ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百九十四話

 ライブ当日、文句なしの快晴できっとイタリアの景色は空や海の青さと建築物の屋根の燈色のコントラストが綺麗に映えるだろうと私は心を弾ませていた。いくら天気が良くてもそんな風に考えるなんて視点ともども浮かれていると我ながら思う。

 イタリアでの小原宅に鞠莉さんの母親を迎えに行き、鞠莉さんの母親と私は並んでライブ会場となる場所まで歩いていた。

 

「根回しは出来たのですか?」

 

「そんな大それた根回しは出来ませんよ。ジェバンニじゃあるまいし」

 

「ジェバンニ?」

 

「・・・・・・日本のコミックの話です。深く考えないで下さい」

 

 ジャンプのサスペンス漫画“DEATH NOTE”の終盤、盤面をひっくり返す切っ掛けとなったくだりをジェバンニというキャラクターが作り出したことで、モブに近い彼が一気に有名になったのだ。今ここではどうでもいい話ではあるけれど。

 鞠莉さんの母親はきっと所謂サクラを手配していたんじゃないの?と冗談めかして言っているにすぎないのだが、下準備としての意味であれば根回しという言い回しはあながち間違いではない。

 

「スクールアイドルだって夢見てるだけじゃない。現実的な問題を一つずつクリアして初めてライブが成り立つんです」

 

 今回は全ての条件をクリア出来た訳ではない。けれど、出来る範囲で限りなくクリアには近付けた。

 

「そうですか。全力が出せるようならそれでいいです。あとで条件が悪かったなんて言い訳されても困りますから」

 

「ええ。楽しみにしててください」

 

 私達は入り組んだ路地を抜け、オベリスクを頂きに冠する長くて広い、西洋ツツジに彩られた石階段のある広場にたどり着いた。

 そこは各国に散在するスペイン広場という名の付けられた世界遺産。かの有名な映画“ローマの休日”でオードリー・ヘップバーンがジェラートを食べているシーンのお陰で世界で一番有名なスペイン広場だ。

 私と鞠莉さんの母親はその階段の下、中央に陣取る。すると、スキップと小走りを混ぜ合わせたような軽い歩調で月さんが側まで寄ってきた。

 

「ごきげんよう、マドモアゼル」

 

「ごきげんよう、でとどめなさい。マドモアゼルは未婚の女性に使うとか使わないとかいざこざがあって今では使わない方が好ましいのよ」

 

「では、ごきげんよう、マダム」

 

 因みにあとから聴いた話ではマドモアゼルはイタリア語ではなくフランス語らしい。

 

「間も無く開始しますので視線は彼方に向けて下さいますようお願いします」

 

 月さんは仰々しく階段の中腹付近を指し示すと、カメラを構えた。

 すると、どこからともなく軽快でポップなサウンドが広場に響き渡る。

 何事かと観光客達の中に動揺が走る。その群衆の中から手提げやポーチといった9つのバッグ類が中に舞い、その直下、階段の中腹付近の観光客達は何が起きるのかと階段の端に寄った。それは下から見ているとまるでステージの幕が開くような、そんな風に見えた。

 

“Nonstop nonstop the music

Nonstop nonstop the hopping heart”

 

 9人の少女たちが織り成すその歌声は広場に満遍なく響き渡る。

 止められない衝動、歓喜、それを体現するようなAqoursのパフォーマンスが始まった。誰一人としてAqoursを知らないこのイタリアの地で。

 冒頭の英語部分は簡単でこの場にいる観光客達にも意味は伝わるものだっただろう。けれど続く日本語の歌詞は全く意味不明なはずだ。

 けれど、言語の問題なんてのは音楽において些細な問題だ。楽しさを追求する欲求は誰にもあって、それを刺激して一緒に楽しめるのがこの楽曲“Hop? Stop? Nonstop!”の魅力なのだから。

 

“ワクワクしたくて させたくて 踊れば

ひとつになるよ世界中が

Come on! Come on! Come on! 熱くなあれ”

 

 キャッチーなサウンドに次第にここに居合わせた観光客達の視線や気配が訝しげなものから楽しげなものに変化していくのが分かる。

 コミカルなAqoursのダンスに手拍子したり手を振ったりして、Aqoursからレスが返されると嬉しそうに笑顔が広がる。そんな光景に鞠莉さんの母親は目を見開いている。

 

“みんながね ダイスキだ

みんながね ダイスキだ

コトバを歌にのせたときに 伝わってくこの想い

ずっと忘れない”

 

 みんなのことが大好きであると同時に、みんなも自分達のことを愛してくれる。そんな相互関係が成り立つステージを無かったことになんて出来ない。鞠莉さんの伸びやかな独唱パートはそれをひしひしと伝えてくる。

 

“こんなステキなことやめられない(Huu)そうだよ!

Nonstop nonstop the music

Nonstop nonstop the hopping heart”

 

 最後にはAqoursだけではない。ここにいるみんなが手を上げて盛り上げ、万雷の喝采がAqoursに送られた。

 私もまた身内であることを忘れて拍手していたが、スッと鞠莉さんの母親が黙って階段を上っていき、鞠莉さんの前に向かった。

 私と月さんも黙ってそれに続き、結果を見守ることにした。

 

「鞠莉」

 

「ママ」

 

「私がここまでみんなと歩んできたことは全てもう、私の一部なの。私自身なの。ママやパパが私を育ててくれたように、Aqoursやみんなが私を育てたの。何一つ、手離すことなんてできない。それが今の私なの」

 

 鞠莉さんの口から歌うように自然と出てきた言葉を鞠莉さんの母親は力を抜いたようにふっと笑みを浮かべ、黙って立ち去っていく。

 

「どうなったの?」

 

「さあ?でも、分かってくれたんだと思う」

 

 鞠莉さんの母親が立ち去る姿は、一人立ちした娘に必要な言葉は無いと言っているかの様だった。

 

「ところでどうしてスペイン広場にしたの?」

 

 取り敢えず一段落、と空気を入れ替えるように曜先輩がルビィちゃんに訊ねた。

 

「それは」

 

「なんとなく、沼津の海岸にある石階段に似てたからずら」

 

 なんて花丸ちゃんが言ってみんな意外そうに笑うけれど、本当はもっと意味があるのだ。

 イタリアの地でスペインの名を冠しながらも親しまれている様子。さらにオベリスクという古代エジプトの記念碑が融合したごった煮感に善子ちゃんの感性が反応したこと、花丸ちゃんの言うようにどことなく沼津を感じさせること、ルビィちゃんがスペイン広場にあるピンクと白の西洋ツツジに着目し、縁起が良いと決めたことだ。

 ピンク色の西洋ツツジの花言葉は青春の喜び。そして白色の青春ツツジの花言葉はあなたに愛されて幸せ。これ以上にステージを彩る花は無いだろう

 私達は西洋ツツジを揺らす風に気持ちよく身を任せる。

 スペイン広場に舞うピンクと白の花弁はまるで私たちを祝福しているかのよだった。

 


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