ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

37 / 206
次回は2/10更新予定


第三十七話

 

 翌朝、結局眠りに落ちても早い時間に目覚めてしまった私は仕方なく朝風呂を浴びた。流石に都内の旅館ともなると地方のように広々とした大浴場や露天風呂があるわけでは無いが、こじんまりとした浴場は石造りで風情があった。昨日はみんなで入ったから狭かったが、今日は一人で入ったから浴槽の中では足を伸ばせて幾分リラックスできた。

 体をさっぱりさせ、これならみんなが起きる前に少しくらいなら寝れるかと思い部屋に戻ると、他のみんなが眠る中、千歌先輩が静かに練習着に着替えていた。みんなはまだ寝ていたから小さい声で挨拶をし、私もまたジャージに着替えた。浴衣が無きときのために持ってきていたのだ。

 千歌先輩の意図は明白だ。朝練と洒落込もうもしているのだ。ちょうど千歌先輩と話したいと思っていた私にはこれ以上のチャンスは無い。朝風呂を浴びてからまた汗をかくのはナンセンスだが、致し方ない。また、昨日のことを鑑みると、土地勘の無い千歌先輩を一人で彷徨かせるのも危ない気がするし尚更だ。

 

「私もお付き合いしますよ」

 

 準備が出来た私達はランニングしてくる旨をメモに残し部屋から出た。

 私達は屋外に出て準備運動を軽くこなしてからゆっくりと走り出した。

 雑居ビル群と住宅街の中間くらいの街を走り大通りに出る。こんな日が出ているとは言えまだ朝なのに大通りは車が沢山走っていた。歩道にはサラリーマンの通勤姿もあるが、私達同様にランニングや散歩をする人の姿もあり、どこに居ても人の営みは変わらないと変な安心感を覚えた。

 この街の景色を見ると改めて内浦との違いを感じる。とにかく人工物が多いのだ。住宅もマンションばかりで高い建物が多く空が非常に狭い。言い換えれば閉塞感がある。元々埼玉に住み、しばしば都内に訪れたことのある私でさえそう思うのだ。千歌先輩達はどのように感じるてるか。そんな事を思いながら街を走り抜ける。

 大通り沿いを走り、御茶ノ水駅前や神田明神前を通過する。秋葉原方面に向けて異様に長い下り坂を下る。この長さと高低差を考えると神田明神の男坂の階段の急さも納得だ。あの階段はもはや壁だ。城の堀の下から上を見上げているような感覚だ

 私達はそのまま坂を下ると、信号を通過し万世橋を渡り、秋葉原駅をぐるりと回り込むとUTX学園前に到着した。

 ひたすら思いのまま走る千歌先輩に付いてきたが、どうやらここを目指していたようだ。

 スクールアイドルのフラッグシップとして第一回ラブライブで優勝したA-RISEを排出したUTX学園。その学舎の前の階段を上ると大型のモニターが設置されている。ここはスクールアイドルの情報を発信したりする街の名物にもなっている。

 

「ここで初めて見たんだ。スクールアイドルを、μ’sを」

 

 千歌先輩は今の時間帯はまだ何も映していないモニターを見上げながら言った。

 

「スクールアイドルってものがあることは知っていたけど気にもしていなかった。だってアイドルって雲の上の存在でしょ。自分なんかとは関係ないって、そう思ってた。でもμ’sを見てスクールアイドルはアイドルとは違うんだって思ったんだ。だから私は憧れたのμ’sに」

 

 スクールアイドル高海千歌のルーツを語る先輩の目にはきっとμ’sを初めて見たときの情景が浮かんでいることだろう。羨望の色が瞳に映っていた。

 そんな千歌先輩につられてまだ消灯しているモニターを見ると、μ’sが元気にパフォーマンスしている映像が見える気がした。もちろん気がするだけだが。

 千歌先輩は何故μ’sを見てそう思ったのかみなまでは言わなかった。

 μ’sは人に対して与える影響が大きい分、影響を受けた人はそれぞれのμ’s感を持つようになるからかもしれない。彼女達が大好きだからこそ千歌先輩は私の持つμ’s感もまた大切なものと思い多くは語らなかったのだろう。

 

「スクールアイドルは楽しいですか?」

 

 そんな分かりきったことを私は今一度問う

 

「うん、楽しい。大好きだよ」

 

 まるでお手本を見ているかのようだった。自分のことを隠さずに伝えることの大切さを千歌先輩に教えられたような気がする。

 私にはきっと出来ない。雁字搦めになった私が同じように「音楽は好きか」と問われたらきっと好きと返せない。だが、私は少し踏み込まなければならない。手本となるような人が目の前で範を示してくれたのだ。それを見て抱いた思いを大切にしなければならないから。

 

「今日のライブが終わったら、私の話聞いてくれますか?」

 

 だから私は私を語ろうと思う。

 

「うん、聞くよ。でも私だけじゃないよそれは」

 

 ね、と千歌先輩は私の背後に向けて声を掛ける。振り返ると、いつの間にいたのかそこには息を切らせたみんなが私を見て頷いた。

 私は心優しい彼女達に感動を覚えたが、ただ一つ悲しかった。恐れていた別れの時が来てしまったことがただ悲しかった。何も知らずに無邪気でいられる時は終わってしまうのだ。

 

「ありがとう」

 

 これからライブがある彼女達を不安にさせてはいけないと私は彼女達に笑い返した。ちゃんと笑えているか不安だ。

 そんな私の悲壮感や彼女達の優しさとは無関係に世界は今も回り続ける。

 起動時間になったのかUTXの名物モニターが点くと、そこには今年のラブライブ開催が決定した告知が映し出されたのだ。これは昨日まで発表されていなかった情報だ。

 

「遂に来たね。どうするの?」

 

「勿論出るよ。μ’sがそうだったように、学校を救ったように。さあ、行こう。今全力で輝こう」

 

 彼女達は目の前のライブ、そしてラブライブに向けて円陣を組みお馴染みの掛け声で気合いを入れていた。

 私は自分のことで一杯一杯だったからこの時は思い至っていなかった。このイベントで彼女達がどのように評価されるのかということに。だが、冷静だったとして私に予想はできなかっただろう。Aqoursを評価する人が誰一人としていないなんてことを。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。