ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
撮影は二段階で行う。昼の内浦の景色、そして黄昏時の内浦の景色それぞれの魅力を盛り込みたいからだ。
既に新曲「夢で夜空を照らしたい」前半部分の撮影は終えている。
今日は綺麗な晴天。屋上から青空をバックに躍るAqoursの六人は本当に素敵だった。
一枚布で作られたような落ち着いたドレスのような衣装はワントーンで大人っぽさを出しつつ胸元に大きなリボンがあしらわれ可憐さが同居している。全体的にしっとりとした曲調としなやかなダンスを十二分に引き立てていた。
正直予想以上に出来がよかった。今回は準備の手伝いに掛かりきりで練習を見ていなかったから尚更そう感じるのかもしれないが、彼女達のパフォーマンスは既にオーディエンスを楽しませるに足る実力がある。
ファーストライブは好奇心だった。二回目はただ楽しかった。そこから成長して今回はみんなに届かせたかった。そばで彼女達の歩みを見ていたからこそそんな思いがより一層伝わるのだ。
「もしもし?その位置で良い感じだよ。じゃあ、予定通り1時間後に。やる前にまた連絡するから」
夕焼けが深まる時まであと一時間。今回撮影の協力をしてくれるみんなは既に浜辺にスタンバイし、ランタンの代わりに懐中電灯の灯りで位置取りを微調整した。
実に壮観だ。協力してくれるみんなには悪いけれどこれ以上の特等席はないだろう。
「準備万端だね」
「そうですね。みなさんは体が固まらない程度にリラックスしてて下さい」
「じゃあハーモニカ聴かせてよ。最近全然聴いてなかったし」
「そう言えばそうね。星って暇さえあれば演奏してるイメージだったけど最近は全然。どうかしたの?」
千歌先輩と善子ちゃんの提案は、いつか来るであろうと予見していたものではあったが、実際に言われると予想以上に返答に窮するものだった。
私はもう音楽はやらない。そう宣言する度胸も覚悟もないからみんなは知らない。知らないけれど分かって欲しいなんて都合の良いことを考えてしまう私は愚か者だ。
「今日は撮影のために来たので持ってないですよ」
「え?」
「持ってきてない、ずら?」
「て、天気予報を」
「納得いかない!」
私の返答と聴いてまるで天変地異の前触れかというような反応をみんながする。
「いやいや、星ちゃんと言えばハーモニカ」
「うん」
「なんですか、その常識でしょみたいな反応は」
「まあ冗談はさておき、最近演奏してるところ見てないから気になってたのは本当」
何かあったの、と首を傾げる一同に私は苦笑いして誤魔化すしかできなかった。
「そうだ。みんなへの合図用に上げるランタン持ってきますね」
私は拙い誤魔化しに誤魔化しを重ねて屋上を後にし部室へと向かった。
私がもうやらないといったらきっと何故、と質問が来る。そうなった時、それに答えるには私の過ちを一から説明しなければ説明しきれない。だが、それは怖い。きっと私は嘘つきとして信用されなくなるだろう。だから言わない。私は私を語らない。それが以前の過ちと同じことを繰り返していると分かっていても。
“なんで黙ってたの?”
かつて静かにそう問い質してきた親友の姿が脳裏に過ぎる。彼女はその時どんな気持ちだったのだろうか?
私はスクールアイドル部の部室に着くと、机の上に一つだけある真っ新なスカイランタンの前に立った。
浜辺のみんなへの合図用に作られたそれはだが、主に補助用のとしての運用が始めから決まった居た。
他のランタンには今回の撮影に協力してくれたみんなにそれぞれの想いを綴って貰っているが、このランタンにはその役割から何の思いも込められていない。
「大丈夫。空に上がったらみんなと一緒。地上からじゃ見分けなんて付かないよ」
意図せず一人ぼっちになってしまったランタンになんとなしに私は語りかける。勿論返答なんてありはしない。私は椅子に座り込むとペン立てにあったマジックペンを手持ち無沙汰にくるくると回す。
「あっ」
そう言えば私はランタンに何も書いていなかった。目の前には真っ新なランタン、私の手にはマジックペン。
さて、どうしたものかと私は頭を悩ませながらマジックペンをくるくると回し続ける。
想い、願い、と一言で表すのは簡単だが、私にとって何が一番なのか把握することは難しい。
そもそもだ。それ以前の問題なのだ。私にはこのランタンに想いを綴る資格などないのだ。自分のこともまともに話せない私がどの面下げて書くというのだろう。
「おっと」
ふと手元が狂いマジックペンがコロコロと床を転がっていく。
拾うことに面倒くささを感じながらも立ち上がりマジックペンを拾おうとすると、私よりも先にマジックペンを掴む手が現れた。
「え」
「はい。星ちゃん」
千歌先輩だ。いや、千歌先輩だけじゃない。曜先輩も梨子先輩も、花丸ちゃんにルビィちゃんに善子ちゃんもみんながいつの間にか来ていた。
私は背中にじわりと汗が噴き出すのを感じた。別に大した事をしていたわけではない。だが、タイミングが悪すぎるのだ。屋上から逃げるように部室に来て、ノスタルジーに浸っている姿などどんな印象を与えるだろう?何かあったとしか思わせないだろう。
「何でここに?」
「外は暑いし、それに私達も忘れてたことがあって」
千歌先輩はマジックペンのキャップを取ると、ランタンにスラスラと何事かを書き込んでいく。
「みんなには一筆入れて貰ったけど私達は何も書いていなかったなって」
「星ちゃんと一緒だよ」
書き終えた千歌先輩からマジックペンを受け取ると曜先輩と梨子先輩もまた同様に何事かを書き込んでいく。
「な、何のことでしょう?」
「知られたくないなら見ないようにするから」
ルビィちゃんもまた曜先輩からマジックペンを受け取り迷いながらもランタンに想いを込める。
「それに発案者でしょ。発案者がやらなくてどうするの」
バトンリレーのようにマジックペンが渡されて行き、その度にランタンは白の面積が減っていく。
「空に飛ばして見上げれば私達の思いなんて小さいものずら」
善子ちゃんが、そして花丸ちゃんが書いたころにはランタンはかなりの部分が黒く染まっていた。当然だ。一つのランタンに6人の想いは大きすぎる。だが、その黒さは私には輝いているように見えた。
「じゃあ先行くから」
みんなはマジックペンを私の前に置くと屋上へと戻って行った。
「本当に強引なんだから」
ランタンには一カ所だけ空白が残されていた。丁度一人分、一筆綴るには十分なスペースが。
そのスペースに私はーーーーー
空の色が茜色から紫色に移ろう黄昏時、撮影は予定通り始まった。
刻一刻と色に深みが増していく中、Aqoursの新曲「夢で夜空を照らしたい」が流れ始めた。
始めの頃は三人だけでも息を合わせるのが精一杯だった彼女達が六人になった今、見事に動きを合わせている。メンバーが増えたにも関わらず全体の動きは良くなっているのは凄いの一言だ。
公開していない曲を含めてAqoursの曲はこれまでアップテンポのものが多かった。イメージを一新したこのバラードは、振り付けもまたこれまでのものと違う種類の動きとなる。今までのアップテンポの曲は動きのキレを要求されるものだったが、このバラード曲は動きのしなやかさで魅せる種類のものだ。
私はみんなの歌とダンスに目を奪われながらも、自分の役割を全うできるようタイミングを計っていた。
浜辺でスタンバイしているクラスメートや街の人達も既に撮影が始まっていることは承知。あとは通話状態を維持した電話越しに合図を送るのと、大勢の協力者がタイミングを合わせられるように私の、いやAqoursのランタンを飛ばすだけだ。みんなの想い込められたこのランタンを。
心の中で私は歌に合わせてハミングする。
この曲はこの場所への想い、そしてAqoursの抱いた夢を目指す気持ちを込められたものだ。
彼女達は夢を育んだこの場所から頑張りたいと願っているのだろうが、私がこの曲から受ける印象はみんなとは違う。
私はこの場所で育った訳では無い余所者だ。だからみんなの気持ちを真に理解することはきっと出来ない。でも、この曲には私がここに居てもいいと、そう言ってくれているような暖かみがある。
曲が前半パートが終わり、いよいよPVで使用される後半に移る。
カメラはずっと回している。アングルは既に決めているから私はレンズ越しではなく自分の目で彼女達を見つめる。
とても素敵だ。余計な装飾なく私はそう思う。
ーーーーそれは階段、それとも扉、夢の形は色々あるんだろうーーーーー
奇跡的に巡り会った彼女達は性格も好みもばらばら。本来ならば交わることのなかった線なのかもしれない。
ーーーーそして繫がれ、みんな繫がれ、夜空を照らしに行こうーーーー
それでも彼女達は集い、こうして同じ空の下、同じ歌を歌い、舞っている。輝いている。
私は気付けばタイミングを計ることを忘れていた。だが、計るまでもなく私はランタンを飛ばす合図を出していた。
何て言ったのかなど覚えていない。だが、私の手からランタンが離れ空に昇っていく様子は鮮明に覚えている。
「輝きたい」、「やり遂げたい」、「奏でたい」、「夢見たい」、「楽しみたい」、「魅せたい」、そんなみんなの願いが空へと吸い込まれていくその瞬間を。
浜辺に集まりAqoursの文字を象っていたみんなのランタンが多分出したであろう私の合図で一斉に解き放たれ、私の上げたランタンなどすぐに区別がつかなくなった。
「ホントだ。空に上がったら全然分かんないや」
空を温かく彩るランタンに確かに書かれてる想いはもはや認識領域から離れてしまった。だけれども、みんなの想いを私は覚えている。
きっとPVにはその綴られた想いは映らない。それでもみんなの気持ちは小さな灯りとなって感動を与える筈だ。
千歌先輩はこの撮影の前に言っていた。ここには何も無いと思っていたがそんなことはなかったのだと。この場所からだって出来ることはあると、追い掛けられると。
この光景を見たらその通りだなと思った。それでもそれは彼女達の話。残念ながら私は既に終わってしまっている。ただ、願わくばその終わりをきちんとしたものにしたい。
「終わらせたい」そう綴った私の想いは人知れず天へと吸い込まれていった。