々しかった。尚、痛々しいに含みはない。

 観客席から見た時はみんな緊張しているなりに一生懸命やっていたと思う。見世物を生業とする人は舞台の緊張感を含めて楽しむと表現するが、みんなもそうだったのだろうか?緊張感、やらなければという使命感、そして楽しさ。そのどれが心に占める割合が大きかったのだろう?

 多分だけど、使命感が強かったのではないかと思う。それが一観客として見た私の印象だ。

 ここでAqoursはパフォーマンスを披露したのだ。それをしたくてもできない人がいるのだから、それだけでも十分ではないかとも思えるが、理性的にそう思う反面、心の底から沸き上がる悔しさは理屈では抑えきれない。当事者ではない私がそう感じるのだ。当事者であるみんながそう感じないはずがない。実際悔しいからこそ今回の結果に落ち込んでいるのだろう。だけど、千歌先輩はなんだ。悔しいならそうと言えばいいのに。いつも自分の気持ちに正直な千歌先輩らしくない。それが腹立たしいのだ。きっと曜先輩なんかは私なんかよりももっと動揺しているだろう。

 

「何か掴めた?」

 

 ぼんやりとステージの中央にいたら流石に邪魔だったのか、作業スタッフのお姉さんが私に声を掛けてきた。だが、咎めるような響きはなかったので助かった。この程度の闖入者など

 

「はい。どんな気持ちなのかなって」

 

 私の本心。みんなの気持ち。それがこのステージに立ったら少しは分かった気がした。それに一度でいいからこのような大舞台に立ってみたかったのだ。

 

「ここはね。中小の楽団や演劇団がよく使うステージなんだ。だからみんな悩んだりしながらも明日を夢見てここに立つ。貴方達と同じようにね。今日出たグループには大なり小なり優劣はあるかもしれないけど、根本的なところはみんな同じ」

 

「みんな夢を追い掛けてる」

 

「そう。そしてここはまだ夢の途中。貴方がどのグループを推していたかは知らないけど今日の結果がゴールじゃない。だから結論を出すのは早いって事。もちろん貴方も」

 

「私は」

 

「あ、呼ばれちゃった。ここももうそろそろ忙しくなるから、早くみんなのところに戻りなさい」

 

 ナミキさんっと名前を呼ばれてその作業スタッフの人は行ってしまった。

 なんだか私が元気付けられたような気がしたが、おかげですっきりした。それにヒントも貰った。そうだ、まだ“ゴールじゃない”のだ。

 最近はハーモニカをはじめ楽器から離れているからそういった感覚が鈍っていたが、彼女達にこんな時に必要な曲があったのだ。

 私は自分胸ポケットに手を伸ばしかけて、自分の思いつきをすぐに打ち消した。今、私のポケットの中にはハーモニカはない。よしんばあったとしても私はもう音楽をやらないと誓約している。だけど、私には気の利いた言葉なんか言えないし、知らない。ハーモニカが、音楽がないと何もできないなんて本当に私は不甲斐ないと思う。

 私はステージを後にしながらどのようにみんなにこの気持ちを伝えようか頭を悩ませた。この時の私はみんなが更なるどん底にいることになっているとは思ってもみなかった。

 

 




ナミキさん、という名前のあるキャラを出しましたが元ネタはμ’sのワンマンライブの舞台監督です。ファンフィクションだからこそこういった遊びができるんですよね。

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