ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第二百三話

 その日は不思議な気持ちだった。

 昨日との違いなんてそんな大きなものはないはずなのに、どこか違う気持ちだった。

 ただ楽しみなだけじゃなく、こう、どこか浮わついたような、それでいてちゃんと地に足が着いたような、そんな夢見心地な気持ち。強いて近い表現をそればそんなものだ。

 一言で言えば良い気分のまま設営やらなにやらしていたらあっという間に駅前はお祭り会場だった。

 みんなで作ったAqoursのステージがあって、屋台があって、そこには浦の星女学院や静真高等学校の生徒だけじゃなくて大人も子供も居て、そして穹も来ていた。

 

「久方」

 

「そうだね。一週間そこいらだけど随分会ってなかった気がする」

 

「私達は会う度にそんな気分になってない?」

 

「そうかも」

 

 私は穹の言葉に同意しながらも、心持ちに変化があったことに気づく。

 

「でもちょっとずつだけどさ、そんな気分も変わってる」

 

「へえ?どんな風に?」

 

「最初は会うことが怖かったから長かった」

 

 逃げたから。だから会わせる顔なんてなかったから、その時間は長かった。

 

「次に会った時は少しだけ会う決心をしてた。だから長かった」

 

 思いがけない形での邂逅だったけれど、次に会うための準備をしていたから長かった。そして同時に短いとも感じた。矛盾するようだけどそうとしか言えない時間だった。

 

「ラブライブ決勝の日に会った時はこれまでの日々を全て背負ってたから長かった」

 

 自分の過ちも、それからの日々も全部背中に載せて、正面からぶつかろうと決意を固めてた。だからそれまでの積み重ねた長さがあった。

 

「こないだ沼津に来た時は、ようやく対等に向き合えると思って長かった」

 

 あの日ぶつけたこれまでと、それからを足した想いがあったから。だから長かった。

 

「じゃあ今回は?」

 

「もう全部、準備できたから。ただ楽しみで長かった」

 

 それを聞いて穹は満足そうに、それでいて少し寂しそうな笑顔で頷いた。

 きっと穹も分かっているのだ。私が出した結論を。だけど、それを言うのはもう少し先だ。

 

「ごめん。二人とも音響リハ手伝ってくれない?」

 

「くれない?・・・・・・紅?Xの?」

 

「いや、そういうのいいから」

 

 設営、準備の陣頭指揮を執る四五六トリオ先輩から私達にお声が掛かる。全然そんな予定もそんなつもりも無かったのだけれども穹はギターケースを担いでいるし、私もハーモニカを持ってきている。

 

「じゃあ、」

 

「お言葉に甘えますか」

 

 どうせあの三人のことだ。最初からそのつもりだったのだろう。

 同世代が浦の星女学院と静真高等学校の制服を身に纏っている中、穹だけは何故か着込んでいた 音ノ木坂学院の制服姿だ。

 そんな私と穹の異色の組み合わせの2人が唐突にステージに上がると少し注目を集めたけれど、マイクテストする様子を見て、関心はすぐに霧散した。

 

「それじゃあ何する?」

 

「前座ですら無いけど何しようか?」

 

 カバー、オリジナル、インスト、その気になればなんでもござれな私達だけど、こう唐突にこられるとそれはそれで困るのだ。

 今日はAqoursが主役だから主役を立てる選曲。尚且つ、ラブライブに縁のある選曲が良い。

 

「あ、なら!」

 

「そうだね。ここは私達のステージじゃないし」

 

 どうやら私と穹の意見は一致したらしい。

 穹はギターでキャッチーなメロディーを繰り返し鳴らす。それは本来4度目を迎えた時に動き出すのだが、穹は繰り返し続ける。

 スクールアイドルを知るものならどこかしらで耳にしたことのあるイントロ。穏やかで、けれども情熱的な音楽。

 

「いつかまた、みんなの前で」

 

「その時は私達のステージで」

 

「私達の音楽で」

 

「「楽しもう」」

 

 私達はステージに並び立って、お互いに前を向いたままそう言葉を交わした。

 顔を合わせないのは分かっているからだ。私達の道が交わる時はもっと先のことだと。

 

「それじゃテスト演奏」

 

「聴いてください」

 

「「僕らのLIVE 君とのLIFE」」

 

 かのμ’sが、高坂 穂乃果からはじまったあのスクールアイドルが初めて9人揃って披露した楽曲。μ’sのはじまりの象徴。

 ともすればチープに聴こえてしまうギターソロのリフレインは私達のタイトルコールで解き放たれた。

 跳び跳ねながらギターを弾く穹。

 私も負けじとステップを刻みながらハーモニカを吹き鳴らす。

 

“確かな今よりも 新しい夢つかまえたい”

 

 かつて穹と過ごしていた頃に当たり前のように思えていたこと。けれど、自らの行いからそう思えなくなった。それをみんながーーーーーμ’sに憧れてはじまり、自分達の輝きを追い、そして自分達の答えに辿り着いたみんなが居たからもう一度そう思えるようになった。

 

“まぶしい明日抱きしめにいこう 全部叶えよう”

 

 明日とは未知のこと。不確定であやふやで、だからこそそれをまぶしいと定義出来るのは自分次第だ。その感覚を持てれば、少しの別れも怖くはない。

 

“答えなくていいだんわかるから 胸にえがく場所は同じ”

 

 穹もそれを分かっている。言わなくても分かっている。けれどもやっぱりこの“リハーサル”を終えたら言うんだ。あの日出来なかったこと。ちゃんとやるんだ。だから今は最高のリハーサルをしよう、穹。

 

“あこがれを語る君の ゆずらない瞳がダイスキ!”

 

 音響テストーーーーリハーサルだってのに、スクールアイドルが好きな子達がアウトロでコールをくれる。私達を飲み込まんばかりのコールに私達も負けじと演奏し、そして最後の音と共にポーズをピッタリと決めた。

 今日はお祭り。無礼講の雰囲気が温かく、ステージの前にいるみんなは私達に拍手をくれる。

 その拍手を貰うのはちょっと早いのだけれども、いつかまた貰うその日を夢見ながら私は穹と向き合った。

 

「穹」

 

「なに?星」

 

「私達はAqoursみたいに活動は出来ない」

 

「うん」

 

「だからーーーーーそう、修行!腕を磨こう。それで高校卒業したらまた一緒に」

 

 私達はお互い分かっている。分かっていた。とっくのとうに。

 物理的な距離はやっぱり私達には埋めがたくて、昔のように戻ることは出来ないのだと。

 けれども新しい道なら探せば幾らでもあるのだ。

 私達がお互いの存在を感じて音楽を続けていけばどこかでその音は繋がるのだ。

 

「やっと言えたね」

 

「やっと言えた」

 

「星の口から、やっと切りの良い言葉が聞けた」

 

「ごめんね、待たせて」

 

「お見通しだったからさ。私じゃなきゃ絶交もんよ?」

 

「分かってる。それより下りよ。もう十分楽しんだし。Aqoursにステージ譲らなきゃ」

 

 私達はリハーサルの間、背中に背負っていた9色の虹の装飾の真ん中を抜けてバックヤードに戻った。

 虹というのは光の屈折でしかなく、その麓には決してたどり着けないことから、不可能の象徴でもある。

 けれど、こうして虹の下を潜れたのならばどんなことでも可能なのではないかと思った。

 

「Aqoursーーーーーー!」

 

「「「「「「サーンシャイーン!!」」」」」」

 

 そしてバックヤードで円陣を組んだAqoursに私達は道を空ける。

 ここは私達のステージじゃなかったけれど、いつか来る、本当の私達のステージを想像させてくれた。その事に無言の感謝と共に私達はAqoursを見送り急いで客席に向かうのだった。

 


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