ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第三十二話

 最近は名ばかり図書委員になりつつある花丸ちゃんに代わり私が図書室の番人をしていることが多くなった。

 今日もまた放課後に図書室の受付に陣取っている訳だが、これが中々居心地が良い。

 エアコンは無いが、今時図書室を使いたがる奇特な人は居ないため、扇風機を独占出来るのだ。

 扇風機を弱にして私は心地良い微風に当たりながら今日もまた読書に勤しむ。

 今日読んでいるのは幼年期の終わり。アーサー・C・クラークのSFだ。

 この作品以外に彼の作品を私は読んでいないが、洗練された未来が描かれていることが彼の作家の特徴らしく、この作品もまたそんな世界が描かれていた。

 緩やかな進歩は人類を次のステップに進ませたが、その果てに何が待っているのか?ネタバレにならないように言えば予想していなかったことであるとしか言えない。一つ言えるとしたら進んだ科学を描くようなジャンルでもやはり焦点となるのは生きているものなのだろう。

 さて、幼年期の終わりと言えばAqoursだ。ただ輝きたいという願いから生まれた彼女達だが、廃校を止めるという明確な意図を持った今、確実に幼年期の終わりを迎えたと言えよう。

 こないだ撮影したPVも昨日の時点で五万再生を射程圏内に入れる好評ぶりであった。これはかなりの進歩だろう。この進歩で天狗にならなければよいのだが。

 

「星ちゃん、ごめんね変わって貰って」

 

「お疲れ様、花丸ちゃん」

 

 まあ、こうして練習終わりに律儀に閉鎖時間間際の図書室に顔を出す花丸ちゃんはそんなキャラでもないか。

 

「さあ、図書室を締めて帰りますか」

 

 私達は図書室の戸締まりを確認すると図書室を施錠し、鍵を返却しに職員室へと向かう。

 もともと人数の少ない学校だ。校庭からは運動部の練習の声が聞こえるが校内は閑散としている。そんなか私達は上履きの乾いた音をパタパタと鳴らして歩いた。

 

「星ちゃんは東京行ったことある?」

 

「そりゃあるよ。元埼玉県民だよ私。池袋、新宿にはよくお世話になりましたさ」

 

 東上線で一時間半以上、交通費片道600円オーバーの非常にハードな旅だが。交通の便や品揃えを考えるとさいたま市に行くよりも池袋なのだ。いかんせん埼玉は横の移動が弱いからだ。

 

「薮から棒にどうしたの?東京に出たくなった?」

 

「いや、東京のスクールアイドルイベントで一緒に歌いませんかって連絡があって」

 

「凄いね。そんなとんとん拍子に話しが進むなんて」

 

 詳細は分からないがきっと東京で行う以上はこの内浦にある施設を凌駕する規模でやるのは間違いないだろう。

 よくよく考えたらAqoursはまだグループとして大勢の前でライブをしたのはまだ三人だった頃の最初のライブだけ。いきなり東京でライブとか大丈夫なのだろうか?

 

「まる、東京ってしばらく行ってないからちょっと不安なんだ」

 

「あ、行くの確定なのね」

 

 私達は職員室に鍵を返し下駄箱に向かうと、下駄箱で皆が待っていた。

 

「そうだよ。だって東京だよ。東にある京だよ」

 

「なんの説明にもなってないけど」

 

「とにかくチャンスだよ。ここでいい成績を出せれば注目も浴びる。私達が有名になれぱ学校のことだって知って貰える」

 

 千歌先輩はやる気に満ちあふれ、みんなもまた満更でもなさそうな感じだ。かと言って調子に乗っているような感じではない。純粋に挑戦心なのだろう。

 

「東京かぁ。何時以来かな」

 

「オシャレなものが私を待ってる」

 

 あるいは単に東京に行きたいだけかもしれない。

 しかし、東京のイベントに招待されたと言うことは曲がりなりにも五万再生に近似する延びがあるPVが評価されたからだろう。腕試しするチャンスを与えられたのは間違いないではないだろう。

 

「是非とも頑張ってください」

 

「何言ってんの?星ちゃんも行くのよ」

 

「What?」

 

「行くのよ」

 

 梨子先輩の有無を言わせぬ必死さが垣間見られた。

 

「何で私まで」

 

「だってこの子達みんな東京に慣れてないのよ?このメンバーを無事に引率するなんて無理よ」

 

「梨子先輩みんなのこと軽く馬鹿にしてません?」

 

 花も恥じらうスマホ世代。まだ見ぬ土地もナビ見て解決だ。とは言え確かに彼女達がお上りさん丸出しになろうとは容易に想像が付く。また東京の地下なんかに迷い込んではぐれたら連絡を取り合えても合流するのは難しいのだ。

 私も慣れてない頃は良く新宿の地下で迷ったものだ。歌舞伎町に行こうとしてサブナードで迷ったり、地上に出たら歌舞伎町の一本前の通りの紀伊國屋に出たりとしたものだ。

 この経験から下手に地下を移動するより地上を移動した方が目印が沢山あり、またウェブでの検索にも地図が出やすいことを覚えた。

 

「とにかく、みんなのこの浮かれようを見て。絶対に碌な事にならないから」

 

「いやいや、私をその碌な事に巻き込まないで下さい」

 

「起こさせないようにするの。だからお願い」

 

「大丈夫だよ梨子ちゃん。心配症なんだから。ところで梨子ちゃんは回りたい場所ある?」

 

「スカイツリー行こうよ」

 

「あの、ティーディーエルに行きたいです」

 

「ルビィちゃん。そこは東京を語ってるけど千葉なんだよ」

 

「ぴぎぃ」

 

 小学生の引率の先生じゃあるまいし、とも思ったが完全に意識を東京に染められている彼女達の様子はなるほど、不安になるのも当然だ。

 しかし東京行きは即答するには些か躊躇う場所だ。片道3時間以上、約3000円の道のりはホイホイとついて行けるものではない。また、もう一つ私には懸念事項があった。

 

「音ノ木坂とかUTXとかも見れたらいいね」

 

 そう。μ’s好きの千歌先輩やアイドル好きのルビィちゃんなら間違いなくμ’sの母校である音ノ木坂に行きたいと言い出すに決まっている。

 正直今の私に音ノ木坂に近づく決心はまだ着いていない。こないだのPV撮影で終わらせたいと思い至れたことは進歩だったが、まだそこ止まりだ。第一音ノ木坂に行っただけで彼女に会える訳でも無いし、会っても何をどう話せば良いのか分からない。というか皆の前でそんなことをしていたら私の隠したい過去を知られてしまう。

 

「じゃあこうしましょう。ランキングで100位以内に入ったら私も同行しましょう。東京で腕試しするなら県で2位以内くらいの実力がないと話にならないでしょうから」

 

 昨日の時点で順位は120位前後。100位目前のようであるが、実はかなり大きな壁だ。ここから先は各地のトップランカーが群雄割拠する、言わば戦国時代状態なのだ。そう簡単には順位は上がらない。

 

「本当に100位以内でいいのよね?」

 

「ええ」

 

「ありがとう」

 

 まるで私が行くのに同意したような梨子先輩の物言いに私は嫌な予感に駆られた。

 

「マジのマジ?」

 

「ほら」

 

 善子ちゃんがスマホでランキングページを出すと私に証拠だと言わんばかりに見せてきた。

 まさか100位以内とは私も予想外だった。飛ぶ鳥を落とす勢いとはまさにこのことだろう。

 

「じゃ、みんなで東京だ!」

 

 こうして東京行きが決定した。

 


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