ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百九十一話

 鞠莉さんの母親の背中にくっついてバイクに乗ったけれど、どんな道を行ったのか正直あまり覚えていない。ただ、穹の運転するバイクの後ろに乗るのとは何となく感触が違うと、そう漠然と思った。

 鞠莉さんの母親が拠点にしているイタリアでの自宅に到着したのはそれなりに夜も更けてからだった。

 晩御飯も食べていなかった私達は取り敢えず食事しようと言うことになったのだが、私も何も手伝わない訳にはいかないので奇妙なことにキッチンに二人ならんで料理をすることになったのだ。

 

「随分買い込んでますね」

 

「・・・・・・」

 

 冷蔵庫に並ぶ食材の山に思わずそう呟いたけれど、鞠莉さんの母親は何も語らなかった。けれど、ちょっと寂しそうな、残念そうな表情をしたことで何となく察しがついた。

 これはきっと鞠莉さんと仲直りして一緒にご馳走を食べるつもりで買い込んだものなのだろう。

 

「鞠莉は浦の星女学院ではどんな理事長だったのですか?」

 

「そうですね・・・・・・」

 

 流石に私が質問するだけでは向こうにメリットが無い。だから私は鞠莉さんの母親からの質問にちゃんと答えようと思った。

 母親の目の届かない所の鞠莉さんの姿を、それなりに親しい者として、第3者として。

 

「鞠莉さんはーーーーーー」

 

 食材をトントンと切ったり、グツグツと煮込んだり、或いは焼いたり、それをしながら食器をジャージャーと洗ったりする間に、私は私の知る限りの鞠莉さんを語った。

 私の視点として第一印象が最悪だったこと、俯瞰的に物を見て人をステップアップさせていったこと、当事者としてぶつかったこと、責任感の強いところ、頭が上がらないと思ったこと、難しい立場ながら浦の星女学院存続のために全力を出したこと。その全てを。

 

「そう。鞠莉は良くやったのね」

 

「そうですね。鞠莉さんを知っている人からすれば浦の星女学院の廃校のことで鞠莉さんを責める人は誰も居ませんよ」

 

「そうね。知っている人なら、でーすね」

 

 鞠莉さんの母親は複雑そうな表情でそう口にした。

 人の人生なんてものは一言では言い表せないものだ。だから事情を知れば同情だってしたくなるし、誉めたくもなる。けれど、世間はそうではないのだ。

 

「鞠莉さんだって分かってますよ。事情を知らない人が知った風な顔で平然と批判することだってある、いや、それこそが現代の普通なんだってことくらい分かってるんですよ」

 

「なら学歴を捨ててまでする必要があったのですか?」

 

「海外の学歴なんてハーバードとかのレベルじゃないと日本じゃ知られてないですからね。精々が日本語以外の言語を扱える程度のものにしかなりませんよ」

 

「だとしても片田舎の、それも廃校した学校よりは有利に働きます」

 

「鞠莉さんってゆくゆくは経営者になるんですよね?なら、学歴なんてさして重要じゃないですよ」

 

「別に学歴だけの問題ではありません。日本国内の教育は最低限のことは中学卒業までで十分です。ですので、以降は海外での教育を受けることで別の価値観、多様性を身に付けて欲しいと思って留学してたのですよ」

 

「それは母親としての願いですよね。鞠莉さんはそう思ってなかったかもしれないですよ?それに」

 

「それに?」

 

「鞠莉さんは必要だと感じたものを途中でほっぽりだす人じゃないですから。必要なものは全て習熟したと、そう感じたから浦の星女学院に戻ってきたんじゃないかと思いますよ」

 

「・・・・・・」

 

 事実、必要だと思えることは渋々ながらも鞠莉さんはきっちりとこなすのだ。状況も手伝ったからというのもあるけれど、一度は海外留学に踏み切ったのだって必要なことだと鞠莉さん自身が思っていたからだろう。

 

「その仮定で話すのなら、浦の星女学院に戻る必要性は?」

 

「統廃合の阻止。残念ながらあと一歩及ばなかったですがね。それと経営者側としての実務経験。こればっかりは高校生の立場では世界のどこを見ても他に出来る場所はないですからね」

 

「ーーーーーー」

 

「まあ、予想以上に青春が捗ったってところは鞠莉さんも意外だったんじゃないかな」

 

「良いでしょう。今回は最後まで口車に乗ってあげましょう」

 

 鞠莉さんの母親は、はいっ、と鍋の蓋を開けると茶色いスープが煮えたぎって美味しそうな匂いがした。

 

「ズッパ・ディ・レグーミ。イタリアの料理でーす」

 

「ほぁ、豆を煮込んでるんですね。さっきタッパーから出してたの下拵えしてたやつなんですね」

 

「野菜もベーコンも入ってるから栄養たっぷり、旨味もたっぷりの自信作デース」

 

 取手の取れるタイプの鍋だったため、それごと食卓に置くと、ようやく私達のディナーの準備が出来た。

 

「お酒は?」

 

「私未成年ですよ」

 

「イタリアでは18歳から飲酒可能よ」

 

 そう言って苦笑いしながら鞠莉さんの母親は掴んだワインを戻した。

 18歳ならば高校3年生ならば誕生日を迎えれば飲酒できる。つまりはそういうことなのだろう。

 

「話をしてみて思いましたが、小原家ならまだ大丈夫だと思いますよ」

 

「“なら”、ね。貴方のところはどうなの?“親ってなんですか”って質問から察するに家族仲は悪そうだけど」

 

 二人で作った料理に舌鼓を打ちながら素っ気なくそう言った。散々鞠莉さんの話を聴いたから、今度は貴方の聴きたいことを聴きなさい、とでも言うように。

 

「親って何で勝手なんですか?望んでもいないのに産んで、拘束して、自分の都合を押し付けて」

 

「それはそうよ。夢だもの」

 

「夢?」

 

「こんな子になって欲しい、自分に出来なかったことを出来るようになって欲しい、自分を分かって欲しい。そんな夢。全部自分の都合」

 

「言い切りますね」

 

「まあね。でも、子供にも子供なりの悩みとか、願いがあって、つまりは人間同士の我の張り合いよ」

 

「なんでそんなことに!?」

 

「だって未熟だから」

 

「は?」

 

「大人って貴方たちが思ってる以上に子供なの。子供作るのも初めて、育てるのも手探り、間違いだってするし、嘘も吐く。完璧とは程遠い。だから子供を育てているその実、親もそだてられているのよ」

 

 簡単に、あっけらかんと答える様に私は言葉を無くした。

 なんだそれ?そんなことってあるのか、と。

 

「親が子供に夢を見るように、子供も親に理想を求める。どう?覚えない?」

 

「それはーーーーー」

 

「貴方のとこの事情なんて知らないから、一人の親としての感覚を言っただけだけど、参考になったかしら?」

 

「・・・・・・はい」

 

 そして、自分のしていることはそのままブーメランのように私に返ってくることもだ。

 私は日本に帰ったら話をしなければならないだろう。忌み嫌う父親と。

 

「さ、お箸が止まっているデース。お話は止めてちゃんと完食しないと後片付けは全部やってもらいまーす」

 

 話は終わり、と鞠莉さんの母親はわざとらしいルー語のような口調に戻った。

 私は鞠莉さんの母親に倣っていつの間にか止まっていた食事を再開した。

 最後に完成したスープを口にすると少し冷めてしまっていたけれど、冷えきってしまっても失われないものはあるのだと言うように旨味が広がった。

 


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