ラブライブ!サンシャイン!!~陽光に寄り添う二等星~ 作:マーケン
実は私は海外に行くのが初めてだ。
母が海外で日本大使館の職員(大使や外交官ではない)として働いているので緊急時のためにパスポートは作っているけれど、渡航自体はしたことがない。そのため、今回のイタリア行きが人生初海外となる。
「まさかいきなりヨーロッパとはね」
「アジアあたりだと思ってた?」
「距離と時間とお金。それ考えたらね」
お陰でイタリア語などノータッチだし、イタリアの文化なんて知っているのは精々“ローマの休日”や“マリア様がみてる”、“ジョジョの奇妙な冒険”で描写された情報程度だ、
だから、私達はイタリア行きの飛行機の待ち時間を利用してイタリア語を勉強することになった。都合のいいことに月さんはイタリアで過ごしていた時期があったようでイタリア語はペラペラらしい。
「ということで、入国に困らない程度のイタリア語を教えようと思うんだけど」
月さんは言葉を切るとじっと私達の顔を見回して頷いた。
「みんななら笑顔で、“チャオ”って言えばそれだけで大抵のことは何とかなりそう」
「本当に?」
「ホントのホント」
それっきり、月さんは私達にイタリア語を教えることは無かった。
そんな嘘とも冗談ともとれないやりとりがあり、いざイタリアに着いてみればなるほど。イタリア語なくとも入国は出来た。けれども、対して上手くもない英語を四苦八苦しながら使って漸くだった。
正直本当にテンパりそうだった。というかテンパってた。
「月さん、話し違うじゃないですか」
「え!?星ちゃんダメだった?」
「私、普通に通れたよ?」
「ルビィも」
「ずら」
「・・・・・・もういいよ」
これはあれかな。顔面偏差値の問題かな、とこの話題については考えるのを早々にやめた。自分が傷付くのが目に見えている。
私はしばらくそうしてむくれてみんなに着いていった。
どうやら千歌先輩が三年生にイタリアに行く旨の連絡をしたらヴェネツィアの風景の写真だけ送られてきたらしく、その手掛かりを便りにそちらに向かっているのだ。
幸いバスやら水上バスやらアクセスしやすいようになっている。
誰でも名前くらい聴いたことのあるヴェネチアンガラスの技術が流出しないよう、かつては職人を囲っていたらしいけれど、今ではそんな封鎖性はない。あるのは日本では御目にかかれない街並みと水の都の名に相応しい水路が融合した異世界だ。
トラックに跳ねられなくても、過労死しなくても、自分のことを知らない、そして自分が知らない世界ってのはまだまだ沢山あるのだと私はその景色を見て思った。
「流石に疲れた」
「そう?元気そうにしている子も居るけど」
ヴェネチアの玄関口であるヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅前に到着して背筋を延ばしながらそう呟くと、穹は善子ちゃんを指差してそう返した。
「ヨハネ、かの地にーーーー堕天!」
いつも通りのテンション感で、天に両手を掲げる姿は流石のタフさだ、と思ったらすぐにへばってしまったところを見ると単なる空元気のようだった。
「とりあえず写真の場所に行くしかないよね」
「ああ、アポのことだね」
「アポ?」
「そ。ちょっと正式名称に自信はないんだけど、確かカンポ S.S. アポストリって広場があって、その近くの川だと思うんだ」
月さんがイタリアで過ごしたことがあるというのは本当の様で、ローカルな話題にも詳しいのは非常に助かる。
どうやら現在地から徒歩25分くらいになるそうだけれど、街の散策もしたいし私達は満場一致で徒歩での移動を選択した。
「凄いわね。全部石造りなの街なんて」
「なんか迷路みたいだね」
非常に道幅は狭く、三人並んであるいたら壁に当たってしまいそうな程だ。
そんな中でもお店を開いていたりと活気もあるし、衣服関係の店も多くお洒落でもある。素直に素敵な街だと、感心しっぱなしだ。
なんというか、新しいものと出逢えそうな、そんな期待に胸が膨らむのだ。
新しい環境とは入国の時のように不安もあるけれど、このように沢山の期待もあるのだと、見せ付けられて改めて自覚した。
鞠莉さん達は三人ともバラバラの進路を選択したけど、新しい環境に飛び込むことの意義をきっと知っているからこそ、その道を選べたのだろう。
なら、私は、穹は、Aqoursは自分で道を選んだのだろうか?
状況に流されているだけなのではないだろうか、と小さな疑問が湧く。
少なくとも穹と関係を戻すと、その選択をした自信は間違いなくある。けれど、今後どうしていくのか、どうしたいのか?それをまだ選べていないのは事実だ。
「ここだよ」
入り組んだ建物の隙間を通り抜け、水路を跨ぐ橋の上に到着すると、なるほど。確かに千歌先輩のスマホに送られてきた写真と同じ風景がそこにはあった。
けれど、回りを見回しても鞠莉さん達の姿は見当たらない。ほかに手掛かりは無いものか、と視線を泳がせていると、ふと、鳴り続ける音に気がついた。
「ん?」
ジリリリリ、と鳴る音のところに目を向けると、広場の公衆電話が着信をお知らせしていた。
そんなのはダイ・ハードでしか見たことの無い光景だったけれど、月さんは臆せずにその受話器を上げ、何かを聞き取っていた。
「ボヴォロ」
「え?」
「コンタリーニ デル ボヴォロ」
どれだけ警戒しているのだと、突っ込みたくなったけれど、どうやら次の目的地が決まったようだった。