ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
初夏の熱い日射しとは裏腹に、沼津が内浦の海は今日も穏やかだ。だが、そんな穏やかな海とは打って変わって彼女達の心は穏やかではなかった。
否定されたことに納得出来ない訳では無い。寧ろ気付いていなかった事を指摘されて目が覚めたような、そんな感覚なのだろう。そんなアンニュイな感覚がみんなを埠頭まで足を運ばせたのだろう。
「失敗したなぁ」
方向性、テーマ、コンセプト。言い方は数あれど音楽にはそれが必要だ。また、アイドルであればキャラクターは必要であるとμ’sの矢澤にこの持論は有名だ。だから堕天使アイドルというのも、そのキャラクターやコンセプト自体は悪くない。だが、そのコンセプトに理念が伴って居なかった。
津島さんにはあるかもしれないが、他のメンバーはただ人気を得るための手段としてしか考えて居なかった。それを見透かされてしまったのだ。そしてそんなのだから順位も伴わないのだ。
「こんなことでμ’sになりたいなんて失礼だよね」
アイドルとはみんなを笑顔にするための存在であるとは、これもまた矢澤にこの持論だが、それはアイドルとしての真理の一端でもある。それに照らし合わせればアイドルとしてのコンセプトを決めるにあたり、根底の部分でその気持ちがなければ上っ面だけの薄っぺらいキャラクターが出来上がってしまう。
「千歌ちゃんが悪いわけじゃないです」
ルビィちゃんの言葉は間違いではない。確かに言い出しっぺは千歌先輩だが、それを流されるままにやってしまったのは彼女達全員だった。だから誰がではなく全員が悪い。私も面白がって煽ってしまったところもあったので少し罪悪感がある。
「そうよ。いけなかったのは堕天使」
ただ一人、堕天使であることに本気であった津島さんは感じ方が違うようだ。
彼女は堕天使であることに可能性を感じていたはずだ。止めなければと思っていた矢先に差し伸べられた手にしがみつかずにはいられなかったはずだ。
「やっぱり高校生にもなって通じないよ」
「やめちゃうの?」
「うん。迷惑かけそうだし。少しの間だけど、堕天使に付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
津島さんは踏ん切りがついたようなスッキリした声でそう述べると私達に背を向けた。
改めて思うがリア充になりたいと言う津島さんは十分可愛い。だが、今の彼女では足りないと私は思った。
「待って津島さん。津島さんは堕天使の時が一番可愛いって私はそう思うよ」
「ありがとう。でも、私はもう卒業」
じゃあね、と津島さんは埠頭を後にした。
やるも辞めるも自分の意思だ。だから私は津島さんの意思を尊重するつもりである。
津島さんは選んだのだ。私には選べなかった、辞めるという選択肢を。いや、私はもしかしたらまだ選んでさえいないのかもしれない。だから気持ちが揺れる。津島さんの選択を尊重したい反面、反対したい気持ちも存在するのだ。
埼玉からここに来て私はまだ引き摺っているのだ。
「何で堕天使だったんだろう」
不意に溢れた疑問は本来ならば堕天使アイドルをやると決める時に話し合わなければならなかったことだ。それがないから、何も分からないまま堕天使アイドルを試すからダイヤさんに見透かされたのだ。
「マル、分かる気がします。ずっと普通だったんだと思うんです。私達と同じで、あまり目立たなくて。そういう時思いませんか?これが本当の自分なのかなって。元々は天使みたいにキラキラしてて、なにかの弾みでこうなっちゃってるんじゃないかって」
キラキラしてるかどうかはともかくとして、物事が上手くいかない時なんかに私も思う。本当はもっと上手く出来るはずだと、偶々今回は上手くいかなかっただけなのだと。
「確かにそういう気持ちあったような気がする」
皆思うところがあるのか花丸ちゃんの言葉に同意した。
「幼稚園の頃、善子ちゃん。いつも言ってたんです。私本当は天使なの、いつか羽が生えて天に帰るんだ、って」
きっと津島さんはその頃から根本は変わっていないだろう。天使を語る時も、堕天使を語る時もキラキラとしていたはずだ。
私はハーモニカを取り出して演奏をする。曲はやさしさに包まれたなら。ユーミンの曲だ。この曲は世界そのものがキラキラと輝いている、そんな希望に溢れた綺麗な曲だ。
きっと幼少期の津島さんにピッタリだろう。
「そうだ。大人になっても奇跡は起こるんだよ」
千歌先輩は私の演奏が終わると力強くそう言った。短い付き合いだが、彼女はいつだって真っ直ぐだ。そして答えを出してくれる。Aqoursを船に例えるなら千歌先輩は羅針盤だ。
「みんな。聞いて」
千歌先輩は私とは違う。私が二の足を踏んでいる時に千歌先輩は走り出している。だけど、その思い切りの良さが心地良い。きっと千歌先輩なら津島さんをいい方向に導ける。私は密かにそう思いハーモニカを仕舞った。