ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
入学式から早数日。住めば都というが、坂の上にある学校への登校という名の登山も些か馴れてきた。
クラスメートとも順当に打ち解けて来たが、気がかりなのが一人、早くもドロップアウトコースに入りかけている者がいるのだ。
理由は多分入学式の日に行われた自己紹介で
黙っていれば黒髪ロングストレートのどエライ美人だったのに、発言が残念過ぎた。
まあ、幸いにも彼女には幼馴染みがクラスメートにいるとのことだから、その子が働き掛ければ程なく学校に復帰できるだろうとも楽観視している。
そうこう考えているうちに自分の教室に到着するのだから我ながら思考と肉体の動きを切り離すことが上手いものである。
「おはよ」
顔を合わせたクラスメートに軽く挨拶をしてさりげなく例の堕天使の席を見やるが、やはり彼女は来ていなかった。
「クロマツさんも心配ですか?」
そんな私の様子に目敏く気付いたのか、ちんちくりんという言葉の似合う赤毛のあざといツインテールをしたちんちくりんが私と非常に似た名前の人物に声を掛けていた。
はて、誰のことを言っているのだろうと、すっとぼけた態度で私はこう返した。
「紅玉さんも?」
「ルビィはルビィです」
ちんちくりんこと黒澤ルビィちゃんは頬を態とらしく膨らませて怒ったふりをする。私はその頬を突っつくと、女子高生が口から出していけない音を立てながら口から空気が抜け、二人して笑ってしまった。
この子とも随分打ち解けられたものだ。最初は預けられた飼い猫のような人見知りっぷりを発揮していたけれど、冗談ばかり言っていたら1周回ってどうでもよくなったのかルビィちゃんの方から冗談を言ってくるようになった。
今思い返して見れば、切っ掛けはあのスクールアイドルの勧誘をしていた先輩方だった。
ルビィちゃんも私と同様にやらないか、と誘われたらしく、その話をしたからか妙な同族意識が芽生えたのだ。というか、やらないかと誘われてホイホイ着いていく人はそうそうはいない。私にはそんな男気はない。
なんにせよ、その切っ掛けとなった点についてはあの二人のスクールアイドルに感謝だ。
「そろそろ新しいパターンを考えないとね」
「うん。でも私芸人は目指してないんだけど」
「芸人でなくても芸は人を助けるものだよ」
「でも、滑ったら大変なことに」
「それこそ堕天しちゃうね」
「そのネタはブラックです。流石はブラックマツさんです」
と、そんなたわいないやり取りをしてしまうが、堕天使ちゃんを気にしている子が幼馴染みの子以外にもこうして居るのだ。
人との関わりを避けることが人を傷付けることもある。そうなる前にどうか堕天使ちゃんには復帰してもらいたい。そう思いながら私は今日もまた学校生活を滞りなく送るのだった。
昼休み、私は購買部に足を運んでいた。今日はお弁当に入れるおかずが無かったため、ここで補充しなければ私のお昼は白米をおかずに白米を食べる、所謂ご飯丼になってしまう。
「ごめんなさい」
購買のレジに列んでいると唐突に私は後ろから謝罪を受けた。
謝罪を受けるような覚えはないのだが、ここは大人の対応をするべきだろうと後ろを振り向くと、腰まで届く程の髪の綺麗な女子生徒の後頭部が見えた。
「あれ?」
何故私の後ろに並んでいる人が後ろを向いているのだと思ったら、その椿オイル配合のシャンプーを使っていそうな女子生徒を挟んだ向こう側に、見覚えのある顔があった。
「また勧誘しているんですか先輩?」
入学式に鉢巻きをしてスカウトしていた元気印のオレンジ先輩だ。なぜオレンジかって?それは彼女の髪の毛は陽光に照らされると反射してオレンジ色に見えるからだ。
そんなオレンジ先輩は私に気がつくと嬉しそうに顔を綻ばせて手を振った。
「久し振りー。どう?スクールアイドルやらない?」
「久し振りってほどじゃないとも思いますが、相変わらずですね。あまりしつこいと嫌われますよ。」
ねえ、と私は冗談めかせて椿オイルの女子生徒(よく見れば先輩だった)に話を振った。
椿オイル先輩は困ったように苦笑いしていた。
「立ち話をなんだし、このまま中庭に行って食べない?」
そう提案したのはオレンジ先輩の後ろから顔を出したまた別の先輩だ。たしか、こないだの勧誘ではビラ配りに専念していた薄い顔立ちながらもきっちりと整っていて、可愛いと美人の中間くらいの顔立ちをしたグレーの髪色の先輩だ。形容するのならば薄可愛美いとでもいうのだろうか?
「それもそうですね」
私は先輩方と会話しつつもちゃっかりおかずに焼きそばパンをゲットした。ご飯にパンに焼きそば、我ながら炭水化物至上主義のチョイスである。
「そういえば今更ですけど、先輩方の名前とか知らないんですよね。せっかくですからアイドルらしい自己紹介してください」
中庭のベンチに座ると私はおもむろに無茶ぶりをかました。理由は台詞の通りだ。
「うぇえっ、それはハードル高いよ。というわけで、千歌ちゃん」
一番早く反応した薄可愛美い先輩は早々にオレンジ先輩にぶん投げた。
どうでもいいことだが、この人はきっとダチョウ的なクラブ活動の芸をやっても、絶対に最後に俺やるとは言わない人種だと確信した。
「え、曜ちゃん!?えーと、じゃあ・・・・・・スクールアイドルやってます
元気印のオレンジ、改めみかん色の先輩は高海千歌という固有名詞であることが判明した瞬間だった。いい加減人の特徴から渾名を付けるのは飽きてきた、というかめんどくさくなってきた頃だったので、これですっきりだ。
しかし高海先輩はなかなかエグい。あろう事かおそらくスクールアイドルの勧誘を断っている桜内さんと呼ばれた椿オイル先輩にジャイロボールを投げ込むのだから。
ちなみにこういう展開は私の大好物だったりする。
「え、私はスクールアイドルやらないって」
「えぇー、こんな可愛い後輩のささやかなお願いも聴いてくれないんですかぁー?」
私はわざとらしくぶりっ子スタイルでそう煽ると桜内先輩はうぅ、と呻き声を上げた。おそらく自分の中で今頃葛藤しているのだろう。ちなみに私は自分が可愛いと自惚れる程の顔をしていないのは自覚している。
「桜内先輩が自己紹介してくれないと私はいつまで経っても名前が分からないですよ」
「今名前呼んでたよね?」
「気のせいですよ。ほら、先輩がやってくれたら私も曜先輩もしますから」
「まさかのブーメランっ」
もちろん曜先輩も逃がさない。いや、逃がさないとかいう問題ではなくこれは優しさだ。スクールアイドルをやるのだから自己紹介くらいはやれなければならない。そう、これは先輩方の練習なのだ。
「なんか凄く悪い顔をしているけど」
「ぁあっ、不細工だなんて酷いですぅ。私傷つきました。だからお詫びに自己紹介を要求しまーす」
我ながら最高のウザさに吐き気を覚えそうになる。
桜内先輩は私の悪びれない言い草にうんざりした様子で溜息を吐くと、その貝のように固かった口を開いた。
「私は
「それだけですか?」
「それだけです」
ピシャリ、と桜内先輩は締めるので今度は私が諦めた。本人的には頑張った方なのだろうと思ったからだ。
「次は私だね。私は
うって替わって曜先輩あらため渡辺先輩は即興にも関わらずノリノリで一言述べると、誰が見ても分かるように話の締めに敬礼ポーズをした。いやに様になっているため、どの角度から写真を撮っても映りが良さそうだ。
「ありがとうございました。ようやく名前で呼べますよ」
「で、こっちがやったんだから貴方もやるのよね?」
「わ、分かってますって」
根に持ったのか桜内先輩が非常に良い笑顔を見せるものだから逃げ切り作戦は封じられてしまった。だが、なんちゃら流は隙を生じぬ二段構え。このパターンも想定の内である。
さあ、今こそ聴くが良い。私の生い立ちだからこそ出来る究極の自己紹介を。
「埼玉から来ました黒松星です」
私の究極奥義に三人は数秒の沈黙の後にこう言った。
「ださっ」
ですよねー