ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~   作:マーケン

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第百八十六話

 鞠莉さん達が路地に入り込んだ時点で追跡は事実上の不可能となった。

 やはりと言うべきか、鞠莉さんは母親から逃走中の身であるらしいことは分かった。

 どうしてそんな事態になったのかは分からないけれど、家庭の事情だ。あまり深く関わるのもどうかとも思う。

 

「それにしても盛大な鬼ごっこね」

 

 穹が呆れたように街並みを見下ろしながらそう呟いた。きっと果南さんならそれに対してこういうだろう。「これだから金持ちは」と。

 

「でもどうする?手掛かりが失くなっちゃったよ」

 

「確かに」

 

「曜先輩。そのポロシャツの匂いとかで追えないですか?」

 

「流石にそれは無理かな。あの三人の誰が着たかってことは分かるんだけど」

 

「それでも大したものですよ」

 

 とは言え、あの三人はそれぞれ特徴的な匂いがする。

 果南さんは海の匂い。潮の香りだ。

 ダイヤさんは畳の匂い。きっと日本屋敷の匂いが染み付いているのだろう。

 鞠莉さんは仄かな香水の匂い。香水なんて私には縁がないためどんなブランドのものかは分からないけれど、私は勝手にシャネルのNo.5だと思っている、鞠莉さんだけに。

 

「ん、あれ?」

 

 ポロシャツを広げて匂いをくんくんとしていると、ポロリと半分に折られたメモがポロシャツの中から落ちてきた。

 月さんはそれを拾うと、メモを広げてそこに書かれたイタリア語の文を読んだ。

 

「ヨハネが守護する地を見下ろす時、妖精の導きが行く先を示すであろう」

 

 どうやら暗号文のようで、その意図を読み取らないと次の合流地点は分からないようになっているようだ。私達に対してヨハネ、というワードを含めるあたり遊び心が入っているが。

 

「ヨハネ?」

 

「違うよ。ヨハネが守護聖人の地ってことだと思う」

 

「そ、そんな場所が」

 

 ヨハネを自称する善子ちゃんとってはヨハネが崇められていることに満更でもなさそうな顔をしている。

 

「あるよ。守護聖人ジョバンニ、ヨハネの地」

 

「なら次はそこに行くってことで良いの?」

 

「それ以外手掛かり無いしね」

 

「でもその前に。この空気、このままにしちゃいられないでしょ」

 

 穹はそう言って見てよ、とでも言うように手をヒラヒラさせて周囲の好奇の視線があることをアピールする。

 確かに随分と騒いでしまったし、これは謝罪、いや、お詫びをしなければこちらの気が済まないと言うものだ。

 これは個人的な感覚なのだけれど、謝罪は言葉、お詫びは気持ち、という印象があり、イタリア語の分からない私には言葉を発しようが無いのだ。だから私はいつも通り、持っている技術で語り掛けるしかない。

 

「穹いい?」

 

「もちろん」

 

 私はポケットからハーモニかを、穹は背負っていたケースからギターを取り出すと、周囲に居た観光客達はいよいよ驚いた顔をした。

 

「それでは聴いてください、“オトモダチフィルム”」

 

 パッパッドュワッ、と穹が口ずさみ曲が始まる。

 軽快なリズムが特徴のピュアなラブソング。オーマイゴシゴシ、ではなくオーイシマサヨシの初のダンスナンバーにして“多田くんは恋をしない”のタイアップ曲だ。

 タイアップ曲として作品を読み込んだ上で作られたそれは言葉に出せない想いが綴られている。その純朴さは誰しもが大なり小なり見に覚えのある想いだ。

 そしてこの曲はギタリストとしてのイメージが強いオーイシマサヨシが踊る姿が映し出されたPVで話題となった。兎に角、一緒に踊っている少年が可愛いのだ。

 

“オトモダチを通り越して

すれ違いの恋人未満も

それは騒々しい世界

気がつけば まるで虹のようさ”

 

 騒々しい世界、それはつまり色取り取りの個性の世界だ。それを虹、と例えるピュアさがたまらない。

 私と穹が音楽を紡ぎ、Aqoursと月さんがコールを入れ、煽る。リズムをしっかり掴んだそれは周囲にいた観光客達をも巻き込み、この望楼は今、ライブ会場のようになっていた。

 その光景を見て思う。音楽にはやっぱり国境は無くて、音を楽しむ心があればそれだけで共有出来るものなのだと。

 

“ベイベー 思い出というフィルムの中に

君が解けてしまうまえに 届けたい言葉があんだよ”

 

 楽曲としての楽しさ、コールを入れて一緒に奏でられる楽しさ。

 きっとこの曲を作った人は音楽が楽しくて楽しくてしょうがない人なんだなぁと思う。

 

「それじゃ最後行くよ。せーのっ」

 

「「「「「パッパッドュワッパッ!」」」」」

 

 音に身を任せ、自然と出てくる声はこの望楼を抜けイタリアの青く広い空に響いた。

 やっぱり音楽は良い。こんなに素晴らしいものが無い生活なんて自分には想像出来ないし、これからもずっと音楽を求め続けていきたいと、そう思った。願わくばそれが穹と同じ道であって欲しいものだ。

 

「まさかイタリアにまで来てこんな風になるなんてね」

 

「とか言いつつ曜先輩ノリノリだったじゃないですか」

 

「うん。そうだね。それじゃあそのまま突っ走っちゃおうよ」

 

「そうですね。ならーーーーー」

 

「鞠莉ちゃん達に向かって、全速前進ーーーー」

 

「「「「ヨーソロー!」」」」

 

 私達は見てくれていた人達の拍手の中、次なる目的地に向かうのだった。

 


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